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振り向き  ー良寛と陶淵明ー

掲載日:2026/10/02

ある一つの作品が書かれ、作られる。するとそれを誰かが読んで、その価値を判定する。その「誰か」は本人であってはならない。誰か別の人間でなければならない。別の主体、別の存在でなければならない。

 

 仮に、本人がどれほど客観的な基準を持ち出し、「この作品には価値がある、お前たちにはどうしてそれがわからないんだ!」と論理によって証明したとしても、その論理はその主体が選んだ客観性でしかない。その外側に別の主体という名の、別の客観が立てられる可能性は常に残されている。他者は外側に存在し続ける。

 

 私がある詩を読む。私はその詩を面白い、とか、興味深い、とか、つまらない、とか感じる。この時、その詩、その作品が私の方を向いている必要はない。むしろ、私は私の方を向いている作品をつまらない、と思う。

 

 文芸評論家の三宅香帆は次のように書いている。

 

 「そういう意味で、私が「この文体は私のほうを向いている」と真に感じた批評家は、橋本治と中島梓だけだった。ふたりとも、女性のほうを向いている文体を書いている批評家、であるように感じた。」

 (note記事「批評の文体をひらきたいー2025年から考える」より)

 

 三宅香帆は私とは正反対のようだ。上記の文章を読むと「私のほうを向いている」の後に続けて「女性のほうを向いている」とある。なので「私=女」という式がある程度は成り立つだろう。

 

 こうした個別的な「私」に向かって書かれた作品というのに私は興味がない。私は別の「誰か」に向かって書かれた作品を愛する。

 

 …それでは、その「誰か」とは誰なのだろうか。それはあなた、つまり「ヤマダヒフミ」ではないのか。それしか考えられないではないか。この文章を読んでいる人はそう問うかもしれない。

 

 もし私が三宅香帆と同じように言うのであれば、私は「自分のような男性に向かって書かれた作品を愛する」と言っただろう。しかしそうなると、文学の普遍性を主張するのは無理な話となる。それは「自分のような男性」という個別化された存在に適合するかどうか、というのが私の判断基準となっており、それでは私のような人間以外にとっての作品の価値を主張するのは難しくなる。

 

 三宅が「私の方を向いているかどうか」を作品の価値判定基準に使っているという事は、文学の普遍性を捨ててしまっている事を意味する。

 

 厄介なのは三宅のような人は、自分の好悪を価値付ける為に、文学という権威を借りてくる、という事だ。自分の好き嫌いが全てなのにも関わらず、文学史という公的なものに載っている文学者の名前を出してくる。これは文学の矮小化に他ならない。

 

 三宅香帆に関してはこの程度で終わるが、私が今言った事についての反論というのは当然考えられる。「文学の普遍性というものは果たして本当に存在するのだろうか? それは必ず、特定の個別者に向かって書かれなければならないのではないか? あなたの言っているのは机上の空論ではないか?」 …このような反論が考えられる。

 

 ただ仮にこうした反論が正しかったとしても、だからといって三宅香帆という個人に向かって書かれた作品が直ちに価値ある作品とは言えないはずだ。他にも個別的な存在は無数にいるのだから。三宅が特別扱いされなければいけない理由がわからない。なので、こうした批判もそれほど本質的な批判ではないと私は思っている。

 

 ただ、この批判の面白いポイントを取り上げると、「文学の普遍性は果たして本当に存在するのか? それは特定の個別者に向かって書かれなければならないのではないか?」という事だ。普遍性と個別性はどこかで融和されるのだろうか。このポイントについて考える事は、三宅香帆の言説を吟味するよりも、もっと深い問題を提供するだろう。

 

 ※

 私は良寛の漢詩を一つの例としてあげる。良寛の代表作と言っていい漢詩が次のものだ。

 

【青陽 二月の初め 物色 稍(ようや)く新鮮なり            】

 此の時 鉢盂(はちう)を持し 得得として市鄽(してん)に遊ぶ

 児童 忽ち我を見 欣然として相将(ひき)いて来たる

 我を寺門の前に要(むか)え 我を携えて歩むこと遅遅たり

 盂を白石の上に放ち 嚢(ふくろ)を緑樹の枝に掛く

 此(ここ)に於いて百草を闘わせ 此に於いて毬児(きゅうじ)を打つ

 我打てば渠(かれ)且つ歌い 我歌えば渠之を打つ

 打ち去り又打ち来たりて 時節の移るを知らず

 行人 我を顧みて笑う 何に因りてか其れ斯くの如きと

 頭を低(た)れて他に応えず 道(い)い得るも亦(また)何にか似ん

【箇中(こちゅう)の意を知らんと要(ほっ)せば 元来 祗(た)だ這(こ)れ是れ】

 

 漢詩で表すと難しそうに見えるが、内容的にはそれほど難しくはない。これは良寛が春のはじめ頃に、子供と遊んでいた光景を歌っている。

 

「此(ここ)に於いて百草を闘わせ 此に於いて毬児(きゅうじ)を打つ

 我打てば渠(かれ)且つ歌い 我歌えば渠之を打つ」

 

 ここにはリズミカルでコミカルな子供との遊びの光景が広がっている。百草を闘わせ、とは草の茎を引っ張り合って切れた方が負け、というゲームらしい。私も子どもの頃にした覚えがある。

 

 「此に於いて毬児(きゅうじ)を打つ/我打てば渠(かれ)且つ歌い 我歌えば渠之を打つ」 


 ここは一人が手毬をついて、もう一人が毬つきに合わせた歌を歌う、という遊びらしい。いずれにしても良寛という禅僧が子供と遊ぶ朗らかな調子が広がっている。

 

 この調子は終盤で一転する。

 

 「行人 我を顧みて笑う 何に因りてか其れ斯くの如きと/頭を低(た)れて他に応えず 道(い)い得るも亦(また)何にか似ん」

 

 ここでは、通りがかりの人が良寛を見て笑った事が言われている。良寛という風変わりな僧侶がいる事ぐらいはおそらく地元の人も知っていただろう。そうした通行人が良寛を見て「いい大人が子供と遊んで何をやっているんだ」と笑う。良寛はそれに対して「頭をたれて」、何も言い返す事ができない。

 

 最後の行は次のようになっている。

 

 「箇中(こちゅう)の意を知らんと要(ほっ)せば 元来 祗(た)だ這(こ)れ是れ」


 ここでは、良寛が、子供と遊んで呆けている自分の心中を知りたければ、「元来 ただこれこれ」、つまり、これこれ、この場面がそのまま自分の心だ、と言っている。


 ※

 良寛の詩で注目したいのは、この詩は一体、「誰」に向かって書かれているか、という事だ。

 

 三宅香帆に話を戻すと、三宅はベストセラー作家であり、その通りに、大衆に向かって書いている。これは「現に存在している人々」「今、主流である人々」に向かって語りかけている、という事だ。

 

 三宅は大衆に優しく語りかける事を自身の仕事だとはっきり言っている。それどころか批評家とは「そういうものだ」とすら言おうとしている。(「批評の文体をひらきたい」)

 

 三宅は過去の批評家の文章を読んで、それが「私の方を向いているかどうか」を気にしていた。そしてその「私」とは「女性」と重なる部分が多い。三宅の私とは、文学を学び、考える主体としての「私」ではなく、あくまでも生活している実感の延長線から出てくる「私」である。

 

 三宅がベストセラー作家だという事実は、三宅が「私の方を向いているかどうか」を気にするという事、その「私」をうまく大衆の感性とつなげる事ができた事を意味するだろう。つまり多くの人間が抱いている「私」と三宅の「私」を合致する方向に持っていく、という事だ。

 

 このようにして融和された「私」は現代では見慣れたものとなっている。ポップソングは「君は一人じゃない」と叫ぶ。先日、私はあるタレントが「孤独だけは良くない」と言っていたのを知った。タレントという仕事の特性を考えると、これはおかしな意見ではない。タレントは大衆との結びつきが重要であり、人々がバラバラに孤立してしまえば自分の仕事が失われてしまう。

 

 こうした関係というのは、瞬間的な大衆の情念と一致する事が求められる。ベストセラー作家やタレント、ポップアーティストは「今」の人々との合致を求められる。こうした立場にいる人が孤独を否定するのはおかしくはない。

 

 一方で、良寛についてはどうだろうか。良寛の詩の末尾は「箇中の意を知らんと要せば 元来 祗だ這れ是れ」。ここでは、箇中の意を知ろうとしている「行人」に向かって書いているようにも見える。

 

 しかし、これは実際に「行人」に向かって述べているのではないだろう。行人とはここでは、ごく普通の世間の人、というような意味で使われている。そうした人への抗弁としては「元来ただこれこれ」と言うのは、理屈としては成立していないように見える。そのような論理を、行人が理解するとは思えないからだ。

 

 ここでは視点が俯瞰的になっている。良寛が子供達と遊んでいる。地元の人が通りかかり、良寛を笑う。良寛はそれに気づいたが、抗弁できない。

 

 この「箇中の意を知らんと要せば 元来 祗だ這れ是れ」は、良寛が子どもと遊んでいる時に出てきた言葉ではないと思う。どちらかと言えば家に帰り、詩を書いているうちに生まれたか、詩を書こうとして得た着想に思える。つまり、ここでの「元来ただこれこれ」は、行人への抗弁というよりも、もう一段高い場所から自己を振り返って、その情景そのものを答えにしている。

 

 そしてその「もう一段高い場所」とは、仏教的な真理に他ならないだろう。ここで良寛は、より大きな真理に向かって自己を開いている。

 

 この動作、子供と遊んでいる姿がそのままの自分であるとは、仏教の摂理が現実に「具現化」したものであるが、しかしそれは同時に「行人」からは蔑まれる存在であるーーしかし、それで構わない。そのような薄い被膜のような領域に良寛は漂っている。

 

 私は良寛の詩は、陶淵明の「飲酒」二十首の其の五に似ていると思う。

 

【山気 日夕に佳く 飛鳥 相与(とも)に還る

 此の中に真意有り 弁ぜんと欲して已に言を忘る】

 

 最後の二行だけ取り出した。ここで陶淵明は、飛ぶ鳥が戻っていく様子を眺め、その中に仏教的な「真意有り」と感じたが、しかしそれを言おうとすると既に「言を忘る」と言っている。

 

 ここでは真理というものが捕まえられ、それを言語にしようとした瞬間、言えなかった、嘘になる、そのような「形」としての真理が述べられている。

 

 陶淵明も良寛も共に、言葉ではないものによって仏教的な真理を表そうとしている。しかし陶淵明は自然の中にいて、良寛は人々の中で子供と遊んでいる。その違いはあるが、二人とも自己より大きなものに自らを開いている。

 

 しかし、これらの実際の詩句を見てほしいが、今私が言っているような「仏教的な真理」や「大きいもの」に該当するものに良寛も陶淵明も一切言及していない。そうした大きな言葉を吐いているのは私だけなのだ。

 

 にも関わらず、ここには、即時的な他者ーータレントやベストセラー作家が相手とする他者とは違う他者に向けられた志向性が存在している。

 

 何故そう思うか。良寛は行人に笑われ言い返す事ができない。ここにコミュニケーションの断念がある。陶淵明においても、真理を掴んだように感じたのそれを言葉にできない。ここに語られない言葉がある。

 

 今の世界において「わかりやすく」という事はまるで呪文のように何度もしつこく念じられる。三宅香帆もそれに必死であり、「わかりやすく語るのが批評家だ」とまで言おうとする。そうした観点からすると、上記二人の詩人のコミュニケーションは失格であろう。彼らは直接的な他者との言葉によるコミュニケーションは諦めている

 

 しかしコミュニケーションはここで終わるわけではない。それを彼らの詩句が示している。

 

 良寛の場合、「箇中の意を知らんと要せば」という形で、もし、私の心を知りたければ、と言っている。しかしそれは先にコミュニケーションを断念した行人との関係で言われている。

 

 最後には「元来 祗だ這れ是れ」で締められている。この「元来ただこれこれ」という言葉遣いは意識的に軽い言葉が選ばれている。音の軽さも、大きな意味を担っている。「これこれ」という軽みによって、子どもと遊んでいる風景が指し示される。

 

 ここで良寛が「これこれ」と指し示している相手は誰なのだろうか。行人であるように見えるが、行人が子供と遊ぶ僧侶の心の中を本当に知りたがっているとは私には思えない。ここでは良寛という詩人の内的対話がそのまま現れていると私は見る。

 

 内的対話とは、行人が代表であるような「良寛を笑う世間の人々」に対する抗弁の形を取っている。人は良寛を笑う。良寛はそれに理屈で反論しない。ただありのままの現実を見せる。「ただこれこれ」。そのような軽みで現実を見せる。

 

 しかしこれだけでは単なるシニシズムに陥ってしまう。ここには深い諦念と共に、その背後に理想があるように思われる。

 

 それは仏教においては様々な形で変化してきた真理についての観念だ。仏教は「悟り」の概念を固定化させない為に、その真理を融通無礙に変化させてきた。

 

 子供達と遊ぶ姿、良い年をした坊さんが子供達と戯れている馬鹿馬鹿しい姿、この軽みそのものが仏性の現れであると良寛は言おうとしているのではないか。

 

 何故、軽みが大切なのか。それはおそらく、良寛が誰よりも「重い」人間だったからだろう。良寛は本人は極めて真面目な修行僧だった。しかし良寛が自分について語る時は自虐的な扱いを好んだ。このあたりは太宰治と似ていると言えなくもない。

 

 しかしこの詩は、その軽みと重みが均整に釣り合ってうまく融和されている。このような詩を書ける事は良寛のような優れた詩人でもめったにない事だろう。…だが、この詩が人を感銘させるのは、技術的に優れているからではない。良寛のそれまでの重たい、内省的な人生が見事に子供達との遊びという「軽み」の中に昇華されているからだ。

 

 全ての答えはこの風景にあらわれている。しかし仏教的真理とでも言いたいこの風景は、「これこれ」という音の軽みによって的確に捉えられている。

 

 この昇華を指さしたのは仏教かもしれないが、実際にそれを生き、それを作品に閉じ込めたのは良寛という個人である。ここには良寛という一個人を越えた風景がある。しかしそれは可能な限り小さく、あくまでも牧歌的な一小景として表現されている。

 

 ※

 良寛にしろ、陶淵明にしろ、そこにはコミュニケーションの断念がある。言葉を故意に黙らせる沈黙がある。しかしその沈黙が次なる言葉として世界に放たれる。

 

 その言葉は即時的な他者に向けられたものではない。子供と遊んでいる風景が軽みとして捉えられる事、真理を掴んだと感じてそれを言語化しようとした言葉を忘れてしまった事。それらはそのままコミュニケーションになっている。コミュニケーションの不在がそのまま新しいコミュニケーションとなっている。

 

 こうした言語、こうした世界との、あるいは真理との、あるいはーーなんと言っていいいかわからないが"何か"との関係というのは、現在のような直接的な他者とのコミュニケーションの中には現れない。三宅香帆にあるのは人々との直接的な融和である。そこではコミュニケーションが成功する事によって閉じられるものがある。

 

 文学は常に後ろを向きながら前に進んでいく。私はそうしたものだと思う。

 

 そうした意味で良寛も陶淵明も、語れない事を語って、彼らは何かに向かって言葉を投げかけていた。それをキャッチするのはおそらく、私という読者ではない。「弁ぜんと欲して已に言を忘る」と陶淵明が私のような個別的な読者に訴えかける事にどんな意味があるというのか。これだけなら何を伝えようとしているのかがわからない。

 

 ここでは、三宅香帆の文章に読者が感じるような共感が求められているのではない。陶淵明は、本当は「言を忘」れなかったのかもしれない。適切な言葉を思いついていたのかもしれない。しかし仮にそうだとしても、ここでは「已に言を忘る」という言葉によって、直接的に語るよりも遥かに強力な意味が生じている。

 


 この意味は私という個別性に向けられたものではない。だからこそ、私はこれらの詩に自分を越えたものを感じる事ができる。この時、私は詩の方を向いていない。詩が私の方を向いているわけではない。そうではなく、詩がそちらを見ようとしているものを私も見ている。参与している。


 

 私はこれらの詩をそのように読む。この事は、ある詩を理解したり、解釈したり、といったゲームの範疇に収まるものだが、その志向性そのものは即時的な対他性ではなく、語られない事によって語る事、それによってしか意味が通じない、そのような他者との対話なのだろう。


 我々はおそらくそうした他者の顔を見る事はできない。しかしその方向には何かが残っていて、我々は優れた詩の跡を辿って「そちら」に顔を向ける。何かを学ぶように、促されるように、そちらを向く。

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