縁あわせ 27 水祭前日※イラスト有り
読んでくださりありがとうございます。
今回、小説の最後に好々爺テサン台頭の設定イラストがあります。
挿絵表示 する にしていただければご覧になれます。
ザッと描いたものですがよかったらどぞ!
「アスラファール補佐官!」
本や書類を持って移動している途中、声をかけられた。
振り向くがまだ距離があり、相手の顔が判別できない。
アスラファールはつい先日自ら破壊してしまった眼鏡を未だに悔やんでいた。
今、駆け寄ってくる男の顔が見えない事を悔やんでいるわけではなかった。
主に費やした時間と金銭を悔やんでいた。
言葉神曰く『時は金なり』それなのに両方粗末にしてしまった私っ!!
悔やんでも悔やみきれない! 自分が悪いのだが呪いたい! あの男を!
「あ、あの、補佐官?」
尋常ではない表情の補佐官を前に駆け寄ってきた男は一歩二歩と後退した。
ヴィネティガ駐屯兵団内で最近密かに『団長妻』と呼ばれている補佐官の神経質さは昔から有名だった。機嫌の悪そうな時には決して話しかけてはいけないどころか視界内に入ってもいけない。
現在は眼鏡が無いので危険区域は縮小しているものの、機嫌の悪さ自体は先代の働かない駐屯兵団長の時より現在進行形で倍増中。団内の誰もが危険対象認識。
「あの、クロス・ハガード団長のことで少しお話があります」
それでも果敢に話を切り出した。神経質補佐官の不機嫌以上に差し迫った危機があったのである。
男はヴィネティガ駐屯兵団 一番隊 隊長 ガナディア・フォン・メイクロゥ。
36歳。騎士の称号持ちである。常々、疲労感に満ちた顔をしているのは団長であるクロス・ハガードにこき使われているからだ。
自分より歳若いとはいえ、まともに働く団長の赴任は大歓迎だったのだが、いかんせんクロス団長は働きすぎる上に面倒ごとばかり斡旋してくるのだ。
盗賊探しは勿論、テサン近隣の巡回、地形把握、ここまではいい。
だが最近加わった業務、テサン南部へ移住した盗賊団縁者達の監視はいただけない。
テサン内部の事なのに何故ヴィネティガ駐屯兵団が動くのか。とんだ越権行為である。
ガナディアは承服しがたかったが耐えた。そこへ畳みかけるように盗賊団減刑罪人の強制労働の面倒まで投げ込まれた。
ガナディアの下には三人も投げ込まれた。一番隊といえば、ヴィネティガ駐屯兵団内の精鋭部隊のはずが、まさかの罪人のお世話。
その隊も本来なら十番隊まであったはずだが、今や六番隊までしか編成されていないうえに各隊の人数も減らされている。団長が次々と粛清するからだ。
仕事をしない輩の排除に胸がすく思いもしたのだが、実際問題の人手不足に反して増える仕事量と問題ごとには毎日苦渋を舐めさせられている。
その上、副団長の配属が遅れているらしく、ガナディアの立場は副団長と一番隊長を兼任しているような過労状態だった。白髪がここ数ヶ月で増えた気さえする。
今日も今日とて明日の『水祭』に向けた組試合の予行演習をしていたのだが、そこで問題が発生した。
「クロス団長がご自分も組み試合に出ると申されまして」
「出ればいいでしょう。私に報告が必要とは思えないですね」
神経質補佐官はこめかみをピリピリさせていたが、ここで引くわけにはいかない。
「いえ、それが大問題なのです」
そう言ってガナディア一番隊長は何が問題なのかを懇切丁寧に語った。
ギギギ、と休憩室と銘打った執務室の扉が開いたがクロスは読んでいる本から視線を外さなかった。
ここに入ってくるのは補佐官しか居ないからだ。
今日は多少、扉の開け方がいつもとは違うようだが気にならなかった。どうせ疲れてます、の主張だろうと高をくくっていた。
ドサドサと向かいの机の上に本やら書類を降らせているこの神経質な男は、常に仕事以外でも何がしらか調べ物をしているらしく紙束ばかり好き好んで持ち歩く。
今日は同時に溜息も降ってきた。
「クロス・ハガード団長、端的に申し上げます。組試合にあなたは出ないで頂きたい」
「そうか」
「今日、組試合の予行演習で何をやったか思い出していただきたいのですが?」
ようやくクロスは補佐官を見やった。いつもどおりの非難がましい神経質顔がそこにはあった。
予行演習。
開会宣言の練習などというつまらないものをやらされた、とクロスは午前中の事を思い出していた。
「毎年このような感じです」と一番隊長がカンペを出してきて、読み上げるように言われた。
可も無く不可も無い文章だったので最後に自分なりの一言を足した。
「組み試合であろうとヴィネティガ駐屯兵たるもの、ここを戦地と思い命を賭して戦え。そう吼えたらしいですね」
「ぅむ」
なぜ、予行演習に不参加だった神経質補佐官に自分の台詞が一文字一句間違いなく伝わるのか。
やはり兵は皆、間者と心したほうがいいな、とクロスは身をひきしめた。
この分では自分の剣の手入れを人任せに放置している事もばれているだろう。
「そしてその後、軽く手合わせするだけの予定の兵達にあなたは何をしましたか」
「アドバイス……助言をして過ごした。多少手合わせもした」
予行演習とはいえ、ヘラヘラ笑いながら向かい合う男共の姿は見るに耐えず、クロスは高みの見物席から舞い降りいつもの修練としてしまったのだった。
「いいですか、よく聞いてください」
補佐官はブルブル震える手を机に置いて、さながら噴火前の火山のような顔色で身を乗り出してきた。
「テサン住民に見せる組試合というものは実用性があってはならんのです。脅威を彷彿とさせてはいかんのです。戦争なんて言葉を間違っても使わないでいただきたい! 管理統制された騎士団である事を前面に押し出し、決まった型通りの剣技、いいですか、剣技のみで試合を運ばねばならんのです!
あなたそれを「足をはらえ」「脇差を出せ」「目潰ししろ」「転がってよけろ」「例の粉をまけ」ってなに考えてんですか! 腕の立つヤツはあなたの助言に条件反射してしまうんですよ! 組み試合を泥試合にするおつもりですかっ!!」
「そうか。わかった。欠席する」
部屋が静寂で満たされた。
早すぎる。引きが早すぎる、と補佐官は疑いの目を向けてきた。
「開会宣言は一番隊長にさせる。もともと団長が欠席する事も多かったらしいと聞く」
「で、あなたは何をするおつもりですか」
言わずに済みそうもない気配にクロスは面倒くささを覚えつつ「出かける」と一言にとどめた。
「どこへですか、誰とですか、何をしにですか。また面倒を引っさげて帰ってくるおつもりですか」
「歓楽街に、マァナと、約束の品を買いに行く。ついでに水祭見物もする。日がかぶっていたことについ先ほど気づいたので逆に助かった。欠席するので安心しろ」
補佐官の火山は治まったらしかったが、今度は呆れた目つきをよこしてきた。
「クロス・ハガード団長……あなたは約束の品も与えずに求婚していたのですか。なんて失礼な。娘の方もよく了承しましたね。永久の愛を誓う約束の品は結婚する上での一番重要というか、それだけに執着する女も居るくらいなのですよ?高級な品でないと了承しないのが普通です。屋敷を買わされる例もあるそうですよ」
「マァナは石鹸が欲しいと言っていた」
「永久の愛を消え失せる石鹸に誓うやつがいますかっ!」
クロスはたまらず吹きだした。補佐官の叫びが双葉達とかぶったからだ。
今朝、双葉亭で全く同じやり取りをしてきたのだ。笑わずには居られない。
クロスは『夜の労わり定食』を食べてからというもの米の味が忘れられず、こそこそと開店前の双葉亭にランニングがてら日参するようになっていた。
例の腹割り会談の次の日からなのでもう四日連続通っている。
自分でもこれほどまで米に執心するとは思ってもみなかったが、腹は正直だった。
始めは戸惑いを見せた双葉亭の住人達だったが(双葉達はとまどいというより拒絶だったが)三日と経たずに慣れた様子だった(双葉達は慣れたというより諦めたという感じだったが)
朝一番にマァナと少し話して、美味しい食事をとり、双葉達に茶々を入れられる日々にクロスは今までに無い充足感を覚えていた。
クックッ、となおも持ち上がる笑いを押さえ込みながら補佐官を見ると完全に硬直していた。
クロスが笑うのが信じがたいらしい。
「お前は、双葉達を嫌う様子なのにあれらと同じ事を言う」
バツが悪そうに口をへの字に曲げた補佐官は乗り出していた身を引いて向かいの椅子に座った。
「ですが、水祭の日はほとんどの商店が閉まりますよ。毎年夕食に困るんです屋台ものは胸が悪くなりますし」
「北の歓楽街は開いているそうだ。あの界隈は花街もあるからな。店を閉めるのは中央と舗装されていない道に面した店らしい」
「……長い事ここに住んでおりますが存じ上げませんでした」
この話は終わりとばかりに補佐官は話の腰を折ったつもりだったのだが、クロスの方は珍しくまだ会話を続けた。
「しかし、ここの世界の結婚とはいろいろ決まりがあるのだな。結婚式に花を使ってはいけないとは」
「何を当たり前のことをおっしゃいますか? その日に手折られていい花は一輪だけ。花嫁だけなのですよ?」
「その解釈が新鮮だ」
「あなたの生まれた異世界はよほど奇妙なのでしょうね。なのに言語が同じらしい事に私は疑問を抱いています。本当に虚言ではありませんか?」
補佐官の疑問にはなんの興味も示す様子無くクロスは読みかけの本を机に置いた。
その表紙には……『正しい結婚までの手順書 男性用』と書かれていた。
「では、上手くいきそうなのだな」
「本まで読んで結婚のお勉強を熱心になさってますので大丈夫かと」
濃紺色のやわらかな絨毯を踏みしめながらアスラファールは昼間見た光景に身震いしていた。
あの男の笑い顔にも驚いたが、読んでいた本にも驚いた。
似合わなさ過ぎてどちらも不気味だったのだ。
「君のクロス・ハガード評価は右肩下がりに落ちる一方といったところかな?」
椅子を勧められたので姿勢良く座り、向かいの好々爺然とした顔を見つめ返す。
「そうでもないです。微妙に上がったり、急転直下で暴落したりの繰り返しです。正直身が持ちません。テサン台頭、あの男は何も聞いてきません。対処に困ります」
「困る事はないだろう。知らん顔をしていればいい。彼は気づいていて、知らぬほうが楽だと思っているのだ。知ってしまえば、ヴィネティガへ報告義務があるからな。テサンに魔術師は居ない、それでいいのだよ」
「ではこの縁あわせが双葉達をテサンに繋ぎ止める目的だとも気づいて?」
「おやおや、君はそんな風に思っていたのか。まぁ、そうだな、彼女達の瞳はテサンに不可欠だ。だが、私が手放したくないのはマァナもだよ」
「双葉達の娘……神の子だとご存知だったのですね。ですが使い物にならないし、それこそテサンに置いていては障りがありませんか。神の子は魔術師達のものです。ヴィネティガに知られたらどうなるか」
「使い物になっていないと思うかな?」
笑顔を崩さずテサン台頭 ロイド・スレイアは置かれた茶を一口飲んだ。
「双葉達にはかなりの魔術を行使させている。それでも彼女らは狂わない。不思議に思わないのかね」
「いろいろと規格外の女共だからでしょう?」
「そうではないのだよ。そうでは……なぁ、アスラ。私は狂いそうに忙いとどうしてもマァナに会いたくなるのだよ」
「はぁ」
アスラファールの気の無い返事にテサン台頭は苦笑をもらした。
完全に話しについてきていない様子だ。
本人は回りくどい話術を使うのに、使われると全く意に介さないのだ。
「彼女が癒すのは心だと思っている。君にはまだ早いかもしれないな。死線をくぐって多少なり狂った人間にしかわかりようがない輝きなのだよ」
「そういう能力の神の子だと?」
「どうだろうね。そういう能力であれ、なんであれマァナを手放せないのだよ。私達は」
『達』とは、テサン台頭と双葉達のことだろうとアスラファールは考え、一口茶を飲んでから見解を述べた。
「それはただの身内びいきでは? 今後、私の認識としては、テサン台頭はあの娘を大事に思っている、でいいでしょうか? そして彼女にあの男を添えたいということで?」
「それでかまわんよ」
「ならば了解です。私も……矢面には立ちたくないのでクロス団長に頑張ってもらいます。ところで、あの双葉達も縁あわせの相手を用意していたのではないのですか?」
「二人ほど育てようとはしていたよ。育たんかったのでマァナの縁あわせに関しては私の勝ちだな。ハガード団長で駄目なら君も居るわけだし。まったく、いい時期にマァナ好みの男が飛び込んできたものだ。あの子の初恋はな、テサン騎士団横に据えられている彫像なのだよ」
アスラファールは所要で赴くことのあるテサン騎士団の入り口を思い描いてみた。
彫像は記憶にあるにはあるのだが……。
「……確か逞しい男性の裸体彫像でしたよね」
「大丈夫だ。腰布は巻いてあるからな。教育上なんら問題は無い」
テサン騎士団周辺には公園と子供達の手習い所がある。裸体彫像は多少刺激的だった。
腰布については周辺住人達の苦言により後々付け加えられたものだったりするのだが、それはアスラファールがテサンに来るより以前のことだったのでテサン台頭は特に言及しなかった。
「いえ、それ以前に……首から上が無かったような……」
芸術的な思惑はわからなかったが、その彫像は首から上と右腕が始めから無かったように記憶していた。この事はイライラがつのってどうしようもなくなった時にあの男へ告げようとアスラファールは心に決めてほくそ笑んだ。
そのせいでテサン台頭の本音のつぶやきを聞き逃したのだった。
「この縁あわせであの男も手に入れば一石二鳥。いやいや、もっと鳥は多いな」
好々爺の表情は削げ落ち、打算的な笑顔がテサン台頭の顔に浮いていた。
以上で、この小説を書き始める前に描いたキャラが出揃いました。
今後、イラストは文章打ちの息抜き的な物を掲載すると思われます。




