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6:切り裂き魔の亡霊(前編)

 まだ外は薄暗く、雀の囀りも聞く事ができない早朝。

 部室棟1階、備品用倉庫の扉が開いていた。


「えーっと、アレは・・・・どこだったっけ・・・?もう先輩整理くらいすればいいのに・・・!」


 倉庫内からは女子生徒の声が聞こえてきた。

 上下共に赤いジャージを着ている所を見ると何処かの部員かマネージャーなのだろう。

 倉庫内は各部活で使う備品が乱雑に突っ込まれており、奥に入れられた物を取り出すのも一苦労な状態だった。

 彼女は手前に置かれた陸上部が使っているハードルをどかそうと必死にバーを引っ張る。

 だが、ハードルは重ねられ女性一人の力ではビクともしない、それ所か足部分にはぶ厚い屋外用のマットが2、3枚乗せられていた。


「・・・・・・絶対無理じゃん・・・。」


 これでもかと言わんばかりに乗せられたマットに気づき、諦めて懐中電灯の光を動かした。

 目的の物は一番奥にあるのだがハードルを乗り越せば怪我をしそうなので迂回ルートを探す。

 右手に金属製のバットが沢山入れられたプラ篭がある、ハードルと若干の隙間があるようだ。

 これなら行けると思った彼女は右手に回ろうとした時、ある異変に気が付いた。

 それは倉庫内の一番奥の壁に映る影である。


 外はライトアップしてある為に、光が倉庫内に入ってくる。

 当然影ができるわけだが、影は彼女自身の影と備品群の影のみが出ているはずだ。

 しかし、明らかに不自然な影が一つ出ていて不審に思った彼女はその影に焦点を合わせる。

 一体なにの影なのか、野良猫?等と頭の中で考えた。


「・・・・・・な、なに・・・?」


 焦点を合わせた影の形は猫の形ではなく、かといって人間の形でもない。いや若干似ている程度だ。

 フードをかぶっているのか頭部と思われる箇所が少し角ばっており、マントか何かを羽織っているようだ。

 彼女の頬に嫌な汗が流れる。

 その影が少しずつ大きくなってくるからだ。

 それは少しずつ自分に近づいている事を意味する。

 何故か後ろを振り向く事ができない、いや頭ではそう思っても恐怖で体が動かない。

 影は不気味にゆっくりと自分に近づいてくる。


<・・後ろ・・を・・・・見て・・・・>


「・・・・・・え!!?」


 突然の声に息が詰まりそうになった。

 その声は明らかに人の声ではなく、玩具の変声器等といった悪戯でもないことを同時に悟った。



 二度目の言葉の後倉庫からは彼女の悲鳴が聞こえ、静寂が戻った。



 翌日。3年5組を初め学園全体が慌しくなっていた。

 自分の席に付いている神楽坂と長緒も何時もと違う雰囲気に何事かと思っていた。

 席につくまでに生徒達が何か事件が起こったといった程度の事は耳にしていたが、具体的には分からない。

 そこに鞄を置いた吉原と安堂がやって来て、神楽坂はとりあえず2人に何事かと聞いてみることにした。


「・・・何かあったのか?」


 すると吉原は、まだ知らないのかといった表情をした。


「し、仕方ねぇな・・・昨日切り裂き事件あったろ?それが今日の朝もあったんだよ!!」


「なんだとっ!!」


 神楽坂は思わず立ち上がり大声を出した。

 いきなりの大声に周りのクラスメイトも驚きコチラを見ている。


「ちょ、神楽坂あんた声大きすぎ!」


 安堂は苦笑いながら神楽坂の袖を引っ張った。


「わ、わりぃ・・・。」


「それで?詳しく聞かせてくれ。」


 長緒は座ったまま体勢を吉原達に向け、神楽坂も向きを変えた。


「お、おう・・・・早朝、野球部のマネージャーの1人が朝連の準備中に切裂き魔に襲われたらしいんだよ。」


 嫌な予感がする。

 昨日の事件では被害者の傷は深くヘタをすれば命の危険があった。

 たまたま自分達が校内にいるときに発生したので大事まではいかなかったが、今回は早朝で人が他にいない、それは同時に発見が極端に遅れる事を意味する。


 神楽坂達の表情を察したのか取りあえず命は助かったと安堂が付け加えた。


「他に生徒がいたから良かったものを・・・・・・。」


 神楽坂の言う通り今回は他に部活動生が居たから命は助かったが、最悪命を落としていた可能性もあった。


「それでね、今職員室で今日は午前中で終わりにして警察に来てもらうように話し合いしてるみたいよ?」


 教室に備え付けられた時計を見ていると黒板側のドアから茶色い長髪をした女子生徒が入ってきた。

 彼女の名は「水瀬祐美みなせ ゆみ」長髪で茶髪だが、これでも5組のクラス委員長である。


「皆聞いてー!今日は午前までです!」


 クラス委員長水瀬の発表に歓喜の声が上がった。

 生徒一人が大怪我負った事件から不謹慎ではあるが、授業が午前だけになった事がやはり嬉しいのだろう。


「・・・・・・・」


 神楽坂と長緒の表情は険しい。


「授業が午前までだとよ?嬉しくねーのか?・・・・ま、まぁ怪我した奴には悪いけどな。」


 吉原も罪悪感は感じているようだった。



 午前の授業が終わり、担任の山城から校内に残る事無く速攻で帰宅するようにと強く言われ、HR後は部活に入っている生徒も次々に下校していく。

 勿論、除霊委員会も例外ではなかったが、神楽坂と長緒はこのまま帰るつもりはなかった。


 除霊委員会棟へ向かう途中、布に入れた棒を肩に担ぎ校舎の壁に背を付けて立っている篠崎慶斗と合流する。

 因みに上村は風邪で今日は休みらしい。


「・・・・今回も同一犯だぜ?」


 篠崎は眼を鋭く尖らせた。


「・・・・だろうな。」


「・・・・ああ。」


 また再び現れるとは予想していたが連続で犯行に及ぶとは、無理にでも部活を中止させるように進言すべきったかもしれない。

 午後からは警察心霊課が入るのだが、神楽坂達は余り期待していなかった。




「何度も言ったでしょ!?後は警察に任せて帰りなさいって!」


 神楽坂達が委員会室に到着したと同時に室内から机を叩く音と、藍苑の声が聞こえてきた。

 何事かと扉を開け室内に入ると、星龍がおどおどしながら此方にやってくる。


「星龍、どうした?」


 神楽坂は何があったのか聞くが、今の現状を見れば聞くまでもないなと思った。


「神楽坂君!?それに貴方達まで!?」


 驚き同時に呆れ気味の藍苑。

 先程の音は藍苑が机を叩いた音で委員長である天河を怒っていたのだが、彼女は毅然とした態度を取って藍苑に向き合っていた。


「藍苑先生、言ったはずだぜ?俺達の学園で勝手やらせるつもりはないとな?」


「・・・・・警察を待つ余裕は無い、恐らくまた奴は現れる。」


 長緒は冷静に神楽坂の後に繋げる。

 その件については山城も春日も同意していた。


「炎!志劉君!二人がそれじゃ意味ないでしょ!」


「いや、警察と民間(認可)が当てになんねーのは合ってるぜ?なぁ?志劉?」


 山城は腕を組んで隣に立つ志龍と呼ばれた教師を見た。


「ええ、・・・・現に警察の方が着てくれるのは夕方になるそうじゃないですか。」


 春日も同意しつつ眼鏡のズレを直す仕草をした。


 この教師の名は「春日志劉かすが しりゅう

 国語担当で図書委員会の顧問でもある。

 そして藍苑、山城とは幼馴染だ。


「だからって、生徒が解決できる訳ないじゃない!」


「まぁな、お前ら今日の所は帰るんだ。」


「怪我してからじゃ遅いのよ?」


「・・・・・分かりました「今回の所」は素直に帰る事にします。」


 天河は多少間を空けつつも素直に返事をしてパイプ椅子から立ち上がった。


「・・・・いいのか?」


「良くはねぇが・・・・ま、委員長決定じゃあな。」


 この時天河が大人しく引いた事には理由があった。

 神楽坂も食いつかず大人しく従う、既に結果は見えていたからだ。


 実際、警察は心霊現象といった事象にも積極的に動いているのだが、肝心の霊能力を持つ捜査員の熟度が低く「心霊課」という部署も上手く機能していない。

 この事件を根本から解決するのは困難を極めるだろう、何せ神楽坂と長緒ですらこの二日全く手がかりが掴めていないのだ。

 別に自惚れているわけではなく自分達の技量は良く分かっている、それを踏まえての考えだ。




 藍苑の指示に従い神楽坂達五人は正門へと向かう。

 春日が言っていた通り、警察まだ到着していないようだ。


「天河。だったか?さっきのは見事だった。」


「あ、分かってたのね?流石学年1位の長緒君。」


 正門近くまで来た所での唐突な会話に神楽坂、篠崎、星龍の三人は一体何の話か分からない。


「先程、天河は藍苑先生に「今回は」としか言っていない。」


「つまり、誰も「この件から手を引く」とは言ってないってわけ。」


 お~。と三人は驚いた。

 が、それも束の間だった。

 突然5人の耳に女性の悲鳴が聞こえ、一斉に悲鳴が聞こえた方向に振り向いた。

 悲鳴が聞こえた方向に集中してみると邪気が感じられる、間違いない切り裂き魔がまた現れたのだ。


「・・・・野郎っ!」


「方向は大体分かるけど・・・・!」


「和っ!」


「任せとき!」


 星龍は悲鳴と邪気が感じられた方向を向き、精神を集中させる。

 彼の能力である「神眼」だ。

 神眼は霊視の最上位に当たる能力で、霊視は勿論の事どんな小さな霊気も増幅させ捉える事ができる。

 また呪い等の解除にも長け、更には精神感応で数人と情報を共有する事ができる希少能力である。


「わいの眼からは逃げられへんで!!」


 星龍の右目の色が変わり学園全体を見通す。

 「神眼」を発動した右目は情報を読み取る器官のような物に変わり、右目で得た情報を左目の視界の上から表示させるといったものだ。

 だが、視界が半分にまで低下してしまう欠点もある。


 目標は数秒もかからずに発見し、すぐさまテレパスで四人に直接送信した。


「C校舎2階か・・・・行くぞ皆。」


 警察は未だ到着しておらず、上村を欠いているこの五人で対応しなければならない。


「星龍君、私の考えを皆に送る事はできる?」


「大丈夫や、声が届かない時は先輩の念を送ってくれれば皆に送信できるで!」


 天河は走りながら一言礼を言うと足の速い神楽坂、長緒、篠崎の三人に出す指示を星龍に伝えた。

 三人は既にC校舎入り口近くまできている。


「・・・・・・これは天河の念か?・・・星龍の霊気も感じ取れるが。」


「・・・・俺にも念が届いた。どうやら星龍の能力らしいな。」


「ああ、これが和の能力だぜ。言ったろ便利だって。」


「確かにな、よし挟み撃ちにするぜ!」


 C校舎の昇降口は三箇所だ。

 三人の中で一番足が速い神楽坂は一番奥の昇降口、長緒は中央口、そして篠崎は南口へそれぞれ向かい土足のまま階段を駆け上がった。



 しかし、今回も遅かった。

 到着した時には既に霊刃で体を切られ横たわる女子生徒の姿のみがあった。


「くそっ!!またかっ!!」


 神楽坂は思わず壁を蹴る。

 長緒達は天河が到着するまで女子生徒の体温が低下しないよう自分達の上着を被せ、ようやく冷静になった神楽坂も上着を脱ぎ上に重ねる。


「・・・う・・・うう・・・・・・・」


 かろうじて意識を残していた女子生徒は声を上げた。


「余計な体力は使うな。喋らずじっとしていろ。」


 長緒の気遣いが聞こえないのか女子生徒は続けて言う。


「・・・マント・・・・あか・・い・・・目・・・・・」


 そう言うと彼女は気絶してしまった。


「マントと赤い目・・・・・・?」


「マントと赤い目・・・・・・・どっかで聞いたような気がするぜ。」


 何処かで聞いた事がある言葉に三人は記憶を探るが思い出せない。

 数分後、天河と星龍が到着、天河は直ぐに重ね掛けられた上着の上から心霊治療ヒーリングを施した。

 迅速に傷を塞がなければ彼女の命が危ない。

 精神を集中させ出力を上げていく。

 神楽坂達は天河と女子生徒を見守りながら周囲を警戒を続けた。


「・・・・・・どうだ?」


 長緒は蛍光灯が消え薄暗くなった前方を警戒しつつ、そのままの態勢で背後にいる神楽坂に状況を聞いた。

 周囲からは特に何もかんじられない、切り裂き魔は既に逃走したのだろうか。


「こっちも駄目だな、何も察知できねぇ・・・・・篠崎はどうだ?」


「俺もこういうのは苦手だからよ、和、神眼でわからねぇか?」


 神楽坂と篠崎も何も感じ取れない、そこで神眼を持つ星龍の出番となる。

 星龍は携帯で救急車を呼んでいたが連絡を終え、携帯をポケットにしまいながら立ち上がった。


「了解や・・・・・。」


 再度精神を集中させる星龍、色の変わった右目からは様々な情報が入り倒れている女子生徒の周辺を霊視する。

 邪気の後が彼女の足から真っ直ぐに伸びているのを見つけた。

 それは限りなく細くただの霊視で見つけるのは困難だった。

 だが、星龍の神眼はどんなに小さな霊気でも増幅させる事ができる、この程度なら彼にとって造作もない。


「痕跡をできるだけ残さんようやっとる・・・・中々の知能犯やな。・・・・いや多分生前の癖やろ。」


「生前?っつー事はやっぱ悪霊って事か?」


「せやな、邪気の中に悪霊特有の霊気があったわ、十中八九間違いないで。取りあえずこの周囲にはおらんようやし警戒を解いてもええよ。」


 星龍の言葉に各自警戒を解き、ヒーリングの終わった天河の元に集まる。

 女子生徒は気を失ったまま眠っていた。


「どうすんだ?委員長?・・・・このまま帰る訳にもいかなくなったぞ?」


「そうね、もう悠長な事は言ってられないわ。それに警察も何時くるか分からないし悪霊が更に力を増幅させた可能性もある・・・今日でカタを付けましょう!」


 天河は立ち上がる。

 神楽坂達も手の平を拳で叩き、やる気十分な様子を見せた。


 行動開始にあたってまずは気を失っている女子生徒を保健室へ運ぶ、当然このままここに放置するわけにはいかない。

 女子生徒は一番力がある神楽坂が背負って運び、その途中で藍苑達に報告。

 保健室で女子生徒の保護をしてもらう。


 ついでに天河達も直ぐに帰宅するように言われたが、天河達の意思は強く、そして山城、春日の後押しもあって強引に押し切った。


「炎・・・・後で何かあったら分かってるでしょうね・・・・?」


「・・・わーってる、だが自分達の学園は自分達で守る。良い事じゃねぇか。(お前ら無理はするなよ・・・・・)」


「・・・・(長沢さんからは「大丈夫」と言って貰いましたから問題はないでしょう。)」


 三人の教師は委員室へ走る五人の背中を見送った。




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