メリー・クリスマス
クリスマス・イブの前日は天皇陛下の誕生日で、睦美ちゃんは朝からてんてこ舞いだった。
俺だけの手伝いじゃ全然足りなくて、睦美ちゃんの友達を応援に頼む。
ドアにリースを飾って、テーブルの花が小さなキャンドルスタンドになって、生木のツリーを設えただけのクリスマス仕様。
豪華なクリスマス・ディナーじゃなくて小さな店のささやかなランチでも、家族連れは楽しそうだ。
「チキンのトマトソース・温野菜のサラダ・オニオングラタンスープ・玄米のごはん・デザートはお楽しみ」
メニューは一種類、子供用にはハーフのプレート。
家族構成を見ながら、睦美ちゃんは盛り付けを微妙に変えていく。
カウンターの中から窺う「ビジネス用の顔」は、結構シビアだ。
「鉄のよろい」だけじゃなくて「はがねのつるぎ」も装備してるな、と思う。
夜の七時に閉店した時には、睦美ちゃんはグダグダに疲れていた。
「店の掃除しとくから、先に風呂入っちゃえば?」
「ごめん、そうさせて下さい。足が浮腫んで死にそう」
死なれちゃ困るので、居住部に睦美ちゃんを押し込む。
やらなくちゃならないことがあるし。
掃除を済ませて、自分も居住部に戻る。
夕食は昨日の続きのカレー、店とは違っていたって地味。
仕方ないよな、睦美ちゃんの仕事はそんなだし、はじめからわかってたことだし。
炬燵で向かい合ってカレーを食べるクリスマスのイブイブ。
俺も別にクリスチャンじゃねえし。
「明日は誰か手伝い頼んでる?」
「うん、大丈夫。今日ほどお客さん多くないと思うし」
「ごめんね」
睦美ちゃんは唐突にそう言った。
「一緒に住んではじめてのクリスマスくらい、ふたりでちょっと良い夜を過ごせれば良かったね」
去年は俺の仕事が立て込んでたのに、睦美ちゃんは嫌な顔をしなかった。
皿をシンクまで運んで、睦美ちゃんの座っている所に一緒に入る。
二人用の炬燵、小さい。
肩に腕をまわしたら、睦美ちゃんは柔らかく寄りかかってきた。
大丈夫、これも充分良い夜だから、なんて照れくさくて言えないけど。
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朝起きて、出勤途中にコートのポケットに手を入れたら、知らない感触があった。
引っ張り出すと新しい手袋、中に小さなカード付。
うーん、同じようなことを考えるもんだ。
あと一時間もすれば、店で仕込みをはじめた睦美ちゃんは、マイカップのなかに包みを見つける筈。
食べ物を扱う睦美ちゃんは指輪はつけられないから、ピアス。
ちゃんと驚いてくれよ。
会社に着いたら、携帯の着信音が鳴った。
―ありがとう。だいすき。 睦美
もちろん、すぐに返信した。
文面については、珍しく秘しておく。俺にも照れや恥じらいってものは残ってんだ。
fin.