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50:浄化光



 

 変わり果てた男の横顔が映り込んだ。


 死んでいるかのような顔色。

 目は白く、瞳も焦点が合っているのか、上半身がふらふらと揺れている。


 青白い顔の男は、ゆっくりと此方を向いた。

 右手にはキャスターの付いた細長い金属棒が握られ、点滴袋が提げられている。


「・・・・・患者か・・・。」


 患者衣を着ている事から入院していた患者であると判断できる。

 男がゆっくりと歩くと点滴が提げられた台車が音を出す。

 今まで響いていた音は、その音で間違いない。


 男には表情はない。

 瞳が消え、白目を剥き、低い唸り声を上げながら蒼芭に近づき始める。

 とても同じ人間とは思えない変わりようだった。



「・・・・・・・・・・。」


 神刀の切っ先を向けるが、人間を斬る訳にはいかない。

 何らかの力で操られている可能性が有るが、現時点では何も分からない。


 蒼芭は体勢を維持しつつ、後退する。


 男は握っていた輸液用カートを人間とは思えない力で持ち上げた。

 腕に刺さっていたチューブは、床に落ちた点滴袋を引き摺る。


 斬る事が出来ない以上、当身で気絶させるしかない。

 峰打ちで制圧するのも手だが、骨を砕く恐れがある。

 幸い、力こそ無視は出来ないが動きは鈍い。


 蒼芭は刀を鞘に納め、間合いを取る為に後ろへ下がる。

 男との距離が目前まで近づいた時、高々と上げられた輸液カートが蒼芭の頭上目掛け勢い良く振り下ろされた。


「グガッ・・・・・!?」


 聞こえたのはカートがバラバラに砕ける音。

 蒼芭の一撃を受け、床に倒れこむ男の姿だった。

 振り下ろされたカートを左に避けつつ、左手刀を男の首筋に打ち込んだのだ。


「・・・・・すまない。」


 まずは3階への階段を探さなければならない。

 施設の地図が何処かに表示されているはず。


 ライトを当てて探していると背後に気配を感じた。


「・・・・・ば、馬鹿な・・・。」


 後ろを振り返ると、気絶していたはずの男が立ち上がっていた。

 当身では効果が無かったのか。

 先程と少し様子が違う事に気付いた。

 初めは自分の足で立ち移動していた。

 だが、今の男は「何らかの力」で体ごと操られているような印象を受ける。


「・・・・・意識を失って尚、操られているのか。」


 しかし、今は3階へ上がる階段を探す事が先決だ。

 ライトを当て進行方向を考える。


「・・・迷っている時間はないな。」


 後ろには粉々になった輸液カートを引き摺る男。

 蒼芭は進路を決めて走り出した。


 通路の突き当たりはT字路になっており、此処で進路に悩まされる。

 ここは窓側なので街灯や月の光が入り込み、先程よりかはマシだ。


 左右を確認する。

 一々進路に迷っていては埒が明かない。

 多少強引でも手掛かりを探すしかないと、判断した蒼芭は右通路を走り出した。


「何か手がかりになるものは・・・・・・!」


 壁や天井にライトを当てて注視するが、関係無いプリントや表示ばかりが視界に入る。

 現在地は何処なのか、周囲を見ると放射能標マークが表示された「レントゲン室」にいるようだ。


 レントゲン室前の通路は広く、ベンチが4基程設置されていた。


 更にここは少し広くベンチが4基程設置されていた。


「!?」


 暗闇から水の音が聞こえてきた。

 音源をライトで探る。

 すると一瞬、人間の足のような物が見えた。

 蒼芭はもう一度その場所を照らした。


 そこにはウォータークーラーの水を飲んでいる男の姿映りこんだ。

 しかも、白衣を着た男は水を飲んでいる訳ではない。

 水はただ顔に掛かっているだけで、その体勢から動こうとしない。 


 あの男は医者なのだろう。

 だが、今は相手にしている暇はない。

 このまま後ろを突っ切った方が良いと判断する。


「・・・・・くっ。」


 医者の後ろを通過しようとしたが、奥から気配を感じ足を止めた。

 ライトを当てて確認すると、それは操られた大勢の人だった。

 看護衣、私服、白衣やナース服、更には救急隊員服を着ている者までいる。


 ざっと見ても30人はいる。

 先を進む事は無理だと判断し、来た道を急いで戻る。

 この時、腰に差していた神刀が共鳴反応を見せていた事に、蒼芭は気付いていなかった。



 蒼芭は来た道を走って戻る。

 窓から差し込む街灯に光に一瞬、気を取られ視線を戻した時、輸液カートを振り上げている男の姿が映った。

 男は既に支柱を振り下ろしている所だった。

 気付く事が遅れた蒼芭は、足に力を入れ飛び込み前転で回避する。


 もう少し遅かったらどうなっていたか、冷や汗が頬を伝う。

 ゆっくりと振り向く男を警戒し後方へと下がる。

 残りのルートは、後方の通路を進むか、十字路の3つだ。



「・・・っ!?」


 T字路の中心付近まで後退していた蒼芭の肩が何かに掴まれた。

 その場で素早く回転し、後ろの敵へ手刀を繰り出したが受け止められる。


「落ち着け!佐由里、俺だ。」


 手刀を右手で受け止めるたのは篠崎だった。


「慶!?どうしてここに・・・!?」


 篠崎の後ろからは、天河、長沢、そして星龍の三人が懐中電灯を持って現れた。


「先輩!?それに星龍まで!?」


「話は後や!近くに敵さんがいるんとちゃうんか!」


 星龍は直ぐに蒼芭と精神リンクを繋ぐ。

 通路が半透明になり、輸液カートの男やレントゲン室にいる大勢が鮮明に映った。


 同時に敵の情報も見える。

 やはり彼らは人間で、何らかの力に操られていた。


「・・・・斬り伏せるって訳にはいかねぇか。」


 篠崎は男にライトを当てる。

 奥からは医師や看護婦、患者達が声を上げ迫ってきていた。


「ここは摩琴っちゃんの出番ね。」


「私に任せて。」


 胸元の聖架が光る天河が、篠崎と蒼芭の前に出た。


 光輝く聖架を握り締め、両目を閉じる。

 まるで祈りを捧げるかのように、両手を組んで集中し始めた。


 聖架を媒体に組んでいた両手に霊気が収束する。

 天河は面前に迫る男に向かって、一気にその力を解放させた。


「グガァアアッ!!」


 眩い光が天河から前方を一気に駆け抜ける。

 光を浴びた男は声を上げてその場に倒れ込んだ。

 その体からは黒い霧のような物が霧散していくように消えていく。



「す、すげぇ・・・。」


「流石やなぁ・・・・。」


「今のは妖蜘蛛の巣を浄化させた時の術ですね。」


 天河が放った光は、後ろに続いていた人々も包み込み、呪縛を解かれ倒れ込んでいる。

 この術は悪霊や魔族が人間等に取り憑き、手出しが困難になった場合に使用される神聖術だ。

 俗に「エクソシズム」と言われる。


「まだ安心はできないわよ・・・・・!」


「佐由里!天井見てみろ!」


「・・・こ、これは・・・・!」


 天井には黒い霧のような物が発生し、それは自分達がいる通路にも広がっていた。

 黒霧から手のような物がゆっくりと伸び、真下に倒れる男の背中へ入り込む。

 すると男は鈍い声を上げて再び立ち上がった。


 それは更に後方で倒れた人々も同じで、順次立ち上がっている。



「あの霧をどうにかしない限り、いくら浄化させても無駄ね。」


 天井に広がる霧は浄化光エクソシズムを浴びていたにも関わらず、消滅していなかった。


「とにかくよ、3階に急いだ方がいいんじゃねぇか。」


「しかし、3階への階段が見当たらないんだ。」


 四人はその場を離れ、後方の通路を進み始める。

 非常階段が2階から途切れ、3階への階段を探しているが発見できていない。


「なんの為に、わいがいると思うとるんや?」


 星龍は親指で自分を指した。

 霊視を始め精神リンクを使い、様々な情報を得る事ができる。


 蒼芭達の視界には、様々な情報が表示されているが、あくまで星龍が得た情報が映し出されているに過ぎない。

 3階への階段を探す為には、星龍が見つけて初めて反映されるのだ。



「あんな遠くに・・・・!?」


 階段の位置は、2階の階段からかなり離れた場所に設置されていた。

 これでは非常階段として、機能していないも同然だ。

 もし災害時に電力が落ちてしまった場合、どうするつもりだったのだろうか。




「・・・・消防法、完全無視ねぇ。」


「・・・・医者の息子として許せへんな。」


 階段へは次の角を右に曲がらなければならない。

 星龍の能力によって、角の向こうには操られた人間が二人いる事も分かった。 


「・・・・突破するぜっ!」


 突撃する蒼芭と篠崎。

 まず篠崎が角を曲がり、手前にいた医師を当身で気絶させる。

 続いてもう一人の看護婦だ。


「っと・・・・!」


 看護婦は手術用メスで篠崎に襲いかかるが、それを回避。

 その隙を付いて蒼芭が手刀で気絶させる。


「先輩!先を急ぎましょう!」


 例え気絶させても再び立ち上がってくる。

 蒼芭達は先を急いだ。





「任せときっ!」


 3階へ繋がる階段に到着するやいなや、階層をスキャニングする。

 付近には異常は見られない。


「他の皆は家が遠すぎるし、私達と星龍君の三人で応援に来るつもりだったんだけどね。」


 男子寮の篠崎は、此処までかなりの距離があるはず。

 天河達も彼が来ているとは思っていなかったようだ。


「・・・・ま、少し心配でよ、それで調べに来たんだが、そこで天河先輩達と出くわしたって訳だ。

 それにしてもこんな事になるとはな。」


 後ろを振り向くと、倒したはずの医師と看護婦がもう復活している。

 やはり大元を叩かない限り意味はないようだ。


 五人はライトで階段を照らしながら上っていった。





「あの子がいる病室は区画A-3だったな。」


 西島由香の病室である302号室を壁越しに見据えた。

 星龍の能力により壁を貫通して先を見通す事が可能だ。

 しかし、何故か302号室だけは真黒のまま内部を見る事ができない。

 更に、病室周辺には大勢の人間がそこを守っているかのようにうろついている。


「・・・・あの見えない病室?」


 天河は目的地の病室を見る。

 やはりそこだけは中を見る事ができない。

 つまり、星龍の能力を持ってしても見る事ができないという事になる。


 そして問題は病室付近をうろつく大勢の人々、軽く数えて50人はいるだろうか。


「天河先輩の力で何とかなりませんか?」


 あの浄化光エクソシズムを使えば一時的とはいえ、操られた人々を無力化する事ができる。

 しかし、それは都合が悪いと長沢が指摘した。


「病室の周辺で術を使っても、どうせまた復活するのよ?

 簡単に解決しそうにないし、邪魔者はなるべく排除しておくべきね。」


 長沢の言葉に天井を見上げる。

 天井に漂うあの黒い霧がある限り、いくら浄化しようがまた取り憑かれるだけだ。


「それに連続して使用するのも疲れるしね。」


「星龍君の能力で三階の構造を見てみると

 区画Aと区画Bが田の字を横に二つ並べた造りになってるわよね。」


「作戦があるんやったら、はよー決めた方がええで・・・・・。」


 下の階には医師と看護婦が迫ってきていた。


「それじゃ私と摩琴っちゃん「六学ゴーストバスターズ」は先行して操られてる人達を区画Bの一番端まで誘導するから、タイミングを見てその病室へ突入してね。」


 天河と長沢の二人が区画Bまで引き寄せ、その隙に蒼芭達が302号室へ突入する作戦だ。


「お二人だけで大丈夫なんですか?」


「大~丈夫、大丈夫。お姉さん強いから♪それじゃ先にいくわね~。」


 長沢は軽口を言いながら、天河の背中を押して通路を進んで行った。





 囮役の二人は区画Bへ誘導する為に歩いて進む。


「懐かしいわねぇ~。」


「・・・・・志穂さんと私と・・・・そして朝倉君。もう二年も経っちゃったんですね。」


「そうねぇ、昔は楽しかったわぁ。」


「・・・・私は振り回されてただけなような・・・・・。」


 二年前の事を思い出し苦笑いを浮かべる。


「そ、そうだっけ?ま、まぁそれより「お父さん」の事は・・・もういいの?」


 天河の動きが一瞬止まる。

 長沢も彼女に合わせて立ち止まった。


「・・・・・うん。」


 天河はそれ以上語る事はなかった。

 彼女の表情に、以前まであった影が消えている事に長沢は微笑んだ。


「そっか。ならこの話はここまで~、そろそろ仕事しなきゃね。」


 周りから操られた人々が続々と集まってくる。


「・・・・看護婦さんに・・・お医者さん・・・・患者の人まで。」


 その中に棒状の凶器を持った医者を見つけた。

 凶器は様々な装置が取り付けられた大型の輸液カートだ。

 見た目からも重量がありそうだが、それを片手で持ち上げている。



「あの医者、元に戻ったら一週間は筋肉痛ね。」


「そ、そんな問題なのかな・・・・・。」


 相変わらず長沢の軽口は健在だ。

 とはいえ、あんな物を投げつけられては此方も堪らない。


「先生そんな危ない物もっちゃ駄目よ?」


 長沢は不敵に笑うと、人差し指をある部分に向けてクルリと回した。

 すると医師が持つ輸液カートの支柱に、直径20cm程の円が発生し、円内の空間が揺らぎ出した。


 パチンッ!


 右手でフィンガースナップ(指パッチン)をすると、空間が揺らぐ円はガラスが割れたかのような音をだして支柱諸共消し飛ばした。


 支柱に支えていた輸液カートは、そのまま地面に落下し音を立てて散らばる。


「・・・・あれ凄く高価な機械なんじゃ・・・・・。」


 あのタイプは数十万する高価な物であった。

 重い輸液カートを投げつけられる危険は去り、区画Bへの誘導を再開する。



「んーまぁいいんじゃないの?それより久々に使ったけど、やっぱりまだ不完全ねぇ。」


 術の手応えを自己評価する。

 指で空間を指定し、範囲内を空間ごと消し去る術だ。

 これは天河と朝倉しかしらない能力である。


 以前までは魂が足りず、不安定な予知のみに制限されていたが、朝倉から魂の欠片を受け取り簡単な空間制御も可能になっていた。



「病室周辺にいた人達は私達についてきているみたいですよ。」


 星龍の能力でここからでも302号室周囲の状況を把握する事ができる。

 病室周辺にいた人達は全員、自分達の後を追ってきているようだ。


「もう少ししたら佐由っちに連絡しよっか。」


 二人は後ろを見ながら区画Bへと進んで行った。





「佐由里、天河先輩達上手くやってるみたいだぜ?」


「・・・そのようだな。」


 302号室周囲にいた人達も、物抜けの殻状態になっている。


「先輩らからOKがでたで!」


 これで病室に辿りつく事ができる。

 三人はライトで進行方向を照らすと302号室へ走った。




 天河達が囮になってくれたお陰で、難なく302号室に辿り着く事が出来た。

 だが、依然、星龍の能力でも室内の状況までは分からない。


「とにかく中に入るぞ。」


 引戸式の扉の取っ手を握る。

 意外にも普通に開ける事ができた。



「・・・・・・寝てるのか?」


 ベッドに掛けられた毛布は、不自然に盛り上がっていた。


「由香ちゃん・・・・!」


 蒼芭は震える毛布に向かって叫ぶ。

 すると毛布から少女が顔を出した。


「お・・・お姉ちゃん・・・・?」


 少女は怯えきった表情で蒼芭の顔を見ると、両目に涙を溜めて飛びついてきた。


「・・・・・もう大丈夫だ。私がいる。」


 優しく抱きしめ、少女の小さい頭を撫でる。



「後はこの現象を引き起こしてやがる、大元を叩くだけだぜっ」


 とはいえ、現時点では天井を覆う黒い霧と、その霧が人間を操っているという事だけだ。

 星龍の能力でも、それ以外に異常がある場所は見当たらない。


 天河達からは区画Bに誘い出し、3階全ての人達を無力化させたと報告が入った。

 少女も無事確保する事に成功した事を伝え、これからどうするべきか考えていると、少女が興味深い事を話した。



「この間地下に繋がる階段の近くで遊んでたの

 そしたら黒い人みたいなのが、階段を下りて行くのを見たよ。」


「黒い人間やて・・・・?」 


「佐由里、俺達が行ってくる。お前はその子を頼んだぜ。」


「待て!いくらなんでも一人では危険だっ!」


「俺達・・・・?」


 激しく嫌な予感がする星龍だったが、それは見事に的中した。


「和がいれば何とかなる、それにその子を気にかけながら戦う方がきついぜ。」


「え、自分もかいな!?」


 篠崎に無理矢理引っ張られ、二人は病室を出ていった。



「ま、まぁ一人で突入した私が言っても説得力はないか・・・・。」




 篠崎達を見送り、少女に振り向いた時だった。


「・・・・ぐっ!?」


 突然、首周りを物凄い力で締め付けられ、蒼芭は思わず声にならない声を上げた。

 必死に振り解こうとするが、その力は徐々に増し、体の力が吸われていくように虚脱感に襲われる。


 このままでは意識を失ってしまう。

 助けを求めようにも首を締め付けられ、声を上げる事が出来ない。

 更には精神リンクも強制的に遮断されてしまっている。


 一体誰が。

 少女は無事なのか。


 蒼芭は持てる力を振り絞り、相手を確認する。



 それは西島由香だった。





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