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縁あわせ 22 厄介な女の来訪

 

 クロスが盗賊団の一件の解決策を嬉々として実行し始めたのはマァナとの花摘みの次の日からだった。

 渋る補佐官に面倒な書類と土地管理師団との詰めを丸投げして、自身はヴィネティガ駐屯兵団の一番隊を率いて陸馬を駆り、例の集落の解体に向かった。

 団長が腰をなかなか上げないだけで、すでに解体準備は整っていたのだ。

 ようやく動き出したと思ったら「今から行く」だったためにヴィネティガ駐屯兵達は、またかと溜息をこっそり吐いた。


 疲労感の浮いた顔で一番隊の隊長が罪状を朗々(ろうろう)と読み上げると集落の女達は黙っておらず、白々しく否認を始めた。

 テサン南部への監視付き移住についてはまるで馬鹿を見るような目つきで拒否をした。

 今の今まで集落に手を入れないよう指示していたのはクロスなりの情けであったが、女子供達によって盗品の数々が集落の裏手に埋められた事は監視報告で知っていた。


 おとなしくすれば、目の前で掘り起こして糾弾まではしなかったものを。


 だが盗品の数々を掘り起こして目の前に並べても、女達の否認は続いた。

「勝手に盗賊が埋めてったんだろうよ!あたしらはしらないよ!」ときた。

 男達の不在については最初に視察した時から同様に「出稼ぎにいってるよ!」ばかり。

 クロスは最後のカードを切るしか無かった。


 カラリと乾いた晴天の下、陸馬に(まだが)ったまま二枚の紙をつまみ上げた。

 それは今朝一番に補佐官に作らせた書類。


「捕まえた賊達の行く末だ。ヴィネティガの法で裁けば皆極刑だ」と右手に持った紙を振る。


「テサンの法で裁けば罪状により流刑か強制労働だ」と左手に持った紙を振る。


 静かに言い放つ男の顔は事態を放り投げたかのような恐ろしい無表情。


「私か、テサン台頭、どちらの署名が欲しいかよく考える事だ。今すぐに」


 相手に時間を与えないのがクロスのやり方だった。

 戦後処理の時に身に着けた。人間に時間を与えると、嘘は真に、真は嘘に変わる。

 急いて事を仕損じたとしても、成るようにしか成らなかったと右から左に流すクロスはかなりタチの悪い男と言えた。

 彼の懊悩(おうのう)が表に出るなら多少違っただろうが、あいにく流れ出はしない。

 一人の女がすすり泣くと、さざなみのようにそれは広がり、一番後ろで女達に囲われていた子供達は火がついたように泣き始めた。

 それで子供の存在に気づいたクロスは言葉を重ねた。


「テサン南部への移住は強制ではないが来ぬなら子は置いてゆけ」


 ヒッと息を呑む声が上がり「ひどい」と、か細い声があがる。


「奪うばかりの人間に子を育てる資格は無い。お前達の生活のために断ち切られた家族の縁があったことを知れ」


 淡々と吐き捨てたその言葉に女達は何を思ったのか、男達が殺しに手を染めていた事を彼女達が知っていたのか、それはわからない。

 その後、何人かの女は集落を後にした様子だったが結果的に女子供合わせて50人弱を囲い込めた。

 無論、署名はテサン台頭に求める事となった。


 男達の方がよほど単純に済んだ。

 せっせと書類を作り出す補佐官により数日で首謀上位者3名と殺人関与者8名の流刑目処(めど)も立ち、3名ほど居た魔人はすでにヴィネティガへ送り、それ以外13名はとりあえず足腰立たなくなるまで修練させた。

 一定期間の強制労働を終えれば南テサンへ移住した者達の元へ帰さない事も無いとほのめかせば大人しくなる男も居た。

意外とすんなり成したいように成せた結果に、盗賊行為を疑問視していた人間も居たのだとクロスは都合よく考える事にした。



 別にマァナ・リードの事を忘れていたわけではない。

 結果的にまた二週間ほど放置してしまっただけだ……。


 この二週間で一気にテサンの町は水祭の準備に入っていた。

 広場では近隣の二階屋根より高い足場が何台も組みあがっており、これに登ろうとする粋がった若者や、前後不覚の酔っ払いの排除にテサン騎士団は振り回されているらしい。

 ヴィネティガ駐屯兵団は毎年『組試合』の見世物があるのみで、水祭自体に積極的参加はしていなかったので盗賊団関連に集中できていた。


 クロスは鎧を肌に張り付く服ごと脱いでしまいたかった。

 目の前に不機嫌そうな女さえ居なければ。


「あんた、いい度胸だね。マァナをほっといて罪人いびりかい」


 確かに傍目には罪人いびりに見えるのかもしれないが、一応、強制労働に移行する前の最終試験をかねた修練の最中だった。団長自ら力量を図ってどこの隊で誰の責任下に置けば問題無いかを判断するのが目的だ。

 クロスの足元には罪人認識の腕輪をつけた男達数名が転がっており、すでに剣を握る力も残っていない様子。寝首をかかれる面倒を避けるためにクロスは自分が手ほどきする時、罪人に真剣を持たせていた。

 やりたいなら今やれ。今出来なかったらもうするな。と言わんばかりの不遜な態度で。

 これを見た補佐官は「ぎゃぁぁ! 非常識!」と断末魔のような悲鳴をあげ、なにやら大文句を言って最終的には「いらぬ」と言うクロスに鎧を着せてから何処かへ雲隠れした。

 その際、「私は見ていない、見ていないのです!」と半狂乱だった。


 この補佐官曰く、非常識な最終試験、クロス自身は木刀で迎え撃つのだが、逆に罪人の方は腰が引けて相手にならなかった。ここで団長に傷でも付ければ恩赦のごとき罪状が(くつがえ)されると思っているのだろうか。

 一人がよい打ち込みをしてきてクロスの持つ木刀の切っ先が折れると周囲に立ち会うヴィネティガ兵どころか罪人達までもが悲鳴をあげた。

「問題ない」とすかさず足技に出たのだが、このせいで完全に誰一人本気でかかってこなくなってしまった。


 やはり戦敵達とは勝手が違うか。賊とはいえ末端人員は日頃、農具を握っていた手だな。


 三年に及んだ戦後処理のほとんどを敵国ヨムランから接収した土地で過ごしてきたクロスはかなり考え方が偏っていた。不穏分子の捕縛が目的と思われがちだが、実のところは敵の残兵をかき集める方が重要視されていたのだ。

 戦争をすれば魔法のおかげで一気に兵が減るのは勝利した側でも深刻な問題だった。

 それを補填(ほてん)するのに敵兵を抱き込むのはままあることで、その最短距離が獣のごとく、上位者を知らしめる行為だった。

 つまりは決闘。悪くすると殺し合い。恐怖で寝返る者だけではなく、敬意と共に下る者も居た。

 この方法は今までならば最短にして最善の方法だった。

 そう、今までならば。彼は身ひとつで生きていたから。


「ちょっと顔かしな」


 女は恐れも容赦も無く転がる男達をまたいでやってきた。

 クロスはヴィネティガ駐屯兵団支給の黒い部分鎧を胸と手足だけに付けていたのだが、結局一撃も入らず黒い塗装に傷ひとつ無い。

 骨の無い輩の相手に少々飽きていたら、骨のありすぎる厄介な女がやって来たという状況。


「何故、こんなところまで入り込めるのだ」


「アスラを使えばどうってことないよ。場所を変えてくれないかい、男臭くてかなわないよ。

 なんだってあんたは可愛いマァナよりむさ苦しい男共の相手をするのか、理解に苦しむね」


 別に好きでやっているわけではない、という反論をクロスは面倒だったのでしなかった。

 実際、男共の相手の方が楽だ。マァナと対峙する時はこれでもかなり気を使っている。

 折れそうで壊れそうだというのがクロスのマァナ像であり、それは他の女どころか子供にさえも今まで抱いた事の無い奇妙な感覚で、手に余っていた。


「で、今晩例の話し合いをしようじゃないか。双葉亭の営業時間後においで」


 罪人の片付けを他の団員に頼んで場所を移動している途中、女が軽く言った。

 ようやく腹を割って話をする時間が出来たらしい。クロスは内心いつ言ってくるかと待っていたのだ。


「その営業時間はいつ終わる」


「わかんないよ、毎日違うからね。遅れたら許さないよ。こちとら忙しいんだ」


「……」


 勝手すぎる言い草には咄嗟(とっさ)の反論ができないものだとクロスはゆるくため息をこぼした。


「ところで、私はどっちだい」


「レーン・リードだ」


 間髪入れず名を言い当てられた双葉の片割れは、面白くなさそうに目を(すが)めた。


「おかしいねぇ、リーンみたいに話したつもりだったのに」


「マァナは何か言っているか、その、私が出向かない事に」


「なんも。ご機嫌で毎日働いているさ。マァナってのはねぇ、なんにでも慣れる生き物なんだよ。

 そのうちあんたが一年に一回しか会いに来なくなっても平然とできるようになるさ。

 あんたの方がヤキモキする日も近いんじゃないかねぇ。で、あんた求婚したんだって?」


「した。だが返事を貰っていない気がする」


 そう、あの娘は「本当に好きになってもいいの」と言っただけ。

 その後はふわふわ頭を揺らしながら自分のスカートをつまんでじっと見つめていた。

 返事らしい返事は無かった。


「は……そりゃ、あの子、返事をするのを忘れてるねきっと! 求婚されて毎日ご機嫌だけど返事をしていないって気づいてないよ! あはははは! 最高だろ! うちの子は!」


 リーンは勘に障る笑い声を上げつつ、「じゃ」と片手をひらひら揺らして去っていった。

 場所をかえてくれと言うから移動していたのに、その最中に帰ってしまう女は失礼を通り越して、もはやそういう習性の生き物だと思うしか無い。

 今晩の双葉達との会合を思うと行く前から疲労感を禁じえないクロスであった。




 そんな疲労感は闇夜に沈み込んだ双葉亭に足を踏み込んだ途端、倍増することとなった。

 真ん中の大机には酒やつまみが並べられているのだが大半がすでに食い荒らされている。

 双葉達は完全に出来上がっている様子だった。

 その上、参加者が彼女達だけではないことにクロスの右頬はひきつった。


 なぜ、アスラファールとテサン台頭、ロイド・スレイアまでもが当たり前のように着席しているのだ。


 双葉達の向かいに男二人が座ってちびちび飲んでいるのでクロスはその横にのそりと腰を落ち着けた。

 アスラファールはうるさいばかりだが、ロイド・スレイアは存在そのものが不穏だ。


「「じゃ、始めようか。クロス・ハガード、これを聞いたらもう逃げられないわよ!」」


 双葉達のブレの無い二重奏に頭痛がしてきた。

 普段より少し女っ気のある喋り方なのはもしかしてテサン台頭が居るからだろうか、もしくは酔っているからか、とクロスはどうでもいい方向へ思考を向け始めていた。


「まずは、こっちから腹を割ってやるわ。三択よ」


 ふふん、と鼻を鳴らして一人喋り始めたのはリーン・リード。


「その一、マァナはとある亡国のやんごとなき姫君である」


 ……姫君でもいいかもしれないな。いつも地味な服を着ているので着飾った姿も見てみたい。

 結局、最初に会った時に仕立てていた様子の服も着たところを見ていないな。


 クロスの思考は完全に彷徨(さまよ)っていた。


「その二、マァナは実はあたしらの子で魔術師の適性がある」


 お前らからアレは産まれん。


「その三、マァナは実は神の子である!!」


 スッとクロスの思考が冷えた。

 まさか本当に冗談のような三択で真実を出してくるとは思わなかったからだ。

 マァナ自身から神の子であると聞いた事を知らぬ振りでこの場に挑むつもりだったので反応に困る。

「さぁ、どれだー」とふんぞり返るリーンをレーンが「信じられないこの馬鹿」という目つきで見ている。

 クロスは少し目を泳がして並びにいるアスラファールを見ると完全に冗談と受け止めているらしく果実漬けを頬張っていた。


 ……どんだけ好物だ。


 そのままテサン台頭に視線を移動させると、いつもの好々爺然とした笑みに少し苦いものが混ざっていた。どうやらまずい三択で間違いないらしい。


「答えはその三、神の子だ」


 クロスが淡々と答えると、酔いのさめたような顔でリーンが叫んだ。


「なぜわかったー!?」


 なぜもなにも……三択になっていなかったのだ。




「声が一番大きかった」




 疲れたように沈み込む面子の中で、唯一アスラファールだけが慌てていた。

「えっ、くりくり頭の神の子なんて見た事が無いですよ」と。


 こうして腹割り対談は滑稽な滑り出しを見せたのだった。





神の左手悪魔の右手……

クロスの書類を持つ手を書いてから検索したらちゃんと合っていました。

でもダンジョンでは右手の法則。あ、でも左手でも同じらしいですね。


まぁ……結局どっちでもいいですね。いいのかな……うーん。

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