60:六学喧嘩番長
-除霊委員会室
夏休みを前に控える期末試験。
その試験に備えるべく、早番だった神楽坂と天河は待機中を利用して試験勉強をしていた。
「・・・・・ちゃんと勉強してる?」
「い、一応な。」
「・・・・・・・。」
「な、何だよ・・・・。」
「教科書逆なんだけど・・・・。」
「!?」
「全く見てなかったのね・・・・。」
ほぼ真っ白のノートを見ているだけの神楽坂に天河は呆れた。
「ところで、手の具合はどう?」
「あ、あぁ。痛みは大分引いてきたぜ?」
神楽坂は前回、蒼芭との試合で左手を痛めていた。
骨には異常無いとはいえ、簡単に治る怪我ではない。
本当なら天河の治癒能力で治す事も可能なのだが、前回の罰として湿布に包帯を巻く通常の手当てだけに留まっていた。
「でもまだ長引きそうね、活動の支障にもなりそうだし・・・・・。」
「ま、そんなに掛からねぇさ。」
「剣だけじゃなくて、霊銃も使うでしょ?」
「そりゃそうだけど・・・・。」
天河には彼が左手を庇っているように見えた。
「仕方ないわね。・・・・・はい。」
「ん?」
天河は掌を上にして前に差し出した。
どうしたら良いのか分からない神楽坂は取り合えず消しゴムを乗せる。
「違うってば・・・・ほら、私の手に左手を乗せて。」
「乗せろって言われてもな・・・・。」
「腕が疲れるから早くしてよ。」
「わ、分かった。」
緊張しつつ手を乗せた。
「そのままにしててね。」
天河は神楽坂の左手の上から包み込むように右手を乗せた。
左手全体に彼女の温もりが感じられ、神楽坂は思わず顔を赤くする。
「・・・・はい、もういいわよ?」
「い、痛みが・・・・。」
彼女の手に気を取られていた神楽坂は、委ねていた左手を戻し軽く拳を作ってみた。
先程までの痛みが無くなり、力を入れて拳を作る事が出来た。
「次からちゃんと補習受けなきゃ駄目よ?」
「す、すまない・・・・。」
「よろしい♪」
申し訳なさそうに頭を掻く神楽坂に天河は微笑んだ。
「もうすぐ期末試験だけど、大丈夫?」
「どう・・・と言われてもなぁ。」
「家でちゃんと勉強してる?」
「・・・・そ、そこそこに。」
昨日の夜は吉原が持ってきた懐かしのゲーム『ドカ○ン』で盛り上がってしまい、義妹の希を巻き込んで気付けば0時過ぎ。
希は魔法使いのフィールド魔法を連発し、神楽坂と吉原は手を組むものの返り討ちにされ、大差を付けられて敗北したのだった。
「はぁ、やってないのね。」
天河は嘘を見抜き、ため息をついた。
「同じクラスの長緒君から教えて貰った方がいいんじゃない?」
「そりゃ健ちゃんに教えて貰った方が良いかもしれねぇけどさ
健ちゃんの教え方は余計難しくなるんだよ。」
「うーん、長緒君だと細か過ぎるのかな。」
「まぁ公式とかある数学は何とか分かったけどな。」
パラパラと教科書をめくる。
「ちゃんと勉強しないと留年しちゃうよ?篠崎君達と同学年とか嫌でしょ?」
「それだけは勘弁だな・・・・・。」
「・・・・・・あのさ、神楽坂君。」
「ん?どうしたんだ急に。」
「その、良かったら・・・」
タイミング悪く、言い掛けた所でチャイムが鳴った。
これは朝の部活動終了の合図で、除霊部の早朝警備もここで終了となる。
「お。終わりか。それで何の話だっけか?」
「い、いや何でも無い・・・・・それじゃまた4時限目にでもね?」
「4時限目?」
天河は勉強道具を片付け、鞄を持って立ち上がった。
鞄と一緒に持っていた水着容れを見て思い出す。
「そういや今日の4時限目は1組、2組と合同で水泳だったな。」
「そういう事。」
(昨日帰りのHRで直明が物凄いテンションだった理由はこれか・・・・。)
「さて、教室に行かなきゃね。」
「だな。」
神楽坂も鞄と水着容れを持って立ち上がった。
-通学路
突然、路地裏から罵倒する声が響いてきた。
声から一人の男子生徒を複数で囲んでいるようだ。
(・・・・・失敗したわぁ・・・・)
不良達に囲まれていたのは星龍だった。
この路地は学園への近道でもあるのだが、同時に不良達の溜まり場にもなっている。
今日に限ってこの近道を通ってしまい、今に至る。
「お前ちょっとジャンプしてみろぉ!」
取り囲む不良の中でも際立って柄の悪そうな男子生徒が吠えた。
(い、何時の不良やねん・・・・。)
「さ、坂木、それかなり古くね?」
「う、うるせぇよお前等!」
(・・・・・どないしよ。)
前には坂木、後ろには数名の不良達に挟み撃ちにされている。
神眼を使えばこの場を切り抜ける事は容易だが、ヘタに力を使って彼らを傷つける訳にもいかない。
ここはわざと自分を襲わせ、その隙に学園まで逃げた方がよさそうだ。
「すんませんけど、先輩等に渡す金はありませんわ。」
「なんだとっ!?」
ハッキリと言い切った。
これで不良達は生意気な口を利いた星龍を殴りに掛かってくるはずだ。
「上等だてめぇ!」
背後にいた不良が動きを見せた。
リーダー格の坂木が動いてくれた方が逃げ易いのだが仕方がない。
神眼を発動させようと精神を集中した時だった。
「ぐあぁ!?」
突然、殴り掛かろうとしていた不良が声を上げ、その場に倒れ込んだ。
(な、なんや?この状況に首突っ込むような生徒でもいるんかいな。)
「だ、誰だ!こんな舐めた事する野郎は!」
坂木には死角になり、後方が良く見えない。
続いて他の不良二人も声を上げて倒れこんだ。
「・・・・・邪魔だ。」
たった一言だったが、地面に倒れる不良達を震え上がらせるには十分だった。
恐怖に駆られた彼等は走り出し、坂木を放って学園へ逃げて行った。
(誰や・・・・。)
制服から同じ六学の生徒だと分かるが、路地裏の薄暗さが彼の顔を隠している。
その男子生徒は一歩前に出た。
光りが顔に当たり、男子生徒の姿が露になった。
紅い髪と紅い眼、頬に十字傷。
以前グラウンドに現れたあの人物。
朝倉崇だった。
「あ、あんさんは・・・・・!?」
「お前は・・・・・。」
「あ、朝倉!?て、てめぇまだ学園辞めてなかったのかよ!?」
「・・・・久しぶりだな坂木。また俺に歯を折られたいのか?」
その場に立っているだけで凄まじい威圧感が路地裏を駆け抜ける。
「くっ・・・・覚えてやがれよっ!」
形勢不利と感じた坂木は捨て台詞を吐いて学園へと逃げて行った。
「と、とりあえず助かりましたわ・・・・先輩・・・?」
「・・・・・・次からは気をつけるんだな。」
そう言い残すと朝倉は歩いて学園へと向かって行った。
「な、なんかまた面倒な事になりそうやなぁ・・・・・。」
天河や長沢と知り合いらしいが余り友好的とも思えない。
星龍は苦笑いつつ後を追うように学園へと向かうのだった。
-3-5
朝のHRが始まるまで机で寝ていた神楽坂の耳に、騒がしい音と声が聞こえ、目を覚ました。
「・・・・・・どうしたんだ?」
大きく背伸びをして騒ぎのする方向を見た。
そこには水瀬、吉原、安堂の三人が長緒の席を中心に何かの話題で盛り上がっている。
「・・・・・な、なぜ俺の方を向いて喋る。」
「まぁまぁ長緒の席が丁度いいんだから。」
長緒の席は、神楽坂と水瀬に挟まれた位置にある。
その左上には吉原、真後ろには安堂の席があり都合が良いのだ。
「何でも2年前から不登校だった生徒が今日学園に来てるらしいわ。」
「2年も不登校で退学処分とかにはならねぇのか?」
「中学とかならまだしもなぁ・・・・・。」
「よねぇ~。」
「・・・・・ってかヘタすりゃ留年して20歳の高校生かよ!?」
「流石にそうなったら学校辞めるわよね・・・・。」
「その生徒が4年生だったらどうするんだ?・・・・・2年も留年すれば20越えるぞ。」
「酒もタバコもOKな20歳・・・・・わ、笑えないわね・・・・。」
「でもね、私が聞いた話だとその生徒は留年してないみたいよ?」
「・・・・・長期不登校なのに自動進級?何かすげぇ羨ましいけど実際そんな事可能なのか?」
「・・・・どんな生徒かちょっと見てみたい気もするわね。」
20超えた生徒なのか。
それとも何か特例で留年を免れ、進級する事が出来たのか。
佐久間の言う通り、確かに一度見てみたい。
取りあえず休み時間にでも一目見に行こうと話して、次の話題に移った。
それは昨日、神楽坂家で夜遅くまで盛り上がったゲームの話だ。
「あのゲームは分からないけど、直明が希ちゃんにボロボロにやられてたのは笑えたわ。」
「あ、あれ絶対チートだよな!?何でリスクが高い宝箱でレアアイテムばっかりでるんだよっ!」
「だから自分のターン以外は携帯弄りと無駄にテンション高い実況をしていたのか・・・・。」
六学の公式サイトには各クラス専用のページがあり、吉原はそこでゲームの実況をしていた。
「私も見た、吉原の名前なんか「孤高の変態」とかだっけ?
プレイヤー同士の戦いに負けたら勝ったプレイヤーから好き放題されるみたいね。」
「・・・・・私も「試験勉強」しながら見てたけど、夜遅くまでゲームだなんて二人共余裕ね?」
佐久間が強調した言葉にギクっとする神楽坂と吉原。
期末試験がもう眼と鼻の先まで迫ってきている事を思い出した。
「・・・・・・やれやれ。」
苦笑う長緒だった。
-屋上
「・・・・・ここにいたの。」
誰もいない屋上のフェンスに一人、景色を眺めていた男子生徒に長沢が声を掛けた。
その後ろには天河の姿も見える。
声を掛けられた男子生徒はゆっくりと振り返った。
紅い髪と真紅の瞳。
それは朝倉崇だった。