47:リスク
「・・・・・・・・・。」
眼を開けると見慣れた天井が映っていた。
何時、自分の家に帰ったのか記憶が全くない。
神楽坂は上半身を起こして周囲を見回した。
やはり自分の部屋、そして自分のベッドだ。
枕元に置かれていた携帯を見ると時刻は13時を回っていた。
気を失ったであろう時間から、丁度24時間が経過している事に気付き慌てて起きる。
服は中間服のままだ。
神楽坂は慌てて学園へ向かおうとするが、足がふら付き床へ豪快に倒れた。
「・・・・い、いってぇ・・・・。」
膝を抑えながらベッドの縁に腰を降ろす。
そこへ長緒が部屋へ入ってきた。
「・・・・・大丈夫か?」
長緒も中間服を着ている。
今日はまだ平日で学園は休みではない。
神楽坂は膝をさすりつつ、大丈夫だと答えた。
「・・・・あれからどうなったんだ?」
気を失っていた間の状況が気になった。
オルボロスを倒した所までは覚えている。
最悪の状況はないと安心はしているが、天河の事が気になっていた。
「・・・・・俺も奴の罠にかかって身動きがとれなくてな・・・・・。
奴が消滅し魔力が消えた事で脱出する事ができた。」
床のクッションに胡坐をかいて座る。
やはりオルボロスの手中に嵌っていたのかと神楽坂は思った。
「奴の張った結界越しに神氣を感じて、解放された後、屋上へ向かったんだが・・・・・・・。」
長緒は途中で話を止めた。
「・・・・・本当にあの後の事を覚えていないのか?」
長緒は何故か改めて確認した。
「・・・・・と、兎に角、奴の件は解決した。問題はこれからだ。・・・・・入ってくれ。」
長緒は後ろのドアの方へ向かって声を掛けた。
この時間帯だと義母と義妹は家にはいないはずだ。
ドアが開くのを見守っていると、制服姿の天河が部屋に入ってきた。
「・・・・天河・・・・、背中の傷はもういいのか?」
「う、うん・・・・・お陰様で・・・。」
天河はとりあえず長緒の隣に少し足を崩した正座で座った。
「神楽坂君、長緒君・・・・・・ごめんなさい。」
早々頭を下げて謝った。
勘違いだったとは言え、特に神楽坂には怪我までさせてしまった事への謝罪をする。
「・・・・気にしてねぇさ、確かに誤解されてもおかしくない状況だったしな。」
「・・・・・俺達も間接的とは言え責任がある、謝る必要な無い。」
「・・・・・・ごめんなさい。」
天河は二人の気遣いに謝る事しかできず、薄っすらと涙が溜まった。
「それで、オルボロスは俺達の正体も暴露したのか?」
「双雨の亡霊」その名が天河の頭に浮かんだ。
「・・・・・・ああ。」
神楽坂の表情が少し険しくなった。
天河も余計な事は言わないようにしているようだ。
「双雨の亡霊」
天河もTV等の特集やNEWSで事件の事を一応は知っている。
福岡で起こった違法除霊師連続襲撃事件。
除霊師は依頼者から無償、または有償で除霊等を行う民間の除霊師の事だ。
規定された以上の報酬を貰って除霊を行う事は違法であり、国から許可された除霊師のみが請け負うことができる。
神楽坂と長緒、双雨の亡霊はこの金さえ貰えば手段を選ばない違法除霊師を手当たり次第粛清しており、逆に懸賞金がかけられる程だった。
一体何の為にこんな事をするのか、動機がはっきりしないまま、ある時を境にその活動が止まる。
そのある時とは、天河の父親が神楽坂達の魂を狙っていた魔族オルボロスの手に掛かり、命を落とした日だ。
室内の空気が沈んでいくのが分かる。
少し話題を変えた方がよさそうだと判断した神楽坂は、自分が気を失ってからの事を二人に聞いた。
「そういや、俺。奴を倒した後から記憶がないんだが・・・・・・。」
「!?」
何かを思い出したかのように天河の顔が真っ赤になった。
「・・・・・俺が到着した時、既に意識を失って雨の中倒れていた。」
そこに天河が覆い被せるように続けた。
「か、風邪引いたら大変だから、屋内まで引っ張ろうと思ったんだけどねっ。」
「・・・・・・・・。」
長緒は本当の事を言うのを止めた。
神楽坂は気を失い天河に覆い被さっていた。
しかも、天河はもがくうちに背部が大きく破れた制服がずれ、上半身が半分以上露出していた状態だったとは流石に言えなかった。
寧ろ天河が言わせなかっただろう。
もっともな理由なので神楽坂も納得しているようだ。
今度は長緒と天河が自分の神氣に付いて質問してきた。
「・・・・俺もよく分からねぇんだ・・・。」
左手を握り拳を作っては開く動作を数回繰り返す。
左腕どころか全身の力が完全に戻っていないようだ。
あの鎧を着た男は自分の生まれ変わりだと言ったのみで、何者なのかは結局分からなかった。
神気が感じられた事から神族である事は間違いなさそうだ。
長緒もオルボロスが何回か口にした「雷之神」という言葉を思い出した。
神楽坂が「雷神」の生まれ変わりだと言うのだろうか。
しかし、何故神族に比べ脆弱な人間にわざわざ転生したのか。
神楽坂もその理由は聞かされておらず、力の一部を受け取っただけに留まり、その真意は分からなかった。
「でも、あの力確かに凄かったよ・・・・。」
謎の力に覚醒した神楽坂を思い出す。
姿は変わらないが凄まじい神気を纏い圧倒的な力で中位魔族を退けた。
神楽坂はその時の事は覚えており、前回のような暴走状態ではなかった。
「あの力を使えるのは3分だけらしい・・・その後は24時間ぶっ倒れるんだとさ。」
また右手拳を握り締めてみる。
少しは力が戻ってきたようだがまだ完全ではない、霊力も通常の60%程しか回復していない。
「本来人間が持ち得ない力だ。
膨大な神氣に肉体と精神が耐えれないのだろう。例え時間制限があっても体に掛かる負担は大きい。」
だからあの後神楽坂が倒れ、幾ら回復術を掛けても効果が無かったんだと天河は納得した。
「だが、それは諸刃の剣だな。」
長緒の言う通り確かに強力な力を行使する事ができるが、使用後のリスクが大きすぎる。
もしその力を持ってしても倒せない敵が出現した場合、24時間は戦闘不能、それは死を意味する。
「俺も多用する気はねぇよ、すげぇダリぃし。それより天河達は学校はいいのか?」
そういえば今日は平日で休みではない。
長緒は部屋の壁に掛けられた時計を見た。
「悪霊が出たって事で・・・・・昼休みだし、抜け出してきちゃったのっ」
昼休みとは言え初めて学園をサボった事に苦笑いを浮かべる。
しかし神楽坂の家から学園までは最低でも徒歩で30分以上はかかる。
今から走って戻っても到底昼休みの時間内に間に合いそうにない。
「ま、まぁ除霊が長引いたって事で・・・・・・。」
この事が学園にバレれば顧問である藍苑から怒られるのは間違いない。
長緒もそろそろ戻った方がいいと判断し、立ち上がった。
「今日の所は大人しく寝ておいたほうがいい、山城先生には俺が既に連絡している。」
「すまねぇな。」
今まで寝ていたので仕方はないが、神楽坂も今日休む旨を学園に連絡していなかった事を思い出した。
長緒は軽く挨拶をして部屋を後にし、天河も後に続いて立ち上がった。
「・・・・・・天河。」
神楽坂は立ち上がった天河に鞄に入れていた破砕魂を手にとって彼女の前に出した。
天河はゆっくりと左右に首を振った。
「・・・・・いいの、それは光志君が持ってて。お父さんもそう思ってるはずだから・・・・。」
「・・・・・・そっか。分かった。」
手を引き破砕魂を鞄に直す。
「・・・・・実はね、神楽坂君達の事、お父さんから良く聞かされてたんだ。
勿論名前も二人が双雨の亡霊だとも言わなかったけど、俺が救ってやらなきゃいけないって。」
「・・・・・・・。」
言葉がない神楽坂。
確かに神父のお陰で自分達は救われたと小さく心の中で呟いた。
「・・・・・あ、あの、それでね・・・私が神楽坂君にした事は許されないかもしれないけど、また何時もの通り接して・・・もらえると・・・・・。」
「気にする事はねぇって、・・・・・ただ双雨の亡霊の件は他言無用で頼む。」
神楽坂の言葉に安堵したのか天河はホっとした表情を見せた。
勿論、双雨の亡霊の件も口外しないと約束もする。
「そ、それじゃ明日学校でね・・・?」
「・・・・ああ。」
天河は長緒の後を追い部屋を後にしていった。
神楽坂はベッドに横になり両手を頭の後ろに回して天井を見る。
「・・・・・体育館に悪霊が出てからたった数ヶ月で色々ありすぎだぜ。」
右手を面前に伸ばして手の平を眺める。
学園に初めて悪霊が発生してからこの数ヶ月、まるで何かが引き金となり様々な事が引き起こされているような気がしてならない。
あの時感じた謎の力。
それに極光で廃墟と化した学園も何か関係がしているはずだ。
「・・・・・今、考えても仕方ねぇか。
何せ自分が神族の生まれ変わりとか言われりゃまともに考えれる訳がねぇ。」
今はようやく回復し始めた体力を戻す事が先決だ。
長緒が欠席届けを出してくれているので、今日一日たっぷりと睡眠を取る事ができる。
神楽坂は眼をゆっくりと閉じ、眠りに入るのだった。
日が沈み始め、屋上のある場所で突如黒い霧のような物が発生した。
その黒い霧はまる一日掛けて集まり始め、小さな欠片のような物を作り出す。
それは倒したはずのオルボロスの一部だった。
<オ、オノレェエエエッ!!>
辛うじて一命を取り留めていたが、その魔力は殆ど感じられずもはや虫の息。
早く此処から離れ魔力を蓄えなければ今度こそ消滅してしまう。
幸い魔力が殆ど無い為、長緒達に気づかれない事が救いだったのだが。
<グァッ!!>
突然、オルボロスの小さな体が何者かの足に踏みつけられ、思わず声を上げた。
欠片となった体に辛うじて残った一つ目を上に上げてみる。
それは佐久間玲奈だった。
<き、貴様ッ・・・・!!>
「・・・・いい姿ね。」
佐久間は見下すように足からはみ出たオルボロスの眼を見た。
オルボロスは何とか彼女の足から逃れようとするが、今の状態ではそれもできない。
「・・・・勝手に切札を切った挙句、このザマは何?」
踏みつけた右足を左右に抉るように動かした。
その度にオルボロスには耐え難い激痛が走る。
今の状態では踏まれた程度でも命に関わる。
それ程オルボロスは消耗していた。
佐久間もオルボロスの言い訳を聞きたい訳でない、わざと甚振っている。
<グアァアアア・・・・・!?>
痛みに叫ぶ事しかできない。
「・・・・まぁいいわ、私も用済みの厄介払いができるんだしね。」
<!?>
佐久間の表情は冷たい、まるで刺されるような眼光を向けた。
次の瞬間、屋上からは断末魔が聞こえ佐久間の足からオルボロスの姿は消え去っていたのだった。
「・・・・やれやれ、これでもうコウ達を利用する事もできなくなったわね。」
靴底の溝に詰まったオルボロスの残り粕を落とすかのように、地面をつま先で数回叩いた。
佐久間は腕を組みつつ背後から近づいた人物に振り返る。
その人物は校舎の影が顔に当たりはっきりと見る事はできないが長身である事は分かる。
「・・・・手伝ってもらうわよ?」
佐久間はその人物の横を通り屋上を後にする。
謎の人物も彼女の後に続き、静寂が戻るのだった。