縁あわせ 12 その後で
「では身柄はそちらにお渡しするということで?」
「そうですね。彼女に声をかけたというのがテサン内ですので全面的にテサン騎士団にお任せ頂く方向になると思います」
「こちらとしては近隣の盗賊団の残党だった場合、対処をしたいので早めに尋問したいのですが。なにぶん、強引なやっつけ仕事をしているもので、テサンに被害でも出ようものなら本末転倒ですから」
「そうですか、では夜にはそちらに一時移せるように手配しましょう」
ヴィネティガ駐屯兵団 団長補佐官アスラファールとテサン騎士団 テッツ・ローディア、同じくノルド・ガイドが双葉亭の大机を挟んで対峙して捕縛した男二人の処遇を話し合っていた。
ここに帰る道すがらも似たような話に没頭していた三人だったが、改めて書面作成をしている。
当の男二人はなかなか目覚めないので途中のテサン騎士団詰め所に預けてきた。
「じゃぁなにかい! 一人で歓楽街まで行ったってのかい!」
「あたしら、あんたに言ってたよね! 危ないから駄目だって!」
「ごめ……」
「謝るより先に訳をいいな!」
「……」
「この強情っぱり! 誰に似たんだい!」
「リーンじゃないのかぃ?」
「はぁ!? レーンの間違いだろ?」
その横では双葉が二人がかりでマァナへの説教大会から仲たがいに脱線しつつあった。
二つの議題から少し離れたところにクロスは立って店の外を見るともなしに見ていた。
窓の外を突然陸馬が横切った。みまごうことなき老馬、ゼタの帰還だった。
いつしか少し低くなった陽を浴びながらのんびりと隣家に入っていく。
「ぅむ」
一人でクロスは頷いて背後を見ずに言い放った。
「男二人はテサン、ヴィネティガ、両団預かりにして合同で尋問した後、魔術師はヴィネティガに送る。テサンに魔術師はいらないからな。」
一斉に騎士達はクロスの背を見て黙りこむ。
「それと、リーン殿もレーン殿もそのへんにしろ。マァナが居なくなった時の騒ぎっぷりを本人に話されたくなかったらな」
双葉達もクロスの背を見て黙った。
マァナは急に黙ったリーンとレーンを交互にうかがった。
この二人でも誰かに何か言われて止まることがあったんだー、と感心しつつ。
それからクロスは振り向いてマァナの瞳を絡め捕った。
「君は今日はゆっくり眠った方がいい。また後日会おう」
そういうなり踵を返して店を出て行った。
慌ててアスラファールが「またはじまった、暴走だ」とつぶやきながら後を追い、ノルドとテッツが「ヒーツ団長に聞かなきゃいけなくないか」と相談しながらバタバタと帰り支度を始めた。
「後日っていつかなぁ」
肌の熱がまだ取れない気分のマァナは縁あわせの相手のそっけない去り方に肩を落とした。
双葉達もため息をついて席を立つ。説教はきりあげらしい。
だいたい怒鳴ってもマァナにはこたえないということを二人は知っていた。それなのに怒鳴り散らし、それをクロスに諭されたことにどっと疲れが出た。
「ぽっと出の男が知ったような口で……」
「ああもう、誰だいあんな男ここに連れ込んだのは。ロイだったね。ああ腹が立つ」
「あれ? この縁あわせってロイおじさまの持ってきたお話だったの?」
ふいに出た常連客の上品なおじさまの名前にマァナは反応した。
ロイは一番古くからの客だ。
いつもニコニコしていて、年齢を重ねた顔の皺がそのまま彼の人の良さを表しているように見える男。 マァナはお客様というよりは父親か祖父のように慕っている。
以前は毎日のように来ていたが、いつの頃からか月に1度程度になっていてマァナはずっと寂しく思っていた。
双葉達はマァナの問いに答えるつもりは無いらしく、知らん顔で左右から肩を貸してきた。
厨房横の狭い空き部屋で体の汗を軽く拭い、着替えた。
この足で明日はお風呂に行けるのかしら?と、手当てしてもらってから時間がたつにつれシクシクと痛む右足首を不安げに見下ろした。
「今日、一緒に寝ちゃ駄目? 階段あがるのしんどいし……」
マァナは一人になりたくなかった。怒られてもなんでもいいからリーンとレーンと一緒に居たかった。
「「子供かぃあんたは」」
「まだ成人してないからいいの」
一階の厨房奥にあるリーンとレーンの部屋のベットに寝かせてもらえた。
二つのベットを並べただけなので真ん中に寝るマァナは痛い思いをしたり、たまにベットの狭間に落ち込んだ思い出がある。
二年前に部屋をあてがわれてからは一緒に眠る機会はほとんど無かった。
久しぶりの二人の香りのするシーツにほほをすり寄せると、自分が今までいかに独り寝を寂しく思っていたのかを痛感した。
ふわふわ睡魔が襲ってくる。
「食事はどうするんだい」
「今日はいいよー」
でも眠ってしまう前に言わなければいけないと思っていることがあった。
言いつけを守らなかった今日の理由。
「あたしねー、縁あわせの相手に好かれたかったの。だから少しでもお化粧しようと思って……」
「そんな理由かぃ。どうせ商店のうるさい娘達の入れ知恵だね。ばかな子」
「それでさっきはあの男が居たから言わなかったんだね。ほんとばかな子」
リーンはベットに腰掛けてマァナのふわふわの髪の毛に手を入れ、レーンは部屋の机の中から何かごそごそ取り出し、マァナの枕元に置いた。
「なぁに?」
「なんでも話せって昔から言ってるだろ」
「あたしらとあんたは他人なんだよ。会話が血の繋がりのかわりなんだ。」
枕元に置かれたのは小ぶりな木箱。
休息を欲しがる体を無理やり半身起こしてマァナは箱を開けてみた。
「これ……」
それは化粧品だった。
どれも小ぶりではあったが、マァナに似合いそうな淡い色合いの粉やら紅やらが収まっている。
「準備に時間がかかるって言ってたろ。あたしらの言葉をおろそかにしちゃいけないよ」
「まぁ、あたしらの言葉足らずって意見も聞くけどね?」
双葉達は最初から用意してくれていた。服も、縁あわせも、化粧品も。
良く考えたらわかったはずだとマァナは胸が痛んだ。彼女達はいつでも自分のことを考えてくれていた。
「あたし、ね、自分のことだけだった。『男の人のオトシ方』なんてはしたないことばっかり考えて、クロス様に会った時に気づいたの、好かれようって努力するのって、クロス様を知ってからすることだよね?
会う前にこんな風に無理してすることじゃないよね。無理して、二人がいっぱい準備してくれた今日まで、めちゃくちゃにしちゃって、あたし……あたしっ……恥ずかしいよぉ」
ぐずぐず泣き出したマァナをよそに、リーンは涙やら鼻水が飛んでこないように化粧箱に蓋をし、レーンは手拭いを出して乱暴にマァナの顔に蓋をした。
「もがもが……」
「間違っちゃいないよ。会う前から好かれる努力をするのはね」
「縁あわせなんてのはあたしらが勝手にあてがっただけのもんだ。あんたはそれに前向きになろうとしただけだ」
「「空回ってたけどね」」
二人の声が次々優しい波のようにマァナの耳に届くので泣けなくなった。二人の言葉をちゃんと聞かなきゃ、と思ったから。
「無理ならあたしらはこの町を出たってかまわないんだよ。あんたがそれを嫌だっていうなら用意されたこの縁あわせを自分のものにしてみせな。もしくはあたしらが納得する男を見つけて来な。あたしらはあんたをヴィネティガに一年だってやる気は無いんだからね。」
「それと、あんた、ほんとにもう商店の娘どものトコに行くのよしな。ろくな言葉も知識も覚えてこないだろ。ターニャんとこだけにしな」
「……もが」
「なんだって?」
ようやく手ぬぐいを顔からはずしてもらった。
「あと一回は行くよ……縁あわせの報告しなさいって言われてるもの。それよりね、あたし気になってることがあるの。どうしてクロス様が来てくれたのかって……」
出来すぎた救出劇だったと日頃何事にも頓着しないマァナでさえも思っていた。
「「それはまぁその……………………縁だろ?」」
「はぃ?」
「縁あわせをするくらい、縁があるってことだよ。つべこべ言わず寝な」
双葉達のいつにないうやむやな言葉に釈然としなかったが、無理やりベットにねじ込まれたマァナは今度こそ睡魔に身を任せる事を許した。
なにせ、今日はマァナにとって非日常すぎた。
帰路はゆっくりだったが慣れない陸馬に乗せられ緊張したし、双葉亭に帰った瞬間からずっとリーンとレーンがわめきっぱなしだったから精神的に限界突破していたのである。
だからとても大事な事を忘れたまま眠りについた。
クロスにまともに謝ってもいなければ、きちんとお礼を言ってもいないと気づくのは明日の朝のこと。




