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縁あわせ 19 告白

 


 水の花が昼の光をはじいて風に揺れる様子を二人は飽きずに眺めていた。

 軽く疲労し汗ばんだ体もすっかり乾いて、睡魔にちょっかいをかけられる心地良さにマァナは浸っていた。


 先ほど、おじさんおばさんの群れが再び訪れて配給だという昼食を置い行ったので休息中なのだ。

 茶色い包み紙の中身は丸いパンで、焼いた肉と卵が挟まれていた。

 特筆すべきはその大きさで、マァナの顔くらいあった。

「食べきれないわ」と食べる前から娘が嘆いたのでクロスが半分引き取って平らげた。


「水の花の収穫量が年々減ってきてるからテサン台頭様が去年あたりから予算をつけてるらしいです。だからこういう配給があるんです」


「減った理由はなんだ」


「あたし達北部に住んでる人はこうして水祭前だけ手伝いに来る程度で、後はこの近所で畑をやってる人達の好意で世話してたから。でも畑の方も忙しいでしょう?手が回らなくなったんだと思う。です。」


「敬語は無理しなくていい」


「いえ、一応頑張らせてください……」


 長年、慈善活動の上に成り立っていた祭りは、近年どうしても商業寄りになっていくテサンにおいて存続が危ぶまれていた。

 祭りの当日はテサン中央広場のあちこちに足場が組まれ、その上から水の花が大量に()かれる。それに加えて茎付きの水の花はあちこちに配布され、祭りの参加者達はそれをぶつけ合いながらテサン中を練り歩く。

 舗装されていないようなところでまで撒くものだから泥が跳ねて大変な事になるのもしばしば。

 おのずと商売屋は店を閉めるし、外部からは酔狂な旅行者でもなければテサン入りしない日と化す。

 そのことをマァナが訥々(とつとつ)と語ると、クロスは「水祭を辞めるつもりは無いのか」とため息をこぼした。


「テサンの一大行事ですから。本格的に暑い季節になる前の楽しみでもありますし、それと目前に兵役検査があるので結婚の約束をするいい機会なのですよ」


 意中の相手に水の花をぶつけまくる人々の姿を想像するのは容易だが、いったいどれだけの量の水の花が必要になるのか、毎年花摘みを手伝っているマァナにもわからない。

 慈善活動で補える規模を軽く超えていて、むしろ今までよくやっていたような状態だった。


「それで予算を割いたのか。人手か……」


 考え込むように黙り込んだ男をマァナはじっと見つめた。

 せっかくこうして話が出来る時間があるのに、先ほどから水祭りの話しかしていない状況に焦る。

 言わなければいけない事が娘にはあった。


 眠くてぼんやりしてる場合じゃないわ。しっかりしないと……


 遮るものが無いこの広い自然の中であっても自分の秘密が風に流されて霧散してくれる期待はもてなかったが、進んでゆくこの縁の前に言わなければきっと先々後悔するとわかっていた。

 

「クロス様はあたしと結婚しますか?」


「しようとしているから今この状態だが」


 突然尋ねたというのに淡々ともっともな返事が返ってきた。

 この人って焦る事あるのかしらとマァナの思考は少し脱線した。


「あの、結婚を考えてくれているのならば知っておいて欲しい事がありましてぇ……」


「結婚してくれ、マァナ。……で?」


「で、って!」


 マァナは二の句が次げずに顔を両手で隠してしまった。


 ぅわーん! せっかちにも程がある!


 まさか今のが求愛の言葉なのかと心中穏やかではない。

 これなら水祭で花を痛いくらいぶつけられて、無理やり約束させられる方がまだロマンチックだ。

 自分から言わせてしまったようなものなのでマァナは文句も言えなかった。

 飾らない言葉は決して心がこもっていなかったわけではなく、彼の中ではすでに決まっている事を告げただけという感じだった。

 そんな(いさぎよ)いせっかちな男に対してマァナがとらなくてはならない態度といえば、同じく潔く向き合う事だけだった。

 腹の奥底に溜めている秘密を打ち明けないと返事をしてはいけない。だからマァナは意を決した。

 小さな体全てを泰然(たいぜん)と構える男の方へ向けてペタリと座りなおしてから再び口を開く。


「あのですね、あたし、神の子なんです」


「……どこがだ」


「あ、ひどい。美人じゃないですけど神の子なんですってー」


 本人としては重々しく、暴露したつもりだったが、全く緊迫感は出ていなかった。

 高音でいつもどこか楽しげに聞こえる柔らかな声も、のんびりした物言いも、およそ秘密を伝えるのに適していなかった。


『神の子』とは唯一、癒しの力を持つ者達の総称だ。

 類まれな美貌を誇る人間、というよりは異種族に近い扱いを受けている。

 人間の間から突然変異的に生まれるというのに。

 髪は真っ直ぐな金糸、銀糸が多く、色素の抜けたような青白い肌に、折れそうに細い肢体。男女によって少しの違いはあれど、生れ落ちた瞬間から『神の子』と判別できる生き物。

 それらはマァナの容貌からは見出せなかった。

 彼女の肌は白かったが健康的ですぐ華やかに色づくし、髪の毛は不思議な色合いではあったが間違っても直毛ではない。体も折れそうに細くはあったけれど、成長過程の若々しい線を描いていた。

 さらに言ってしまえば、整って小作りな可愛い顔だが美貌とは程遠い容姿だった。


 なおも納得してもらうため話し始めようとするマァナをクロスは手で制して考え込み始めた。

 眉間に皺が寄っていた。しばらくの後、「わかった」と一言だけ吐き出し、おもむろにマァナの足に手を伸ばしてきた。


「きゃぁ?」


 スカートの端から少し出ていた右足首を掴み出され、膝まである靴下をぐい、と引き降ろされた。

 あまりに自然にそうされたものだから悲鳴まで疑問系になる。


 細く白い足についた傷は薄くなっていたがまだ消えてはいなかった。


「神の子ならば多少は自身の傷も治せるはずだが。これは何も手を加えていないな」


「だって、力の使い方わからないもん。……です。」


 恥ずかしげに足をスカートへしまいこみながらマァナは言った。


「……」


 クロスは何故か黙り込んで、おもむろに姿勢を正し、指で自分の正面の地面をとんとん叩いた。

 どうやらマァナにも姿勢を正せと強要しているらしい。

 ぺたんと座り込んでいた背筋を伸ばしたマァナはその後質問攻めに遭った。


 マァナは4歳より前の記憶が断片すら全く無かった。

 最初の記憶は双葉達に看病されている自分で、病弱だったのか長くベットに寝たきりだった覚えがある。目を覚ますたびに心配そうで疲れきった双葉達の顔を見ていた気がする。

 戦災孤児扱いで二人の保護下でずっと暮らしてきた事や、わりとすぐ元気になって遊びまわっていた事、力の発現はしたことがなく、また出来損ないの見た目からわかるように大した力は無いであろう事。

 双葉達はマァナが神の子だと知っているけれど、マァナがそれに気づいているとは知らない事。


 要領を得ず、脱線しそうになるマァナをクロスは巧みに修正して、それらをなんとか短時間で聞き出していた。


「なぁんとなくずっと自分に違和感はあったんです。いつだったかなぁ木から落ちちゃって、ちょっと怪我をした時にリーンさんとレーンさんがあたしの事を神の子だって話してるのを聞いて、なるほどーって納得したんです。

 でも大騒ぎする二人を見てたら……ほら、なんていうかちょっと尋常じゃないでしょ。あの二人のあたしに対する心配性?それで、気絶した振りをしてたらそのまま寝ちゃって……」


「で、今の今まで気づいてないふりをしてきた……か」


「はい……。それで、本題ですが」


「今のが本題ではないのか」


「前フリです」


「……で?」


「あのですね、だから多分、とっても子供を授かりにくいです」


 何故か男は頭を抱えた。

「そんなこと」というつぶやきが聞こえたのでマァナは男の腕に飛びついて抗議した。

 このせいでどれだけ結婚に踏み込めないかをしどろもどろに語った。

 耳の近くで騒ぐのにそれでも娘の声はどこまでも柔らかかった。


「わかった、わかった。神の子がなかなか子を生まないのは知っているが、問題は無い。俺はただ、君が欲しくて結婚しようとしているだけだからだ。

 子の事よりも目の前の君が神の子だという事の方がよほど問題だ。わかるか?」


 クロスの台詞を反芻(はんすう)してみて、マァナは頬を真っ赤に染めた。

 生まれてこのかた言われた事のないような殺し文句を耳にした気がしたからだった。

 反応のしようも無く黙り込んでしまう。


「しかも、多分、なのだろう。それこそ授かりものなのだからどの条件でも絶対は無い」


「でも、可能性は低いです。クロス様が、兵役逃れでもいいって言ってくれたから、だから逃がしてくれた後、縁ほどきしてくれても……いい」


「そういう意味で言ったわけではない。あれは兵役逃れを俺が餌にしただけだ。手に入れたら離すわけが無いだろう。そもそもそんなに血縁関係が必要か?少なくとも俺はソレを重要視しない。リーン殿とレーン殿に育てられている君も同じだと思うが、違うのか」


 違わない!と言葉に出せずに頭だけを振る。

 揺れる髪にクロスが大きな手を差し入れて撫でた。


「子が欲しいならそのうち頑張ればいい」


「が……んばる?お祈りとかですか?」


 げほ。とクロスがむせた。

 今頃、先ほど食べたパンでも引っかかったのだろうかとマァナは広い背をさすった。


「どうしても欲しいのに授からないならどこかから貰ってもいい」


「それじゃぁ……本当にクロス様のこと好きになってもいいの?」


 子が授かりにくいであろう事から男の人を好きになるのに積極的になれなかった娘の呪縛はこうしていとも簡単にほどかれようとしていた。


「かまわん」


 いつものように簡潔な言葉にマァナは満面の笑顔と一滴だけ、ぽろりと涙をこぼした。

 それは誰にも何も言わず、小さな頭で彼女なりに悩み続けていた事の証だった。




「マァナ!」


「あ、ターニャ、粉挽き終わったのねー」


 作業する手を止めてマァナは伸びをした。

 ターニャはそんなマァナに見向きもせず周囲をきょろきょろ。


「ちょっと、アンタの縁あわせの相手どこ。ようやく顔を見れると思ってこれでも急いで来たのよ」


「あー。あっちの方なんだけどね……ねぇ、ターニャ、あたし、クロス・ハガード様と結婚すると思う」


 ターニャはびっくりしたような顔で見つめ返してきたが、マァナの表情を見て口元をほころばせ、「おめでとう! マァナ!」と言って抱きしめてくれた。


「その未来の旦那様はどこなのよ。挨拶しないと!」


 ターニャは再びきょろきょろした。

 この幼馴染はいつも感情の余韻が短い。もっとぎゅっと、一緒に喜んで欲しいのにとマァナは肩を落としながらクロスの居る方向を指差した。

 それは、はるか遠く。

 摘み、もとい刈り取られた水の花が延々と続く最先端部分。

 豆粒くらいの大きさにしか見えない人影が颯爽と作業を続けていた。


「え……あれなの?」


「……うん。あのね、なんか何に対しても手の抜けない人みたいなのよね」


 見ているそばから水の花束を重ねては先へ先へと進んでいく。

 娘達はその背中を見つめながら思った。

 そんな追われるように働かなくても……と。




 6月25日変更。

 マァナは4歳より前の記憶があいまいだった。

 →マァナは4歳より前の記憶が断片すら全く無かった。


 よく考えたら「あいまい」では当たり前ですね。

 覚えてないわ普通。

 ……といいつつ、作者自身はわりと覚えてます。断片のオンパレードですけど。

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