55:地獄の亡者
「そう・・・ですか・・・。」
40年前、プールで起こった事故の事を知った天河は思わず顔を俯けた。
「それじゃ、あの纏わり付いてやがった怨霊共は・・・・。」
彼女の命を奪った犯人という事になる。
「お、怨霊ってお化けなのよね?」
「・・・・怨霊とはある人間が、事故や事件、争乱、刑罰や処刑、他者からの過度な精神的または肉体的圧迫などによって死に至った場合、強い念を抱いたままこの世に留まり、自らを死に至らしめた相手を呪い、時にはその相手を死にまで至らしめることによって、自らの仕返しの思いを遂げるという。心霊上での概念やその超自然的存在自体の事を指す。」
「随分と詳しいじゃねぇか、赤城先生。」
「・・・・・・・記事に補足として載せられた文を読み上げただけだ。」
「そういや今週プールの大掃除するんだったよな先生?」
「え、ええ。そうだけど・・・。」
「明日は学園も休みだから、その時に水泳部とやる予定ね。けどこの状況じゃとても。」
藍苑は両手平を上に向けた。
悪霊の出現で掃除はおろか、プール開きも延期。
水泳の授業も無くなる可能性がある。
しかし、夏唯一の楽しみである水泳が無くなる事は全生徒が納得しないだろう。
「それに今年はウチの学園がプールの一般開放をする番なんですよ。
何とかするしかありませんね・・・。」
「放課後にでも全員で話した方がいいんじゃねぇか?」
神楽坂の言う通り、一度全員で作戦会議をした方がよさそうだ。
「今回は顧問である私も参加するわね。」
「分かりました。委員には放課後集まるように連絡しておきます。」
昼休み終了のチャイムが鳴り響くのだった。
そして放課後。
委員全員と顧問の藍苑が揃った所でプールの怨霊に対する会議が始まった。
天河の後ろに、海羽がキャスター付きホワイトボードを持ってくる。
「ありがとう紅葉ちゃん。それじゃはじめましょうか。」
長テーブルを囲むように委員達が座る。
「プールに発生した霊は調査の結果40年前に水泳の授業中に亡くなった女子生徒だと判明しました。」
「学園でそんな事故があったのかよ・・・・。」
40年前とはいえ、今まで使っていたプールで亡くなった生徒が居たとは思ってもいなかった。
それは他の委員達も同じだった。
「・・・・正確には事故じゃないんじゃないかい?」
「珍しく鋭いじゃねぇか。」
「では、事故ではない・・・・と?」
「あの霊に憑いとった怨霊やな?」
昨日の事を思い出す。
長い髪の女の霊におぞましい数の怨霊が取り憑いていた事を。
「40年前、授業中に女子生徒を水中に引きずり込み、命を奪ったのはその怨霊という訳だ。」
「あんた達小笠原先生を囮にしたそうだけど・・・・。」
「そ、それはその・・・・。」
藍苑はその事を咎める訳ではなく、小笠原から聞いたある言葉を言った。
小笠原が水中に引きずりこまれそうになった際に聞いたあの言葉。
まるで自分に助けを求めるかのような悲痛な声。
<・・・・・タスケテ・・・。>
「もしかして・・・・ずっと助けを求めてたのかな・・・・。」
命を失ってから40年間苦しみ続けてきたのだろうか。
だが一つ疑問が残る。
それは何故今になって姿を現したのか、今まで助けを求めようと思えばできたはずだ。
「・・・・彼女の霊自体の力が弱すぎて、今まで姿を現世に出す事ができへんかったのかもしれんな。」
「つまり長い年月でようやく助けを求める事ができたってのか?」
「・・・・小笠原先生を引きずり込む為じゃなくて、自分の声を聞いて貰いたかったのかもな。
どちらにせよこのままにはしておけねぇな。」
神楽坂は思わず拳に力を入れた。
「先生、大掃除は明日だったな?」
「え、ええ。でも無理しなくてもいいわよ?貴方達が怪我しちゃ意味ないしね。」
「ですが対応が遅れれば・・・・・。」
そうなればプール開きが遅れてしまう。
「それだけは避けないと!」
「女子の水着姿が拝めない!」
「その通rぎゃああああ!?」
篠崎に釣られた上村は本音を言ってしまった。
蒼芭の鉄拳が炸裂する前に、雷獣ライヤの電撃が上村だけを襲う。
「・・・お前はそればっかだな。」
苦笑う神楽坂達。
「は、話を戻して。余り遅らせると水泳の授業はおろか、夏休みのプール開放も遅れる事になります。」
「この暑さで水泳が無くなる事になったら・・・・・ぜ、全校生徒を敵に回すようなもんや・・・。」
唯一のオアシスが無くなった事を想像すると寒気が走った。
「そうねぇ、私もできればプールに入りたいし。」
藍苑は脇に挟んでいた雑誌をヒラヒラと見せた。
表紙といえどもきわどい水着を着た女性モデルが多数載っている。
「・・・!?」
(あ、あんな紐のようなのが水着なの・・・・か・・・?)
顔を赤くする女性陣。
「・・・・見る?」
「あ、後にしてくれ先生っ!」
真面目なのか軽いのか良く分からない。
藍苑は雑誌をまた脇に挟んで話を戻した。
「それでどうするの?確かに早めの解決が望ましいけど、貴方達が危険な目に遭う必要はないわよ?
最悪今年の水泳は中止にしてもいいし、夏休みのプール開放も他の学校に頼めばいいだけだしね。」
「全校生徒を敵に回してもいいってのか?」
藍苑は苦笑った。
篠崎の言う通り、生徒達の不満は大きいだろう。
「んー確かにそれもあるわね・・・・。」
「ま、また小笠原先生を・・・・・?」
また囮にして現れた所を叩くのだろうか、海羽は恐る恐る聞いた。
「いや、今回は天河の力を使用した方がいいだろう。」
天河の浄化光を使えば水中に潜む霊を引きずり上げる事ができる。
「確かに天河先輩の能力は有効やな、それで引き上げた所を・・・・・。」
「前衛の我等が叩く。といった所か・・・・しかし。」
そうなると女子生徒の霊まで消滅させてしまう可能性がある。
「霊(死んでいる)だから助けなくてもいい。ってのは無しだぜ?」
「・・・・・だな。悪霊ならまだしも、まだ人としての心を残している可能性がある以上、見捨てるわけにはいかない。」
「そうね・・・できれば怨霊から開放して成仏させてあげたいけど・・・・。」
「・・・・昨日のを見る限りは難しいかもしれへんな。」
天河の力で水中から引き上げるとして、どうやって彼女の霊を解放させるかが問題だった。
「先輩、あの力で水中から怨霊ごと引き上げた上で、彼女の霊と分離させるような事はできないのですか?」
「できない事もないと思うけど、やってみる価値はあるわね・・・。」
天河は胸に下げた聖架を握り締めた。
「・・・・明日は第二土曜だったか、ならば明日作戦開始だな。」
第二土曜は学園は休みになる。
午前中までに決着をつければ午後を使って大掃除をする事が可能だ。
「そうね、今日はもう遅いし照明が十分じゃない場所での戦闘は避けた方が賢明ね。」
プール周辺の照明は不十分だ。
その為、夜間戦闘では此方が不利になる。
優位に戦うには日中が好ましく、夜間に比べ怨霊の力も低下する。
「それじゃ明日8時半に集合って所だな。」
「ええ、今日の活動が終わったら皆できるだけ早く体を休めてね。」
作戦会議も終了し、この日は問題なく終わった。
日も沈み、神楽坂と長緒は暗くなった通学路を歩いていた。
「・・・・・もし天河の力が及ばなかった場合どうする?閃昇波を使うわけにもいかねぇだろ?」
「40年もの間とり憑かれていた事を考えると怨霊と癒着してしまっている可能性があるな
そうなると彼女(霊)自体も呪縛してしまう。それでは意味がない。」
閃昇波は邪悪な存在のみを呪縛する術だ。
今回のケースを考えれば、彼女の霊に取り憑く怨霊だけを呪縛し分離させる事ができる。
しかし、長い年月が経ち癒着してしまっていた場合、彼女も術に掛かってしまう恐れがあった。
「会議中には言わなかったが、首尾良く水中から引き剥がした後、水面を凍らせて足場を作る。」
「いいのか?」
これは神楽坂の霊質「雷」と同様の力を、天河達に晒し出す事になる。
「助ける為だ。それより光志、海羽にも言うつもりだが「雷」は使うなよ?」
「彼女まで巻き添えにしちまうからな。」
雷撃を使うと彼女の霊まで巻き添えにしてしまうからだ。
それもあるが、理由はもう一つあった。
「・・・・・・前回のように周囲に水を撒き散らすような登場をされると、感電の恐れがある。」
「そういや・・・・そうだな。」
神楽坂は苦笑った。
明日は霊質変化させずに戦闘に望まなければならないようだ。
そして翌日。
プールには除霊委員会と顧問の藍苑。
外には掃除道具を持った水泳部が待機していた。
「先生、水泳部も連れてきたんですか?」
「ええ、解決したら直ぐに掃除に取り掛かれるようにね。」
水泳部を連れてきたのは藍苑の判断だったようだ。
夏服を着た委員達の中で、篠崎と蒼芭だけは着物のような物を制服の上から羽織っていた。
「・・・・・お、大げさなんだよ。」
「何を言ってる、本当なら額当もさせる所なんだぞ。」
袴に虎の額当て姿の蒼芭。
「新撰組みたいやな・・・・・。」
「まさに女剣士・・・・。」
「か、かっこいいです・・・。」
蒼芭の姿に圧倒される星龍と上村、そして海羽。
時刻はまもなく9:00になる。
「そろそろ作戦開始だな。」
長緒の言葉に全員が頷いた。
「先生もプールの外へお願いします。」
「分かったわ、でも無理はしないようにね。」
全員に釘を差して藍苑は外へと出て行った。
プールには神楽坂達だけが残る。
「星龍、今回は俺には精神リンクを繋ぐ必要はない。俺の分は海羽に接続してやってくれ。」
今の星龍の力では自分を含め7人分しか同時接続できない。
「す、すいません先輩っ・・・・!」
海羽は申し訳なさそうに長緒に軽く一礼した。
「海羽が謝る事はない、未だに全員分を確保できない星龍が悪いっ!」
「な、なんや海羽さんの事になるとえらいキツイやないか・・・・・。」
蒼芭に突っ込まれ星龍は苦笑う。
別に精神鍛錬が不足している訳ではない、7人同時接続できるだけでも凄い事なのだ。
「そんじゃお前ら、準備はいいな?」
神楽坂の言葉に全員が臨戦態勢になった。
まずは天河の術で水中から、彼女と怨霊を引きずり出す。
「・・・・いきます!」
一歩前に出て、胸に提げられた聖架を両手で優しく握る。
術を発動させるために霊力の出力を上げ、霊気を両手に集め始めた時だった。
プールの淵から天河の足元へと髪の毛が這い上がっている光景が映る。
「・・・・え?」
突然の不意打ちに天河は全く反応できず、這い上がった髪の毛は素早い動きで足首に巻きついた。
「天河っ!」
神楽坂は転倒しかけた天河を支えつつ、破砕魂で髪の毛を切断した。
天河は状況を把握できずにいた。
全員の注意が天河に向けられる中、星龍が叫ぶ。
「皆気つけやっ!出てくるで!」
全員が水面に視線を向け、敵の出現に備える。
精神リンクにより情報が表示されるので出現場所は事前に知る事ができた。
予測通り、巨大な髪の毛の蔦が一気に水面から立ち上がり、ウネウネと動き始めた。
「な、な、なんですかあれ・・・・!」
<グルルル・・・・!>
海羽の頭に乗る雷獣「ライヤ」も激しく威嚇する。
「気を抜いてんじゃねぇ!くるぜっ!」
水面から立ち上がった無数の髪の毛は、長さはバラバラだが最大でも10mはある。
その中の一本が襲ってきた。
「皆伏せやっ!」
その場に伏せ、薙ぎ払いを回避できたが油断はできない。
「固まっていては危険です先輩!」
「そ、そうね、皆散開してっ!」
あの攻撃を考えると、一箇所に固まっていては危ない。
広いプールに散開すれば攻撃も回避し易く、またフォローもやり易い。
「散開といっても援護ができなくなる距離までは広がるなっ!」
「・・・・本体はまだ出てこないか。」
「・・・・やっぱ天河先輩の術やないと。」
本体がいるであろうプール中心部は沈黙を守っていた。
天河の浄化光で無理矢理引き揚げるしかなさそうだ。
<動きながらだから時間かかるけど、やってみるっ!>
「回避行動をとりつつ術を放つつもりか・・・・。」
長緒には天河の声は聞こえないが、彼女の行動で予想する。
「・・・・ようは発動まで援護すればいいんだなっ!」
<そや!>
神楽坂と天河は自分達の足場を見る。
狭いプールサイドでは、戦うには十分とは言えない。
何処か広い場所はないか、探してみるとある場所を見つけた。
「さぁ俺が相手してやるぜ・・・・・!」
破砕魂の出力を最大限まで高めた奥義「龍牙迅雷装剣」を発動させる。
以前、大妖蜂に止めを差した剣身10m越えの大剣ならば、全ての攻撃に対応する事ができる。
神楽坂の背後、シャワー室がある建物の屋上から天河が姿を現した。
「ここならプールの全体が良く見える・・・・・神楽坂君、皆。もう少しお願いねっ!」
任せろ!と全員が視線を送り、天河は力強く頷いた。
「・・・・他の者はできるだけ敵の注意を引いて、光志の負担を軽減させるよう伝えてくれ。
それと海羽は少し離れ気味だな、此方に戻るように指示を。」
「了解や。」
斬っても斬っても髪蔓は次々と水面から伸びてくる。
ブンッ!
上村の蹴りが空しく空を切った。
元々が柔らかい髪の蔓に打撃では効果が薄い。
「・・・・・あ、相性最悪・・・・。」
「カミさん、囮に専念しといた方がいいんじゃねーか!?」
襲ってきた髪蔓を斬り上げ、次の攻撃に備える。
「・・・・とはいえこれではキリがないな。」
髪蔓を次々に斬るが、斬った分だけ水中からまた現れキリがない。
「・・・・えっ。」
天河の視界に巨大な髪蔓が映った。
それはシャワー室の屋上にいる自分よりも大きく、今にも自分を襲おうとしていた。
次の瞬間、巨大な髪蔓は霊気の刃に両断され、切れ端が水面にゆっくりと落下していく。
「術に集中していいぜ?ここは俺に任せろ!」
巨大な霊気の大剣を構えた神楽坂は天河を見上げた。
彼が守ってくれている事を再確認し、天河は目を閉じる。
「・・・・・。」
聖書の一文を小さく詠み、霊気を高めていく。
「・・・・エクソシズムッ!」
プールに向かって力を解放させ、眩い光りはプール全体を包み込みこんだ。
(やっぱ、あのお節介神父の娘だけはあるぜ。)
神楽坂はそう思いつつ前方のプールに集中する。
激しい光が視界を狭めてしまうが、これからが本番だ。
「・・・くるぞっ!」
水面下から邪気が浮上を始め、蒼芭は構えた。
「・・・・・皆、気をつけてっ!」
両手をプールに向けて術を維持する。
前回の病魔を引きずり出した時と同じように力を放出し続けなければならない。
無数に伸びていた髪蔓は、聖なる力を受けて水中へ引っ込んでいく。
プール中央部は、まるで沸騰しているかのように気泡が激しく上がっていた。
「海羽さん!はよう長緒先輩の所へ!」
中央部水中に表示された赤い物体がどんどんと水面へとあがっていく。
離れていた海羽が合流した時だった。
前回同様に爆発が起こったかのような激しい音と水柱が立ち上がり周囲を濡らした。
水柱によってプールサイド、そして自分達も汚水を浴びてしまう。
「お出ましのようだぜっ!!」
全員が中心部を見る。
そこには夥しい数の怨霊に取り憑かれた女性の霊の姿があった。
「・・・・まるで地獄に引きずりこまれているかのような光景だな・・・。」
海羽は思わず長緒の背中に隠れた。
水中から現れたのは全長10m程、女性の霊が1m半くらいだとすると残りは全て怨霊だ。
「な、なんなのあれ・・・・・。」
怨霊本体はプールの外に待機していた藍苑にも確認できる巨大さだった。
「先生!水泳部の皆を連れて避難してください!」
「わ、分かったわ!絶対無茶はしないようにね・・・・!」
シャワー室の屋上から姿を見せた天河に避難を促され、藍苑は水泳部を連れて避難する。
<・・・・タ・・・・タスケテ・・・・・。>
低く鈍い怨霊の不気味な声の中に、小さく悲痛な声で助けを求める女子生徒の声が聞こえてきた。
その両目からは涙が流れている。
「・・・・40年間ずっと苦しみ助けを求めてたってのかっ・・・・!!」
「神楽坂君・・・?」
神楽坂から激しい怒りを感じる。
彼がこれほど感情を高ぶらせる事は珍しいが、それは自分も同じだった。
浄化光の中で苦しみ悶える彼女を解放させなければ。
「天河!」
神楽坂の合図に頷き水中から引き上げた次の段階、怨霊を引きはがす作業にかかる。
とはいえ術を維持しつつ怨霊だけを指定する事は天河と言えど難しい。
「・・・・くっ!」
<オオオオオオオオ・・・・・!!>
女子生徒に取り憑いた怨霊が次々に引き剥がされていく。
「よし!剥がれた順に各個撃破するぞっ!」
「おうっ!」
全員が戦闘態勢に入った。