永久の花
永久に咲く花を知ってるかい?
彼はそう言って腕に抱いた彼女の髪にそっと顔を埋めた。
黒く艶やかな長い髪が揺れる。
彼女は彼の胸の中で目を閉じたまま呟く。
知らないわ。
顔を上げて、髪に埋まっていた彼の顔を見つめる。
ゆっくりと繋がる唇。
朝焼けの赤い光だけが薄暗い部屋を仄かに照らす部屋の中。
彼が指さす先には、小さな植木鉢が置かれていた。
あれが、悠久花。
とこしえに、さく、はな。
小さな植木鉢にさらに小さく乗っかっている白い花。
雪よりも白く、彼女の知っているどの花とも違った形状をした、美しい花。
朝焼けに染まりほのかに色づくその色は、初恋にときめく処女の頬の様な色をしている。 水も要らず、陽の光も要らず、枯れることなくその姿を留め続けた花。
何代もの人の手に渡り、その歴史を眺めていた花。
彼が花を指さしたその手に、そっと彼女の指を絡めて引き寄せる。
彼女が彼の胸板を撫で、うっとりしたように、そして言う。
確かに奇麗。でも可哀想ね。
どうして?
本当に美しい物は刹那を生きるのよ。
あの花をいついかなる時にも見ることの出来ることは、それなりに気持ちいいことかもしれないけれど。
桜を見る時のような、鮮烈な印象を残すことはきっとない。
それは、あのときあの瞬間に出会えたことに対する喜び。もう二度と同じ時は来ないという過去への希求の念。これからももう二度とないであろうことを望見してしまう愚かさ。
希望という名の幻想。あまりにも美しい、夢幻。
本来の美しさに加えて、時間という制限を得ることによって、花に限らず、何もかもが、激しく輝きだすの。
人生は一期一会。
物質的な永遠なんて、私はいらない。
あなたといるこの一瞬が全て。この一瞬を久遠に変えて、ただ感じていたい。
そして枯れ落ちる時にこう言うのよ。
私の一瞬一瞬の連続という人生の中で、輝いていない時はなかった。
全てが私の心を悠久の時で満たして眩しく輝いている。
全てが終わる今、この時も。
彼は彼女の髪を優しく優しく撫でた。
……花は散るから美しい。散りゆく様も、そして散り終わった後も。永遠に私達の心の中で輝き続けるでしょう。
人は死ぬから美しい。死に向かって、けなげに走っていく様は、あまりにも光に溢れている。そして、死んだ後も。私達に永遠を残していくでしょう。
彼は彼女の髪を優しく優しく撫でた。
いつでも見られる。だからその成り行きを見守る必要もない。
いつしか、忘れ去られていくだけの存在。
その日、永久に咲く花は、誰にも見られることなく、ポトリと落ちた。