縁あわせ 18 花摘み
読んでくださりありがとうございます。
今回、小説の最後にマァナとクロスの体格比イラストがあります。
挿絵表示 する にしていただければご覧になれます。
ザッと描いたものですがよかったらどぞ!
マァナはひとしきり感心していた。
クロス様の唇って柔らかかったのねぇ、体があんなに硬いのに不思議ねぇ。
それにしても食べられるかと思った……。
特に豪快な食事風景を見た直後だったのでマァナは本気で食べられる覚悟をしてしまったくらいだった。クロスの食べっぷりは想像していたものより丁寧かつ激しかった。
食器の擦れ合う音も立てずに黙々と料理を口の中に収めるのだ。時々親指で口の端を拭う仕草にマァナは釘付けになっていた。
その視線に気づかれた時はギョッとしたが、手招きされて追加注文を受けた時はもっとギョギョッとした。まだ食べるの?という言葉が口から出そうになったものだ。
結局、クロスは最初に注文した分と同じくらいの料理を追加したのだ。そして、平らげた。
周りに配ったのはチーズだけで、最後に出した「たまには甘いものをどうぞ」に至ってはものの三口くらいで焼き菓子が消滅。
補佐官が「馬鹿食い」と言っただけの事はあった。
それにしても久しぶりのチーズ美味しかったなぁ……
マァナはチーズが大好きだが、わりと高価なので日頃は食べられない。
たまに注文したお客様をじっと眺めて自分も食べた気になって我慢するのが常だった。
でも今日はチーズ本体よりも、次々に切り分けるクロスの手際に見惚れていた。机にも皿にも置かずに手の中で切り分けてしまったそれをマァナは食べたくて仕方なかった。
だから「客から物をもらうな」という双葉達の言いつけを守れなかった。ちょうど良い大きさの一切れを差し出されると、遠慮する素振りさえ出来ずにさっさと口に入れてしまったのだった。
それにしても柔らかかったなぁ熱くて……あとぶ厚かった気がする!
先ほどからマァナの思考は「それにしても」を乱用しつつ、クロスの唇とチーズで行ったり来たりしていた。それこそが彼女の混乱の表れでもあった。
あの口づけをどう受け止めればいいのか、明らかに経験不足だった。
「マァナ、あんたいつまで磨くつもりだい」
レーンに止められるまでマァナは一箇所の床だけ熱心に磨き続けていた。
娘の小さな頭の中がクロスの口づけで飽和状態になって久しい頃、約束の日がきた。
忙しいと言っていたので中止になる覚悟もしていたというのにクロスは平然と現れた。
「おはようございます、クロス様」
「おはよう、マァナ・リード」
お互い、カッチリとした挨拶をしてから乗合陸馬車で南部を目指した。
テサンの南部は農耕地帯であり、通商拠点として北部が開拓されるまで人々は皆こちらに住んでいた。
今でもその名残の空き家などがちらほら建ったままとなっているが大半は取り壊されて新たな畑となったり、植林されたりで遊んでいる土地は多くない。
テサンの土地管理方法が特殊だから成し得た事だ。一個人の物であったら未だに手付かずで寂れた景色になっていただろう。
全ての土地はテサン中央本部が借地管理しており、借地料は場所によって多少の違いはあるが、軒並み低く設定されていた。そのかわり契約期間が必ず設けらる。
土地の上で何をするかという点が重要であり、それにより生じた利益に応じてテサンに余剰納金させる仕組みになっている。
新たに商売を始めたい人間にはもってこいの町ではあったが、その分管理、監督しなければいけないテサン中央本部の土地管理師団はいつも大忙しだ。
やりがいはあるが、花形業務とは言えない人気の無い仕事でもあった。
そんな事などよく知らないマァナだったが、彼らの努力の結晶でもある美しくのどかに広がる農耕地帯を誇りに思っていた。行き当たりばったりに花摘みに誘ったわけではないのだ。
ずっと縁あわせの相手を誘うなら南部の林か花畑、と決めていた。
『水祭』が近かったので水の花摘みになっただけのこと。
ここでなら素直に自分の事を話せると思っていた。
隣で陸馬車に揺られている男を横目で見上げるとピタリと目が合った。
もう何度目だろうか。ガタゴト騒がしいのは車輪なのか自分の胸なのかマァナにはよくわからなくなっていた。やっぱりこの男に会うと逃げ出したい衝動に駆られるのだが、一定の距離まで近づくと今度は離れがたくなる不思議。
触れているわけではないのに伝わってくる男の熱量が心地よい。
このままずーっと陸馬車に乗ったままで一日終わってもいいかもしれない、と思った矢先に目的地に停車した。夢見心地から突然目覚め、慌てて下車しようとつんのめったマァナをクロスが片手で腰を掴みあげて事なきを得た。
カラリと晴れた晴天の下、草花の香りを含んだ風が通り抜けてゆく。
見渡す限り水の花畑。
緑の長い茎の高さはマァナの腰辺りまであり、その先端に透明のぷっくりした5枚の花弁からなる水の花が咲いている。
子供の手の平程度の大きさのそれをマァナは軽く撫でた。
「初めて見る。それが水の花か」
フッと手元に影ができる。クロスが身をかがめてきたのだ。
「不思議な花なんですよ。こうして茎についてる間は花なのですが、花だけ摘んでしまうと……」
ぷきっ。と水を含んだような音を立てて水の花は簡単に茎からもげてしまった。マァナはそれを両手の平をしっかり合わせた中に入れてクロスの方に差し出した。
花弁はゆるゆると形を崩し、やがてマァナの白い手の中に小さな水溜りを作った。
「水になったのか」
「はい。茎を離れると長くは形を保てないんです。綺麗なお水なので飲めるんですよー」
マァナが笑みを向けて説明すると、クロスは真顔でその手の中の水溜りに顔を寄せてきた。
唐突に先日の口づけが脳裏をよぎったマァナはビクリと体を震わせて手を引いてしまった。
クロスの方も動きを止めた。
今、あたしの手から水を飲もうとした?それをあたし、拒んでしまったの?
動揺した手の平から水が漏れ、それが腕を伝うくすぐったさに、さらに動揺を重ねるマァナをよそにクロスはかがめていた身を離し、手近な水の花をもいで口に放り込んだ。
「まごうことなき水だな。跡形も無くなるとは不思議なものだ。行軍中にこれが咲いていたら水を持ち運ぶ労力が減らせる」
この男にしては少し多くを喋った。気まずさを取り去ろうとしているかのように。
気分を害してはいないのだと声を柔らかくして伝えてくるようだった。
「……せ、精霊がくれた花だそうです。いたずらな精霊が人間の娘にこの水の花を降らせて、水浸しにして体の線を愛でたというおとぎ話が水祭の原型だそうです」
「なんだ、しょうがない精霊だな」
「でしょー。あと、水の花はこの地域しか生息しないそうです。テサン北部にすら移植できなかったみたいです。だから水祭の前にみんなで花摘みをするんです」
「……みんな?」
訝しげにクロスが質問しようとしたのを複数のおじさんおばさんの群れが遮った。
どこからともなくわいてきたのだ。
「おやー、マァナちゃん、今年は双葉さん達じゃないのかい。体格のイイ兄ちゃん連れてきたねぇ」
「ほれ、日に焼けるから配給の手ぬぐいと帽子と小鎌。兄ちゃんの方もね。とりあえず今日の予定はあっちからこっち、ね」
「ターニャちゃんは来ないんか?若い子がどんどん来なくなって寂しいねぇ」
「あ、大丈夫。粉挽き終わったらお昼から参加するって言ってたよー。おじさんもおばさんも腰痛めないように摘んでねー」
「ほーい ほーい」
一団は清々しい風と共に去って行った。
マァナは首に手ぬぐいを巻き、帽子を深くかぶり、小鎌を右手に握って一振りした様子をクロスに見せた。
それに習ってクロスも首に手ぬぐいを巻き、帽子をかぶり、小鎌を右手に握ってヒュッと振った。
「水の花は茎に付いた状態なら三週間は枯れません、花弁が落ちやすいので気をつけて摘みましょうね」
「ぅむ」
「慣れないうちは一本づつ斜めに倒してこのくらいの長さで。摘んだらこの辺りにそっと集めましょう」
「ぅむ」
「質問はありませんか?」
「ある。……マァナ、これは花摘みというか、花刈りと言わないか?」
「そうともゆーかも」
あっけなく肯定すると、突然クロスが「ハハッ!」と大きな口を開けて笑い始めた。
マァナは吹っ飛ばされてしまいそうに感じた。現にクロスのかぶっていた帽子は体をよじったせいか落ちてしまった。
それを拾い上げつつまだ笑いの衝動から開放されていない様子の男をちらりと見る。
顔をくしゃくしゃにして、前髪をかき上げる仕草は豪快で、マァナをいたく満足させる姿だった。
先ほどの気まずさもクロスが吹っ飛ばしてくれたような気がした。
「花摘みとは可愛いお誘いだと思ったら、刈り取りだったとは」
ようやく収拾をつけたクロスにかがんで貰って、帽子をかぶせてから二人は花摘みならぬ刈り取り作業を開始したのだった。
こんなもんかな、と描いた物なので身長比とか確かではありません。
雰囲気だけどうぞ。




