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44:オルボロス




 翌日も雨が続き、神楽坂達は教室で昼食を取っていた。


「・・・・・降っては止み、降っては止み。早く梅雨終わらねぇかなぁ~。」


 吉原は調理パンを食べつつ自分の机に突っ伏した。


「・・・・確かにね、電車も止まるし今日は散々。帰り大丈夫かしら・・・・・。」


 安堂も雨雲が覆う空を見ながら苦笑う。


 連日続く雨は河川を氾濫させ交通機関を麻痺させていた。

 電車通学している吉原と安堂はその影響をモロに受けて3時間も遅刻して登校、今に至っていた。


「こっちは通学路の河が氾濫しかけてたぜ・・・・?」


 神楽坂は裸足の状態でカツサンドを一口食べる。

 雨で通学路の一部が沈み、踝まで浸かった状態で登校してきていた。



「・・・・・明日は休校になりそうね。」


 佐久間は手作りの弁当を食べていた。


「その弁当・・・・自分で作ったのか?」


 何時もは学食で済ませている彼女が今日に限って弁当を持ってきていた。

 しかも手作りだった事が意外だった。


「俺も佐久間さんの手料理が食いてぇなぁ~。」


 吉原は冗談気味に言った。

 佐久間は別容器に入れていた「卵のだし巻き」を一つ、つまむ事を許可する。


「マ、マジでっ!?勿論いただきますっ!!」


 歓喜に震える吉原は勢い良く口に放り投げ、一噛みした後、床に倒れた。


「な、直明!?・・・・玲奈お前何盛りやがったっ!?」


 吉原はぶくぶくと白い泡を吐いている。


「何って・・・・・普通の卵料理だけど・・・?」


 昨日の事を思い浮かべる。


「・・・・・・賞味期限切れてたかも・・・・1年くらい。」


 全く悪びれていない佐久間に三人は苦笑う。

 しかもわざわざ別の容器に入れていた時点で確信犯だろう。


 とりあえず飲み込む前に気絶したので吉原は無事だった。

 本人は賞味期限が切れていたと言っていたが、絶対何か混入させていたに違いないと心の中で思う三人と吉原だった。


 昼食を取り終え、雑談していると除霊部出動の放送が入った。

 内容は未確認であるが、校舎の数箇所に妖怪らしきモノが侵入してきたらしい。


 神楽坂は上靴を履いて立ち上がる。

 長緒も読んでいた本を閉じた。


「お前等も大変だな。」


 佐久間の「毒巻き」から復活した吉原は二人に同情する。

 確かに授業に出なくても公欠になるのは羨ましいが、時と場所に関係なく出動しなければならない。


 神楽坂も仕方ないと返した時、ポケットの携帯が振動する。

 確認すると天河からだった。



「・・・・・・・分かった。健ちゃんにも伝えとくよ。」


 数回相槌を打ち携帯を切った。

 天河の話では妖怪が入り込んだ場所は6箇所。

 一箇所ずつでは非効率なので分かれて対応するらしい。


 長緒は第2体育館裏、そして神楽坂はA校舎屋上にそれぞれ向かうようにとの事だった。


「・・・・・・随分と広範囲だな。」


 前回の海羽とスライムの件は例外として、特に理由がなく複数の侵入というのは初めてだ。

 まだ昼休みなので多くの生徒が校内を移動している。


 神楽坂はA校舎屋上と距離がある為に直ぐに現場に向かった。

 長緒も担当現場に向かおうと立ち上がった時、後ろから佐久間の声が聞こえた。


「・・・・・・気をつけた方がいいわよ・・・?」


 その言葉に後ろを見ると、佐久間は何事もないかのように脚を組んで雨空を見ている。

 確かに気を付けろと聞こえた。


「健一、行かなくていいのか?」


「・・・・・あ、あぁ・・・分かっている。」


 佐久間の言葉が気になったが急がなくてはいけない。

 長緒は気になりつつも現場へと向かった。






 雑草が生い茂る体育館裏。

 現場に到着するが特に異変は感じられなかった。


(・・・・・星龍、現場に到着したが異常は感じられない。)


 体育館裏に向かう途中に星龍から精神リンクを受けていた。


<・・・・こっちも異常ねぇぜ?和、ちゃんと霊視したんだろうなぁ?>


 B校舎へ向かった篠崎も長緒と同じく異常は無いようだ。

 続いて蒼芭からも異常無しと報告が入り、流石に星龍も困惑していた。


<確かのはずなんやけど・・・・・・ど、どうなっとんねんっ>


 それはこっちの台詞だと篠崎が突っ込みを入れた。

 まぁ何も無い事に越した事はないのだが、長緒は腑に落ちない表情を浮かべる。


<と、とにかくちょい待っ・・・・・・・。>


 突然、星龍とのリンクが遮断された。

 それと同時にかなり微弱な魔力が感じられる。

 しかもこの魔力は忘れようにも忘れられないあの魔族の物だ。

 長緒は直ぐに携帯を取り出し神楽坂へ連絡を入れようとするが。


「・・・・・繋がらない・・・・!?」


 電波の状態は三本と問題ない。

 しかし、いくら通話を入れても繋がる気配がなかった。


 時間の無駄だと感じた長緒は携帯を直しその魔力を警戒する。

 微弱とはいえ油断はできない、この魔力があの魔族のものであるからだ。


「・・・・・まさか貴様の方から現れるとはな・・・・・オルボロス・・・・・!」


<・・・・・・・久しぶりだな・・・・双雨、「武神」の片割れ。>


 低く鈍い声が聞こえてきた。

 そして、背の高い雑草の葉に一匹の蛙が姿を現した。


 その蛙は普通の大きさだが色は赤黒く、細い尻尾が生えていた。

 縦に細い目をギョロリと長緒へ向ける。


「・・・・・・・・・。」


<クックク・・・・最後に会ったのは、あの神父が死んだ時だったなぁ・・・・・・。>


 蛙の表情が歪むように笑みを浮かべた。






 土砂降りの雨が降る中、一人の男が血まみれで地面に倒れた。

 その男性は司祭の服を着ている。

 神楽坂と長緒が到着した時には既に致命傷を負い、呼吸もままならない状態だった。


「おっさんっ!?」


 直ぐに状態を確認した。

 神父の負った傷は素人でも助からないと分かる程の重傷で、満足に喋る事もできない。


「・・・・・・無理に喋らなくていい。」


 神父は二人に何かを伝えたいようだが長緒はそれを制した。



<ようやく現れたなぁ・・・・・。>


 大雨で視界が悪いなかを不気味な声と共に化け物が姿を現した。

 その姿は蝦蟇と大蛇が合わさった醜い姿をしている。


「・・・・・・てめぇか、やったのは。」


 化け物の姿に臆する事無く立ち上がる。

 戦うつもりだと神父は感じ、残りの力で神楽坂のズボンの裾を引っ張った。


「・・・・・ば、馬鹿野朗・・・い、いいから・・・早く逃げ・・ろ・・・!」


 あの化け物から感じられる魔力、間違いなく魔族。

 それもかなりの力を持っている。

 人間が魔族に敵う訳がない。

 しかし、だからと言って二人は逃げるつもりはなかった。



<あぁ、その男がお前達の居場所を中々吐いてくれなくてなぁ・・・・・・・!>


 化け物の大蛇の部分が牙を剥いて長緒を襲う。

 本気ではないのか、後ろに下がるだけで簡単に回避する事ができた。


「・・・・・・俺達を狙う理由はなんだ。」


 化け物向かい鋭い目で睨みつける。

 あの化け物は自分達と接触する為だけに神父を手に掛けたのだ、それなりの理由があるはず。

 化け物は高笑いをしながら答えた。


 目的は

 自分達二人の「魂」


 人間の魂ならわざわざ二人を狙う必要はないはずだ。

 化け物は自分達の魂は特別だと高笑いながら続けた。


「・・・・「特別」だと・・・?」


 木刀を握る右手に力が入る。

 人間とは思えないほどの霊気が急激に発生してゆく。

 それは雷となり神楽坂の体を帯電し始めた。


 重傷の神父を今度は長緒が看る。

 カッターシャツを破り止血を試みるが完全に止めることはできない。


「・・・・どうした?俺も一応は除霊師だぜ?

 一人減って嬉しいんじゃねぇのか?母親の・・・仇討つんだろ・・・?」


 2年前に比べて、随分と変わったと神父は感じた。

 以前なら自分の事なぞ構う事はなかっただろう。


 長緒は喋るなと制する。

 神父は震える手で上着の内ポケットからタバコを一本取り出し口に銜えた。

 長緒も黙ってライターで火を付けてやる。


 空から降る大粒の雨が容赦なく打ち付ける。


 神楽坂は化け物の相手をするがやはり魔族相手には分が悪すぎる。

 だが、何としても時間を稼ぐつもりだった。


 唯一、自分達の事を真剣に考えてくれた人が逝くその時まで。





「・・・・てめぇ、おっさんにどんな手使いやがったっ!」


 化け物の攻撃を回避しつつ時間を稼ぐ。

 自分達が二人掛かりでも歯が立たなかったあの神父が簡単にやられるはずがない。

 化け物はまた気味の悪い声を上げた。


<抵抗すれば娘を殺すと脅したら大人しくしてくれたよ・・・・なぁ神父?>


 化け物の醜い顔が笑みで歪む。

 神楽坂はその言葉に一瞬動きを止めてしまった。


「ぐはっ・・・!」


 尻尾である大蛇の体当たりを受けてしまう。

 木刀を割り込ませようとしたが間に合わず、後方へ数m吹き飛ばされる。

 アスファルトの地面に直撃だけは何とか避ける事はできたが、今の一撃で木刀に大きな亀裂が走った。


 これでは使い物にならない。

 雨で濡れた髪を掻き揚げる。

 やはり自分の力では魔族には敵わないのか。




「・・・・健一。」


 このままでは二人共殺されてしまう。

 神父は腰のベルトに装着していた霊剣を長緒に手渡した。

 それは神父が愛用していた霊剣ディヴァルグヘイムだった。



<此処までだなぁ双雨?・・・・・いや「武神」ノ魂を持つ者よぉ。>


「・・・・くっ。」


 木刀がこの状態では満足な攻撃ができない。

 ここで後退し戦線を下げる訳にはいかない、そうなれば神父にも危険が及ぶ。


「・・・・光志!」


「・・・・!?」


 後ろの長緒から短い棒が投げられ、左手でキャッチする。

 それは神父が持っていた霊剣だった。


 化け物も長緒が投げた物に注意がいってしまい隙が生じた。

 その隙を神父は逃さない。

 光り輝く十字架が化け物の動きを封じ、更に地面からは光柱が二重に封じ込める。

 手負いの神父に力を貸したのは長緒だった。


 流石の化け物も二人掛かりの呪縛術を直ぐに破る事はできない。


「・・・・光志!今だっ!」


 二人はあくまで化け物の動きを封じ込めるだけ、留めは霊剣を持つ神楽坂が差すしかない。

 だが、手に持った霊剣は己の霊気と精神力で形成させなければ成らない武器だ。

 今まで木刀しか使った事がない神楽坂は不安になる。


「・・・・・・・・。」


 神楽坂は長緒と神父を見る。

 神父は手負いながらも体を横にして術を維持している。

 時間が無い事は神楽坂も分かっていた。


 やるしかない。


 霊剣の柄を右手に持ち直し構える。

 化け物は鈍い声をあげながら呪縛を破ろうと暴れ始めた。


 神楽坂は気合を入れ突撃する。

 霊刃が発生しようがしまいが全力で叩きつけるのみ。




 次の瞬間、化け物の断末魔が聞こえその場には神楽坂だけが立ち尽くしていた。

 神楽坂は肩で息をするほど消耗している。


 ふと右手に持った霊剣の柄を見ると青白い霊気の剣身が発生していた。


「・・・・やったか。」


 最後の力も使い果たし、また仰向けになった。

 神楽坂も霊刃を解除し神父の元に駆け寄る。



「おっさん・・・・。」


「・・・・ふ、そんな顔すんじゃねぇよ。」


 二人に微笑む。


「最後の最後でお前たちを救えて・・・よかったぜ。

 (・・・・・摩琴・・・・。)」


 一服し、白い煙が昇っていく。

 神父はゆっくりとその両目を閉じた。



 その後、二度と「双雨の亡霊」が現れる事はなかった。







「・・・・・・あの時、光志は貴様に留めを刺し損ねたと言っていたが・・・・。」


<嬉しいだろぅ?>


 また顔を歪め笑めオルボロスは続ける。


<そうだ、面白い事を教えてやろう、あの神父の名前は覚えているかぁ・・・・?>


 名前?勿論覚えているが、それが何だと長緒は言う。

 オルボロスは飽きもせずに高笑いをした。


<その神父の娘がこの学園に通っているとしたら、どうだぁ・・・?>


「・・・・何だと?」


 神父の娘?

 確かに神父は自分に娘がいると良く自慢していた。

 その娘がこの学園に通っている?


 神父の名前を思い出す。

 

 彼の名は「天河修司」


「・・・・・・ま、まさかっ!?」


 神父の名前を思い出しただけで想像が付いてしまった。

 今思えばあの苗字はそうそうあるものではない。


 オルボロスは今回で一番の高笑いをして見せた。



「・・・・・・「天河摩琴」・・・・・・迂闊だった・・・。」


 まさか神父の娘が天河摩琴だったとは。

 しかし今になってそれだけを告げにわざわざ自分の前に姿を現したのだろうか。

 オルボロスは更に続けた。


<あの時、その娘は、あの場所に居たのさ・・・・・>


 長緒に衝撃が走った。


<自分の父親を、お前達に殺されたと勘違いしてなぁっ!!>


 一気に魔力が膨れ上がる。

 ビリビリと張り詰めるプレッシャーが長緒を襲う。


<その娘は、お前達の正体を既に知っているぞ・・・・?>


「・・・・・・なん・・・だと・・・!?」


 まさか佐久間が。

 いや、自分達の正体は彼女にとっても切札だ。

 そう簡単に手放すとは思えない。

 となれば。


「オルボロス、貴様か・・・・・!?」


<正解だ・・・ククク。今頃はどうなっているかなぁ・・・・?>


 オルボロスは意味深な事を言った。

 妖怪の侵入、星龍とのリンク切断、全てオルボロスが仕組んだ事。


 佐久間が出動前に言った気をつけろとはこの事だったのだ。

 神楽坂と合流した方が良いと判断し、警戒しながら後退しようと足を後ろへ動かした時だった。


「・・・・足が!?」


 地面がまるで底なし沼になったかのように液状化し、長緒の片足を飲み込みだした。

 直ぐにもう片方の足で踏ん張り地面から引き抜こうとするが、踏ん張る足も地面に飲まれ始める。

 こういった場合、もがけばもがく程飲み込まれるのだが、これは只の底なし沼ではなく一気に腰まで引きずり込まれてしまった。


<・・・・・クックク、お前は最後だ、まずは「雷之神」と遊ぶとしよう。>


 そう言い放つと蛙は草むらの中に消えていった。


「・・・・「雷之神」だと?・・・・兎に角光志に連絡を・・・・・・!」


 神楽坂に連絡する為に携帯を探すが、携帯はズポンのポケットの中で既に底なし沼に飲まれている。

 更にオルボロスの魔力が星龍との霊気を遮断しており連絡の取り様がなかった。


「・・・・・・このままでは・・・・!」


 脱出を試みるが液状化した地面は粘度が増していき、その場から動くことすらできなくなっていた。






 神楽坂は屋上へ出るためにドアノブを握ったが、鍵を借りてくる事を忘れていた。


「しまった、C校舎の屋上じゃないんだったな。」


 ダメ元でドアノブを回してみる。

 すると何故か鍵が開いており、ドアノブが回った。

 誰かが鍵を閉め忘れたのだろうか、兎に角職員室に取りに戻らずに済んだと屋上に出る。


 今回から霊銃は大腿部に装着せずにズボンに挟んでいる。

 それが霊銃の使用条件で、カッターシャツを出す事によって隠していた。


 神楽坂は屋上を策敵する。

 ここに向かう途中から違和感は感じていた。

 屋上に近づいても妖気すら感じることが無く、本当に妖怪がいるのかと思ったくらいだ。

 とは言え油断はしない。

 悪霊や妖怪にとって人間を欺く事など容易なのだ。


 暫く様子を見たがやはり妖怪はいないようだ。

 誤情報か、と破砕魂を腰のホルスターに戻し腕を組んだ。

 精神リンクを使って星龍に話し掛け様としたが、何故かリンクが遮断されており連絡が付かない。


「・・・・・圏外か?」


 冗談を言いつつ携帯を取り出して長緒へ連絡しようとするが、今度は携帯も繋がらない。

 一応電波の状態を見たが3本立ち、しかも屋外で繋がらないわけがない。

 充電も満タンで電力不足でもなかった。


 仕方無く携帯を直し、一旦戻ろうとした時だった。

 出入り口の扉が閉まると、人影が給水棟の裏から出てきた。


 それは天河摩琴だった。


「・・・・・て、天河?蒼芭と一緒じゃなかったのか・・・?」


「・・・・・・・・・。」


 天河は無言のままだ。

 少し俯いているのか顔に影が掛かり、表情を読み取ることができなかった。





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