5:切り裂かれた制服
空は少し曇りで沈む太陽の光が雲にあたり紅の空が広がっている。
チャイムと同時に部活生達は各部室へ行き、部活動の準備を始めていた。
誰もいないB校舎3階に一人の女生徒が現れる。
急いで忘れ物を取りに来たようだ。
だが、この時、既に彼女の背後には異形な存在が近づいていた。
「も~最悪!忘れ物するなんて・・・・・・。」
自分の机の引き出しからノートを取り出し鞄にしまう。
誰もいない教室は不気味なのか辺りを少し見回しさっさと帰ろうとした時だった。
<・・後ろ・・を・・・・見て・・・・>
「!?」
突然聞こえた声にビタッと脚を止める。
空耳ではないかという期待から暫く耳を澄ませてみる。
自然に鼓動が早くなっている事を感じながら、聞き間違えであって欲しいと彼女は思った。
・・・・だが、その声は再び彼女の耳に届いた。
足を止め周りの音に集中していた分、今度はハッキリと聞き取れた。
人間の声だがそれほど大きな声ではない、何か掠れているような声だった。
「!?・・・だ 誰? 誰かまだいるの?」
緊張しながらも小さく声を出す。
もしかしたら誰かの悪戯かもしれないが、彼女の本能が危険を教える。
その声は一定の間隔を開けて未だ聞こえ、彼女は恐怖で後ろを振り返る事ができない。
汗が頬を伝っていき、恐怖がそうさせるのか体が震え始めた。
・・・・・そして
彼女は悲鳴と共にその場に倒れた。
「邪気・・・・!?」
除霊委員会棟へ向かう途中だった神楽坂と長緒は立ち止まり学園を見回した。
この学園は広く、もし今の霊気が人に害をもたらす存在の物であるとすれば非常に危険だ。
霊気が発せられた方向は大体検討がつくが、あくまで大まかな方向しか分からない。
「今の邪気は・・・・B校舎の方か・・・。」
「・・・・・除霊委員としての初仕事になりそうだ、行くぞ光志。」
二人は走って校舎Bへと向かった。
その途中で篠崎から携帯でB校舎の3階に来るようにと連絡が入った。
篠崎もまた邪気を感じ、その発生場所を調べていたようである。
昇降口に付くと二人は靴を脱ぎ捨てて3階へと急ぐ。
二人が3階へ到着すると篠崎の他に上村の姿もあった。
上村も篠崎から連絡を受けたようだ。
「先輩!ヒーリングとか使えねぇよな!?」
篠崎の尋常じゃない様子に二人は駆けつける。
中腰になっている篠崎の近くに仰向けてで倒れている女子生徒の姿が映った。
「こ、これは・・・・・。」
女子生徒は刃物か何かで斬られたような傷で、制服ごと左肩から右腹まで切り裂かれ血で染まった白い下着が見えていた。
「・・・・・救急車は呼んだのか?」
「ああ!応急処置もしたがこのままじゃやべぇ!」
篠崎は冷静に対処していた。
上村は辺りを警戒する、彼女を傷つけた何かがまだ潜んでいる可能性があった。
「・・・・・・上村、警戒は続けろ。
・・・確かに酷い傷だな。」
状態を看た長緒は険しい表情を見せた。
このままでは救急車が到着するまで彼女が耐えれそうにない。
しかし、素人がヘタに彼女の体を動かす訳にもいかなかった。
篠崎が応急処置をしてはいるが、それも少しの時間稼ぎに過ぎないのだ。
そうこうしているうちに背後に人の気配がした神楽坂達は振り返った。
前かがみになり肩で息をしている女子生徒は除霊委員会委員長、天河摩琴だった。
彼女は此方を見て直ぐに状況を把握したのか走ってくる。
「何してるの!・・・どいて!」
天河は神楽坂を左手で押しのけ、傷付いた女子生徒の状態を診ると彼女の傷へ右手の平をかざした。
すると暖かい光が天河の手の平から溢れ、彼女の傷がゆっくりと消え始める。
「す、すげぇ・・・・。」
篠崎が驚きの声を漏らすが天河に静かにするようにと注意されてしまった。
「・・・・・・(傷が思ったより深い・・・・・応急処置が遅れてたらマズかったかも・・・)」
両目を瞑り集中し、ヒーリングの出力を更に高める。
「ヒーリング」とは、心霊治療の代表的な術の1つで術者の霊気を被術者の体に送り込み一時的に自然治癒力を強化する事によって傷を癒す術である。
だが、被術者は自身の治癒能力により傷を回復させる事ができるが同時に体力を消耗してしまうという欠点がある。なので例え心霊治療といえども体内から流れ出た血液まではどうする事も出来ず、出血多量になる前に迅速に傷を塞ぎ病院へ搬送する必要があった。
数分後。天河の活躍によりなんとか治療が終了する。
「・・・・・・傷はふさがったけど、油断はできないわ。救急車は!?」
「あ、ああ、もう呼んであるぜ。」
天河の気迫に押され気味の篠崎。
「そう、それじゃ彼女を下まで運ぶわよ!」
その後、彼女は無事病院へ搬送されるのだった。
篠崎の応急処置と天河の心霊治療により一命を取り留める事ができた。
この事件により神楽坂達は除霊委員会室に集まり緊急の会議が開かれる。
室内はまだ掃除や整理等をしていない為、机や椅子は乱雑に散らばりゴミや塵が散乱している状態だ。
顧問の藍苑はいきなり重傷者が出た事に困惑し、埃が大量に残っているパイプ椅子に座って額に手を当てていた。
「藍苑先生なんで凹んでんの?」
上村が小声で神楽坂に質問した。
その質問に神楽坂の隣に立っている長緒が答える。
「・・・・当然だな。この学園は40年間殆ど霊障が起こっていなかった。それに加え除霊委員会を立ち上げた初日から生徒が重傷を負う事件が発生。・・・・・・誰でも凹むだろう。」
「あ、藍苑先生・・そ、そんなに気を落とさないでください。」
天河はパイプ椅子に座る藍苑を慰めるが余り効果はないようだ。
「ありがとう天河さん、でも・・・こんなことになるなんて先生思ってなかったのよ。」
藍苑は考える、重傷者が出る程の事件だ。
しかも昨日の体育館での件を考えると最早学生の委員会活動でどうこう出来る問題では無い。
除霊委員会が出来たばかりだが、このまま解体される恐れがあった。
しかし、それは生徒の安全を考えれば妥当なのだろう。
決断したのか、藍苑が口を開こうとした時だった。
「俺達は解散なんざしねぇぞ?」
「!?」
藍苑の先手を打った神楽坂に全員が注目した。
「な、何言っているの!こんな危険な事は委員会活動の範疇を超えているのよ!?」
藍苑は声を荒げて机を叩いた。
机の埃がゆっくりと立ち上がる中、神楽坂はそんな事は百も承知といった表情を見せた。
「普通の人間だったらな。」
神楽坂は不敵に笑う。
長緒も壁に背をつけ、腕を組んで目を瞑っていた。
「馬鹿な事言ってるんじゃないの!単位の事だったら約束通り付けてあげるから・・・・・!」
「単位はどうでもいいよ、ただな?・・・・・俺達の学園で好き勝手されるのが気に食わねぇだけだ。」
神楽坂の目は鋭く表情も真剣だ。
藍苑は少し戸惑いながらも更に念を押した。
「きょ、今日はもう解散!除霊委員会も今日までです!分かったらもう下校しなさい!いいわね!」
藍苑は人差し指で委員全員に釘を差すと職員室へ戻っていった。
数分程、委員会室は静寂に包まれる。
備え付けの時計は20:00を差し、太陽は沈んだ外は暗闇が広がり街灯が付けられている。
「・・・・・・俺はさっきも言った通り、俺達の学園で悪霊共に好き勝手させるつもりはねぇ。戦う気のある奴はここに残ってくれ、無い奴は帰ってもらっていい。」
神楽坂の発言から数分経過する。
だが、誰一人この場を去った者はいなかった。
寧ろ戦意が高揚している感じすらある。
「・・・あんたはいいのか?」
「ええ、私も戦うわ。」
たった一言だが天河からは十分に戦意が感じられる。
篠崎や上村、当然長緒も同じだ。
そして今頃になって一人知らない生徒がいる事に気が付いた。
「・・・お前は・・・誰だ?」
「ぶっ!?」
派手にコケた男子生徒は今頃になって気づいたのかと思わせるリアクションだ。
「い、今頃気づいたんかいな・・・・・!?」
「「和!いたのか!?」」
篠崎と上村がワザとらしく言った。
この男子生徒の名は「星龍和人」2年14組で篠崎と同じクラスである。
能力は霊視最上位の「神眼」だ。
星龍は昼休みに除霊部の件で藍苑に呼び出されおり、神楽坂達とは会っていなかった。
自己紹介をした星龍は今まで空気な扱いだった事に凹んでいたが、直ぐに自分のペースに戻る。
立ち直りは早いようだ。
「星龍か、よろしくな。それじゃ作戦会議といくか?」
委員達は頷くと適当に椅子を持ってきて長机を中心に楕円状に座った。
作戦会議ができる状態に来たところで神楽坂は天河に指導権を戻す。
「それじゃ天河、あんたが大将だ。頼んだぜ?」
天河は神楽坂の言葉に力強く頷いた。
「それでは、六学除霊委員会。作戦会議を始めます。」
各委員の表情が真剣になった。
「まずは犯人ね・・・・相手が人間、又は悪霊、妖怪なのか。」
その件については篠崎が口を出した。
「被害を受けた女子の傷は只の刃物じゃないぜ、魂にまで斬り傷が入ってやがった。こんな芸当は人間がそう容易く出来るもんじゃねぇ。」
「・・・・・邪気から犯人は悪霊という事になるな・・・・それに魂までという事は獲物は霊刀か。」
「霊剣」(霊刀)とは
霊刀を使えば相手の肉体を切り裂き、その刃を魂にまで届かせる事が可能だ。
魂が損傷すると霊能力が著しく低下し、肉体のダメージに関わらず生命活動に支障が出る。
それは肉体を動かす原動力となっているのは魂だからである。
「流石、長緒先輩良く知ってんな?「斬魂」っつって俺の実家でも使える人間は数える位しかいねぇ、例え霊剣を持った霊能者だとしてもそこら辺の人間が使える技じゃねーからな。」
「斬魂」は肉体を通り越し魂を斬る技である。
魂を斬るこの技は高い技術が求められるが、これは人間の話で悪霊、妖怪には当てはまらない。
「妖気は感じられなかったし、篠崎君の話を聞くと悪霊の可能性が高いわね。
次は犯人の行動、これは今日の1回だけじゃ判断できないのだけど・・・・。」
「・・・・・また現れると思うか?」
「奴は味を占めたはずだ、近いうちまた現れるだろうぜ。」
しかし一つ問題があった。
それは学園の広さだ、被害が出る前に除霊しなければ成らなず広大な敷地の中で犯人が犯行に及ぶ前に抑えなければならない。
現在の人員は6名、この人数で学園の隅々まで監視する事は不可能に近かった。
「全く妖気や邪気を感じなかったけど・・・・・これじゃ可愛子ちゃんが危ない目に会いそうな時助けにいけないよTT」
やっと発言した内容が軽薄な事に苦笑う委員達だが、上村の言う事は間違ってはいない。
女生徒が襲われるその瞬間まで霊気や邪気と言った気配が全く無かったのだ。
「待つんじゃなくて此方から誘き寄せたらどう?」
「・・・・・成る程、それなら広範囲を警備する必要も無い。」
「囮か、悪くねぇとは思うが問題は誰がやるかだな。」
「・・・・・私が囮になるから、悪霊が現れたらお願いね。」
「いいのか?」
相手の正体が分からない状況での囮作戦は危険だ。
しかしこれ以外の作戦が無い以上、やるしかなかった。
「・・・・決まりね、行動開始は放課後から。」
「・・・・・どのみち奴にこれ以上好き勝手はさせねぇよ。」
暗闇に浸かる校舎を窓から見据える委員達だった。