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縁あわせ 21 幼馴染が見た二人

 


 今日、あのマァナの縁あわせの相手を紹介してもらった。

 ふにゃりと嬉しそうに笑う姿に幼馴染としてようやく、本当にようやく安心できた。




 マァナは昔から風変わりな子だった。

 そう、ターニャ・メグライトは認識している。


 だって、普通、子供の頃の記憶って無いわけじゃないけどブツ切りだったり思い違いが混ざったりするじゃない?人によっては全く覚えていない場合もあるし、歳をとれば抜け落ちていく記憶もあるわ。

 なのにあたしってばマァナの事だけは酷く鮮明に覚えているのよね。

 それだけあの子の行動が突飛だったって事もあるけれど……


 ターニャが3歳になった頃、粉屋がある商店通り近くの裏路地に『双葉亭』という食事処が開店した。

 元々食事処だったのだが立地が悪いので入れ替わりがはげしい場所だった。

 変てこな双葉の女と幼い女の子がそこに住み着いたという噂はあっという間に広まった。

 良くも悪くも噂話の蔓延(まんえん)が早い地域性なのだ。


 とても料理がまずくて、まったく営業の続く見込みが無い。

 なのにテサン騎士団連中は顔を青くしながら通っている者もいるようだ。

 双葉が夜な夜な出歩いて不気味だ。

 幼い女の子を日中野放しにしている。

 その女の子もちょっと、オカシイ。


 そんな噂話が一年経っても毎日飽きることなく飛び交っていた。営業の見込みが無いわりに続いていた。


「幼い子にオカシイって言うのはどうかと思うわ」

 そうターニャの母エンリャ・メグライトは眉をひそめ、元来の社交的性格を発揮し、自分の娘を『双葉亭』の幼子と友達にしようとしたのだそうだ。

 後々彼女は「結果的に親友になったみたいだからいいけど、当時は後悔したものよ。シマッタ!って感じ」と語った。

 なぜならマァナは次々に問題を起こす子だったから。


 テサン騎士団横の公園で初めてターニャはマァナと出会った。というか母によって出会わされた。

 そこからしてターニャの記憶は異常に鮮明なのだ。

 緑の木々の下にぽつんと幼い女の子がふわふわピンクに光る巻き毛を風に揺らして(ほう)けたように座り込んでいた。地べたに。べたっと。

 それを近所の悪童達が恐れるように遠巻きにうかがっていた。

 とても違和感があった。悪童達が居るからターニャはあまりこの公園に来なかった。

「お前のとーちゃん将来はげるぞ」とか「ぺっぺっ、お前が来ると粉っぽい」とかいちいち(いじ)られるからだったように思う。

 誰でもからかいの対象にする悪童達が幼いふわふわ頭の女の子に近づかない不思議。

 その理由を随分後になってターニャは知った。

 なんでも『石当て』という遊びにマァナを巻き込んで酷い目に遭ったらしい。

 『石当て』は壁にテサンの名所をいくつも書き、それに石を投げ、当たった場所に行って帰ってくるという遊びだった。

 行った証拠として名所に落書きを残す悪評高い遊びだった。

 幼いマァナは『テサンちゅうおうふんすい』という比較的近場を引き当てたらしいのだが、夕方になっても帰ってこず、さすがの悪童達も探し始め、それがテサン騎士団の耳に入り、大騒ぎになった。

 怒鳴りつけられ、わぁわぁ泣く悪童達まで使って捜索されたらしい。

 暗い夜道は悪童といえど怖かっただろう。(いまし)めの意味も多分にあったのではなかろうか。

 そうして存分に悪童達を泣かせた後、マァナは見つかった。

 公園のすぐそばの建物と建物の細い隙間で。ペッタリ座りこんで宙を撫でていたのだそうだ。

 そして、保護者の双葉達だが……「あんた、暗くなったら帰ってきなさいよ」の一言で片付けてしまったそうだ。


 とにかくそういう理由で悪童達はマァナの面倒を見ろとは言われたが、二度と大騒ぎはごめんなので遠巻きに監視することに決めていたのだった。


 ターニャはマァナのふわふわな髪の毛が気に入った。

 マァナはターニャのサラサラな髪の毛が気に入ったようだった。

 お互いの髪を結んで遊んだり、突然(ほう)けるマァナに付き合ってターニャも呆けて一日終わったり、悪童を巻き込んでままごとをしたり、騎士団の修練を覗き見したり、たまには騎士団開放の書館に行ったり。

 傍目には普通に遊んでいたと思う。

 だがその端々にターニャはマァナに驚かされていた。

 おままごとでは悪童に赤ん坊役をふり、かわいいねと同意を求められて閉口したし、騎士団の修練は「気が散る」と強面の騎士に怒鳴られても懲りる事は無かったし、書館では言葉神様の難しい本を楽々読んでくれた。

 言葉や文字は一定の基準まで手習いさせるのがテサンの教育方針だったが、マァナは漢字やカタカナまで精通していた。

 おかげであの頃公園に通っていた自分を含め、普通の子や悪童達までもが基準以上の公用語知識を身につけ、大人たちに驚かれて鼻を高くしたものだ。


 マァナは賢くて、それでいてお馬鹿だった。


 ターニャが一番忘れられない思い出のひとつに(一番忘れられない思い出はいくつもある)マァナが木から落下事件というのがある。

 文字通りマァナが木から落ちたのだが、その理由と落ち方と落ちた後が大問題だった。

 要するに全部大問題。


 まず理由だが、木から葉っぱが落ちそうだと言って登って落ちた。


 落ち方は顔から豪快にいった。マァナときたら足は速いのにまるで受身というものが本能から抜け落ちたような動きをしたのだ。


 落ちた後は、明らかに重症だった。おでこを地面の石か何かで裂いたのか顔中血まみれだった。

 何故かすぐに飛んできた双葉達は、今度はちゃんと大慌てしていた。

「あんたなにしてんだい! 駄目だよ! 自分で治すんじゃないよ!」と多少意味不明な事を口走るほど混乱していた。


 その後、数日してマァナに再び公園で会ったのだが、ケロリとしておでこの包帯を邪魔そうに()きながらこう言った。


「葉っぱは落ちるもの。生き物は死ぬもの。なんだって。だから無理に手を出さなくていいんだって。

 落ちて終わったら、大事に大事になげけばいいって。それでいいんだってー」


 小さな手で地面に落ちている葉っぱをそっと拾い上げ、おでこにあてるマァナの姿をターニャは忘れられない。

 ターニャの母、エンリャ・メグライトが亡くなった時もまるであの時の葉を拾うように冷たくなってしまった手をとって、やっぱりおでこに押し当てていた。


 マァナの奇行は年々落ち着いていったが、まとう空気は今だって風変わりだとターニャは思っている。

 でも、彼女は傷つくようになった。昔はなんにだって、誰にだって傷つけられなかったのに。

 自分で怪我はよくしていたけれど。

 それがターニャは悲しかった。

 何かに悩む素振りを見るのも、兵役に苦しむのも、商店街の子達の言葉に傷けられるのも、悲しくて嫌だった。誰かにマァナを守って欲しかった。

 危うい双葉達でもなく、無力な自分でもなく、きちんとマァナの心も体も全部を任せられる人。

 そんな人が現れて欲しかった。




 マァナの横に並ぶクロス・ハガードはこれ見よがしに大きかった。

 身長だけならもっと大きな人も知っているが、そういう物理的大きさではなく、周囲の空気まで従えているような重さ。

 背後の水の花畑(大半が刈り取られていたけれど!)とはそぐわない容姿。

 明らかにマァナともそぐわない。


 ひどい凸凹感だわ!


 体格もだけど、表情も凸凹だった。マァナはふわふわ笑っているのに、男はピクリとも表情が動かない。黒い瞳で淡々と見つめてくるのを我慢しながら一通り挨拶をした。

 水の花の刈り取りも終わって帰り支度の最中だった。

 一緒に帰ろう、と無神経に誘ってくるマァナをかわしてターニャは男の気配の無い安全圏に逃げた。

 とてもじゃないが、この男の横では落ち着けない。

 離れながら二人の様子をかえりみた。


 ああ、まただ。マァナはやっぱりあれをやる。


 後姿だったが、刈り取った水の花をそっとおでこに押し当てている。

 双葉亭で肉や魚や野菜の調理を覚えても、マァナはいつまでたってもマァナのままだ。

 あれをやる意味は聞いたことが無い。素っ頓狂な理由が返ってきたら嫌だからだ。

 ターニャは感じるままに、あれをやる幼馴染を美しいと思い続けたかったから。


 祈りか、謝罪か、嘆きか、お礼のようでもあるし、それ以外の素っ頓狂な理由か……

 いやいや、深くは考えないわ。


 その時、マァナの横に並ぶ男が体を折って足元の水の花を拾い上げた。

 同じようにそっとおでこに押し当てている様子だった。

 マァナがそれに気づき、男を見上げてふにゃりと笑った。


 ああ、そうか、一緒にやってあげたらよかったんだ。

 そしたら彼女は満足そうに笑ってくれたんだ……。




 今日、あのマァナの縁あわせの相手を紹介してもらった。

 ふにゃりと嬉しそうに笑う姿に幼馴染としてようやく、本当にようやく安心できたのは凸凹に並んで同じ事をする二人を美しいと思ったからだった。





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