縁あわせ 15 娘の来訪※イラスト有り
読んでくださりありがとうございます。
今回、ちょっと本文長めです。ごめんなさい。まとまらなかったです。
小説の最後に神経質補佐官さんの設定イラストがあります。
挿絵表示 する にしていただければご覧になれます。
ザッと描いたものですがよかったらどぞ!
マァナは子供の頃、テサン騎士団周辺が庭だった。
店の手伝いが出来ない子供の間は常に放置されていたため、いつの頃からか朝の常連客に混じってテサン騎士団へ出勤よろしく遊びに行くのが常となっていた。
何をするかといえば、騎士団横の公園で日がな一日過ごすだけ。
同じく毎日のようにやってくる子供達と遊び、騎士達の修練の様子を覗き見し、夕刻になると再び常連客にくっついて双葉亭に帰ってくるという具合に。
6歳辺りからは双葉亭で働く事が出来るようになり、テサン騎士団から足が遠のいた。
そして10歳を過ぎ、年頃の少女になると、今度は双葉達がマァナをテサン騎士団へ行かせなくなって、そのまま今日に至る。
そんなわけで、マァナはテサン騎士団周辺には詳しくても実際に騎士団内に入った事はほとんど無かった。
「あれ、マァナちゃん!?」
恐る恐る受付らしき所に歩みよるとすぐに声をかけられた。
双葉亭の常連客である若い騎士。今年ヴィネティガ兵役を終えて帰還したと話していた記憶がある。
「あの、お仕事中にごめんなさい……そして先日……っていうかもう随分前のことだけど騎士団の方にはお世話になったので……ええっと、差し入れ? でもってヴィネティガ騎士団ってどこでしょうか」
息継ぎも少なく、受付台の端を握りながらマァナは言った。
「マァナちゃん、そんなに緊張しなくても。今、休憩中の人呼ぶよ。その方が気兼ねないでしょ」
そう軽く言うと若い騎士は受付の机に設置されていた金物製の丸いものを小さな木槌で容赦無く叩き始めた。
カンカンカン!カン!カカカン!!
とたんに奥の扉から男が飛び出してきて、カンカンやり続ける若い騎士の頭を音がするほどはたいた。
「いてー! ノルドさんひでぇ」
「おめぇはいっつもソレを軽はずみに叩くなっていってんだろーが!」
出てきた男はこれまた双葉亭の常連客のノルドだった。マァナを視界に納めると驚いた顔になった。
双葉達が彼女を絶対ここに寄越さない事を知っていたためだ。
促されるままにマァナは騎士達の休憩室とやらに案内された。
かなり広い。騎士が6名ほど休憩しており、中には食事中の者も居た。遅めの昼食だろうか?
団内には食堂があると聞いていたマァナが不思議がっていると、その答えがノルドの口から降ってきた。
「ヴァン! おまえ食事は食堂でやれよ! ここ匂いこもるんだって!」
どうやら食堂からわざわざ持参しているらしい。
男達の香りと、食べ物の香りが入り混じる場所は双葉亭のようで落ち着くことができた。
「こんにちは」と挨拶をすると男達は一様に驚いた顔でマァナを見た。
どの男も一度は双葉亭で見た事のある顔。
「先日……って言っても随分前のことなのですが、ご面倒おかけしたマァナ・リードです。今日もお仕事場所まで押しかけてしまって申し訳ないです」
大きな籠を手近な机に乗せさせてもらって、マァナは中から果実漬けの大瓶をひとつと、茶色い紙袋をひとつ取り出した。
「あの、よかったらうけと……」
言い終わらないうちに男達がわらわら寄ってきて、それらを持ってまたわらわら元居た席へ戻って行った。差し入れを貰い慣れている様子に苦笑がもれる。
ノルドもそれについて行ってしまったが、少しすると果実漬けを食べながらマァナの元に戻ってきた。
「これ、手がベタベタになるけどやめられねーんだよな。双葉亭以外の場所で食べれるとは思わなかった。で、本来の目的は?」
マァナはほっとして、ヴィネティガ騎士団の場所をようやく尋ねることができたのだった。
長い回廊をマァナは歩いた。
ヴィネティガ騎士団もテサン中央本殿に併設されているらしい。この長い回廊の向こう。
一人では心細かったので案内してくれるノルドの存在はありがたかったが、彼はいつに無く真剣な面持ちだ。やはり仕事場所だから?と思いつつお互い微妙な緊張感を漂わせ無言で歩みを進めていた。
突然、回廊の雰囲気が変わった。
テサン騎士団の白い作りとは間逆の黒、もしくはこげ茶が基調の建物になり、空気も重たくなった気がした。きょろきょろするマァナにノルドが声をかけた。どうやらたどり着いたらしい。
まるでここが国境であるかのように黒く厳しい背の高いアーチがあり、文字が刻まれている。
「ヴィネティガちゅう……?騎士団じゃないの?」
「ああ、ヴィネティガ駐屯兵団。正式名称だよ。皆ヴィネティガ騎士団って呼ぶけどな。半数以上は騎士の称号無しの兵なんだ」
「知らなかった……」
「あっちは騎士の称号も魔術師のもんでさ、魔人以外が騎士になるには戦役中の功績が必要なんだとよ。テサンの方はヴィネティガ兵役から帰還して騎士団に入れば自動的に騎士になるけどな。
そこんとこでよく馬鹿にされてつつかれんだよな」
「大丈夫? けんかになるの?」
「はは。それが最近そっち方面張り合いが無いんだよ。……クロス団長が抑えてるっていうか、首切ってるから。それより、あの人あの顔で一緒に仕事しましょうってにじり寄って来て大変だってヒーツ団長がぼやいてる」
「く……首切?」
聞き慣れない物騒な言葉にマァナはぎょっとしていた。
「ああ、言葉が悪かった、揉め事起こす輩は騎士だろうが兵だろうが辞めさせてヴィネティガに返しちゃうんだあの人。あれ……俺、敵に塩送ってる状態かコレ? とにかく、マァナ、無理はすんなよ?
その、縁あわせなんて無理に決めるもんじゃないし……いざとなったら俺、もらってやるから……」
「ありがとうございます。ノルドさん」
終わりにするために来たみたいなのよね……と思いつつマァナはノルドに別れを告げて黒いアーチの向こうへ今度は一人きりで足を踏み入れた。
ノルドが自分の中途半端な告白に自己嫌悪している様子は誰の目にもとまらなかった。
「いざとなったら、ってどんだけ保身よ俺……自分に自分ががっかりだ!」
紆余曲折を経て、ようやくマァナはクロス・ハガードの生活圏内に入り込んだ。
町娘が何用だと不審がられ、大きな籠を危険物かと奪われそうになり、すったもんだしていた時に通りかかったアスラファールに拾われた。そんな紆余曲折。
「まさか単身でここまで来られるとは、団長はもう少ししたら戻られる……はずなのでお待ちください」
茶を淹れてくれるアスラファールの言葉は言外に若い娘がはしたないと言っているように聞こえて、マァナは一人大きな黒い椅子の上で縮こまるしかない。
「で、その籠は本当に危険物ではありませんよね?」
「あ、はい、あの、先日のお礼に果実漬けと木の実を……」
少し、持参品を出すのをためらってしまった。
なぜなら通されたこの執務室とやらが大層立派な部屋だったからだ。家具は洗練されていてどれも黒光して重たそうだし、外の光をふんだんに取り込む大きな出窓に肉厚な布地のカーテン、豪奢な飾り棚と贅を凝らして見える。
この雰囲気に果実漬けや木の実を持ち込もうとしている野暮ったい自分を恥じつつ、双葉達の作った物に対してそう思う事にとても悲しい気分になった。
ごとり、と重たい瓶を出す。
机に傷でも付けないよう慎重に。その横にカサリ、と木の実の入った茶色い袋を並べる。
「う! 果実漬け……」
「え、お嫌いでしたかっ? ど、どうしましょう」
慌てて瓶を下げようと引っ張ると、蓋にアスラファールの手がかかって止められた。
「逆です……好物なんです……あの双葉ど……達が作ったものですね?」
好物と言いつつも苦りきった表情のアスラファールに困惑する。
双葉亭で見かけた事が無い男が何故双葉達が作ったものを好物というのか……知り合いなのかな?程度でマァナにはそれ以上追求する気が無かった。
それより、すでに瓶の蓋を開け、いそいそと食器を持ち出してきたアスラファールの行動にあっけに取られた。
あれ?今、本棚っぽいところから食器出した?
え、仕事机の中からフォークが?手ぬぐいが??
綺麗な食器に取り分けられた果実漬けはマァナの前にも出された。
思っていたような野暮ったさは無く、まるで先日歓楽街で見かけた綺麗な光る石達のように艶々していた。
先ほどの悲しかった気分がとたんに誇らしいものへと変わって、それと同時にこんな綺麗な食器に乗せてくれた男をとてもいい人だと思った。
しかし、直前の違和感が拭い去れず、マァナはとうとう尋ねてしまった。どうして食器があんなところから?と
「ああ、ここは執務室と銘打った休憩室なんですよ。で、隣の休憩室と銘打った場所が実際の執務室です。」
甘い果実漬けを食べるアスラファールは普段の神経質オーラが霧散して実に幸せそうだった。
黄色の実が好きらしい。寄って取り分けているのを見て微笑ましくなってしまう。
双葉達の果実漬けはその時手に入った果実をなんでもかんでも蜜や香草などと一緒に放り込む。
瓶の中は色とりどりだ。
なおも瓶からおかわりをすくい出す男はさておき、マァナは部屋をもう一度よく観察した。
そういえば、飾り棚の上に何も無い。普通は壷などが置かれているはず。壁を見ると何か取り外したような跡がある。そこだけ日に焼けていない。絵画でもあったのだろうか。
「装飾品はクロス・ハガード団長が売ってしまわれました」
不躾な視線に気づかれちゃったとばかりにマァナは小さくなるがアスラファールは平然と語り始めた。
「ヴィネティガに予算の申請をしても下りてくるのが遅いんですよね。しかも先代の団長が前借に似たような事をやっていたりでね、遠征費用が全く無いような状態なのですよ。それで売り払ってしまえとなりましてね」
「はぁ……あ、そうだ、クロス様の上着もお持ちしたのですが、お忘れだったみたいで」
「ああ!そちらにありましたか!あの人いつでもどこでもすぐに上着を脱いで置き忘れて、また新たな物を出して着るんです。一日で6枚もの上着を回収したことがあるほどなんですよ。脱皮か!って言いたいですよ。シャツに至っては洗わず隠す習性があると判明してますし。
食事に関しても放って置くと何食も抜く、そして馬鹿食いするの繰り返しで見てるこっちの胸が悪くなります」
「まぁ……困った方ですね」
マァナはアスラファールが愚痴っぽく語るクロス・ハガード団長がいったい誰なのかわからなくなってきていた。自分の中のクロス像とかけ離れている。
一方、アスラファールの方は同意を得たと思ったのか、さらに言葉を重ねた。
「あの人は淡々とした顔をして実はせっかちなんですよ。初出勤してきた足で副官を降格、ヴィネティガ送還させたのですよ。おかげで未だに代わりの副官が来ていないのです。
ヴィネティガ本土からなんらかの圧力がかかっているはずなのに気にしたふうも無く、その後も意気揚々と勤務態度の悪い連中は降格させた上でヴィネティガ送還させるし。
騎士なんか傷物にして送り返しているようなものですよ。そうやって人は減らすくせに、盗賊団狩りに乗り出したり、近隣の地形図が不確かだと再作成させたり、テサン騎士団の方にも首を突っ込んだり、ちょっとは落ち着けと言いたくなるんです!」
これってターニャの言うところの毒かしら?とマァナは思ったが、それにしては嫌な感じよりも頑張っている人が疲れ果てているだけに思えた。神経質そうなのでよけいに苦労していそうだ。
「アスラファール様、団長様のために頑張っていらっしゃるのね。お疲れが早く癒えますように。よかったら果実漬けをまたお持ちします。今度は黄色の実が多そうなのを」
無難な言葉しか言えなかったが彼女の高音なのに柔らかな声と力の抜けるような笑顔にはなんらかの癒し効果があった。
さんさんと陽が差し込むこの部屋を厭うアスラファールだったが、その陽にあたって娘の髪が桃色に透ける様子はこの役立たずの執務室に存在意義を見出せるほど美しかった。
そうして少しアスラファールが呆けていた時、突然前振り無く扉が開いた。
クロス・ハガードが帰ってきたのだ。
ゴツゴツという重たい足音からして硬いブーツでも履いているのか、柔らかい絨毯に白い土汚れを落としている。
「マァナ・リード?」
すぐにマァナの存在に気づき、あの、絡め捕るような重たい視線をよこす。
この男に会いに来たはずのマァナは途端に椅子から立ち上がり一歩引いてしまったが必死に言葉を発した。本当に必死さのうかがえる声色だった。
「あの、先日はありがとうございましたのすいませんでした。さようなら」
それだけ言ってしまうと扉から転がるように出て行ってしまっていた。
「さようなら」に縁あわせは終わり、という想いを乗せていたのかどうか本人にもわからない。
とにかく逃げなくてはと思った。それは初めて会った時も、縁あわせ当日も同じだった。
あの男が捕まえてくれなくては自分は逃げるしかないのだと悟った瞬間だった。
「逃げた……」
後に残されたクロスはその事実だけを口に出した。
「そりゃ逃げますでしょう。『三婚の礼』も済ませていない縁あわせの相手を娘の方から訪ねるんですから、よほどの恥を忍んでやって来たんでしょうね」
しみじみ言いながらアスラファールは皿に残った果実漬けを再び食べ始めた。
「さん……なんだそれは」
「ご存じないんですか? まさかそれで放置していたんですか? 乗り気じゃなかったのではなく?
『三婚の礼』とは縁あわせのしきたりです。男の方が縁あわせ後に娘のもとへ通い、3回目に娘から共に出かける意思を告げられれば本格的にお付き合いして結婚へ向かいます」
クロスは押し黙って眉根を寄せて聞いていた。
ここまで表情を出す彼を今まで見た事がなかったアスラファールは面白いものを見つけたように凝視した。
「それは『三顧の礼』のまがい物か、ここの世界ときたらまったくでたらめな」
クロスの視線の先には娘に忘れられた大きな籠だけが所在なさげに転がっている。
「こ、じゃないですよ。こん、ですよ。団長たるもの言葉は正しく覚えてください」というアスラファールの小言がどこか遠くで響いているようだった。
作者も忘れがちなのですが『ヴィネティガ駐屯兵団』が正式名称です。
設定イラストなんてナチュラルに『ヴィネティガ騎士団』って書いてます……
ちゃんと覚えているのはクロスだんちょーだけだと思われます。
6月9日一部文章変更。
果実漬けに対する表現。
「宝石」→「先日歓楽街で見かけた綺麗な光る石達」
よく考えるとマァナさんは宝石というものをきちんと把握してそうになかったので。




