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縁あわせ 17 包囲網

 

 クロスはマァナを先に部屋に入らせ、扉は少し開いたままにしておいた。

 その方が安心できるだろうと思っての心遣いだったが、それに気づいたマァナはすぐに閉めに行った。

 怖がっていません、の意味かと思いきや、「壁に耳ありしょーじきメアリーですよ」と真顔で(さと)された。


「それを言うなら壁に耳あり障子に目ありでは?」


「そうでしたっけ? 恥ずかしいわ、もっと書館で勉強しなきゃ……」


「いや、ここではそれで正しいのかもしれない。意味はわかっているのか?」


「えっと、ちゃんと戸締りしないと、隣の正直なメアリーさんに会話を聞かれちゃいますよ、って事ですけど単純に開けた扉を閉める習慣をつけるための言葉です」


「そうか」


 クロスは深く追求するのをやめた。

 実際、隣にメアリーさんが住んでいたとして聞かれて困るような事を話すわけではないので。

 なにより、扉を閉めるよう躾けられていないと勘違いされてしまったのかと思うと地味にへこたれた。

 自分は扉を無意識で閉めるくらいには躾けられていると反論するのもはばかられた。


 揺れるランプの火に照らしだされた部屋はこじんまりとしていてあまり物がなかったが、それ故ここに在るものは彼女の大事な物なのだろうと感じられる。

 ベット脇の壁にはいつぞやのワンピースが掛けられていた。

 二人は今まで最初に出会った時の事をお互い口にしていない。

 なぜなら、それが当たり前だったから。忘れていようはずが無い事をお互いわかっていたのだ。

 たった一瞬の邂逅(かいこう)だったのに。


 部屋のランプにも明かりを灯すといくらか落ち着ける明るさになった。

 窓辺の机から引き出された椅子に勧められるままクロスは座ったのだが、マァナがベットに腰掛けたのを見て少し気が遠くなってしまった。


 ……無防備すぎる。肩を一押ししたらどうなると思っているんだ。


 どうなるか、を無理やり頭から振り払ってからクロスは今日の目的に専念する事にした。

 そもそも一脚しかない椅子に自分が座ったから仕方が無い。

 とにかく謝りに来たのだ。それから先をどうするかはまだ答えが出ていなかった。


「マァナ・リード、今まですまなかった。私は三婚の礼などのしきたりを一切知らぬままに君と縁あわせをした」


「え、そうなのですか? ヴィネティガでは違うとかですか?」


「いや、ヴィネティガでも同じようなものかもしれないが、それらの知識が私には無い」


 それを聞くとマァナは少し息を吐いて肩の力を抜き、それからふにゃりと柔らかく笑った。

 縁あわせをした相手が来訪しないという肩身の狭い思いをしたのだろうに、それを責めるつもりは微塵(みじん)もないようで、笑みには安堵だけがみてとれた。

 とたんに、あの愛おしさがクロスの真ん中に本音を(ともな)ってじわりと湧いた。


 子供だと思っている、体だってできあがっていない、歳の差もひどいものだ。

 けれども、他の男に渡すのは業腹(ごうはら)だ。


 いつしかクロスは椅子から立ち上がってマァナを見下ろしていた。

 これからどうするか、答えは一瞬で見つかったのだ。

 見下ろされている方は首をかしげるばかりで、その唇は無防備さを表すようにうっすら開かれていた。


「他に縁あわせはしているか?」


「え?」


「しているかと聞いている」


 突然強めの口調を使われ、マァナはびくりと震えて首を振る。


「俺は忙しい。三度会いに来れるのがいつになるかわからん。その間に他と縁をあわされては困る」


 突然「私」から「俺」に変わった口調に何かを感じ取ったのかマァナは腰を浮かせて逃げようと体をよじっていた。

 それを逃がすまいと囲い込むようにベットに手を乗せ、クロスは膝を落とし座るマァナに目線の高さを合わせた。この娘に他の縁あわせをさせないだけの衝撃を与えたかった故の行動。


「兵役逃れにするならそれもいい。俺を使えばいい」


 声、存在、全てに重圧をかけて追い込む。


「今日で会うのは三度目だ。そうだな、マァナ。だから言ってくれないか」


「な、にを」とマァナの唇から声が漏れた。

 怖がっているようだったし、逃げようとしているのに瞳だけは外さない、外させない。


「三度目だと言っている。三度目に言う事があるだろう」


 いくら鈍いマァナでも気が付いたようだった。

 クロスは今まさに三婚の礼をすっとばして、ただ一度のこの来訪で関係を進めようとしていた。

 会うのは三度目、と都合良く解釈を捻じ曲げている分、タチが悪い。

 謝りに来たはずがこの事態。クロス自身も内心驚いていたが追撃をやめる気はさらさら無かった。

 今になって思うのは最初の出会いから自分はすでにこの娘を追っていたのではないかということ。

 自分はあの狭くは無い衣料品店で存在感を消して静かな客で居ることができたはずだ。

 なのに、服に夢中になっているはずの娘は男に、クロスに気づいた。

 それはつまりクロスが「こちらを見ろ」と重圧をかけていた事実に他ならない。

 最初から縁はあわさっていた。


 子供ならば待てばいい、体はいずれ育つ、歳はいつしか関係なくなる。


 成るようにしか成らなかった人生で、この娘だけは自分の思うままにしてしまいたいという凶暴ですがりつくような想いがクロスを次の行動に駆り立てた。

 さらなる衝撃を与えたかったのか、ただ自分がそうしたかっただけなのか、すでにどうでもよかった。

 しいて言うなら、非礼を責めずに無防備な笑顔を晒した娘が悪い。

 クロスは首を傾け、娘の小さな口を食べた。

 近すぎて焦点が定まらないが互いに目を閉じる事はしなかった。

 柔らかく唇で()んでから離した時、すでにクロスの理性はもどっていた。


 娘が逃げなくて良かった。逃げられると酷くしてしまったかもしれない。

 娘がベットに倒れこまなくて良かった。そこまで無防備だと深くを求めてしまったかもしれない。


 マァナを見るときちんとベットに座ったまま肩を震わせていた。

 怒らせたか、不快に思わせてしまったか、とクロスは内心狼狽していたが次の瞬間、あっけに取られた。「ぷふっ」とマァナが吹き出してクスクス笑いを始めたからだ。


「アスラファール様がね」


 何故ここで神経質補佐官の名があがるのだ……


「クロス様はせっかちだって言ってましたよ? 本当ね。

 あの、それで、今度水祭り用のお花を摘みに行きませんか?」


「いく」


 簡潔な即答にマァナは再び柔らかいクスクス笑いを返してくれた。

 少しばかりどっちが子供なのかわからなくなったクロスだった。





 人気のない夜道をいつになくのんびり歩いていると後ろから荒い息とバタバタと足の動きを間違っているような足音が聞こえてきた。


「ま、まちな! あんた、魔法が効かないっての本当だったんだねっ」


 ゼイゼイ言って近寄ってきた女を見てクロスは「まさかそれは走っているのか」と素直な感想をもらした。女の方はそれに屈辱的な表情だけでこたえた。


「知らなかったのか?」


「噂と、アスラからの報告で知っていたさ。マァナも火球を叩いたとか言っていたし。今実感したんだよ。探知魔法も効かないなんて、そりゃヴィネティガの連中に毛嫌いされるわけだよふざけた男だな」


「無駄に使うな」


「うるさいねぇ。あんたが挨拶もせずに帰るからだろう! 顔向けできないようなことでもマァナにしたのかい!」


 ……したような気がしないでもない、とクロスは心の中だけで返事をした。


「ああ、もう、息苦しくて何しに来たか忘れそうだよ。あんたはあのこと縁あわせを進めるんだね?

 マァナが次の定休日にあんたと一緒に南部へ花摘みに行くと言ってきたんだけど。一回目で出かける約束取り付けるって非常識な男だよ、まったく。

 とにかく、そうとなったらあたしらともご縁付くって覚悟してんだろうね」


「忘れていた」


「馬鹿にしてんのかぃ!」


「いや、本当に忘れていた。こまったな」


「ああ、もう! とぼけてんのは顔だけにおし!」


 無表情とか鉄面皮と言われる事は多かったが、とぼけている、というのは初めてだ。

 あんがい悪くないなとクロスは思った。この女の口調のせいかもしれない。悪意を感じない、ただ口汚いだけなのだ。


「いいかい、マァナにまだ手を出すんじゃないよ。あんたは何も知らない。近いうちに場を設ける。腹を割って話そうじゃないか。あんただって聞きたい事があるだろうし、あたしらだってあんたのその特異体質とか、詳しく聞きたい」


「そうだな。私も何故にお前達があの娘に執着するか知りたい」


「……そこ? テサンにあたしらみたいなのが居るって事の方を気にかけるだろう普通。

 あんたは縁あわせの日に見たものを追求する気もないのかぃ」


「あまり興味が無いな。テサンには居ないのだろう、魔術師は」


 居ないというからクロスはテサンへの移動願いを停戦直後から出し続けていたのだ。

 三年かかった。そうしてようやくこちらへ来た直後から今度は残留願いを出し続けている。

 クロスの願い、それは面倒くさい魔術師達の居ない地でごく普通に人として暮らすことだった。

 そのためならば、目の前で魔術が行使されたくらいで魔術師の存在を受け入れるわけにはいかなかった。

 完全に、見なかったフリをするのだ。

 相手が面倒くさい場合は、ヴィネティガへ送ればいい。


 この女にしても同じこと……。


 クロスは底冷えのするような暗い瞳で女を見据えたまま言い放った。


「マァナと離れたくないのならおとなしくするといい、リーン・リード」


 名を言い当てられた双葉の片割れは、スッと瞳に怜悧な光を宿して言い返した。


「あんたこそ、マァナが欲しかったら言う事お聞き」


 テサンの町は穏やかな眠りにつこうとしているのに、この二人の周辺だけバチバチと稲光の(やいば)が見えそうだった。

その切っ先を先に下げたのはクロスの方だった。彼は今、そんな気分ではないのだ。


「こんなところで話すことではないだろう……壁に耳あり……」


続きはリーンがさも当たり前のように引き取った。


「正直メアリー。そうだね、扉どころか壁もないとこで話すないようじゃないね。メアリーの餌食だ」


どうやら「正直メアリー」で正解のようだ。

いや、双葉一家総出で間違えている可能性もあるぞとクロスは思い直し、明日にでも神経質補佐官に問うてみることに決めた。





結果的に……


「なんですか、壁に耳あり正直メアリーですよ。子供でも知っていますよ。ヴィネティガ騎士団長たるものこの程度の言葉くらいきちんと正確に覚えておいて下さい!」


うるさい小言が返ってきたのだった。





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