59:佐久魔の手紙
「はぁああっ!」
「ちっ・・・・!」
神楽坂はその攻撃を木刀で受け止め、鍔迫り合いとなった。
押し合う状態の中、蒼芭は咄嗟に後ろへ距離を取った。
神楽坂の引き技を警戒したのである。
「・・・・・気付いたか。」
「ええ、あのまま続けていたら、後ろを取られていました。」
「そいつは俺にも言える事だがな。」
神楽坂は木刀を肩に担いだ隙だらけの構え。
対して蒼芭は正眼に構える。
これは奥義「猛虎襲突破」へ切り替える事ができる構えだ。
(・・・・今ので互いに小細工は通用しねぇ事が分かったな、となれば・・・・・。)
(・・・・小細工は無用、ならば渾身の一撃を放つのみ!)
二人の周りには、何時の間にかギャラリーが集まっていた。
その多数が単位を求め、神楽坂達を探していた生徒だ。
しかし、二人の間に入り込む余地は無く、ただ見ている事しかできない。
「・・・・・・・。」
「そういや、霊能は無しだな?」
「私は先輩を捕まえに来たという口実で試合を挑んだのですが
剣のみで相手して頂けるなら、それはありがたいです。」
「分かった、そんじゃ続きと行くかっ!」
「望む処ですっ!」
今度は神楽坂が先に攻撃を仕掛けた。
委員会1の走力で瞬く間に間合いを詰める。
この初太刀が重要だ。
このまま受け止める。
此方も前に出てカウンターを狙う。
回避して後の先を取る。
等、多数ある中で最良の選択をしなければならない。
「・・・・ならばっ!」
「!?」
蒼芭は正眼の構えから、木刀を水平に寝かせた構えに移行する。
彼女が最も得意とする奥義、龍虎双神流「猛虎襲突破」だ。
文字通り相手に向かって突撃し、強烈な突きを浴びせる。
例え霊能を使っていなくとも、同じ条件下の神楽坂には十分に通用する奥義だ。
「はぁあああっ!!」
(ま、間に合わねぇ・・・・・!)
「なっ!?」
蒼芭の突きが胴を捉えたかに思われた。
神楽坂は左手で切先を外から内へ打ち払うように難を逃れていた。
あの体勢から受けに転じられたのは意外だったが、木刀を左手に持ち替え、膝を折りながら左回転。
神楽坂の左側頭部へ鋭い一撃を繰り出した。
「くっ・・・・!」
神楽坂は左手を体の内側へ打ち払っている状態だ。
この体勢では受けが間に合わない。
咄嗟に左手の甲で攻撃を受け、二人は互いに距離を取った。
「い、痛てぇ~~~~!?」
「だ、大丈夫ですか!?とはいえ、今の攻撃を防ぐとは流石先輩ですね。」
「苦しまぎれの方法だったがな。」
「ですが、木刀を持ち替えて対処する、体を屈めて回避し反撃するといった事もできたのでは?」
「そうだな、俺も少し霊能に頼り過ぎてた所もあるかもしれねぇな。」
神楽坂は赤くなった左手を何度も振る。
本来なら霊気を帯びているので問題は無いのだが、流石に生身で受ける事は無理があった。
「それから一つ気づいたのですが、先輩の太刀筋はどこか双神流に似ている気がします。
先輩は何処で剣を納めたのですか?」
「何処・・・で?」
一瞬何処かの光景がフラッシュバックした。
その光景は自然が多く残った山奥、近くには滝とボロボロの小屋。
そして自分に近づいてくる熊のような巨大なシルエット。
「・・・・・・そ、その話は無しだ。」
「な、何やら複雑な思い出のようですね・・・・。」
余り良い思い出がないのか、神楽坂は苦笑った。
「やっぱり二人や!」
その時、篠崎、上村、星龍が割り込んできた。
星龍が力を使ってこの場所を突き止めたのだろう。
「なにやってんだよ佐由里、先輩よ。」
「見ての通り先輩と試合だ。」
「げ、あの先輩に喧嘩売ったのかい!?」
上村の顔に縦線が入った。
だが、二人を見ると、どちらも大したダメージは受けてない。
寧ろ神楽坂の赤くなった左手を見て上村は恐怖した。
蒼芭>神楽坂
「うそぉおおおお!?」
上村はまるでムンクの叫びのような格好になり絶叫した。
「・・・・やる気が削がれたな。どうする?まだ続けるか?」
「まだ勝負はついてません、また機会があったらお願いします。」
一礼し、試合は蒼芭優勢で終わる。
「・・・・先輩、まさか佐由里に負けたのかよ?」
「ん?あぁ真剣だったら負けてたな。」
水飲み場で冷やしていた左手を篠崎に見せた。
「マ、マジかよ・・・・。」
「お前も修行しとかねぇと(蒼芭に)差をつけられちまうぜ?」
「なんや、先輩あまり悔しくなさそうやな・・・・。」
寧ろ優勢だったはずの蒼芭の方が少し暗くなっている。
「・・・・・霊力無しだったとはいえ、まさか素手で襲突破を防がれるとは。」
まだまだ修行が足りないと実感する蒼芭だった。
「そんでさ、先輩。単位の話は本当なのかい?」
「お前等も血眼になって探してる奴等を見ただろ。」
「ああ、すげぇ必死だったぜ。」
「そういや、天河先輩から電話掛かってきとったで。『神楽坂は何処にいるの』て。」
「・・・・・呼び捨てとか、物凄い怒ってるんじゃないかい?」
「・・・・・す、すっかり忘れてたな。」
星龍への電話は、神楽坂を霊視で探させる為だったのだろう。
ズザザー
その時、建物裏から天河が飛び出し、足でブレーキを掛けて止った。
今まで神楽坂を探して走り回っていたようだ。
「はぁ・・・はぁ・・・・。」
「う、噂をすれば何とやら、ですね・・・・。」
「ん?」
「み、見つけたわよ!神楽坂君!」
「げっ!?」
神楽坂は天河に連行されていった。
-C校舎中央昇降口付近
その頃、吉原は手紙を確認する為に、昇降口付近まで近づいていた。
最早逃げる事よりも手紙が気になって仕方が無い。
自分達を探す生徒達で溢れ返っている中、背中を校舎にくっ付けて、まるで蟹のような動きで移動していた。
その途中で情報交換をしている生徒達に気が付き、吉原は体を屈めて話を聞いた。
「神楽坂先輩は分かるけどさ、吉原先輩が分からねーんだよな。」
「女子の先輩もいたそうだけど、風特機の桐嶋先輩に捕まったって話よ。」
「マ、マジかよ・・・・まぁ男子だったら何されるか分かったもんじゃねーよなぁ・・・・。」
「女子でよかったな・・・・。」
「吉原先輩だけど、風紀のサイトのTOP絵飾ってるじゃんか。」
携帯を操作していた生徒が画面を見せる。
それは風紀委員会のサイトで、吉原は危険人物としてTOPを飾っていた。
因みに次点で上村。
「・・・・この先輩、女子の間じゃ上村と同じく有名なのよね。」
吉原のスケベ面画像を見ながら苦笑った。
(・・・・俺も有名になったもんだよぁ・・・・。)
別の意味で有名になっていた吉原は昇降口へ急ぐのだった。
-昇降口前
本来ならば放課後にも関わらず、誰一人いないというのは異常な事だ。
しかし、ラブレターの事で頭が一杯な吉原にはそこまで頭が回らなかった。
「よ、よし。誰もいないな・・・・。
(そ、それにしてもま、まさか摩琴ちゃんからだとはーーッ!!俺にも遂に春がッ!!)」
ガサッ・・・・
吉原の背後にある球形に剪定された木が動いた。
その隙間から5組の男子達が目を光らせる。
「先生、直明の奴のこのこ来やがったぜっ!」
「・・・・計画通りとはいえ良く今まで捕まらなかったな。」
吉原の悪運の強さに苦笑った。
赤城は山城率いるチームαと、HQである5組に連絡を入れるように指示する。
中央昇降口は強化ガラスの格子で囲まれ、その扉を開けなければ中に入る事はできない。
丸見えになってしまうが、此処まで来ると吉原はダッシュで扉を開けて屋内へ突撃していく。
「うぉおおおおお!!!」
もう声が出てもお構いなしだった。
「鳥が籠に入った。繰り返す、鳥が籠に入った・・・・!」
携帯での通信を最後に赤城率いるチームβが動き出した。
「C校舎昇降口の扉は三箇所ある!αが取り逃がした状況も考えて他二箇所も抑えなければならん!」
「任せてくれ先生!」
まるで特殊部隊のように数名の生徒に手で合図を送る。
指示された生徒達は担当の昇降口へと走り出した。
-男子トイレ
「掛かりやがった!行くぞおめーらっ!!」
後ろに待機する大勢の男子生徒と共に男子トイレからチームαが出撃した。
赤城達が中央を含め三箇所を封鎖している為、完全に袋の鼠だ。
通路にはキープアウトと書かれたテープが幾重にも張り巡らせられている。
吉原は遂に自分の下駄箱にたどり着く。
「はぁ・・・はぁ・・・・大して走ってねぇのにドキドキがとまらねぇーー!?」
勢い良く下駄箱を開ける。
確かに自分の上靴の上に一通の手紙が入れられていた。
吉原はその手紙を残像が残るような速度で取り、裏面を見た。
メールの内容通りハートのシールが貼られている。
何故だろう?
両目から止め処なく滝のような涙が流れ落ちていくのは。
「あ、焦るな俺・・・・焦るな俺・・・・。」
逸る気持ちを辛うじて抑え、ハートのシールを綺麗に剥がして中身を取り出した。
綺麗に折りたたまれた手紙を開いて両目を閉じ、深呼吸する。
「・・・・もう取り押さえて良いのではないか?哀れに思えてきた。」
「まだですよ赤城先生、直明があの手紙を読むまでが今回の作戦なんスから・・・!」
強化ガラス越に様子を伺う。
吉原は手紙を読む前に数回、深呼吸をしているようだ。
息を整えて、バッっと文面を食い入るように手紙を見た。
吉原が手紙を見た事を確認した山城と赤城は一斉に飛び出した。
「吉原!てめーここから生きて帰れるとおも・・・・」
吉原は下駄箱の棚を背に力無く座り、顔を俯け真っ白に燃え尽きていた。
灰と化した吉原の両頬から涙が流れ哀愁を漂わす。
「よ、吉原ぁーー!!」
「傷はまだ浅いぞ!しっかりしやがれっ!」
吉原の体を何度も揺するが反応がない。
「も、もしかしてこの手紙か?」
「待て!それに触れるな!吉原の二の舞になりてぇのか!」
吉原が握っていた手紙を取ろうとした生徒を止める。
が、男子生徒は手紙の内容を見てしまった。
「・・・・!?」
真っ白に燃え尽きた男がもう一人増えるのだった。
-指導室
天河に連行された神楽坂は、保健室で左手の打撲を診て貰ってから指導室に足を運んだ。
打撲はヒーリングで簡単に治るのだが、罰として通常の手当てに留まっていた。
「・・・・うおっ。」
室内には吉原と安堂が机に突っ伏して力尽きていた。
「・・・・あ、神楽坂も捕まったの。」
「ど、どうしたんだその目は・・・・。」
「・・・・桐嶋先輩よ。私裏門駐車場近くで先輩に見つかってさぁ。」
「・・・・よりにもよって桐嶋先輩に捕まったのかよ。」
安堂は何故か自分を抱きしめるような仕草をして続ける。
「だ、誰もいない体育館倉庫に連れ込んで、嫌がる私を無理やり・・・・・。」
「続けたまえ。」
何時の間にか吉原は二人の真後ろまで来ていた。
「復活はやっ!」
「元気でた?言っとくけど生きた心地しなかったわ、さっきまで「くすぐりの刑」だったんだから。
もうね、なんていうの?猛獣の巣穴で弄ばれる感じ・・・・?」
「俺も弄ばれてぇ・・・・!」
「直明だったら多分死んでたわね、先輩「女子だから手加減してやろう」とか言ってたし。
とにかく一生分の涙流したみたいだったわ。」
疲れたのかまた机に突っ伏した。
神楽坂は苦笑いながら適当な席に付く。
そこへ山城と赤城が室内に入ってきた。
「おらぁ!てめぇ等!覚悟は出来てんだろうなぁああ!」
「今回は山城先生だけではなく、俺も参加する。逃げる事は許さんぞ。」
「せ、先生!お、俺は初めから逃げるつもりは無かったんですっ!」
「き、汚ねぇ・・・・・。」
「直明サイテーね。」
地獄の補習+指導が始まるのだった。
-3-5
吉原を捕まえ単位獲得権を手に入れた5組は、単位を賭けたビンゴゲームで盛大に盛り上がっていた。
「玲奈、吉原君と男子1名を再起不能にしたあの手紙って一体何を書いたの?」
吉原はおろか、一瞬目を通しただけの男子をも再起不能にした手紙の内容が気になる。
佐久間はビンゴ表を見ながら水瀬を見た。
「・・・ん?最後の仕上げで感づかれたら困るから、普通に私が書いたんだけど?」
「え?普通に書いたの?」
「そ、私が書いたラブレター。」
それから佐久間の書いた手紙は、見た者を一撃で再起不能にする「魔の手紙」として六学の新たな伝説となるのであった。