縁あわせ 20 成す
ある種、追われるように働くのはクロスの趣味のようなものだ。
『成るようにしか成らない』という思考からくる決断力も拍車をかけるばかりだった。
そんな男に『成したいように成す』という意志が加わるとどういうことになるか。
俺はどうやらプロポーズをしたような気がするぞ、今日。
多少無意識の求婚をしてしまった自分を認識しつつ、ゴツゴツとヴィネティガ駐屯兵団の廊下を足早に進みながら娘の事を思い出す。
ようやく合点がいった。娘が『神の子』だからこそ頑丈な男を欲したのだ。
クロスの知る神の子達は皆哀れな生き物だった。
生れ落ちると囲い込まれるように教育され、成人すれば魔術師に売り払われ、戦場では戦死せずに衰弱死する。
この世界で唯一、癒しの力を持つ者達は命の限り癒しつくすのだ。主に契約した魔術師達の傷を。
神の贈り物という名の突然変異で生まれてくる彼ら。
小さな村にでも生れ落ちたならそれは本当に神の贈り物となる。
なぜなら多額の金銭で魔術師どころか国自体に召し上げられる可能性もあるし、なにか大きな権利を得るための交渉カードになる場合もある。戦時下では特にそうだった。
現ヴィネティガ魔術王の癒し役の神の子は確かここテサンからの排出だったように思う。
マァナ・リードもそうであったのではないだろうか。
記憶が無いのだと言っていた。囲われて教育されていた……?
何かがあったはずだ、今の状態にならざるを得なかった何かが。
クロスは娘の「神の子なんです」発言を若い娘特有の妄言とは思っていなかった。
なぜなら、あの双葉達どころかテサン台頭も背後についているから。何もないわけがない。
腹を割って話す場を設ける、と言っていたリーン・リードはきっとこの事を暴露してくるのだろう。
まさか先に娘によって知らされているとは思いもせずに。
双葉亭一家は互いに秘密を持ちながら過ごしている。
今までの様子からすると、双葉達が魔術師なのをマァナは知らず、そして、マァナが神の子の自覚があることを双葉達は知らない。
その間に立ってしまった自分……
ヴィネティガとテサンの間に立つより有意義だとクロスは口元を緩めた。
あの一家の平和のためにどちらの秘密も口をつぐもうと決めていた。
特にあの双葉達は娘に自覚があると知ったら何をしでかすかわからない。
行動抑制の暗示どころの騒ぎではなくなるはずだ。
それにしても、とクロスは歩く速度を落とした。
兵役逃れの結婚のため、テサンの娘達は大人びるのが早いのだろうが、子供が子を生む話を始めたのにはかなり焦った。
焦りすぎて余計な事を言ってしまった気がした。「がんばればいい」に対して「お祈りとかですか?」とはこれいかに。女二人で育ててどうしてああなるのか。先々が思いやられた。
ようやく自分の執務室と銘打った休憩室の前に到着した。
無駄に装飾された重厚な黒い扉の隙間から光が漏れている。
マァナと双葉亭の前でなぜか隣の老陸馬のゼタに捉まり、相手をしているうちに完全に陽が落ちてしまっていた。その上ここに来るまでに寄り道もしたというのにアスラファールはまだ帰宅していないのかと首をかしげながら扉を開けた。
黒塗りの机に銀縁の眼鏡をかけた神経質そうな男が座って書きものをしている。
「誰だ」
「あなたは眼鏡をかけただけで自分の補佐官が誰だかわからなくなるような目玉をお持ちなのですか!」
「アスラファールか」
補佐官は眼鏡を外して書面の上に置き、目頭を揉み解す仕草をした。
全身で「疲れてます」と表現してくるわりにクロスの指示に一から十まで応えようとするのが彼の不思議なところだった。日も暮れたので本当の執務室に移動して残業中の様子。
「以前の物はあなたが赴任してくる直前にあなたの前任者に殴り壊されてしまいましてね。今日、ようやく新しいものが手に入ったのです」
「ああ、あれは殴られたからだったのか。何をしたんだ」
クロスは初めて見たこの補佐官の頬に大きな白い布がくっついていた事を思い出していた。
そして今更理由を問うのは少なからずこの補佐官に興味がわいたからだった。
「何をしなくとも殴られるんですよ、この名ですから」
「名がどうした」
「あなたご存知ないんですか? ヴィネティガに長くいらしたのでしょうに」
先を促すように立ったまま腕を組んで見やると、補佐官は無意味に書面をめくりながら言葉を紡いだ。
「アスラファール・フォン・クリート。私の名です。『フォン』とは旧公用語で『持たぬ者』の意です。
魔術師の家系に生れ落ちながら魔術を使えない者に対して後天的に付けられます」
「ああ、もしかして『ヴェ印』の反対か」
「……『ヴェ』は旧公用語で『持つ者』すなわち魔術師の家系に付けられますが……なんですか『ヴェ印』って」
「面倒くさい魔術師達には軒並み『ヴェ』が付いていたので『ヴェ印』と呼んでいた」
「私も魔術が使えればその『ヴェ印』でしたよ。それにしてもあなたは旧公用語をご存知でしょう?魔術師の陣図も読むし、呪文も把握していると見受けられますが?」
「魔術関連だけだ。日常口語などはさっぱりだ。……アスラファール・ヴェ・クリート。言い難いな」
フッと補佐官はひとつ笑い、簡単に語った。
魔術が使えない魔術師の子はヴィネティガで生き辛いので自分は幼い頃にテサンへ移されたのだと。
その経緯があるからテサンの住人でありながらヴィネティガ駐屯兵団の補佐官をやれているらしい。
だが「フォン」がつくので魔術師を煙たがるヴィネティガの騎士達には何かにつけて絡まれると。
「しかし、最近は絡まれませんよ。あなたが次々私に都合の悪い騎士や兵を追い出してしまうんですからね」
「よかったな」
「よくないですよ! どれだけ人員不足かわかっていないのですかっ!」
いつものようにうるさくなった補佐官にクロスは声を低めて「それより」と話し始めた。
この声色になると完全に仕事の話だと心得ているアスラファールは、どうか暴走しませんようにと姿勢を正して聞く体勢をとった。
「例の盗賊団関連の集落だがな、テサン南部に移す事ができそうだ。住民権の無い試験的措置だがな。今、テサン台頭に直接会って数日中に許可を貰えるようにしてきた。
水の花が咲く広大な土地は現在テサン土地管理師団の手持ちであり、栽培のための予算が半ば宙吊り状態で担い手に困っているらしい。といっても、罪人縁者の集団なのでとりあえず監視をこちらでつけるのが条件だと言われた」
補佐官の口は半開きになっており、「その小汚い姿でテサン台頭と面会!」と唸るような声で言ったがクロスは構わず続ける。
「それに伴う人員だがな、盗賊団全員の調書はとれたか」
「細かくとれと言われましたから、そのようにやりましたが、見ますか」
「いや、今はいい。テサン台頭に相談したんだがヴィネティガではなくテサンの法で裁くことにした。
これなら全員極刑ではなく、首謀上位者と殺人関与者の流刑で済むので末端の者をこちらで強制労働に使えば余裕もできるだろう」
「……強制労働って……地図の作成や他の賊の巣を探しに、放牧でもするんですか……逃げますよ」
「だからこそテサン南部に賊の縁者を置く」
「それだって……逃げますよ」
「希望しないなら集落を解体するだけだ。路頭に迷うといい」
突然、キィ! っと補佐官がキレて目の前の書面をバシバシ叩き始めた。
「その全部に監視が必要になるってわかっているのですかっ! 男共なんて一人につき二人は裂かなきゃならんじゃないですかっ! わかってるんですかっ!! だいたいその条件では不測の事態があったら責任全てこっちに来るじゃないですかっ!
極刑にしましょう! 極刑でいいじゃないですかっ! なんでそーなるんですかあなたは! テサンの法で裁くって! 手柄をテサン騎士団に丸投げするってことでしょう! あの苦労はなんだったのですか!」
バシバシ書面を叩く音に混じってベキッと何か破壊音が聞こえた。
アスラファールが音のした書面をめくると、無残に変形してグラス部分の割れた眼鏡が転がり出てきた。それを見ると「うっ!」と息を呑んでから机につっぷして動かなくなってしまった。
どうやらショックが大きいと癇癪を通り越して静かになるらしい。
「アスラファール、死をもって償うべき罪は確かにこの世にあると思うが、それを裁くために手を汚すことは無いと思わないか」
「戦争屋だったわりにお優しいのですね」
くぐもった声が返ってきた。
「優しい? そうでもない。極刑が苦手なだけだ。殺し合いならまだマシなのだが。それに、死よりも恐ろしいのは生きながらの縁切りかもしれないぞ。愛ある人間関係限定だがな」
「給料二ヶ月分、特注三ヶ月……また眼鏡無しの生活……」
ブツブツと何か言う補佐官はさておき、今日のマァナ・リードとの花摘みはとても有意義だったなと、クロスは窓の外の暗がりを眺めながら思っていた。
テサン台頭のところにも顔を出したので今が何時かわからない。娘はもう休んだだろうか。
花摘みで汗をかいたり汚してしまった服が今日の戦果のような気がして気分は上々だった。
成したいように成せる事もたまにはあるのかもしれない。
ふんわりとリクエスト頂きました、補佐官に眼鏡。
全力で応えてみました。いかがでしょうかって壊してんじゃねぇか。
ごめんなさい。3ヶ月ちょっとお待ちください。また眼鏡ちぇんじします。




