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43:お節介神父と少年達



 季節は梅雨に入り、暗闇の窓からは雨音が聞こえてくる。

 電気の消えた室内では天河と長沢の二人は床に就いていた。


 天河の机を見ると報告書が数枚、書き掛けの状態で置かれていた。

 前回、グラウンド周囲の照明や巨大スライムを倒した際に起った水害による被害評価報告書だ。


 壁を見るとカレンダーが掛けられている。

 今日の日付を見ると赤ペンで○印が付けられているが、用事等は書かれていなかった。




「摩琴・・・・・・。」


 司祭衣をラフに着た男性は、小さな女の子を呼んで頭を優しく撫でた。


「お父さん!」


 父親に撫でられ、にっこりと笑った。


 女の子は父親の指導の下、エクソシストとしての修行を始める。

 祓魔師として霊能に目覚めたのは極最近で、既に魂を癒す力「聖癒」を開花させていた。 




 場面は変わり、ある廃墟。


「摩琴!お前は後ろに下がってな!」


 薄暗い廃墟の中で父親が叫ぶ。

 左手に持つ聖書は霊気を帯びて次々と捲れていく。

 相手にしている悪霊は強い力を持っている訳ではないが、まだ小さな彼女には無理だった。


 女の子は恐怖で足が震いながらも言われた通り後ろへと後退する。

 その様子に父親は、まだ早かったな、と微笑んで目の前の悪霊を見据えた。


「んじゃま、俺の娘が怖がってんでな?さっさと終わらせてもらうぜ?」


 胸元を緩め右手を開いて悪霊に向ける。


 悪霊の断末魔が聞こえた。

 その間も女の子は恐怖で震え、瓦礫の隙間に隠れていた。





「摩琴・・・・・・。」


 父親に呼ばれた。

 どうやら悪霊の退治に成功したようだ。

 先程まで感じていた怖いモノは感じられなくなっている。


「お父さ・・・・・ん・・・・!?」


 顔を上げたその時だった。

 場面が一瞬に変わり、廃墟だったのがある路地になっていた。

 更に大粒の雨が体を濡らす。


 ドクンッ・・・・


 自分の心臓が大きく鼓動するのが感じられた。

 その鼓動は次第に大きくなってゆく。


 この場所を自分は知っている。

 周囲を見回す。

 ふと両手を見ると自分の体が大きくなっている事に気が付いた。


 ドクンッ・・・・・


 また鼓動が大きくなった。


 彼女は自然と足を進める。

 あの場所へ行く為に。


 その場所には・・・・・・。





「お父さん・・・・!?」


 悪夢から解放された天河は大粒の汗を流し、上半身を起こした。

 鼓動が速くなっているのが自分でも分かる。


 時計を見るとまだ深夜3:00時過ぎ。

 天河は額の汗を手で拭おうとしたが、そのまま涙を隠すかのように面前で止めた。



「・・・・・・・・・。」


 長沢は彼女に何も言う事ができなかった。

 雨は更にその勢いを増し、室内には雨音だけが響くのだった。






 雨が続く中、天河は近くの花屋に向かっていた。

 しかしその足取りは重く、顔も俯きかけながら歩いている。

 花屋に到着した事も分からず、危うく通り過ぎてしまう所だった。


 慌てて戻り傘を畳んでいると店内から聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 店内には神楽坂と長緒の姿があった。


「神楽坂君!?長緒君も・・・!?」


 会う事も無いはずの花屋で偶然出くわした天河は驚きの声を上げた。

 それは神楽坂達も同じだった。


「天河こそどうしてこんなところに?」


 神楽坂の手には花束が握られている。

 花と包みから誰かにたむける為の物のようだ。

 天河の視線が自分が持っている花束に向けられているのに気が付いた。


「あ、あぁこれは・・・・・・・・。」


 神楽坂は口篭る。

 直ぐに長緒がフォローするかのように言った。


「・・・・今日が中学時代の友人の命日でな。」


 神楽坂も続けて交通事故だと言った。


「そう、だったの・・・・・・。」


 命日という言葉が彼女の表情に影を落とす。

 神楽坂達は時間が余りないらしく、天河に挨拶をして店を出て行った。





 天河の両手には花束握られている。

 右手に付けた時計を見ると15時を回っている。

 ある場所に16時には到着したいと彼女は考えていた。

 もう少し歩くペースをあげなければいけない。

 そう思っていた時だった。



「摩琴・・・・・・。」


「!!?」


 突然どこからか自分の名前を呼ばれ立ち止まった。

 しかも今の声は聞こえる筈がない人物。


「う・・・・嘘・・・・・・・。」


 思わず傘と花束を落としそうになる。

 聞こえてきた声は左の路地の方からだ。

 彼女の脳裏に微笑む父親の姿が浮かび声が聴こえた路地をゆっくりと見た。

 そこには日差しが悪く、薄暗くなった路地が口を開けていた。

 気のせいだろうか、路地の真ん中に誰かがこちらを向いて立っている。


 天河はその人物に焦点を合わせた。

 司祭服をラフに着こなし両手をズボンのポケットに突っ込んだまま口でタバコを吹かせる。


 間違いない。

 そう思った時には路地に向かい走り出していた。




 もうどれくらい走っただろうか、あの人物にたどり着いてもいい頃のはず。


「・・・・はぁ・・・・はぁ・・・。」


 息が続かずその場で止まり呼吸を整える。

 あの人は何処に?


 周りを見回すと、更に奥の方にその人物が立っていた。

 その人物は反転し更に奥へと足を進める。


「ま、待ってっ!!」


 天河は急いでその後を追った。





 神楽坂と長緒は近くの公園へ来ていた。

 二人はベンチに座り自販機で買った缶ジュースを飲む。


「・・・・もう一年か。」


 鉄板で作られた屋根の下、ベンチに座り空を見た。

 雨は止む事は無く、黒い雨雲がゆっくりと流れている。


「・・・・・・・。」


 長緒は無言のまま足を組み目を閉じている。


 数年前のこの日も土砂降りの雨が振っていた・・・・・。







「・・・・・お前等、まだこんなくだらねぇ事を続けるつもりか・・・?」


 土砂降りの中、傘を差さずに舗道に立つ司祭の服を着た男性。

 口に咥えたタバコは雨に濡れ火が消えている。

 男性の目の前には学生服を着た少年が二人立っていた。


 少年の一人は木刀を持ち、もう一人の少年は民家の壁に背もたれながら此方を見ている。


「ったく、またダンマリかぁ?お前等の事情は分からん。だがな、そのままじゃ戻れなくなるぞ?」


 司祭はポケットから簡易吸殻入れを取り出してシケたタバコを押し込んだ。

 新しいタバコを口に銜え、安物のライターで火を点け吹かせる。


「・・・・・・おっさんには関係ねぇ話だ。」


「て、てめっ、そりゃ確かにお前等と同じくらいの娘はいるがまだ36だ、おっさんじゃねぇ!」


 ようやく口を開いた少年の言葉に、男性は危うく銜えたタバコを落す所だった。

 苦笑いつつ落としかけたタバコを指で支え咥えなおす。



「・・・・・・十分おっさんだと思うがな。

 その法衣、司祭のようだが俺達の邪魔をしよう等とは考えない事だなな・・・・・。」


 壁に背を付けていた長視の少年は、ミニグラスをした少年の横へ移動してくる。


 少年等を改心させようと思っていたが、彼らの眼光から現段階では難しいと悟った。


「俺はな、娘と同じ位の年頃の奴がそんなナイフみてぇな目をしてんを黙って見てられねぇんだよ。」


 タバコを吸い、ゆっくりと煙を吐き出した。

 それが二人の少年とお節介な司祭との出会いだった。






「・・・・どうした?」


「・・・・いや、あのお節介神父の事を思い出していただけだ。」


 そういうと長緒もジュースを一口含む。


「月に何回もきやがってホントお節介だったよな。」


 思い出したのかニヤりと神楽坂は笑った。

 公園で時間を潰してから結構経ったはずだ。

 携帯を見ると数分程で16時になり丁度良い時間帯だ。


 神楽坂と長緒は近くの缶入れに空き缶を投げ入れ立ち上がる。


「・・・・んじゃ、行くか。」


「・・・・あぁ。」


 神楽坂が縦長の箱を肩に担ぎ、二人は目的地へと足を進めた。




 

 天河は路地裏を更に奥へと進む。

 あの人物をいくら追いかけても距離が縮まる事はなく、息だけが上がる。

 呼吸を整える為に一旦止り、前を見ると追い掛けていた人物の姿はなく、汚れたコンクリートの壁があるだけだった。



「何処・・・・。」


 息が整うのを待たずにあの人物を探す。

 袋小路で行き場がない。

 行き止まりならあの人物も進めないはずだ。



「・・・・・お父さんっ!」


 思わず大声で叫んでいた。

 周囲の壁がその声を反射し、彼女の声が木霊した。


 やはり見間違いだったのだろうか?

 右手に持った縦長の箱を見て、現実に引き戻される。


 そう、自分の父親はもうこの世にはいないのだ。

 そして今日はその父親の命日。



 天河は力なくその場に座り込んだ。

 涙が止め処なく流れ頬を伝って地面へと落ちてゆく。


 脱力した右手の時計に気がついた。 

 時間までもう余りない。


 天河は立ち上がり、引き返そうと振り返った時だった。




<知りたくはないか・・・・・?>


「!?」


 突然の声に足が止まった。

 それと同時に邪悪な魔力が周囲を包み込む。


 天河のロザリオが魔力に反応し光り出す。

 聖架は彼女の周囲を守るように障壁を発生させた。


「魔族・・・・・・!?」


 何故こんな場所に魔族が。

 理由は分からないが、ロザリオが自動で障壁を発生させる程の強力な魔力。


 天河は周囲を警戒するが魔族の姿らしき影は見えない。



<お前の父親を殺した犯人を知りたくはないか・・・・・?>


「犯人・・・・・・?」


 天河の頭にあの出来事がフラッシュバックした。


 声が聞こえなくなる程の大雨の中、雨に晒されている父親の為に傘を届けに走っている。

 今回は父親の仕事を見学する為に福岡まで同行していたのだが、途中で雨が降り始めてしまい天河は近くのコンビニで傘を購入、急いで父の元へ戻っていた。


 梅雨の時期に傘を携帯していない所は相変わらずだなと天河は笑う。

 この角を曲がれば雨に濡れながらタバコをふかす父がいる。


 角を曲がり父を呼ぼうと声を出そうとした瞬間、異変に気づき足を止めた。



 そこで見たモノは、体中から血を流し地面に倒れている父親の姿だった。

 そして、倒れる父を見下すように立つ二人の男。




「・・・・・・し、知ってる・・の・・・!?」


 立ち眩みに耐えつつも姿の見えない主へ声を上げた。

 声の主は笑いながら答えた。


<あぁ・・・・・知っているとも。>


 目の前に置かれた円柱型のゴミ箱の蓋の上に一匹の小さな蛙が飛び乗った。

 その蛙の色は赤黒く見たこともない種類だった。


「・・・・・蛙?」


<・・・・・ただの蛙じゃねぇぜ?>


 蛙はその口を不気味に歪ませる。

 今まで会話していた相手はあの蛙だった。


「・・・・・!?」


 天河は身構える。


<まぁ待てよ、それより良いのか?犯人を知りたいんだろう?>


「・・・・くっ、貴方一体何者?」


<俺の名は「オルボロス」お前に良い事を教えに来たのさ。>


「!?」


 オルボロス。

 朝倉や長沢から注意するように言われていた名前だった。





「・・・・・・・。」


 神楽坂は花束を取り出し、片膝を付いて電柱の傍へ静かに置いた。

 後ろにいる長緒も神楽坂の傘を持ちつつ見守る。


 こうしてこの日に花を手向けるのも4年目になる。

 自分達のせいで命を落とす事になったあのお節介神父は、最後の最後まで。


 自然と拳に力が入る。

 やり場の無い怒りを何処へぶつければ良いのか分からない。

 神楽坂はゆっくりと立ち上がった。


「・・・・・・何時になったとしても仇はとる。」


 神楽坂に傘を返す長緒の表情も険しい。


「・・・・・オルボロス。」




 ガサッ・・・。

 その時後方で何かが落ちた音がした。

 音から植木鉢等の陶器類ではなく何か軽い物が落ちたようだ。

 後ろを確認してみると通路の角に何かが落ちている事に気づいた。



「・・・・・・・・・。」


 長緒が角の裏を確認してみるが誰もいない。

 そこに落ちていたものは紙製で縦長の箱、歪んだ隙間から花が入れられているようだ。



「・・・・・花?」


 何故こんな所に包装された花束が?

 もう一度周囲を見てみるがこの落し物と関係がありそうな人物は見られない。


「・・・・・光志。」


 何かに気づいたのか神楽坂を呼び、箱のある一部を見せた。

 それは自分達が花束を買った店と同じ名前が書かれたシールが張られてあった。


「この名前、俺達が花束を買った店じゃねぇか?」


「・・・・・そうだな。」


 この近辺で花屋は自分達が買った店一軒しかない。

 偶然といえばそう考えられるが何故ここに落ちているのかが疑問だった。

 放置する訳にもいかないので民家の塀の上に置かせてもらう事にし、改めて花を添えた周囲を見る。



「・・・・・・また来年くるぜ、おせっかい神父さんよ。」


 そう言うと二人はその場を後にするのだった。







「・・・・・おっそいなぁ摩琴ちゃん・・・・・。」


 決められた門限の時間が迫る中、長沢は私服で室内をウロウロとしていた。

 天河はあれからまだ帰ってきていない。


「・・・・・深夜1時には止むとは言え、凄い雨ね・・・・。」


 日が落ち真っ暗になっている窓の外を見る。

 今回、長沢はあの占いを行っていない。


 それは自分が知っていれば間違いなく手を貸してしまうからだ。

 いや寧ろ貸してしまいたいと長沢は思っていた。

 しかしこれは彼女と彼らとの問題だ。


 窓に反射する長沢の表情が悲しさを見せていた。


 ガチャ・・・・。


 ドアが開く音が聞こえ長沢は天河が戻ったと思い振り返った。


「遅かったわね時間ギリギリ・・・・・・ま、摩琴っちゃん!?」


 そこには全身ずぶ濡れで顔を俯けた天河の姿があった。

 一体何があったのかと長沢は天河に駆け寄った。


 天河は無言のまま立ち尽くしている。

 彼女の両肩は震えていた。


「とにかく体拭かないと!!」


 急いでバスタオルを取り出し、服の上からできるだけ水分をふき取ってやる。

 天河の体を触ると長時間雨に晒されたのか完全に冷え切っていた。


 早く拭いて風呂に入れるなり体温を上げさせないと風邪を引いてしまう。


「・・・・・見つけた・・・・。」


 天河はそのままの状態で小さくつぶやいた。

 それは長沢も聞き取れない。


 その後無理やりにでも風呂へ入らせ、なんとか風邪は引かずにすんだ。

 明日は月曜日、学校だ。

 先程の長沢の言葉通り1時には雨は止み、静寂が包み込む。


 長沢は明日に備え眠りについたが、天河だけは眠れずに天井をただ見ていた。





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