ホットチョコレート
ふられた。
去年のバレンタインデイに「いっちゃんち」のおばあちゃんのチョコレート教室で一生懸命に作ったチョコを持って、バスケ部のあいつに決死の覚悟で告白した。
「今カノジョいないし、つきあってみちゃおうか?」
そんな軽いノリのOKでも、私にははじめてできた彼氏だった。
毎日部活が終わるのを待って一緒に帰って、毎日メールして、手を繋いで映画を見た。
夏休みには一緒に海に行って、夕暮れの浜辺でキス(ファーストキスだった)までしたのに。
「おまえ、ウザい」
ひどい一言で、あっさりメールに着信拒否をかけられた。
部活の帰りを待っていると、裏口から出ていくようになった。
あたしと話してくれないから、友達に頼んで理由を聞きに行ってもらった。
そうしたら、その日のうちにあいつからメールが入った。
―毎日待ってられたり、どこがイヤだったって説明させられたり、超迷惑。
俺しか楽しみがないようなヤツって重たくてウザい。もう、俺にはかかわらないで。
だってだってだって!
つきあってたら、毎日一緒に帰りたいじゃない。休みの日も顔を見たいじゃない。
メールの最中に寝ちゃってたら寂しいじゃない。何考えてるのか、あたしのこと好きなのか、ちゃんと知りたいじゃない。
あいつの都合優先で、友達との約束は何回かキャンセルしたけど、それだってあいつが喜ぶと思って!
・・・それが重いってことは、あたしのこと好きじゃなかったの?
あいつと手を繋いで帰った公園の抜け道を、うつむきながら帰った。
「いっちゃんち」は綺麗になっちゃって、ちょっと可愛いお店になってる。
チョコレート教室で一緒にいた友達は、その後も通って来てるけど、あたしは入ったことがない。
帰りは毎日あいつを待って遅くなっていたから。
ドアを押すと、チリリリンと可愛い鈴の音がした。
どこか違う国のリビングダイニングみたいな、不思議に落ち着くインテリアの中で、若い女の人が笑う。
「あら。一子さんのお客さんだった人ね」
会ったこと、あったっけ。
「最後のチョコレート教室に、私もいたのよ。勉強させてもらってたの」
そう言えば、大人も何人かいた気がする。
あたしはあの時、あいつに渡す物を作るので頭がいっぱいだった。
好きだったのに。一日中ベタベタしてたいくらい好きだったのに。
なのに、あたしのことがウザいって。
「チョコレートなんて、キライー!」
しゃがみこんだあたしを、他のお客さんが見てる。
八つ当たりの営業妨害だ、あたし。
だって、苦しい。悲しい。なんでこんな思いをしなくちゃならないの。好きだったのに。
女の人に肘をつかまれて、カウンターの中に座らされた。
ひとしきり泣いて、やっちゃった気分で顔をあげると、目の前に湯気の出るカップが差し出された。
「これ、まだお店に出してないの。試作品だから飲んでみて」
甘い香りが立つ。
「・・・おいしい」
「でしょ?キライじゃないでしょ?」
悪戯っぽく笑った女の人は、それきり何も言わなかった。
迷惑をかけた分だけお勘定をお願いしたら、商品じゃないからと受け取らなかった。
ごめんなさいって何回も頭を下げると、そういうこともあるのよって笑うだけ。
「冬になったら、メニューに載せるわ。その時にはちゃんと支払ってもらうから」
その後、「ハーモニー」には友達と何回も行ってる。
睦美さんはにこにこ話を聞いてるだけで、何も言わない。
一度だけ、睦美さんの話を聞いたことがある。
「誠司君は私のやろうとしてることを止めようとしたり、私の時間を独占しようとしたりしたことは、ないよ」
あいつがあたしを「ウザい」って言ったのは、そういうことだったのかな、と思う。
fin.