縁あわせ 14 追い立てられる娘
テサンの町は『水祭』に向けて動き出していた。
きたる暑い季節が少しでも穏やかになるようにと願って町中を水浸しにする祭りだ。
別に水を直接撒くわけではない。だが、結果的にはテサン中が水浸しになるそんな祭り……なのだが、マァナはそれどころではない状況だった。
来ない。クロス様の後日っていったい……
右足首は完治した。見苦しいからと長い靴下で隠していた膝から下の傷も薄くなった。
その頃になってもクロスは一向に姿を見せてくれない。
「マァナちゃん? まだお元気出ないの?」
庭に植えた香草の手入れをしていた昼下がりにお隣さんから声をかけられた。
というか、この香草を植えている庭はお隣さんの敷地に侵略した畑だったりする。
「……元気よ? ミヨコさんこそ今日は調子どう? 『さっぱり定食』残してたけど」
ミヨコ・ラドラーさんはとても小さい真っ白髪のお婆さん。
昔はマァナくらいの大きさがあったらしいが、歳をとって小さくなったそうだ。
一年前に亡くなった旦那さんはテサンの騎士だった。
ミヨコさんは料理が壊滅的に不得手なので夫婦二人揃って双葉亭の常連だった。
今では少し足を悪くしたので朝食と夕食をマァナが庭を挟んだ燐宅へ配達している。
彼女は自分のために料理をする気が全く無いらしく、それを双葉亭の住人達が見かねたためにこうなった。
メコ粉を使った『さっぱり定食』はもともと食の細くなったミヨコさんのためにマァナが作ったものだった。
「ごめんなさいねぇ、お粥は食べれたんだけど卵はちょっとねぇ」
ミヨコさんは何故かメコ粉を使った料理を『オカユ』と呼ぶ。
彼女の言う『オカユ』とは白くてとろみがある懐かしい食べ物なのだそうで、マァナが作ったものはまさにソレだったらしく、作った当初は涙を流して喜ばれて驚いた。
それ以来、ミヨコさんの食べたい物を探っては美味しく作れると双葉亭の朝メニューに加えたりしている。
「朝の卵は二日にいっぺんくらいにする?体にはいいんだから食べて欲しいよ」
「そうしてもらおうかしらねぇ」
「あと、『オカユ』じゃなくて『さっぱり定食』だよー」
「……マァナちゃんは料理が上手なのに名前のつけ方はさっぱりね」
どうやら今日も名称を変更してはくれないらしい。
「ところでうちのゼタ坊しらない?朝から姿がみえないのよ。なんだか最近よく出かけちゃうの」
「あ、そういえばテサン騎士団に顔を出してるんだって。皆が言ってたよ」
「恋しくなっちゃったかねぇ」
「……かもねー」
陸馬であるゼタがマァナの行方不明事件の折に活躍してくれた事は飼い主であるミヨコも、行方不明の当事者だったマァナも聞かされていた。
ヴィネティガ騎士団長を乗せて走ったと。
もともとテサン騎士だった旦那さまの馬だったので以前の事を思い出して懐かしくなってしまったのではないかとマァナは思う。
「ゼタ坊はその団長さまを探しにいってるのかもしれないねぇ」
「……うらやましい」
「マァナちゃん?」
「あたし、お店にもどるね! 下ごしらえしないとなのー」
思わず口から出た言葉に言った本人が飛び上がるほど驚き、そのまま店の裏口に駆け込んだ。
胸が苦しくて思わずそのまましゃがみ込んだ。
縁あわせが決まってからずっと自分が情緒不安定なのは自覚がある。
そんな中で男達に追われたり、商店の娘達に嫌われたり、鈍感な自分に気づいたり、知らないターニャを見たり、いろんな事象が合わさってますます混乱していた。
マァナは短期間で自分の日常を見失った状態になっていたのだ。
そして地に足をつけるためにはクロス・ハガードが必要だと思うようになっていた。
あの男さえ、会いに来てくれたらそれで大丈夫な気がしていた。
「でも、もう駄目かも……」
口に出してしまったがために本当になにもかも駄目になりそうな気がする。
「なにが駄目なんだ?」
レーンが見下ろしてきていた。いつからそこに居たのかマァナは全く気づかなかった。
慌てて立ち上がるが、その様子を見ていたレーンの顔が怒りの形相に変わる。
「あんた、もう、行きな。リーン! マァナ追い出すから準備しとくれ!」
えぇぇ!?追い出すって何っ!
声も無く困惑するマァナの腕はレーンに捕らわれ、ぐいぐいと準備中の厨房に引っ張られた。
「なに持たせる?」
「果実漬けと炒った木の実でいいんじゃないかぃ?酒はまずいだろうし。あと、アレ忘れないように」
「ああ、アレね」
「「クロス・ハガードの上着」」
あれよ、という間にマァナは大きな重たい籠を持たされて店先に放り出された。
「テサン騎士団には行けるね? 昔しは通っていたし」
「い、行けるけど……」
「そこでヴィネティガ騎士団の場所聞いて行きな。こないだの礼だとか忘れ物届けにだとか適当に言えばいい。とにかく、クロス・ハガードに縁あわせは終わりだって言って来な」
「そそそそんな!」
どもった声を上げたマァナの目の前で店の扉がバタンと閉められた。
「あたし、こんな格好で行けないよ!」
普段着もいいとこな白いシャツにベージュのくたびれたスカート、髪は朝結んでそのまま。
ギッと再び扉が開き、双葉が顔を出す。
レーンが懐から手ぬぐいを出してマァナの顔と指先を拭った。
そして上から下にと眺めて、「大丈夫」と言うと再び扉を閉ざし、施錠までされた。
裏口に回れば店には入れるだろうが……再び放り出されるのは目に見えているのでマァナはテサン騎士団目がけて歩き始めた。
籠が重たくて真っ直ぐ歩けない。何が入ってるのかと、上の布をめくって中を覗くと果実漬けの大瓶が2個も入っている。重たいわけだ。それと茶色い袋と、丁寧に折りたたまれた見覚えのある濃紺の布。
縁あわせの時のクロスが履いていたズボンと同じ色だった。
それを見ただけで否応無しに心拍数が上がった。
ふらふらと歩き出した娘を双葉達はドアの隙間から観察していた。
「あの子、縁あわせ終わらせてくると思う?」
「さぁね。断るならそれほど縁が無かったってことだろ。泣きそうな面見るのはもうごめんなんだよ」
「マァナを守るのにあれほど適した男、めったに居ないと思うけどね……マァナが普通の娘だったらよかったのに……」
「ばかだね。普通だったら、あたしらと縁がなかったはずだよ」
「そりゃそうだ」
双葉達はお互いを慰めるように肩を叩き合って今度こそ店のドアを閉ざしたのだった。
テサン騎士団は双葉亭から南にちょっと行った所にある。
白い大きな石造りの建物で、背後にはテサン中央本殿がそびえ建つ。
マァナには「テサン台頭とかいう偉い人が居る所」くらいの知識しかなかった。
『台頭』とはテサン随一の有識者が得る一席しか設けられていない位で、内政、外交、自衛騎士団、全てへの発言権と決定権を持つ。実際、「偉い人」で間違いない人物だ。
しかしてマァナは名前すらうろ覚えなほど。
これは彼女に限らず、町の住人達は一様にその程度だった。
何故なら台頭は表に出てこないためその認知度が低い。主立った行事にも姿を現さないのは、ひとえにテサンでは『王』を名乗れないからだった。
『王』を名乗れるのは魔術師だけ。テサンは魔術師を置かない施政方針だ。
権力を持ち、民衆の前に立てば魔術師でなくとも『王』に近づいてしまう。
それを避けるため、テサン台頭は一種の役職であるように振舞う。
そして、かのヴィネティガの侵攻を敬遠し続けている。様々な圧力を受けながらも……
その圧力の一端、『兵役』から逃れなくてはならないマァナだったが今やそんな事は雲の彼方で、重たい籠を抱え、テサン騎士団前で脳内迷子に陥っていた。
クロス様に会ったら、まずは先日のお礼でしょ、それから謝って、上着をお返しして、お詫びの品を渡して、縁あわせは終わりですって……いう?!のは別れ際の後腐れない時にして……
マァナにとって双葉の言葉は絶対的だった。
それを覆すだけの何かがまだ足りていない。
クロス・ハガードに対して自分が抱いている感情を把握しきれていなかった。
だから、ただ、会いたかった。大きくて熱い肌を持つ男に。
夜中の更新ですので誤字脱字その他あるかもしれません。
明日、手直しします。
更新自体を明日にした方がいいのかもと思いつつの更新です・・・。




