67:除霊部の夏休み
-除霊委員会室
夏休みに入り、早番の神楽坂は天河から勉強を見てもらっていた。
今日も暑さは厳しく、室内の窓を全部開けた状態だ。
「・・・・・生徒会棟を使わせて貰えればよかったんだけどね。」
「何で駄目だったんだ?」
「それがね、夏休みの間だけ生徒会の1階を借りれないか、何度か交渉してみたんだけど期間中は
活動しないから駄目だって。」
「そっか、残念だな。」
「雹牙会長は理解を示してくれたんだけどね・・・・。」
「俺達がいても駄目なのか?」
「うん、信用されてないって訳じゃないけど、重要な書類とかあるから。」
「なるほどな。」
「ごめんね、終業式まで頑張ったんだけど駄目だった。」
「気にする事はないさ。」
委員長の天河でも許可が下りなかったのだから仕方が無い。
二人は勉強を再開する。
(終業式・・・か。)
問題の解き方を教わりながら、神楽坂は先週の土曜の事を思い出していた。
-3-5
今日で一学期が終了し、明日から夏休みだ。
5組では帰りのHRが行われていた。
「・・・・?」
佐久間に、前の席に座る神楽坂からプリントと一緒にメモ用紙が渡された。
(放課後、屋上で待つ。・・・・何の用かしら。)
「・・・・随分と屋上が好きみたいね?」
佐久間は両腕を組んで、屋上階段の最上段に座っている神楽坂を見上げた。
「ま、ここなら周りに聞かれる心配はねぇしな。」
「・・・・なるほど?それで話って?」
佐久間はゆっくりと階段を上がり、踊り場の壁に背を付ける。
「・・・・前に言っていた「反魂の器」とやらは諦めたのか?」
「私が大人しくしてるから?」
「そうだ。」
「この私が諦めるとでも思う?」
「思わねぇから聞いてるんだよ。」
双雨の事は既に天河に知られ、ほぼ和解まで出来ている。
それは極光へ行く理由も無くなる事を意味する。
一体どうやって亡者が徘徊する世界に行くつもりなのか、神楽坂は気になっていた。
「天河摩琴には双雨の亡霊の事、知られたみたいね。」
「あ、あぁ・・・・。」
「仕方ないわね。コウ、まさか自分から話したって訳じゃないわよね?」
「そんな事するわけないだろ。」
「そうよね。まぁこれでコウの弱みは無くなったって事かしら。」
「・・・・どうするんだ?まさか今度は自分が行くつもりか?」
普通の人間が行くにはあの世界は余りにも危険すぎる。
佐久間も十分に分かっていたからこそ神楽坂に行かせたはずだ。
「あら?心配してくれるの?」
「そ、そんなんじゃねぇ。けど本気でそんな怪しげなモン(反魂の器)が欲しいのか?」
「もうコウには関係ない事よ、取り合えずはね。」
そう言い残すと佐久間は階段を降り始めた。
「玲奈。」
「まだ何かあるの・・・・?」
「・・・・無茶すんじゃねぇぞ。」
「フ、・・・・コウのそういう所、嫌いじゃないわ。それじゃぁね?」
佐久間は背を向けたまま軽く手を振ると階段を降りていった。
(・・・・玲奈の事だ、何も考えてないって事はねぇとは思うが・・・・。)
「神楽坂君っ!」
「あ、わりぃ・・・・ち、ちゃんと聞いてたぜ?」
天河から勉強を教わっていた事を思い出した。
正面を見ると手元の教科書をシャーペンで差している彼女の姿が映る。
「・・・・まだ何も言ってないんだけど?」
ジト目が痛い。
「そう、私の話を聞いてたならこの問題は簡単に解けるよね?」
(わ、分からねぇ・・・・。)
シャーペン片手に固まる神楽坂。
その姿が少し面白かったのか、天河は少し意地悪をする。
「・・・・話を聞いてたなら簡単に解けるはずだけどぉ?」
「そ、それはっ・・・・!」
「おかしいわねぇ?」
(からかって愉しんでるな・・・・。)
神楽坂は苦笑った。
「え、えーっとそんじゃ俺は巡回に行ってくるよ。続きは戻ってきてからって事で。」
「あ、ちょっと待って!まだ勉強の続きが・・・・もぅ。」
神楽坂は逃げるように委員室を出て行った。
-敷地内
委員会棟から出た神楽坂は敷地内を巡回する。
相変わらずの暑さと蝉の声、グラウンドからは運動部の掛け声と、校内からはブラスバンド部の演奏が聞こえてくる。
「・・・・あ、暑ちぃ。」
天気は雲一つない快晴、そのせいで気温は上がる一方だ。
日陰の中を通らないと、とても外を歩く気にはならない。
「・・・・人すくねぇな。」
何時もは生徒が多く行き来する渡り廊下も閑散としている。
歩きながら佐久間の事、そして極光での事を思い返した。
「崩壊した学園」
「編笠の魔族」
そして極光の世界にあるという「反魂の器」を起動させる「鍵」
これだけでは判断はできないが、偶然とはとても思えない。
佐久間は何か大きな事に首を突っ込み始めているのではないだろうか。
それとあの網笠を被った魔族。
今まで相手にしてきた者とは、比べ物にならない強力な力を持っていた。
朝倉から助けられなければ、恐らくあのまま命を落としていただろう。
「・・・・・・奴とはまた戦う事になりそうだな。」
考えながら歩いていると、日傘を差した親子連れがプールの方へ歩いていた。
「そういや今年はうちの学校が一般解放してるんだったな。」
空には灼熱の太陽、目の前にはオアシスのプール。
泳ぐのは無理だが、プールに足を突っ込み涼むくらいは出来るはずだ。
「・・・・プールも見回らなきゃならないよな?」
自分を納得させつつ神楽坂はプールへと向かうのだった。
-野外プール
神楽坂はシャワーと塩素槽の横を通りプールへと出る。
この暑さもあってか沢山の児童や中学生、高校生もいるようだ。
「・・・・シフトの日は海パン持ってくるべきだな。」
「よー!光志じゃんか、サボりか?」
監視台に座っていた吉原が声を掛けてきた。
「じゅ、巡回に決まってんだろっ!」
「それもそうか、ただでさえ幽霊がでる噂があるんだしなぁ」
「・・・・ま、噂だしな、そこまで心配する事は無いと思うぜ。それより監視台に座って何してんだ?」
「バイトだバイト。ほら終業式の最後のHRで山城先生がいってたろ?」
「あぁ、そういやそんな事言ってた気がするな。」
「日当3000だぜ3000。」
「3000か、しかも解放時間は8時半から16時までだったか?」
「そそ、暑くなったらプールに入ればいいしさ、それに水着も見れるだろー!」
「・・・・それが目的か。」
「そういや日曜に見た蒼芭ちゃんも可愛かったなぁ~。」
「ん?蒼芭に会ったのか?」
「日曜さ、ダチと一緒に街へナンパしに行ったんだよ。」
「・・・・実にお前らしい休日の過ごし方だな。」
「そしたらさ!なんと何時もジーンズしか穿かないあの・・・・」
「お姉ちゃーん!はやくぅ!!」
塩素槽からスクール水着の女の子が元気に飛び出した。
「プールサイドで走ったら駄目だぞ。」
「はぁ~い!」
「コンクリートの地面だから転ぶと擦りむくからね。
それで話の続きだけど、なんと!スカートを穿いた・・・!」
「・・・・・神楽坂先輩?」
「・・・・っ!!?」
塩素槽から水着姿の蒼芭が姿を現した。
吉原は最後の言葉を出す直前に飲み込んだ。
「何してんだ・・・。蒼芭も泳ぎにきたのか?」
「佐由里だけじゃねぇぜ?」
続いて篠崎、そして女の子の保護者らしき女性も続いて出てくる。
「お姉ちゃん!早くいこうよ!」
「ああ、分かった。」
女の子に腕を引っ張られながら蒼芭はプールサイドへ向かった。
「あの娘と知り合いなのか?」
「あん時先輩は居なかったから知らなくて当たり前なんだが、少し前に病魔に取り憑かれた女の子を助けた事があってよ。それ以来、佐由里に懐いちまったんだよ。」
「なるほどな。」
「ま、そんな訳だからよっと!」
「あ、馬鹿やろっ!」
プールにジャンプして飛び込もうとした篠崎を静止しようとしたが遅かった。
思ったよりも水深が浅く、足を軽く挫いてしまう。
「い、いってぇ~。」
「・・・・・子供も泳げるように水深下げてんだよ、ちゃんと見ろよ。」
「う、うるせぇーよっ!」
今のを見ていたのか少し離れたところで女の子が篠崎に指を差して笑っていた。
隣にいる蒼芭は呆れているようだ。
「さて、俺もそろそろ移動するか。」
次の場所に向かう為にプールを後にする神楽坂だった。
「・・・・・・・・。」
(・・・・口外すれば命はない。)
「ひぃ・・・・・!?」
プールで遊んでいる蒼芭の目線は殺気に満ち溢れていた。
恐らく話の一部を塩素槽で聞かれていたのだろう。
吉原は蒼芭の名前とスカートを連想されなくて本当に良かったと心から思うのだった。