57:神楽坂逃亡記
「はぁ・・・はぁ・・・・!」
日陰となったC校舎裏、神楽坂は両手を両膝に乗せて息を整えた。
ここまで全力疾走してきたのか、額からは大粒の汗が流れている。
「あいつ等流石にしつけぇ・・・・!」
「何処に行った!」
「・・・・!?」
男子生徒の声が聞こえ、神楽坂は近くの球状に剪定された木々に身を隠し、息を殺した。
「や、やべぇな・・・・もうここまで追手が迫ってるとは・・・・・。」
見つからないように注意しつつ、外の様子を伺う。
霊銃から弾倉を取り出して残弾を確認しグリップへ押し込んだ。
球形の木を背に座り、両手で持った霊銃の銃身を額に当てた。
「・・・・・神楽坂君・・・?」
「!?」
「え!?」
グイっと天河の手を引っ張り込み、左手で彼女の口を塞いで隠れた。
「ん゛ん~~~っ!!?」
身を隠す事で精一杯の神楽坂は、彼女の鼻すらも塞いでいる事に気付いていない。
呼吸がし辛い天河は、顔を真っ赤にして数回タップした。
「わりぃ、天河。あいつ等がどっかに行くまで少し静かにしてくれるか?」
「ん゛!!?」
神楽坂は全く気付いていなかった。
「・・・・・なんとかやり過ごせたようだな。」
「ぷっはっ・・・はぁ・・はぁ・・・こ、殺す気っ!?」
「あ、わ、悪い・・・・っ。」
「・・・・それで、あの放送は一体なんなの?」
全てはHR前に遡る。
ガチャン。
体育教官室の扉が開き、白衣姿の赤城が入室してきた。
「・・・・・山城先生はいるか?」
「どうした?」
赤いジャージ姿の山城はアイスコーヒーを飲んでいた。
何事かと春日と藍苑も注目する。
「まったく。一昨日神楽坂、吉原、安堂の三人に小テストでの罰を受けさせたのだが、補習をサボった上に、翌日の補習も来なかったんだが。」
「3-5問題児勢ぞろいですね・・・・。」
「そ、そうね。」
「・・・・・・なる程、あの野郎共いい度胸してやがるな・・・・・!」
アイスコーヒーを一気に飲み干し、不敵な笑みを浮かべ引き出しからある物を取り出した。
それは非殺傷(打撲程度で済む)のゴム弾を発射する特注のガス銃だった。
「ちょ、ちょっと炎!前のよりも危なくなってるじゃない!」
「心配すんな、俺のゲンコツと同じくらいの威力しかねぇよ・・・・!」
ヤる気満々の山城はスライドを引いて薬室にゴム弾を装填させた。
ガシャッ!と独特の音が響く。
「炎のゲンコツと同じなら余計危ない気がしますが・・・・・。」
「今日も補習にでるように言ってある。今回は強制的にでも受けさせるつもりだ・・・・・!」
赤城はネクタイを緩める。
春日と藍苑は苦笑う事しかできなかった。
今日の授業は終わり、後は帰りのHRを待つだけだ。
クラスの生徒達も鞄を机の上に出して教科書等を詰め込み、談笑していた。
「あんた達、生物の補習サボったんだって?」
神楽坂達の所にクラス委員長である水瀬が話しかけてきた。
「小テストのだろ?」
「別によくね?それより委員長、今日の放課後俺とデートでもしませんkぶへっ!?」
吉原の後頭部に、安堂の分厚い教科書が炸裂した。
「ま、私も用事あったし早く帰りたかったしねぇ~。」
「その話が山城先生の耳に入ったとしても・・・・?」
「!!?」
思わず動きが止る三人。
隣の長緒もやれやれといった顔をしていた。
「な、なんでそこで山城先生がでてくるのかなぁ~?」
予想できない事ではない。
ただ単に赤城が担任である山城に報告しただけなのだから。
「まぁ裕紀の骨くらいは拾っといてあげなくもないけどね~。」
水瀬は手をヒラヒラとさせて自分の席へ戻っていった。
「や、やばくね?俺たちやばくね!?」
猛スピードで教科書を鞄に詰めていく。
ちなみに置き勉は山城に怒られる為に誰一人していない。
「・・・・・やっぱ補習出とくべきだったぜ・・・・。」
後悔先に立たず。
「光志!行くぞ!」
「逃げるのよっ!」
「逃げるって・・・・・どの道怒られるだろ・・・。」
「どうせ死ぬ(怒られる)なら一日でも長く生き延びるんだよ・・・・!」
「・・・・何処の映画の台詞だよ。」
神楽坂は肩を掴まれ、三人は鞄を持って教室の外へ出た。
「・・・・・・あの三人、見てて飽きないわね。」
佐久間の言葉に苦笑うクラスメイト達だった。
「ひぃいいいいっ!」
廊下に出たところで廊下の奥からは怒りのオーラを纏った山城が近づいてきていた。
今ここで捕まれば命は無い。
三人は反対の階段から逃げる為に走り出すのだった。
-正門
「2班は正門、3班は裏門、残りは学園内巡回だ。急げよ!星は既に逃亡してやがるからなっ!」
「げっ!あれ、朝比奈先輩じゃない・・・・!」
正門の様子に気付き、三人は足を止めて近くの柱に身を隠した。
その不審な動きに付近を歩いていた生徒数人が何をしているのかと、軽く注目して歩き去っていく。
「朝比奈の先輩は正門で何してんだ?」
「ばっか、俺達を逃がさないよう封鎖して検問やってんに決まってんだろっ!」
「あの風特機よ!?
あんた達除霊部と同じで、携帯で先生と連絡取り合ってんに決まってるじゃないっ!」
学園を行き来出来る箇所は正門と裏門の2箇所だけしかない。
しかも裏門と言って門の大きさ、人の出入りは正門と全く変わらない。
「じゃどうすんだよ。」
「封鎖される前に裏門から脱出するしかねぇ・・・!」
裏門へ向かう為方向転換し走りだそうとした時、校内放送が入った。
声の主は赤城だ。
そしてその内容は。
「マ、マジかよっ!?」
思わず声を上げた。
その内容とは、三人を捕まえた生徒には好きな教科の単位を一つ与える。
と言った内容だった。
「つ、つまり・・・・?」
「ぜ、全校生徒が敵にまわったっつー事かよ・・・・。」
「そこまでするか普通・・・・。」
ここに留まっていては危険だ。
予定通り裏門から脱出するしか生き残る術はない。
「どうせ明日怒られる事に変わりはねぇ気がするんだが・・・・。」
「確かに、今捕まって怒られりゃ明日よりかはマシだろうぜ
だがな光志、お前はそれでいいのか?」
何が良いのか全く解らない神楽坂は苦笑う。
「いたぞ!あの人、除霊部の神楽坂先輩だっ!」
「も、もう見付かったっ!?」
「やっぱ光志は顔が割れてんのか・・・・。」
「まぁ活動でいろいろ走り回ってるからな。」
「何やってんのよ!」
安堂に引っ張られながら、三人は追手をかわすべく走り出すのだった。
そして校舎裏に戻る。
「・・・・それで三人だと追手が集中するから散開したって事?」
「そういう事。俺としては別に今日怒られても良いんだが
いや寧ろ今日の内に怒られた方がいい気がする・・・。」
「・・・・なら逃げるの止めればいいのに。」
「まぁ・・・・そうなんだけどな。」
携帯の画面を天河に見せた。
画面はメールのようで吉原からだった。
『B校舎付近敵約40、やばい!すっげぇ増えてやがる!あの面子は4組じゃねぇか!
光志、死んでも俺たちは永遠に仲間だぜっ!☆』
「・・・・な、な?」
「神楽坂君、相当無理してない・・・・・?」
神楽坂の顔は引きつっていた。
「それで?これからどうするつもりなの?」
「安堂が偵察で裏門に行ってるんだ、状況によってはそこから脱出するさ。」
辺りを伺う。
しかし、神楽坂は彼女の顔に影が落ちている事に気づいていなかった。
「・・・・全校生徒って言うことはさ。」
「・・・・うん?」
背中を見せたまま神楽坂は返事をする。
「もちろん私も含まれるのよね?」
「!?」
振り向いた瞬間、ガシッ!と左腕を掴まれた。
予想していなかった訳ではない。
勉強ができる天河なら単位は必要ないだろうと思っていた。
それ以前に何故、天河がC校舎裏にいたのか。
完全に迂闊だった。
神楽坂のポケットから携帯の振動音が聞こえてきた。
「け、携帯見てもいいかな・・・・?」
「どうぞ~?」
右手で携帯を取り出して画面を表示させた。
メールは安堂からだった。
「なんだって・・・?」
「う、裏門は大丈夫みたいだ、だからその腕、放してくれないかな?」
「神楽坂君、一つ誤解しているようだけど、私は別に単位が欲しくて貴方を捕まえた訳じゃないのよ?」
「だ、だったら・・・・何故・・・・・。」
「貴方が所属する除霊委員会の委員長だからに決まっているでしょうっ!」
彼女の手に更に力が入った。
-裏門
今の所、業者の車が数台通る程度で異常は見られない。
裏門は生徒の登下校だけでなく業者や教師の車が行き来する門でもある。
その為、近くには大きな駐車場が設けられていた。
「開けた場所は危険ね・・・・。」
「そうだな、遮蔽物も何も無い場所なんかにノコノコ出て行く事自体、自殺行為だ。」
「そうね、あの二人にメールおく・・・・・・え!?」
裏門駐車場付近から、安堂の悲鳴が響いた。
「・・・・・!?」
メールを見た神楽坂の表情が変わった。
送信者は安堂だが、書きかけの状態で何を伝えたかったのか分からない。
悪い知らせである事だけは間違いないだろう。
「誰か捕まったの・・・?」
「多分、一人捕まったと思う・・・。」
これで残りは神楽坂と吉原の二人だけとなった。
(・・・ここまでか。)
「捕まる気になったの?」
「まぁ、元から自首するつもり・・・・」
「いたわ!5組の神楽坂!」
声がした方向から、数10名程の生徒が全速力で向かってきていた。
「あ、あいつ等、ここに突っ込んでくる気か!?」
あの大人数で突撃されたら此方が堪らない。
「えっ・・・・!?」
「少し我慢してくれな!」
「ちょっと~~~~~っ!!」
神楽坂は天河を抱きかかえて走り出すのだった。