ホワイト・バレンタイン
本当は今日、一緒に座っている筈だった。
先週につまんないケンカをしなければ、向かい側には彼女が座ってて、チョコにリボンをかけて渡してくれる予定だった。
売り言葉に買い言葉だったけど、それが彼女のプライドに障る言葉で、彼女は泣きながら走って帰った。
僕も家に戻った時にはまだ相当に腹を立てていて、仲直りのメールどころか携帯電話に名前を表示させることすらイヤだった。
けれど翌朝「おはようメール」が来なかった時、もしかしたら取り返しのつかないことをしたのかも知れないと感じた。
僕から彼女に送った「おはようメール」の返信は来なかった。
放っておけばそのうち機嫌も直るだろう、こっちから歩み寄るのはなんとなく面白くない、そう思って一週間。
彼女からは何も連絡がないままに、バレンタインデイが来た。
もう、僕とは終わったつもりなんだろうか。
昨日の部活帰りに、彼女が同じ部の男と楽しげに話しながら歩いているのを見た。
肩越しに僕を見て、見えないフリをした。
僕は自分が透明人間になったように思った。
あの時、言い返さずに冷静に彼女の言葉を受け止めれば、透明人間にならずに済んだんだろうか?
帰宅してすぐに侘びのメールを入れれば。
泣きながら走り出した彼女の腕を掴めば。
ifの場合ばかり考えて、結局僕はこうして今も動き出さずにいる。
そして、ひとりでホットチョコレートなんか飲みながら、もしかしたらなんて考えているのだ。
「雪が降ってきたわね」
睦美さんがカウンターの中で言う。
楽しそうなカップルたちに背中を向けたカウンターに座る僕に、睦美さんはいつものふんわりした笑みを浮かべる。
「ねえ、ちょっと頼まれてくれないかな。看板の横に大きな花があるの。それを店の中に入れて欲しいんだけど」
きょろきょろと店内を見回さなくても、ひとりの客は僕だけ。
「いいですよ、でもドリンク代割り引いてくださいね」
看板の横に花なんてあったっけ、と立ち上がって店の外に出た。
花は、確かにあった。
植物じゃなかったけど。
マフラーをぐるぐる巻いて、ニットの帽子を目蓋ギリギリまで下げて、とてもせつなそうな顔して。
「どうしても、渡さなくちゃと思って」
赤い包装紙に金色のリボン。
「私が意地になりすぎてたの。ごめんなさい。それとも、もうダメ?」
「ダメだったら、ここになんて来てない。僕が先に謝れば良かった。ごめん」
侘びの言葉は一度口に出してしまえば、とても簡単に僕たちを溶かした。
「こらっ!頼まれたことはすぐ遂行しなさい!コートもなしにそんなところにいたら、凍っちゃうわよ」
睦美さんがドアから顔を覗かせる。
彼女と一緒に店に戻ると睦美さんは満足そうに微笑んだ。
「そうそう、バレンタインに恋人同士が別々にいるのなんて、良くないわ。ね?」
外は雪、ずいぶんとロマンティックだ。