縁あわせ 2 出会い
テサンの町を一人の娘が軽い足取り、見ようによっては踊っているような調子で歩いていた。
今は一年で一番気候のよい季節。
町の中でも商店の立ち並ぶ通りは穏やかな顔をした人々が大勢で少しばかり歩きにくい。
娘は人にぶつかりそうになるとクルリと回ってかわす。
若々しく白い肌を惜しげなく陽にさらし、ふわふわとした淡色の髪を風に遊ばせている。
ようするにゴキゲンな気配を振りまいている。
ひとつの店の前にぴょん、と立つ。
ごそごそとスカートのポケットから紙切れを出し、それを見つめて、にひょっ、と笑う。
「まっててね、生まれてはじめてなのよ。大丈夫、きっとひとめボレするに違いないわ。
だって、リーンさんとレーンさんのお見立てだもの。お似合うわ!」
妙な言葉使いが彼女の興奮を表す。「お似合うー」と小声でもう一度口にする。
それから娘は店の中へ飛び込んだ。
店は衣料品店。
壁一面に布が垂れ下がっていることから既成品だけではなく仕立ても請け負うだろうことがわかる。
娘はそうした品々に目を向けることなく、紙切れを振りながら一直線にカウンターの店主に詰め寄った。
「ああ、まっていたよ。そんな顔してくるだろうってね」
店主はゴロゴロと喉を鳴らすような声で言いながら迷い無く背後の棚から平たく大きな箱を娘の前に置く。
いつもならば挨拶と世間話をする娘だが、今はただただ満面の笑みを向けてくるばかりだった。
店主は目じりの皺を深くして苦笑を禁じえない。
それでも娘に習って無言で箱の開封を勧めるしぐさをした。
娘にとっては初めての仕立て服だった。
貧しいわけではなかったが、服に贅沢をするような生活ではなかった。
これは来年の成人を前に育ての親達からの祝い品。
箱を開けて目に飛び込んできた布地は、トロリとした光沢があるのに上品なミルクティー色。
少し桃色がかって見えるのは娘の髪色に合わせたため。
彼女の髪は陽にすけると恥らうように桃色を帯びる。
持ち上げてみるとサラサラと広がって、同系色の飾りリボンがヒラリとこぼれた。
布量があるのに軽いハイウェストワンピース。
織り成すひだの一つ一つが娘の目には絵画のように緻密にみえた。
恐る恐る体にあてて、クルリと回転すれば膝丈まであるスカートが戯れるように巻きついて、ほどけて……
2回まわった後、娘は唐突に気がついた。
他に客が居たのだと
感動のあまり、半ば涙目になった瞳が捉えたのは大柄な青年、というには少し落ち着きすぎた印象の男性だった。硬そうな黒髪を後ろへなでつけているが、ところどころ跳ねて居るところが妙に獣くささをにおわせた。
形の整った大きな鼻や口、折り返した袖口から見える腕のごつごつした筋、
日に焼けた肌はそれ自体に防御力がありそうなほど健康的で張りがある。
はしゃぎすぎていた所作を後悔するより先に娘はその男性の姿、あるいは熱量に圧倒されていた。
仕事柄、傭兵や兵士が身近に居る娘だったが、目の前の男はそれらと比べても規格外に感じられた。
でも瞳だけはとても穏やかだわ?
釣り目がちな黒い瞳なのだけど目のふちに甘みがあるみたい……
ようやく冷静に観察できるようになった娘だったが、次の瞬間ゆっくりと開かれる男の口を見て再び圧倒される。
おおきぃ……ぜったい、私の握りこぶし2個はいける!!!!
きゅっと握られた娘のこぶしと硬くなった様子の体を男は緊張と受け取ったのか、
抑えたような声で言った。
「似合っている」
突如、娘は顔芸を披露した。
ぷわっ、と白い肌は赤く色づき、瞳が落ちそうなほど見開き、口は「ぎゃー」の形で音をこぼさず静止。柔らかな髪すら肩から離れてビリビリする始末。
凝視していた失態と、初めての仕立て服を褒められた嬉しさ、規格外な男の姿、全てが混ざり合う。
娘にできたことは逃走だけだった。
いや、律儀に「ありがとうございますぅぅぅ!!!!!」とは言っていたが、店内で発したのは「あり」の部分だけだった。
「がとう」は店の外から申し訳程度。
「ございますぅぅぅ」に至っては外の雑踏と混ざって店主の耳には届かなかった。
男の耳には届いていた。しらず、娘の声に意識を集中させていたから。
「旦那ぁ……」
店主は男が娘をからかった事をたしなめようとして口を開いたが、どさっと目の前に山積みされた商品で声どころか視界も遮られた。
「いただきたい。在庫が尽きると困ることがあるだろうか?」
男は無表情に細やかな気配りをみせたが店主が気づいたかは定かではない。
「白いシャツばかりですが……」
「ぅむ。必要なのだ」
クロス団長はこうして白いシャツの換えをしこまた買い込んだのだった。