52:病魔に憑かれた女の子
「助けて・・・・お姉ちゃん・・・・。」
「由香ちゃん!?」
ベッドの上で手を伸ばす少女に駆け寄ろうとする。
篠崎は止めようとしたが、蒼芭は構わず手を取った。
その小さい手は振るえ、左手で胸部を抑えている。
「・・・・佐由里、気をつけろよ。」
神眼でも霊視出来なかった病室。
そして院内にいた少女だけが無事だった事を考えると、油断はできない。
(この病室、魔力濃度がヤケに濃いな・・・・。)
前回は直ぐに部屋を出たので気付かなかったが、魔力の濃度がこの病室だけ異常に高い。
星龍は篠崎に耳打ちで報告した。
「由香ちゃん!由香ちゃん!?」
少女は苦しそうに胸を押さえ、汗を滲ませている。
蒼芭は懸命に呼ぶが、それに対しての反応は少しずつ鈍くなっていった。
もしや発作なのかと、星龍は少女が苦しむ胸部を霊視する。
するとある事が判明した。
「和、どうなんだ!?」
星龍は発作等ではない事を告げて、彼女が苦しむ本当の理由を話した。
「彼女の心臓に黒い触手が取り憑いとる・・・・・。」
少女の心臓には、黒い触手の塊が取り憑き、その影響で正常な鼓動が出来なくなっていた。
塊は直接心臓から生気を取り込み、不気味に鼓動している。
その様子は精神リンクによって、蒼芭と篠崎の二人のみ映し出された。
「くっ・・・・・!」
蒼芭は思わず左手で拳を作り震えさせた。
少女の苦痛は加速を続け、それに比例し苦声も大きくなっていく。
「・・・・このまま何もできないのか!」
思わず、刀を握った右手に力が入った。
「っーーー!!」
「・・・・・!?離れろ佐由里っ!」
少女の叫びが最高潮に達した時、体から黒い霧が発生し広がった。
蒼芭は手を引っ張られ、間一髪の所で逃れる事ができた。
「ゆ、由香ちゃん・・・・!?」
少女はベットの上に座ったまま、天井を仰いでいた。
蒼芭は近寄ろうとすると、篠崎に肩を抑えられ制止された。
「は、放せ慶!」
手を振り払おうとするが、篠崎は更に力を入れた。
少女の事が心配で、その異変に気付いていない。
「落ち着け!由香ちゃんを良く見ろ!」
少女の背中からは一対の黒翼がズルリと生え、大きく開いた。
「ゆ・・・・由香ちゃん・・・・・・・。」
「・・・・・魔物は彼女の背中から取り憑いたと見て間違あらへん。」
黒翼が生えた背中の根元と、少女の心臓との間に黒い物体を発見する。
この黒い物体が心臓に取り憑き、更に背中から黒翼を生やしたと見て間違いない。
「・・・・・!?」
少女は翼は大きく羽ばたかせ、強烈な突風を三人に浴びせたかと思うと窓から飛び出して行った。
突風が弱まり、蒼芭は窓から頭を出して行方を捜す。
「・・・・・上や!」
黒い霧に覆われた天井を見上げていた。
彼の霊視により、少女の居場所は簡単に見つける事ができる。
「・・・・・・屋上?」
「間違いあらへん。」
黒翼を広げた少女が屋上へと降り立つ様子が見えた。
「屋上へ往くぞっ!」
三人は病室を出た。
まだ有効な手立てがないままだが、放って置く事もできない。
「はぁ・・・はぁ・・・・。」
天河は片膝を地面に付いて息を整える。
浄化光を放って、これで20回だ。
そろそろ限界が近い。
「摩琴っちゃん大丈夫・・・・?」
「う、うん・・・なんとか。」
肩で息をする天河を気遣う。
だが、彼女の限界が近い事は長沢も分かっていた。
操られた人達が起き上がる度に浄化光を放つのは効率が悪すぎる。
「・・・・・!?」
異変に気付いた長沢は階段を見た。
そこには操られた人々が、次々に階段を上がり3階へと進んでいる様子が映る。
何故、今になって行動パターンを変えたかは分からない。
「・・・・どうしたの?」
息も落ち着き、立ち上がる。
自分に残った力を考えると、浄化光を放てるのも後数回が限度といった所だ。
「(・・・・そ、2階からワラワラ来てるわね。)
摩琴っちゃん、佐由っち達も屋上に向かったみたいだし、私達も後を追うよ?」
「でも屋上にあがったら、逃げ場が無くなるけど・・・・。」
少女が屋上へ移動してしまった為、仕方が無い。
出来れば屋上で囲まれる前に、問題を解決したかった。
何時までも此処で話していては、階段を占領されてしまう。
その前に突破しなければならない。
「最悪、あと一発撃って貰う事になるけど大丈夫?」
「うん、とにかく早く階段へ!」
二人は階段へ走った。
「・・・・・・・・。」
5階周囲を霊視する。
この階には操られた人は其れ程いないようだが油断はできない。
「・・・・非常階段ってのは屋上まで繋がってるもんじゃねぇのか?」
「・・・・・今更言っても意味はない、屋上へ急ぐぞっ!」
屋上へのルートを確認。
幸いルート上を遮る者は数人程度しかいない。
これなら強行突破が可能だ。
エレベーター前まで進んだ所で篠崎が止るように叫んだ。
「なんだ!今は一刻も早く屋上へ向かわないと!」
屋上に向かう事だけに気が行っている蒼芭は止めた理由が分からない。
「・・・・・心配なのはわかっけどよ、らしくねぇぞ佐由里。」
抜刀し刀の切っ先を前方に向け、蒼芭と星龍もその先をライトで照らした。
「・・・・・・・!?」
ライトに人影のような者が映りこむ。
ボトンッ・・・!
続いて何かが床に落ちるような音が人影の奥から聞こえた。
人影のような者はゆっくりと此方に近づいてくる。
少しおかしい。
此方はライトで照らしているにも関わらず、人影の詳細が全く分からない。
この距離でも何も見えないという事は、明らかにおかしい。
それが更に近づいた事で初めて正体が判明した。
それは人のような姿をした黒い人形だった。
人形といっても全身が黒く、間接や顔すらも無いノッペリとしている。
「・・・・新手かよ、和っ!」
相手の情報がないまま飛び掛るのは危険だ。
何時もならそんなものは自分の勘で判断していたが、篠崎も今の状況は分かっていた。
「・・・・・・駄目や、あの体を構成しとるのは恐らく天井を覆っとる霧やろうな。」
あくまで推測だが、それ以外に考えられない。
黒霧の人形は両腕を上げてゆっくりと接近してくる。
「くっ・・・・こんな所で時間を食っている訳には・・・!」
蒼芭は抜刀し構えた。
黒霧人形はあの一体だけではなく、通路の奥から次々に現れる。
「どの道、あいつ等を突破しねぇと先に進めねぇ!行くぜ!」
手前にいる黒霧人形に向かい突進し、神刀で斬り付けた。
人形を簡単に両断される。
まるで空を斬ったかのような手応えだ。
切り裂かれた人形はそのまま霧散して消滅した。
また再生するといった事はないようで大した敵ではない。
「星龍、下の先輩達に今の情報を、此方はこのまま突破する・・・・!」
「・・・・・摩琴っちゃん!?」
後ろに続く天河の様子に振り返った。
「はぁ・・・はぁ・・・。」
天河は壁に手をついて足を止めている。
階段を上がる為に、3階周辺にいた人達に浄化光を放ってから更に消耗していた。
立っているのも辛くなったのか、壁に寄り添いながら座り込んでしまう。
「・・・・・そろそろ限界ね、これ以上は・・・・・。」
天河を気遣いつつ警戒する。
5階周辺は大丈夫だが、問題は下の階だ。
一時的に無力化しているが、それも時間の問題。
直ぐに活動を再開し、恐らくこの階までやってくるはずだ。
更に新しい敵が現れたと報告も受けている。
力は弱いが今の状態で成るべく相手にはしたくない。
「・・・だ、大丈夫・・・・・まだ行ける。」
震える足で何とか立ち上がるがよろけてしまう。
「・・・・相変わらず、いい根性してるわね。」
彼女の腕を自分の肩に回し、ゆっくりと階段を上がる。
「・・・・あの女の子は・・・多分私の力も必要になると思う・・・・。」
「・・・・そうね、最低でもあと一発は撃って貰わないと♪」
一段、そして一段と確実に階段を上がっていく。
報告ではその黒人形は再生しないとの事なので、あの三人が通ったルートは安全だ。
「摩琴っちゃん大丈夫?」
「・・・・なんとか・・ね。」
「せめて、ある程度まで回復させないと。」
長沢の言いたい事は良く分かる。
今の状態で急いでも、足手纏いになるのが関の山。
「そ、それじゃ・・・なるべく早歩きで・・・。」
疲労の色を隠せない。
やはりここは急がず息を整えてからの方が賢明だ。
「・・・旋乱刃っ!!」
突風と共に無数の霊刃が屋上に続く階段に吹き荒れた。
霊刃は黒霧人形を次々に切り裂き、壁に激突し行き場を失った霊気の風がそよ風のように戻ってくる。
「よしっ!」
一気に階段を駆け上がり、鉄製のドアを襲突破で吹き飛ばして屋上へ出た。
「・・・か、鍵かかっとらんやったようやけど・・・・。」
ボロボロになったドアノブを調べて苦笑う星龍を尻目に蒼芭は少女を探す。
夜だというのに物干し竿には、沢山のシーツが干されている。
恐らく洗濯物を取り込む前に、この現象が起ったのだろう。
「佐由里っ!」
篠崎は3時方向を指差し、二人もその方向を見る。
「・・・!!?」
同時に沢山のシーツや物干竿が嵐のような突風で吹き飛ばされ、屋上から落ちていった。
そこには黒翼を生やした少女がコンクリートの地面に伏せていた。
「星龍、由香ちゃんを助ける為にはどうすればいい!」
心臓と完全に癒着してしまっている塊。
断ち切れば良いだけなのかも知れないがリスクが高すぎる。
「・・・・・・・・。」
星龍の表情は険しい。
一番の問題は心臓と癒着してしまっているあの塊だ。
心臓の後ろにある本体を無理に引き剥がそうとすれば、ただでは済まない。
とても自分達の能力で少女を助ける事はできそうになかった。
苦しむ少女を前にして成す術がない。
狼狽していると周囲の地面から、黒霧人形が不気味に現れ始めた。
「ちっ、とにかく、こいつ等倒しながら助ける方法を探るしかねぇぞっ!」
黒人形に向かい神刀で一閃。
返しで更に2体。
合計3体を一気に斬り捨てる。
「・・・・・くっ。」
蒼芭も接近する黒人形を確実に切り伏せる。
黒人形は動きも鈍い。
また、耐久性も皆無だ。
問題は無尽蔵に沸いてくる数。
「こら、キリがないわ・・・・・・。」
倒しても倒しても、少女を中心に黒人形は現れる。
旋乱刃等の範囲技で一掃するのも手だが、少女が怪我をする恐れがある為に使用はできない。
少女は完全に意識を失っているらしく、伏せた状態から全く動こうとしない。
「はぁああっ・・・・!!」
蒼芭は気合と共に数体の黒人形ごと切り裂いた。
だが、直ぐに新手が現れ、状況は一向に進展しない。
星龍も霊視で何とか救う方法を考えているが、此処にいるメンバーの能力では難しい。
このまま手を拱いているだけで終わるのか、悲観していると天河と長沢が合流した。
「ごめん、ちょっと遅れたわ。」
天河のペースに合わせて移動した為、思ったより時間を食ってしまった。
「じょ、状況を教えて・・・・・!」
「・・・・・こりゃやっぱり摩琴っちゃんの出番ね。」
少女の心臓が映し出される。
蒼芭と篠崎は、ある程度黒人形を一掃させると天河達の下へ集まった。
「・・・・・問題なのは、あの娘の心臓に取り憑いている塊になった触手ね。」
「・・・・はい。」
あの触手のせいで自分達はどうする事もできなかった。
「和っちの精神リンクで戦闘しながら作戦を練るってのも手だけど
失敗はあの女の子の死を意味するわよ。」
「そんじゃ早い所、考えようぜ。」
刀の切っ先は黒人形に向けて警戒を続ける。
「そうね、でもそんなに難しい事じゃないわ。
まず私の術であの娘に取り憑いた魔物を引き剥がします。
そして魔物がある程度剥がれた所で本体を叩く。」
「ま、簡単ね?」
簡単とはいえ、もし天河がいなかった事を考えると蒼芭は背中が寒くなった。
(・・・・あの時、私が気付いてさえいれば・・・・。)
少女に取り憑いた魔物に気付かなかった、己の未熟さを悔いる。
しかし、今は彼女を救う事だけを考えなければならない。
まずは天河が集中できるように周囲の黒人形を迅速に除去する。
魔物に取り憑かれた少女に動きが無い事が救いだ。
「・・・・・・・・。」
天河は精神を集中させる。
今回の相手は放射型の術では不十分だと感じる。
つまり、術を維持しつつ魔物を引き摺り出すのだ。
だが、放射型の術と違い消耗も激しく、残った力を考えると一度が限界だ。
「・・・・っしゃ!先輩掃除終わったぜ!」
「摩琴っちゃんっ!!」
「行くわよ、みんな準備してっ!!」
聖架を握り締めた両手が激しく光り出す。
それは少女を中心にドーム状に広がっていく。
<・・・・ヤメロ・・ッ!!>
「!!?」
少女から低く鈍い声が発せられたかと思うと、初めて動きを見せた。
黒翼を広げ、上半身を反らせる。
明らかに少女の声ではない。
「・・・・・ぁうぅ・・・・!!」
激しく抵抗を始めた魔物は、天河の術を押し退けようと魔力を開放し始めた。
「あ、あかん!このままやったら押し切られるっ!!」
元から消耗していた天河には分が悪すぎる。
余りの力にその場に片膝を付いてしまうが、魔物に向けられた右手は何とか耐えている。
「な、なにか手助けはできないのか・・・!」
「・・・・・駄目よ、ここは摩琴っちゃんに任せて
貴方達は魔物が引き剥がれた瞬間を狙って一撃で決めて貰わないとね。」
長沢は腕を組んで耐える天河を見守っていた。
魔物を安全に引き剥がす事は彼女だけにしかできない。
ここは天河を信じるしかなかった。
<ガ、ガァアアアアアーーーーッ!!>
遂に本性を現した魔物は浄化光の中で激しく暴れ、光りのドームに亀裂が入った。
同時に少女の背中から黒い物体がズブズブと引き離れていく。
「・・・・まだや!近すぎる!も少し引き離してから・・・・・!」
だが、天河は限界寸前だ。
今まで何とか耐えたが、その右腕も少しずつ下がりだしている。
「・・・・っ!?あのヤロウ!由香ちゃんの魂まで道連れにする気かっ!!」
「先輩っ!?」
魔物はだた剥がれていくだけではなく、少女の魂にしがみついていた。
既に魂は半分程、体の外に出てしまっている。
これでは例え剥がれた所を叩いても、少女の魂まで破壊してしまう。
天河も何とか耐えてはいるがもう限界だ。
何時、術が崩れるか分からない。
「・・・・た、耐えてみせる・・・・・!!」
父親譲りの根性が天河を支えていた。
「・・・・・長沢先輩、一つ考えがあるんやけど。」
何かいい手が浮かんだのか、星龍は魔物と彼女の魂を霊視し全員にその情報を表示させた。
そこには魔物の本体と彼女の魂が詳細に映し出される。
長沢は星龍の意図を直ぐに理解した。
「・・・・・・失敗したらどうするつもり?」
失敗。
かなりリスクの高いもののようだが、長沢も内心その方法しかないと考えていた。
「とりあえず話せよ!」
「そうね、時間もないしどのみちこのままじゃ・・・・佐由っちこっちにきてくれる?」
黒人形は篠崎に任せて蒼芭は長沢の所へ行った。
「・・・・・魔物と女の子の魂は見えるわね?」
引き剥がされては戻っていくのを繰り返している。
天河の術と魔物の魔力が拮抗している証拠だ。
時間が無い為、長沢は単刀直入に作戦を伝えた。
それは魔物本体のみを打ち抜く、絶対に失敗はできない一点突破の作戦であった。
元より消耗していた天河の力では、抵抗する魔物の本体を完全に引き剥がす事は最早不可能だ。
持久戦になれば更に不利となる。
となれば手は一つ、蒼芭の奥義「猛虎襲突破」でのピンポイント攻撃だ。
「全力でバックアップするから、蒼芭はんは「ソレ」だけを狙ってや!」
魔物の本体のみが表示され、それ以外は黒く塗りつぶされる。
これは蒼芭に集中させる為である。
「・・・・もし私が外したら・・・・・・。」
「・・・・あの女の子は助からないわね。けどこのままじゃどの道、同じ運命よ?」
蒼芭の頬を一筋の汗が流れた。
目標はそれほど大きくはない。
更に、触手が魂を巻き込み、的が小さくなってしまっている。
「・・・・・・さ、佐由里ちゃん!あの娘の体力も、そう耐たないわ・・・・!」
浄化光の出力が落ち、少女の体力もじわじわと低下していっている。
「・・・・・佐由里っ!!往けっ!!」
「・・・・・!?」
篠崎の叫びに迷いは断ち切れた。
絶対に助けるという強い意志が蒼芭の表情に現われた。
「・・・・・・・・。」
蒼芭は無言で神刀「白虎」を地面と水平に寝かすような構えを取り、腰を少し落とした。
目標は星龍が絞り込んだ魔物本体のみ。
攻撃時に少女まで巻き込んでしまう恐れがある為、霊気は纏わずに突進力のみに力を込める。
寝かせた刀の背に左手を添えて標的を定める。
天河の術とそれに抵抗する魔物の力が働き、目標は上下に動く。
タイミングを測り、天河の術が最大になった瞬間を狙わなければないらない。
「さ、最後に全力で出力を上げるから、そこを狙って・・・・・!」
「・・・・はいっ!」
構えた体勢のまま返事を返す。
天河の出力が最大になる時間と、蒼芭が突撃する時間等を計算し号令は星龍に一任された。
「・・・・・そんならいってみよかっ!天河先輩っ!」
「いくわよっ・・・・!!」
星龍の作戦開始の号令に気合の声を入れ、霊気の出力を上げ始めた。
押し戻そうとする魔力を一気に押し切り、魔物の本体はズルリ、ズルリと少しずつ離れ始める。
「ええ調子や・・・・・もう少しやで・・・・・。」
天河の霊気と霊力、精神力に注意しつつタイミングを測る。
あともう少し、蒼芭の突進力を考えるとまだ号令を出すのは早い。
魔力を押し上げられ、取り憑いた魔物は苦しみの声を上げ始めた。
「・・・・・・・・・・。」
星龍の号令を静かに待つ。
魔物の本体はかなり大きくなり狙い易くなってきていた。
「・・・・・くっ・・・・・!」
天河の術が減衰し始める。
魔物の本体は十分に引き剥がされている事を確認し、星龍は突撃の号令をかけた。
「・・・・今やっ!!」
右足に力を込め一気に地面を蹴りだした。
突撃しつつも上半身の構えはそのまま、切っ先は魔物の本体を捉える。
あとは間合いに入って霊質「風」の力を使って飛び込むのみ。
「はぁあああーーーっ!!」
間合いは一気に詰り、射程圏内に本体を捉える。
右手に持った刀を性格に突き込んだ。
<ぐがぁああ!!?>
「よし!やったで!」
蒼芭の突きが正確に魔物本体へ突き刺さった事を確認し、少女が無事である事を確認した。
「あ、あぶないっ・・・・!」
見事本体を貫いたが突撃の勢いがつき過ぎ、そのままコンクリートの壁に向かっていた。
このままでは壁に激突してしまう。
この奥義は飛び出した後は、ある一定の距離までは自分の足等でブレーキを掛ける事はでない。
上体を捻って肩から行くしかないと覚悟を決めた時だった。
壁から鈍い衝突音が聞こえたかと思うと、篠崎が蒼芭のクッションになって受け止めている光景が映った。
「・・・つ~・・・・・・。」
蒼芭と壁に板ばさみになりながら地面に座り込む。
「け、慶・・・・なんて無茶を!?」
篠崎は自分を診ようとした彼女に後ろを見るようにと指を差した。
振り向くと、そこには地面に伏せて気を失っている少女の姿があった。
作戦は見事成功したのである。
「・・・・やったな。」
「・・・・あぁ。」
背中から生えていた黒翼は魔力と共にゆっくりと霧散していく。
篠崎は蒼芭の肩に優しく手を置くのだった。
魔物を撃退した事により、病院を覆っていた魔力が消え支配から開放された。
電力も復旧し院内は通報で駆けつけた警官達を交えて事後処理に追われている。
状況説明はいつの間にか現われた伊藤晃夜が聴取に応じていた。
「きょ、今日は流石に疲れた・・わ・・・。」
天河は縦に並べられた座布団型のベンチに思わず横になった。
「お疲れ摩琴っちゃん♪」
自販機から買ってきた缶ジュースを天河に手渡し、続いて他のメンバーにも渡していく。
「い、てててててっ!!」
「・・・・無茶するからだ。」
蒼芭はベンチに座り、篠崎の背中に湿布を二枚ほど叩くようにして貼り付けてやった。
「あの女の子の容態は落ち着いたようやで?」
医師から少女の事を聞きにいっていた星龍が戻ってきた。
その知らせに蒼芭は安堵し、篠崎の背中に更に湿布を叩きつけ悲鳴があがった。
「ぎゃあああ!?・・・・・・ん、んで由香ちゃんには会わねぇのか?」
「あぁ、今日は疲れただろうしな。また機会を見て会いにいくさ。」
その様子をニヤニヤと見ている長沢。
蒼芭は視線に気づいたのか、振り返ると長沢は自分のある部分を見ている。
「はっ・・・!?」
今まで電気が消えていた為に気になっていなかったが、篠崎が肩を負傷した際に包帯代わりに自分の制服を切り取っていた事を思い出した。
制服は胸下から胴回りを丸々切り取られた状態だった。
篠崎が慌てて自分のカッターシャツを羽織わせる。
蒼芭は顔を真っ赤にして、カッターシャツで隠すのだった。
その後、門限をとっくに過ぎてしまっていた女性陣は慌しく寮へと走っていく。
星龍も家に帰るといって病院を後にし、院内には篠崎と伊藤だけが残った。
「・・・・・そういや晃夜さん、随分と良いタイミングできたよな?」
魔物を倒し操られていた人達は支配から解放され、電力が戻った時を見計らっていたかのように伊藤が現れて事後収集を始めた。
「・・・・あぁ、終わるまで公園のベンチでコーヒー飲んでいたよ。」
「マジかよ・・・・・。」
思わず苦笑いを浮かべた。
居たのなら力を貸してくれてもいいじゃないかと篠崎は思った。
「・・・・あの魔物、いや「病魔」の件は実は結構前から調べていたんだ。」
「晃夜さん、前から知っていたんなら、何であんなになるまで放置してたんだよっ!」
篠崎は何故だか怒りを覚え伊藤にぶつけていた。
しかし放置していた事には理由があった。
「慶斗君も知っているだろうけど、病魔は発症時はとても小さく
外科手術で摘出する事や霊能力で除霊するといった事ができないんだ
つまり霊能者が確認できるくらいまで成長させなければいけない
まぁ慶斗君の先輩みたいにエクソシストの力を持った娘がいる場合は別だけどね。」
「・・・・なるほどな、そんじゃ今日除霊するつもりだったのか。」
伊藤は頷いた。
「病院に到着した時に佐由里ちゃん達が突入してたからね。
それに総家からも言われてたんだよ君達が介入した件は一切を任せよ、ってね。」
「・・・・親父達か・・・。」
「それにしても慶斗君達の先輩は強力な力と、能力を持った人達に恵まれたようだね。」
確かに、神楽坂と長緒は化け物地味た力を持っている。
続いて聖癒の力を持つ天河、全てがミステリアスな長沢、そして同級で「神眼」を持つ星龍。
伊藤が言うように自分の周りにはある意味化け物が勢ぞろいしている。
苦笑っているとズボンのポケットにいれた携帯が鳴り篠崎は電話にでた。
待ち受けに表示されたのは蒼芭の名前だった。
内容は自分も早く寮に戻るようにとの事と、カッターシャツの件だった。
「まだ事後処理が残ってるから、ここは俺に任せて慶斗君は寮に戻ったほうがいいな。」
伊藤は少し笑いながら立ち上がった。
「・・・・全く。」
篠崎は頭を掻きながら立ち上がり後の事を伊藤に任せ病院を後にするのだった。