46:武神覚醒
「・・・・・・・・ん?」
今まで気を失っていた神楽坂は目を覚まし立ち上がる。
「・・・・・・天河!?」
オルボロスの攻撃により気を失っていた事を思い出した。
状況を確認するべく周囲を見回すが、そこは屋上ではなく、まるで別次元にでも迷い込んだかのような光景が広がっていた。
自分の体を確認すると天河とオルボロスから受けたダメージ消えているようだ。
今の現状を考える。
あの後、一体どうなったのか。
壁に激突し、その衝撃で意識を失った所までは覚えている。
「・・・・死んだんだよ、お前。」
「!?」
何者かの声に神楽坂は振り返った。
そこには西洋風の鎧を身に着けた若い男が両腕を組んで此方を見ている。
黄色と黒が混じった髪、極光で暴走した神楽坂と同じ双碧の瞳。
男は大きく溜息を付いた。
「・・・・お前、今いくつだ?」
「・・・・・・18だが、それが何なんだ?」
こんな時に何の関係があるのか、と思いつつも答えた。
18と言う言葉に男はまた溜息をついた。
「18・・・・おいおい一瞬じゃねぇか。お前せめてもう少し生きてから此処に来いよ。」
何故か呆れ顔で頭を掻く。
「・・・・・一体何者だよ、あんた。」
「俺か?俺は・・・・お前だ。んでお前は俺。とでも言えば分かるか?」
神楽坂と自分を指差しで説明する。
「・・・何が言いたいのか分からねぇよ、それより俺は死んだのか・・・・?」
「ああ、正確には瀕死だな。当たり所が悪かったんだろう。
人間ってのは俺達に比べ脆弱すぎっからなぁ・・・・・ま、そこがいい所なんだが。」
「比べて」という事はこの男は人間ではないのだろうか、神楽坂は気になった。
「・・・・・・・成るほど、ここが三途の川の一歩手前って所か・・・・・。」
とはいえ余り実感はない。
「三途の川、この国じゃそう言うのか。
まっあながち間違いじゃねぇが、お前が此処を渡るのは早すぎる。」
男は組んでいた両手を解き、真剣な表情で神楽坂を見た。
「・・・・・・・・。」
天河は目覚める様子がない神楽坂の頬に手を置いた。
生命活動が著しく低下している。
これは気絶等という生易しいものではなかった。
<人間とは脆いものだな、どうした?望みは叶ったんだぞ?もっと嬉しそうな顔をしたらどうだぁ?>
天河は中腰のままオルボロスを睨み付ける。
だが、直ぐに顔を俯かせた。
勘違いだったとはいえ、神楽坂をここまで追い詰めたのは彼女だ。
迷っている時間は無かった。
早く治療術を掛けなければ手遅れになってしまう。
しかし、「リザレクション」は発動までに時間がかかる。
その間、オルボロスが大人しく待ってくれる訳がない。
それでもやらなければ。
神楽坂に謝らなければ。
天河は背中を見せたまま、神楽坂を蘇生させる為に聖架を握り締めた。
この状況で敵に背を向け、更には自分の命を顧みない天河の自己犠牲にオルボロスは思わず高笑う。
<本当ニ人間ハ愚カナ生物ダナッ!!>
尻尾の大蛇が天河の背中を打ちつけた。
「うっ・・・・。」
まるで鞭のような攻撃は天河の制服を簡単に引き裂いた。
オルボロスは甚振るつもりなのか、手加減をしている。
だが、それでも簡単に制服は裂け、肉体は傷ついていく。
天河は痛みを堪えながら霊気を練り始める。
続けて数発、大蛇は天河の背中を痛めつけたが、それでも彼女は術の完成を止めない。
普通ならば痛みで気を失うだろう。
しかし、これは神楽坂への償いである、強い意思が彼女を支えていた。
「・・・・・・・・・。」
言葉はないが彼女から強い意志を感じ、オルボロスは面白がって攻撃を続ける。
既に彼女の背中からは血が流れていた。
「・・・・・で、できた・・・・。」
何とか術が完成した。
両手を神楽坂の体に当て直ぐに大量の霊気を送り込む。
眩い光が屋上を包んだ。
眩い光はゆっくりと消えていく。
天河は神楽坂の状態を確認するが。
「・・・・・そ、そんな・・・。」
間違いなく術は完成し、神楽坂の体内へ送り込んだはずだ。
しかし、回復の傾向が見られない。
<折角、頑張ったのが無駄だったな・・・・・!>
天河は背中の傷でふらつきながらも立ち上がった。
何故、術の効果が無かったのか分からないが、自分が彼を守らなければならない。
天河は痛みに耐えながら両手を水平に上げ、神楽坂の盾となった。
「・・・・・神楽坂君・・・・。」
倒れる神楽坂を見て、自分も死を覚悟する。
目覚める事のない神楽坂に対して、心の中で何度も謝罪した。
甚振るのも飽きてきたオルボロスは貯水タンクから降りる。
尻尾の大蛇は大きく口を開け、鋭い牙を天河に見せ付けた。
<お前が絶望を抱いて死ぬ所を見せてやりたかったが仕方ない。・・・・まずはお前が死ね。>
大蛇は天河に向かい、一直線に襲い掛かる。
「・・・・・!?」
天河は覚悟を決め、両目を閉じた。
手首から下がる聖架が彼女を守る為に障壁を発生させるが簡単に破られる。
今まさに大蛇の牙が天河に届こうとした瞬間だった。
<・・・な、何だ!?>
突然、爆発的に発生した神氣に、オルボロスは後方の貯水タンクまで跳んだ。
この現象は極光にて神楽坂が暴走した時と酷似している。
「・・・・・?」
死を覚悟していた天河も後ろから発生する凄まじい力に振り返る。
そこには膨大な神氣を発生させ、ゆらりと立ち上がる神楽坂の姿が在るのだった。
「・・・・神楽坂・・・君・・・・。」
天河の体力は既に限界だった。
崩れるように地面に倒れそうになった所を神楽坂に受け止められる。
「・・・・・・・・・・。」
左腕で天河を抱きつつ彼女の背中に異変を感じ、手を見ると鮮血が付いていた。
貯水タンクにいるオルボロスを睨む。
感情を出してはいないが神楽坂からは静かな怒りが感じられた。
<・・・・・「武神ノ魂」が目覚めたというのか・・・・・・・!>
まるで周囲にだけ台風が発生しているかのような膨大な神氣を纏う神楽坂にオルボロスは戦慄した。
オルボロスは考える。
逃げるか、戦って魂を手に入れるか。
双碧の眼を向ける神楽坂は動こうとしない。
左手が天河で塞がった上に、覚醒したてで力をコントロール出来ていないと予想する。
更に神具といった武器も所持していない。
完全に丸腰だ。
オルボロスの口元が歪む。
今の状態ならば、例え武神の力に目覚めようとも倒す事が出来る。
オルボロスはそう睨んだ。
<・・・・・武神である貴様を殺せば、俺の地位も上がる・・・・・!!>
貯水タンクから神楽坂へ向かい跳ぶ。
オルボロスは両手の鋭い爪で神楽坂を攻撃するつもりだ。
神楽坂はまだ動かない。
やはり強力すぎる自身の力に上手く体を動かせないのだろうか。
殺れる。
自分の間合いに入り、オルボロスは勝利を確信したその時だった。
神楽坂の右手に吹き荒れていた神氣が集まり出している光景が視界に入る。
既に攻撃態勢に入っていたオルボロスは、そのまま攻撃を繰り出すしかなかった。
オルボロスはそのまま神楽坂を通り過ぎ背部を見せて地面に着地する。
だが、そのの爪に体を引き裂いた手応えが感じられない。
<!?>
オルボロスは自分の異変に気が付いた。
視界が左右上下にズレている。
そのズレは次第に大きくなり、初めて自分の状態を確認した。
尻尾である大蛇にも目がある為、実質視界は360°カバーしている。
その大蛇の眼がある物を捉えた。
それは巨大な大剣を右手に握る神楽坂の姿だった。
そう、自分の体はあの大剣に縦一文字に斬られていたのだ。
あの一瞬で自分にも見えない程の剣閃を繰り出したのか、オルボロスは動揺を隠せない。
「・・・・・・・・・。」
神楽坂はゆっくりと振り向いた。
<ば、馬鹿な・・・・・!>
魔力を使用し自身の体を修復させつつ神楽坂に対峙する。
右手には身の丈以上の大剣、そして左手には意識を失った天河。
悪霊が体育館に現れた時の神楽坂の姿を思い出させる。
勝てない。
オルボロスの中でその言葉が大きくなってくる。
武神は神界の中で最上位に位置し、その力は「神」に匹敵すると言われている。
中位程度の自分ではとても敵う相手ではない。
しかし、オルボロスは神楽坂から受けた屈辱を忘れる事は出来なかった。
体が元に戻ったと同時に再度飛びかかる。
<死ネェエエエエッ!!>
鋭い爪が神楽坂を襲い、屋上から激しい金属音が響いた。
オルボロスの攻撃は大剣によって防がれる。
しかし、続けて尻尾の大蛇が牙を剥き神楽坂に襲い掛かった。
何故、わざわざ大剣で受けたのかは定かではない。
だが、神楽坂の両手が塞がれている今が絶好のチャンスだ。
大蛇の牙が神楽坂の首を狙う、この体勢では防ぐ事はできないはずだ。
武神に勝てる。
と一瞬思った時だった。
神楽坂を中心にドーム型のエネルギーが発生し周囲諸共飲み込み始める。
まるで体内の力を一気に解放したような爆発だ。
それは魔族であるオルボロスのみに干渉し、その肉体を塵へと還していく。
<こ、この俺がァアアア!?>
オルボロスは塵となっていく自身の体を見ながら断末魔を上げた。
神楽坂が発生させた力が消えた時には、オルボロスの姿は跡形も無く消え去っていたのだった。
「・・・・・・ん・・・?」
オルボロスが消滅して直ぐに、天河は神楽坂の腕の中で目覚めた。
「・・・・・・気づいたか?」
まだ武神化が続いている神楽坂の眼はまだ碧色だ。
神楽坂が自分を助けてくれたのか、そう考えていると何やら背中が肌寒い事に気が付いた。
しかも彼の手が直接肌に触れている。
「・・・・ひ、一人で、た、立てるから・・・!!」
オルボロスの攻撃で制服の背部は大きな穴を開け、彼女の背中を露出させていた。
慌てて神楽坂から離れ制服が捲れないように両手で押さえた。
それと同時に背中の痛みがなくなっている事に気が付いた。
「・・・・す、すまない・・・。」
一言謝った神楽坂は額に手を当てつつふら付き始めた。
双眼も元の色に戻り、あれほど感じられた神氣は消えている。
異変に気づいた天河は片手で制服を抑えたまま彼の肩に左手を当てた。
神楽坂の体力、霊力、霊気が生命維持限界スレスレまで低下している。
朝倉が自分達の部屋に来た時の状態と全く同じだ。
「・・・・神楽坂君!?」
自力で立つ事もできなくなり神楽坂は天河の方へ倒れ込んだ。
天河は慌てて受け止める。
しかし、女性の力で男性の体重を支える事は難しく、彼と共に地面へと倒れてしまった。
「か、神楽坂君っ!!?」
神楽坂は自分に覆いかぶさるように倒れ、天河は身動きがとれない。
どいてもらおうと何度も呼ぶが、全く反応がなく天河の声だけが空しく響いた。
天河の叫びが聞こえる中、屋上の出入り口付近で一人の女子生徒がその場を去っていった。
髪は赤毛のショート、その表情は微笑みすら浮かんでいた。