Ep2・とあるAランクパーティ(挿し絵あり)
サウスシャディーダの冒険者ギルドは、小国のそれながら独自の運営形態を保っている。
ギルド長の方針で営業の枝を伸ばし、他の街ではあり得ない『老人の話相手』や『子供の登校見守り』『留守間の猫の世話』等、冒険とも言えない依頼が多種多様に集まるのだ。
掲示板の依頼用紙がさばける頃には、訪れた冒険者は捌け、あぶれ組がほぼ出ない。適材適所に仕事を斡旋する熟練職員の見事なバランス采配の賜物だ。
近隣の国にも評判が良く、特に数字を積み上げたい初心者には最適のギルドと言われている。
「ロゼ……って、あの子の事、だよね……?」
窓際のテーブル、さっき入手した号外を覗き込む、五人組の冒険者パーティ『蒼天一閃』。
新聞には、十四にもならない子供が本日王城で切断刑になる事と、その子の獄中手記が載っている。
「もう二年になるっけ? リーダーが長槍で川から掬い上げた……」
「この手記を見ると間違いないよな」
「ノースフレイクで元気に働いてたって聞いたのに、何でこんな事になってるんだ」
歳の若い二人……剣士と弓使いは、不安そうに窓の外の喧騒を見つめる。
「街人が浮き足立って、お陰でギルドも開店休業状態だ」
「困ったものね」
年長の槍使いと女性魔導師の言葉は冷たいがその通りで、興奮した街人からの依頼が「あの子供を助けに行って」などの無茶ぶりに集中して、職員は断るの大わらわ、今やっと一山越えた所なのだ。
しかし二人の若者は、ムスッとした顔で振り向いた。
「リーダーは平気なんスか!」
「姉さんも、あんなに可愛がってたのに!」
「平気も何も、王城の中の事、俺らにどうにか出来る訳ねぇだろが。出来たとしても、ギルドにクソ迷惑掛かるのが分からんのか。第一お前ら、もう忘れちまったのか、まさかまだ……」
槍使いが言葉を止めたのは、横から魔導師に肘を掴まれたからだ。
一人離れてカウンターで職員と話していた斥候の双剣士も、咎めるようにこちらを睨んでいる。
それで槍使いも怒っていた眉を下ろした。
「なぁ、俺らの中ではもうおしまいにしたんだ」
「でも……」
「あたしは、あの時のリーダーの判断は正しかったと思うわ。でないと多分、今のあたしたちはAランクに上がるどころか、パーティーを保てていたかどうかすら怪しいもの」
「それはさすがに……」
「違うと言える?」
「…………」
「その辺にしておこうぜ」
職員と話していた斥候が戻って来た。
「ここで何を言ってもあの子の運命は変えられないし、二年前俺たちが、この街にロゼを置き去りにした事には変わりが無いんだ」
***
無駄に目の良い斥候が、川の中洲の流木に引っ掛かっている子供を見付けてしまった。
あんなの死体に決まってる。
槍が汚れるのが嫌だなぁと思いながら掬い上げると、生きていた。
護衛していた商団の長が助命すると判断したから、荷物の間に寝かせて手当てをしてやった。
俺らみたいな髭面のおっさんだったら捨てて行かれただろうな、いいよな子供の内から顔が良くて庇護欲そそるとか、人生勝ち確だわな。
しかし凄ぇなこの睫毛、モップか? 俺の髭より密度濃いんじゃねぇの?
なんて覗き込んでいたら目を開けた。
――何だよ、その奥の奥まで水晶が詰まってるみたいなデカイ瞳は!
『……ヨンデル』
『えっ、なに、何だって?』
『…………コンニチハ』
『ああ、はい、こんにちは?』
槍使いの間抜けな声を聞き付けて、他のメンバーも集まった。
最初、子供の頭がハッキリしないのは寝起きのせいだと思われたが、どうやら記憶が抜け落ちていると分かった。
言葉や常識、言われて思い出す事もあるが、名前と素性はどうしても出て来ない。
『私たちがこの間まで居た、ウェストパレスの国の子って事は? 鉄砲水で学生が一人行方不明になったって言ってたじゃない』
『いやいや、離れ過ぎだろ。鉄砲水ったって二週間も前だし、二週間も流れてたら死んじまうって』
『こいつの頬のプクり具合からして、最近までちゃんと飯食ってた顔だぞ』
自分の事を話されているのを横で神妙に聞いていた子供は、いきなり頬を摘ままれて、ぷぅと息を漏らした。
一同、ほっこりと和む。
『そもそもあの川、災害のあった川と繋がってねぇぞ』
『そうよねぇ……』
『あ、ウェストパレスを出る前に、葬式してたじゃん。学校に人集まって、盛大に鐘鳴らしてさ。あれって死体が見つかったからじゃね?』
『ああ、そういえば』
『じゃ、やっぱりこいつは無関係だな』
『空を屋根にしている流浪の民の子供かもね』
商隊の長が承諾してくれ、子供は冒険者たちの拾得物として連れて行く事になった。
馬車数台の大所帯なので、子供が一人増えるぐらい構わないと。
食費はリーダー(槍使い)とサブリーダー(魔導師)が私費から出すと言ったが、メンバーたちの進言で、五人で養う事にした。
子供は下働きに精を出し、非力を工夫で補おうとする健気な様子は、厳しい護衛旅の冒険者たちを癒した。
何処の種族なのか、ゆるく巻いた髪も瞳も、色があるか無いかの薄色で、
空の下では青みがかって、森の中では緑、夜は焚き火色、朝陽には黄金と、周囲の色を映して雰囲気を変える様に、時折りドキリとさせられた。
『既視感があると思ったら、あれだ、教会の天使像』
弓使いが言って、皆が、ああ、と納得した。
斥候がふざけて呼んだ『ロゼ』という名が定着した。赤ワインと白ワインの樽の間に寝かせていたからだ。
斥候は他にも、子供の体幹の良さを見出だして、身体の使い方の基礎を教えた。
『お前は芸人にも忍びにもなれるな』と、冗談か本気か分からない事を言って誉めると、子供は頭に乗った手に身を任せたままゆらゆらと揺れた。
旅の半ばには、各々口に出さずとも、『今の仕事が終わってもこのままパーティに同行させ、出来得る限り仕込んでやろう』と思わせるほど、子供は好かれていた。
子供も皆を好いていた。
特に髭面の槍使いに懐いて、何かというと後を付いて回った。
『目覚めて一番に目にしたから、鳥のヒナの刷り込みみたいに、母親だと思われてるんじゃないの?』
と、魔導師にからかわれた。
・・・・
――最初は些細、微かなほころび。
次の街に到着する少し前の夜。
護衛用の天幕で、剣士と弓使いが掴み合いの喧嘩を始めた。
ならず者が代名詞の冒険者と言えど、護衛任務の旅程中だ。
普段はそんな愚かな事はしない二人な筈。
『やめろ、どうした?』
槍使いが間に入る。
『こいつが』
『俺はなにも』
側には怯えた顔の子供。
魔導師がすぐに手を引いて外へ連れて行った。
『教えとかなきゃならんだろうが』
口を尖らせる剣士。
『あの子にそういうのは必要ない』
血走った目を見開く弓使い。
『とにかく話してみろ』
槍使いに促されて、二人は渋々手を下ろした。
要約すると、酔った剣士が子供の肩を引き寄せ卑猥な言葉を投げ掛けたのが、弓使いには許せなかったらしい。
『あいつみたいな容姿だと、これから行く先々でそういう揶揄いを受けまくるだろ。普段から耐性を付けといてやろうって、親切心じゃねぇか』
『いいや、お前は下衆オーラ全開だった。何が親切心だ、こじつけるな』
『だったら何だよ、いいだろちょっと位』
『お前は普段からロゼを見る目がいやらしいんだよ』
『それを言うならお前だ。信者みたいなネットリした視線に、俺らがドン引いてんのが分かんねぇのか』
『待て、まぁ待て』
『はん? リーダーはズルいよな、あいつ連れてる時間、長くね?』
『俺があの子と話してるとすぐ引き離しに来るし』
『え、それは、あの子が俺に懐いて寄って来るからで…… あとお前は、交代時間を守らないからだ』
『ちょっと位いいじゃないスか』
『この間ヒゲを引っ張らせてただろ』
『何やってんだよこのおっさんが!』
『いや、触りたがったから……』
『変態!』
『変質者!』
『う、うるせぇ!』
『とにかくリーダーはズルぃ!』
『そうだ、ズルぃズルぃ!』
『いい加減にしろ舌引っこ抜くぞダボ!』
『見張りの交代なのだが……』
外から入って来た斥候が、掴み合う三人を呆れた目で見下ろした。
『お前が一番ズルい!』
『そうだ! 柔軟体操だとか言ってベタベタ触りやがって!』
『何の話か知らんがいきなり俺を巻き込むなっ』
さすがに阿呆過ぎる争いだと、翌日頭の冷えた彼らはそれぞれに謝った。
でも一度軋んだ空気は消えない。
本当にくだらない事だ。そのくだらない理由で、何で俺らは掴み合いの喧嘩までやってんだ?
今までにない感覚に、全員がうっそり背筋を冷やした。
誰も何も口に出せぬまま、旅の中継地点、サウスシャデーダに入国する。
喧嘩の経緯を聞いた後何かを考え込んでいた魔導師が、子供を連れて出掛け、帰ったら女の子の衣服を着せていた。
『何で? いや似合うけど』
『ドン引くほど自然だな』
キョトキョトとスカートをいじる子供の肩に手を置いて、魔導師は剣士に向ける。
『先日貴方が言った、卑猥な言葉を掛けてみて?』
『え、えっ、何だよ?』
戸惑う剣士。
『綺麗な子供には耐性を付けてあげなきゃいけないのでしょう?』
『いや、あれは男の子だからで』
『何で女の子の服を着させたたけで言えなくなるの?』
『カッコ悪ぃじゃねぇか!』
『確かに、脳がバグるな・・』
そうだ、中身は男の子だと分かっていても、十二歳くらいの女の子を、普通(一部の例外を除き)のオッサンは、性的対象に出来ない。
『それをやったら終わる』という何となくの忌避感、理性がブレーキを掛ける、場合によっては社会的にシぬ。
『どうして、並外れて綺麗な男の子なら、そういう対象に見ていい事になっちゃうのかしら』
魔導師は、子供にだけ話し掛ける感じで、彼の目線にしゃがみ込んだ。
『貴方、これから女の子の服装をしていた方が安全かもね。勿論、周囲の近しい人たちにはちゃんと打ち明けて』
魔導師のこの行動に、リーダーの槍使いは、彼女の言わんとする目的を理解した。
だから彼は、子供の居ない所で他のメンバーを呼び寄せて、非情な宣言をした。
その街には一泊しかしない予定だったので、彼らは久々の歓楽街にも近寄らず、夜を徹して駆け回った。
そして翌朝一番に冒険者ギルドへ行って、顔見知りの職員の前に、子供の両肩を掴んで押し出した。
『名前はロゼ。身寄りのない超初心者なんだ。気に掛けてやってくれ』
『ずっと一緒に連れて行く』は、口に出して約束していた訳じゃない。
生きる術のある街まで送ってやって、そこに置いて行く事は、決して不誠実じゃない。ここのギルドには子供にも出来る仕事が沢山ある。
夕べ必死につてをたどって、住む所や世話好きなご近所さんを見付けてやった。それでいいじゃないか。
メンバーたちは、ざわつく自分の胸にそう言い訳をして、おさめた。
自分たちは冒険者パーティだ。
武器を持って狂暴な魔物と命懸けで闘う。
仲間に背中を預ける信頼が必要なその場所に、絆を脅かす不安の種を連れ歩く訳には行かない。
弓使いと剣士は少しだけ渋ったが、最終的に同意した。
子供は寝耳に水だったろう。
どんな顔をしていたか、真っ直ぐ見られなかったので誰も覚えていない。
不満も恨み言も、すがる言葉も何も言わず、ただギルドの前で別れる時、一人一人の名を呼んでお礼を口にしていた。
槍使いの買ってやった赤いフード付きマントの襟元が、朝靄に濡れて雫を孕んでいた。
***
「サウスシャディーダの路地裏の天使を取り戻すのだ!」
ギルドの外の大通りを、新聞を携えた一団がまた駆け抜けて行く。
「横断幕まで登場したぞ」
「子供一人に、大事になり過ぎじゃないか?」
「良くも悪くもお節介な国民性だからな」
テーブルの五人組パーティは、呆けた感じで窓外を見やる。
「なぁ、この分だと、刑罰、取り止めにならねぇ?」
弓使いが身を乗り出して囁く。
「どうだろ? ここの王様にとって民意がどれほど大事かにもよるだろけど……」
「少なくとも延期か、減刑くらいになってくれればいいがな」
剣士と槍使いが、頭を寄せ合って答える。
「そもそも新聞だけだと、事件の内容がさっぱり分からん。『賓客に対する不敬と暴力』って何だよ」
「あの子が他人に対して攻撃的になる図なんて想像出来ないぞ」
「アレじゃないのか?」
「ああ……」
「アレか……」
「そうなのかな……」
「何となく予想出来てしまう……」
「ズバリその通りみたいだぞ」
受け付けカウンターから呼ばれて職員と話込んでいた斥候が、一枚の紙をピラピラと振りながら、四人のテーブルに戻って来た。
「国力を嵩に着たイストメーア帝国の使者が、酒の勢いで侍従の子に襲いかかって、逃げようと暴れた足が、股間にカウンターヒットしたらしい」
「うわぁ……」
「不可抗力じゃないか」
「そんなの使者に立てるなよ」
「イストメーア帝国って、ウェストパレスとタメ張る大国じゃねぇか。奴らサウスみたいな小国、屁とも思ってねぇぞ」
「こっちの王様でも頭上がんねぇのか……」
「はあぁ……」
「しかし新聞にも載ってない情報、よく入るよな、ここのギルド」
メンバーに言われて斥候は、肩を竦めて口端を上げた。
「だてに普段から『あらゆる所に』営業かけてないんだぜ」
「ふうん」
「所でその紙なに? 依頼用紙?」
「ああ、今、まともな依頼が入ったからって教えて貰ったんだが……」
「それを早く言え」
「こちとら冒険者なんだ。暇をもて余してる暇なんかねぇんだよ」
「何の仕事だ、討伐か、採取か?」
「警護」
「うん?」
斥候は苦笑いに口を歪めて、更に肩を竦めた。
「『王城前に押し寄せる民衆から門を守る仕事』だとさ」
「…………」
「やる?」




