縁あわせ 23 執着のわけ※イラスト有り
読んでくださりありがとうございます。
今回、小説の最後にマァナさん幼少期の設定イラストがあります。
挿絵表示 する にしていただければご覧になれます。
ザッと描いたものですがよかったらどぞ!
「……そんなわけで、マァナは神の子です。うん」
やや肩透かしに遭った、というか自爆したリーン・リードが仕切りなおして語った内容はクロスがマァナから聞き出したものと大差無かった。
神の子ではあるが、出来損ないで力はあまり無い事、また、力の使い方も把握していない事。
そして双葉達はマァナが自身を神の子だとは知らないと断言したのだった。
「あたしらがあの子の婿に頑丈な男を所望したのは、旦那のために力を発現する危険を少しでも下げるため。もしくは、あの子が力を発現したとして魔術師達に狙われた場合の事を見越して」
「多分、あの子は重症者を一人治しただけでも衰弱死の危険に晒されるだろう」
「それほどに脆弱な生き物なのよ」
瞳を伏せて語る双葉達の声は言葉を重ねるごとに小さくなってゆく。
こんな時だけちゃんとした女であり、マァナの保護者であると真摯に伝えてくる。
「力の発現は本当に今までなかったのか」
「……自分の傷すら癒した事が無いからね。あの子、実はよく怪我をするんだ。昔、木から落ちてデコをパックリ割って大量出血した事もあるけどね、なーんも自分じゃ出来なかったよ」
クロスはマァナの言葉を思い出していた「いつだったかなぁ木から落ちちゃって、ちょっと怪我をした……」彼女の『ちょっと』とは大量出血なのだろうかと気分が悪くなった。
「あと、隣のじいさんが去年亡くなったんだけどね。なーんもなかったねぇ?」
「ああ、なかった。ばぁさんと一緒にわんころ泣いてただけだったね」
「幼馴染んとこのお節介母が病死した時もだよ、見舞いには行ってたけど、なーんもなかったね」
「あん時もターニャと一緒にわんころ泣いてたねぇ」
娘が泣く姿を淡々と観察してきただろう双葉達。
それは魔術師特有の情緒の欠損とクロスの瞳に映る。
そんな魔術師達が何故……
後にも先にも、クロスの興味の矛先はこの魔術師達の娘に対する執着にあった。
娘が使えない神の子だと知ってからはその疑問は増していた。
魔術師達は一様に神の子を欲し、戦場や任務地に連れ回すのが常だ。
神の子は傷や病を癒す力を際限なく人のために使おうとする習性があるため専属契約という対象以外を癒せなくする魔法を絡まされることが多い。
尊い魔術師は簡単に死んではならない、という世界観により神の子は魔術師に縛り付けられる。
だから使えない神の子に執着する双葉達は異端としか言いようが無かった。
じっと圧力をかけてクロスはリーン・リードを見つめた。
彼女には自分の疑問をすでにぶつけている。「話せ」と目力をこめた。
「あー、あたしらがあの子に執着する理由は……あたしらがあの子の芽を摘んでしまったからだよ」
「リーン」
レーンの方が非難するように片割れを止めに入った。
「もう、こいつの身上書は嫌ってほど読んだだろ、こいつしか居ないんだよ。信用するって決めたじゃないか。言わなきゃこの男はあたしらを排除しかねないんだ。今日は腹を割るんだ。いいねレーン?」
どうやら物事の決定権はリーン・リードにあるらしかったが、諦めて口を開いたのはレーン・リードだった。
「あたしらはヨムランの魔術師だったのさ。マァナに出会うまでは二人で一人、お互いの境目も無いようなそんな一人の魔術師だった」
クロスは多少、自分の書いた覚えの無い身上書がどんなものなのか気にかかりながらも女の声に集中することにした。
それは11年前のことだと語り始めた。
ヨムラン、ヴィネティガ間の戦況が冷戦気味だった頃。
それとは逆に激しい攻防が日夜繰り広げられている分野があった。神の子確保の交渉隊だ。
神の子が産まれた噂を嗅ぎつけるとどこよりも先に交渉隊を送り、成人時期の召し上げ契約を結ぼうとする。
幼子の間に召し上げないのには訳がある。神の子が大変育てにくく投資に向かない生き物だからだ。
確かな数字は出ていないが、相当数の神の子は成人するまでに死に至るケースが多いと報告されている。そんなわけで育ちあがるまでは小さな村や町など総出で大切に囲われるのが好ましかった。
ヴィネティガ領地内にある村にマァナは産まれていた。
ヨムランが交渉隊を差し向ける頃、すでに3歳であり、ヴィネティガへの召し上げが内定していた。
「無駄足だね」
「まったくだ。だが交渉人も引けないみたいだ。大物らしい」
「情報隠蔽されてたくらいだからね。あれだね、やるくらいなら殺れとか言いだすんじゃないか」
「捕れかもしれないね。下手に動かしたら育たないと思うけどね。おっと、やっぱり捕れときた。奴さんらも大変だ」
虚空を見つめる女二人の瞳は紫に発光する魔力を宿していた。
「それじゃ、あたしらはお役ごめんだね。もうヴィネティガの動きなんざ必要ないだろう。焼かれる前に出よう」
「いや、雲行きがあやしい……もう焼かれてるよ! 街道ばかり視ていたからなんてこった!」
女二人が拠点に据えていた宿から飛び出ると闇夜に沈んだ村の四方に火の手が上がっていた。
二人は何かを罵りながらも北の森の方へと走り始めたのだが、いっそ歩いた方がマシではないかと言うような足のバタつきっぷりで、てんで前に進まない。
次々、逃げ惑う村人達に追い越され、それでもようやく森までたどり着き、木に身を投げ出すように入り込むとそこに幼子が立っていた。
真っ白で陶器のような肌と、真珠色の柔らかで真っ直ぐの髪を腰まで伸ばした幼い神の子、それがマァナだった。白い服のすそを小さな手で掴み、濁りの無い眼差しで燃える村を見つめる。
村を覆う炎の照り返しで、幼子の白という白は薄桃色に染まり、淡々とした感情を宿さない瞳は紅くきらめいていた。
すでに幼子は神の子として完成されているようにも見えた。
その時、横手の草むらが大きく揺れ、斧をもった男が飛び出してきた。
血の匂いを撒き散らし、口角に泡を吹きながら木をなぎ倒す。
いや、それは木ではなかった。
魔術師の女の目に映ったのは無残に腹を凹まして黒髪と赤い血肉を広げ倒れふした 自分。
そう。あれは自分。境目の無い、あたしの半身、あたし自身。
近寄る事は誰にも阻害されなかった。
斧を持った男は事切れていた。最後の一撃だったのだが、女には関係なかった。
体の死んだ自分を目の前に、心を殺した自分が出来上がっていた。
いつ神の子が村の赤い炎から女の赤い血肉に視線を移したのか死んだ女達は知らない。
「いたいの、やぁね」
という言葉だけが聞こえなくなったはずの二人の耳に届き、世界が真っ赤に爆ぜた。
大物と称された神の子はその全てを使い切るかのように二人の魔術師を蘇らせたのだった。
それは単なる気まぐれだったのか、哀れみだったのか、今では本人すらわからないだろう。
死体ならば、もう一体、斧を握ったまま倒れた村人が目の前にあったというのに。
「「あたしらは境目の無い一人からあの時二人に成ったんだ。」」
昔語りは双葉達に疲労感を与えるらしく、二人とも顔が白くなっていた。
寸分違わぬ同じ動きで胸に手をやり、恭しく告げる。
「マァナに体を生きかえして貰ったあたしはレーン・リード。苦痛を肩代わりさせてしまった負い目からあたしはあの子を愛す」
「マァナに心を生きかえして貰ったあたしはリーン・リード。心を救ってもらった感謝からあたしはあの子を愛す」
愛の源の違いで二人に成ってしまった双葉達は、どうだ、とばかりの蒼白の笑顔をクロスに投げかけていた。
「神の子が蘇生できるという話は聞いた事が無い」
クロスは髪をぐしゃりと握りながらうめいた。
「だからだよ。それだけの力のせいでヨムランとヴィネティガは小さな村の中で衝突し、村人は半狂乱でマァナを逃がそうとした」
「それに出くわすあたしらって不運だったのか幸運だったのか」
「その蘇生という大技のせいであの娘はあんなクリクリに?」とアスラファールが気を取り直したように言った。さすがに果実漬けからは手を引いていた。
「……他に言い方ないのかい、あんたは。ああ、まぁ、そうだよ。マァナは鼻血吹いてぶっ倒れた瞬間から髪は縮れてたね。ついでに記憶もどっかにやってた」
お前の方こそ他に言い方は無いのか、とクロスは神経が逆立つのを感じた。
あのか弱い娘がもっとか弱い幼子だった時に血を流すなど腹に据えかねると、時を越えた憤りにさいなまれる。
「あとはずっと昏睡状態で衰弱死間際で……あれは、そうだね、神の加護を失った生き物という感じだった。ヨムランが介入しなければ、いや、あたしらを蘇生しなければ、今という戦争の終わった時期に成人して、羽振りのいい魔術師に囲われていたかもしれない神の子なんだよ」
「「あたしらがあの子の芽を摘んだんだ。」」
そう言うと、双葉達は厨房の方へ目をやり、そのまま視線を上昇させた。
「マァナ・リードは今、上か」
「「ああ、ちょいと昏倒させてるよ」」
なんでも無い事のように言う双葉達を前にクロスは腹をくくった。
この女共からあの娘を奪おうと。
「昏倒とはなんだ! か弱い娘に何をするんだ! けしからん!!」
自分がこんな心情からくる怒号をあげる日がこようとは思ってもみなかった。




