42:召霊師の初陣
ガンッ!
海羽は奥にあった木製の椅子を子スライムに投げつけた。
動きの遅いスライムを狙う事は簡単で、椅子はゲル状の体にめり込んだ。
今の攻撃は効果あったのだろうか、海羽は期待しつつも後ずさる。
「・・・・・!?」
しかし、半液体の体を持つスライムは椅子を取り込むように障害物を通り抜けた。
それを見た海羽は寝かせていた雷獣を抱きかかえて距離を取る。
恐らくまた椅子を投げつけても無駄だろう。
室内には既に三体のスライムが侵入していた。
その動きはゆっくりだが、自分を狙っている事は間違いない。
距離を取るために後ろに下がった。
「!?」
積み上げられた机が腰に当たり、思わず後ろを確認する。
もうこれ以上は逃げれない。
「・・・・・・・・・。」
海羽は顔を俯ける。
もう逃げれない事への諦めだろうか。
力無く下がった右手は拳を作り出していた。
しかし、それは恐怖からくるものでは無かった。
海羽の心には其の欠片もない。
寧ろ目の前の脅威を跳ね除ける強い意志が彼女を満たしていた。
もう逃げない。
あの時、そう心に誓ったはずだ。
確かに今の自分では立ち向かう力は無いかもしれない。
だからと言って此処で諦める訳にもいかない。
「・・・・怖いけど・・・ここで逃げる訳にはっ!」
そう覚悟を決めた時だった。
彼女の決意に呼応したのか、強い意志は抱いていた雷獣を目覚めさせた。
雷獣から激しい放電現象が発生し、前方へ無数の稲妻が駆け巡る。
その稲妻はスライムの群れを貫き、有り余る力は窓ガラスを割り、長机の一つを破損させた。
「す、すごい・・・・。」
思わずその場に座り込み、抱いていた雷獣に目線を落す。
雷獣はまた意識を失っていたが、海羽が頭を軽く撫でると雷獣は目を覚ました。
状況が分からない雷獣は彼女の腕から飛び出して長机の上で威嚇をしてきた。
「ありがとう、助けてくれて。」
敵意を向ける雷獣に海羽は微笑んだ。
雷獣は何故、礼を言われるのか理解できなかったが、室内に微量の魔力を感じる。
床に注目すると一定範囲に不自然な水溜りが出来ていた。
「君がやっつけてくれたんだよ?」
海羽は立ち上がり雷獣の近くに歩み寄る。
自分が魔族を倒した事を覚えていない雷獣は濡れた床と彼女の顔を交互に見るのだった。
神楽坂は雷獣がスライムの群れを一掃した一部始終を廊下から見ていた。
何時でも踏み込めるよう起動していた破砕魂を解除し、携帯を耳に当てる。
「何とか・・・なったようだが、今のはかなりヤバかったぜ?」
苦笑いを浮かべつつ室内を覗く。
危険が無くなった事を再確認し、視線を戻した。
『すまない、長沢のあの言葉がどうしても気になってな。』
「まぁいいさ、兎に角星龍に彼女とリンクをさせた方が良さそうだぜ。」
ただそれには一つ問題がある。
今の星龍の力ではリンクできる数が制限されている事だ。
既に全員とのリンクで限界だった。
携帯での長緒との会話は他には聞かれてはいないが、海羽をリンクさせる提案は全員に伝わっていた。
<はいはいっ!俺が外れますっ!>
調子のいい声で上村が立候補してきた。
自ら支援を切るといった行動は他のメンバーから賞賛を得る。
それにより上村は更に調子に乗った。
「あの野郎・・・・調子乗ってやがるな。」
携帯越しに長緒も同意していた。
スライムの脅威が無くなり、神楽坂は携帯を切って配置へ戻った。
「・・・・・・・・・・。」
上村は携帯の待受けを表示させて確認した後、携帯を直した。
<上村、貴様にしては随分と殊勝だな。>
「だよね!?蒼芭ちゃんも俺に惚れた?」
<・・・・・・・死にたいのか?>
「そ、それはっ・・・・あ!?あんな所で可愛い子ちゃんが襲われてる!?助けねばっ!!」
図星を付かれ、上村は適当な理由をつけて何処かへ走り去っていった。
「ちょっと!?まだスライムは・・・・・!?」
天河の叫びも空しく、上村の姿は無い。
A校舎外壁にいる子スライムは残り2体。
上村が何処かへ消えた以上、天河一人で対処しなければならなかった。
「!!?」
背後に邪気を感じ、後ろを振り向いた。
先程まで外壁に取り付いていた子スライムが地面へと移動していた。
天河は思わず手にもっていた霊銃の銃口を向けるが。
「え、えっと、まず狙いを定めてから・・・・・。」
子スライムの動きは鈍いとはいえ、天河との距離は遠くはない。
その事が彼女を焦らせる。
「そ、それで安全装置を確認・・・じゃなくて解除して・・・・・・。」
安全装置を解除する事が先なのだが、軽くパニックを起こしているようだ。
その間にも子スライムとの距離が縮み、遂に目の前まで接近を許してしまった時だった。
「きゃっ!?」
子スライムは天河に向かいゲル状の体の中心を地面に叩きつけ跳んだ。
同時に彼女の首から提げた聖架から障壁が発生するが、思わず霊銃のトリガーを引き跳躍中のスライムに見事命中させる。
しかも狙いは核ど真ん中。
中枢である核を破壊された子スライムは空中で水に戻り地面に飛び散っていった。
「はぁ・・・はぁ・・・・や、やったの・・・?」
地面に飛び散った水を見て右手に握られた霊銃を見やる。
「これなら・・・・!」
自分でも扱える事を確認し、天下は残り一体の子スライムを見据えるのだった。
「一体どうしたの?」
海羽は長机の上で威嚇を続ける雷獣に優しく問いかけた。
雷獣は時折プラズマを発生させるが、彼女の声と姿を見て少しずつ落ち着きを取り戻していく。
逆立つ毛が滑らかな毛並みに戻ると雷獣はその場に伏せた。
<・・・・・・・・。>
雷獣は自分の体の調子が戻っている事に気が付いた。
先程まで激しく消耗していたにも関わらず、この短時間でここまで回復している事が不自然だった。
誰かが回復してくれたと考えるのが自然だ。
では一体誰が?
それは直ぐに分かった。
自分の体に満ちた霊氣と目の前に居る海羽が持つ霊氣が一致する。
つまり彼女が自分を助けたという事だ。
<・・・・お姉ちゃんが助けてくれたの・・・・・?>
人間の言葉を喋り出し、海羽は驚いた。
だが直ぐに落ち着いて答えた。
「ん~・・・・そうなるのかな?ただ君が気づくまで抱いてただけどね♪」
照れながら人差し指で右頬を数回掻いた。
雷獣はクゥ~ンと一鳴き、神族である自分が人間に助けられた事を嘆いた。
<・・・・僕の嫌いな臭いがする。>
巨大スライムから発せられる魔力に気付いた雷獣は立ち上がって外を見た。
「・・・・・外は危ないよ?」
雷獣の背後から右手で頭を優しく撫でた。
<・・・・お姉ちゃん霊能力者じゃないの?>
体を数回ブルブルさせて海羽に向きなおした。
「ん、ん~それが・・・・・まだ良く分からなくて・・・・。」
まだ半人前の海羽には精神集中が精一杯だ。
<ふ~ん・・・・・じゃあ僕が力貸してあげようか?>
「え、いいの・・・・?」
<本当なら人間なんか助けたりしないんだけど、借りは返さないとね。>
そう言うと雷獣は海羽の左肩に飛び乗った。
「・・・・どうやら雨は止んだようだな。」
空を見ると雨は止んでいた。
蒼芭と星龍は傘を畳み、巨大スライムを見据える。
「・・・・・また一回り大きくなりよったわ。」
降雨によりスライムの体は更に巨大になっていた。
早く対処しなければならないが、現時点で有効な攻撃手段がない。
「向こうは片付いた、こっちはまだ動きはねぇのか?」
除霊委員会棟から戻った神楽坂が状況を聞く。
星龍は両手の平を上に向けて首を左右に振った。
「敷地内に入り込んだ子スライムの殲滅も時間の問題です。・・・・が。」
「アレがいる限り、キリがない・・・・か。」
また分裂されては面倒な事になる。
「せ、先輩っ!」
「ちっ・・・・またかっ!!」
神楽坂の表情が険しくなった。
巨大スライムがまた分裂する兆しを見せ始めたのだ。
「星龍!皆に連絡を!」
蒼芭は抜刀し、スライムの分裂に備える。
巨大スライムの体内には無数の小さな核が浮遊していた。
間違いなくまた分裂するつもりだ。
無数の小さな核は、親スライムの体の一部を取り込み次々と勢い良く校舎の方へ飛んでゆく。
「・・・12・・・15・・・・星龍!全部で何体出やがった!?」
「25体や!」
「先程の倍近くじゃないか・・・!?」
神楽坂達の近くにも数体の子スライムが地面に落下してきている。
「A校舎は天河一人だけだったな・・・!?」
まだ上村が合流したとは連絡が来ていない。
天河一人だけでは心配だと思った時、彼女から大丈夫だと返事が返ってきた。
「・・・・・・小さいサイズならば問題ないのですが・・・・。」
神楽坂が会話している間に周囲の子スライムを倒し戻ってくる。
ここで星龍がある事に気が付いた。
「分裂した分だけ親スライムの体積が減っとるようやで!」
新しい情報だ。
分裂時に親の体の一部を取り込むので、その分だけ体積が小さくなっている。
分裂を繰り返させれば何れ巨大な親スライムも通常のサイズまで縮むという事になる。
「・・・・・・25体程度で奴の体が縮んだようには見えんぞ?」
「どんだけデカいと思ってんだよ・・・・。」
二人の突っ込みに星龍も冷静に分析する。
あの巨体が通常サイズになるまでには約10万体にまで分裂しなければならないようだ。
他の方法を考えた方が賢明だ。
とはいえ未だに有効な方法が見つからない。
精神リンクにより敷地内へ入り込んだスライムは散開したメンバーに殲滅されている。
「弱点はわかっとるのにこっちから手だせんとわ・・・・・・!」
歯痒さから頭を両手で数回掻き毟った。
神楽坂と蒼芭もただ目の前の巨大スライムを見上げる事しかできない。
その時、一人の女子生徒が息を枯らしつつ神楽坂達の下へ走ってくる。
その女子生徒は海羽だった。
「海羽!?危ねぇから委員室にいるように言われてたろ!?」
海羽がここに来た事は他のメンバーにも伝わっている。
「・・・・・そ、そうなんですけど、私も何か役に立てないかなって思って・・・この子が・・・。」
海羽の肩には体長10cmくらいまで縮んだあの雷獣が乗っていた。
「雷獣!?まさが昼休みに感じた神氣はその獣だったか・・・・。」
蒼芭も昼休みでの出来事は気づいていたようだ。
海羽の肩にいた雷獣は彼女の頭へと移動し四肢を広げ構えた。
「そ、その・・・・この子と私で・・・あのスライムを倒しますっ!」
引けた腰で恐る恐る目の前の巨大スライムへ指を差した。
三人は何を言い出すのかといった表情を見せる。
「そやっ!打撃や斬撃が通用せんなら電撃で・・・・!」
ここで星龍が何かに気づいた。
雷獣と言えばその名の通り雷撃を使用し敵を攻撃する事ができる。
改めて巨大スライムを霊視する。
体を構成する物は98%以上が液体だ。
そしてグラウンドを覆う程の巨体さ、これは接近する必要がない事を意味する。
これはいける。
星龍の中で確信へと変わった。
「・・・いけるで!強力な電流流せれば・・・・!」
「電流ならば例え核が動き回ろうと関係ないな・・・・・先輩っ!」
「・・・・確かに、それならいけそうだな。・・・・海羽、やれるか?」
神楽坂は再度確認をとる。
海羽はまだ少し腰が引けている様子だったが肯定した。
「が、がんばります・・・・っ!!」
控えめに気合を入れ、背後の巨大スライムへ向き直る。
海羽の頭の上に乗る雷獣は体の毛を逆立たせ、神氣を「雷」へ霊質変化、帯電させている。
バチッ!バチッ!とプラズマが発生し空気を切り裂く音が発生しはじめた。
これは妖蜂と対峙した際の神楽坂と同じ現象だ。
「・・・・・・・・・。」
とはいえ、海羽は自分が何をすればいいのか分からない。
戸惑っているうちに頭上の雷獣は、咆哮と共に激しい雷撃を地面に向けて放った。
空を切り裂いた雷撃は地面へ落ち、地中へ逃げる事無く巨大スライムの体を伝っていく。
海羽は閃光と爆音にフラフラになっていた。
今の一撃、あの巨大スライムに対して効果あったはずだ。
神楽坂は分析する星龍の報告を待った。
「・・・駄目や、まだ出力が足らへん・・・・・・。」
雷獣だけの力では、あの巨大な体の隅々まで電流を流す事は出来なかったようだ。
<・・・・ガウッ!ガウッ!>
雷獣は唸り声を上げ、彼女の頭を前足で軽く数回叩いた。
「・・・・そ、そっか。「私達」でやるんだったっけ・・・・!」
まるで意思疎通ができているかのようなやり取りだ。
海羽と雷獣は会話する事ができるが、神楽坂達はその事を知らない。
それにさっきから狼が吠える声しか聞こえていなかった。
海羽はフラフラになった足を確りと地面に立たせる。
「・・・・・・・集中、集中・・・・。」
自然体のまま精神を集中させる。
この時、長緒が静かに合流していた。
以前に学んだ事を実行する。
体の中を自由に動きまわる球体、それを自分の中心へと移動させ維持する。
そしてその力を自分の中へ留める。
「・・・・・・どうやら精神統一はほぼマスターできたようだな。」
星龍の精神リンクにより、海羽の体から特殊な霊気が発生しているのがわかる。
前回のようなまるで激流のようだった霊気が今は小川のせせらぎのように静かに、そして確実に彼女の体を包み込んでいる。
「・・・・・せやな。あの短期間にようやってると思うで。」
四人は静かに海羽の背中を見守った。
海羽は更に出力を高める。
(・・・・このお姉ちゃん・・・・・人間の癖に凄い霊力・・・・。)
雷獣は彼女の霊力の高さに驚いた。
この強力な霊気が自分の力を回復させたのだ。
<・・・・・ガウッ!!>
雷獣は彼女に向かって吠えた。
「え?・・・・う、うんやってみる!」
神楽坂達には吠声しか聞こえないが、海羽は確りと理解できている。
再び集中する。
今度は精神統一して発生させた霊気を頭上へ持っていくイメージを浮かべる。
そう、発生させた霊気を雷獣へと送る為だ。
「・・・・霊気を頭へ?・・・・どうしようってんだ?」
神楽坂達は発生させた霊気を移動させる意味が分からない。
「海羽の能力系統を忘れたのか?」
彼女の能力は契約した召霊に己の霊気を与えて戦う召霊師だ。
「召霊師はその名の通り契約した式神等を呼び出し戦う術師です。
特徴としては術師の霊力を召霊にプラスさせる事ができる事ですね。」
「・・・・成るほど、自分の霊気を与えて召霊を強化できるって事か。・・・・・・・ん?」
神楽坂は何かに気が付いた。
海羽が持つ霊気は神楽坂や長緒とほぼ同等の力を持っている。
フと前で精神集中を行っている海羽を見た。
既に大量の霊気が頭上の雷獣に注がれ激しいプラズマを発生させていた。
海羽は精神を集中させ霊気を練る事ができるようになったが、問題はどこまで出力を上げるかだ。
他の三人も気づいたのか一筋の汗が頬を伝った。
「いっけぇ~っ!!」
出力が臨界に達し、海羽は目の前の巨大スライムに対して勢い良く指を差した。
「・・・・や、やべぇ!?」
雷獣から激しい閃光と雷鳴が発生し空を裂く稲妻が直接巨大スライムの体を貫いた。
と同時に高圧電流が巨大スライムの体中を走り回る。
高出力の電撃はスライムの体だけでは足らず、周囲にまで駆け巡る。
近くの建物のガラスが次々に割れ、グラウンドや通路の照明が破裂していく。
グラウンドを駆け抜けた電撃は微弱な放電を最後に地面へと流れて行った。
「・・・・・・くっ・・なんて威力だ。」
避難する間もなかった四人は、その場で激しい雷撃に耐えるしかなかった。
「・・・・皆大丈夫か?」
神楽坂は状況を確認する。
「・・・・・・海羽!」
前を見ると足をハの字にして地面に座り込んでいる海羽の姿があった。
四人は直ぐに彼女の元に駆け寄った。
「は、は・・はは・・・ど、どうですか?」
至近距離であの閃光と雷鳴を受けて目を回しながら長緒に聞いた。
どうやら無事だったようだ。
彼女の頭上にいた雷獣も消耗し舌を出しながら伏せている。
四人は前方の巨大スライムを見た。
今の所は変わった様子はない、だが先程の一撃は間違いなく効果があったはずだ。
「・・・・やったか?」
神楽坂は霊視を開始する星龍に問いかけた。
「・・・・・ちょい待ち。」
スライムの状態を解析し、リンク先へ情報を反映させる。
神楽坂達の視界に雷撃により粉々になったスライムの核の姿が映った。
「・・・・よしっ!」
思わず右手拳を作りガッツポーズをする。
「・・・・ですがまだ体を保っているようです・・・・。」
核を破壊されて尚巨大スライムはその姿を維持している。
五人に不安が広がるがそれは直ぐに消えた。
時間差だったが核を失い体を維持できなくなった巨大スライムはゆっくりとその体が液体へと戻りだす。
「わ、私達やったんですよね?」
あまり実感がないのか長緒に聞きなおした。
「ああ、よくやったな?」
長緒は彼女の頭に優しく手を置いた。
頭上にいた雷獣は彼の手を避けて肩へと移動していた。
「・・・・思えば随分とデカくなってやがったよな。」
改めて巨大スライムの巨大さを確認した。
一体どれくらいの水を蓄えていたのだろうか?
「プール何個分くらいでしょうか?」
蒼芭も体が崩壊していく巨大スライムを見ながら納刀する。
「・・・・・ん、10個分やな。」
「10個分!?」
星龍の言葉に苦笑った。
それほどの量があの巨大スライムを構成していたのだ。
今のところ崩壊は緩やかだがもし一気に決壊したら・・・?
「・・・・・・ここは危険だな。」
「お前ら逃げんぞっ!!」
「え!?・・・・え!?」
あたりをキョロキョロする海羽の腕を長緒は引っ張り避難するように促した。
「・・・・・そら、プール10個分の水が地上10数メートルで一気に決壊しよったらどうなるか。」
「悠長に分析している場合か!?」
蒼芭は星龍の襟を引っ張りつつ避難する。
五人はグラウンドから中央広場へと向かう。
その際に此方へ向かおうとしていた他のメンバーと合流する。
「皆どうしたの・・・・・!?」
星龍の力で巨大スライムを退治できた事は把握していた。
しかし、何故神楽坂達が慌てているのかまでは分からない。
「いいから!」
神楽坂は戸惑う天河の腕を引っ張って中央広場の更に奥へと誘導する。
「・・・・・親玉は倒したんじゃねぇのか?」
釣られて走る篠崎は蒼芭に状況を聞く。
「今は走れ!飲み込まれるぞ!」
飲み込まれる?一体何の事だろうか、篠崎はフとグラウンドの方を走りながら見た。
中央広場からでも十分に見ることができた巨大スライムの姿はもう見えない。
星龍の情報通り倒す事ができたようだが、何か音がする。
地鳴りだろうか、それは次第に大きくなっている気がした。
嫌な予感がする。
そう思った時だった。
「でぇえええええ!!?」
篠崎の目に映ったのは、まるで津波が押し寄せて来たかのような水流が迫ってくる光景だった。
「・・・・お前等!中央広場の丘まで走れっ!」
校舎外への外出は控えるように指示がでていたはずだが、数名の生徒達が外へ出ていた為警告する。
六学は校舎からグラウンドまでは緩やかな傾斜になっているので中央広場の丘から先が安全圏内だ。
外へ出ていた生徒達も慌てて中央広場の方へ走っていった。
そして・・・・・。
中央広場近辺まで押し寄せた波はゆっくりとグラウンドの方へと戻っていた。
「・・・・・・何とかなったようだな。」
引いていく水を見ながら周囲の確認をする。
まるで津波が去った後のような光景だった。
「うわっこれどうしたんだい・・・・?」
全速力で走り息が上がっているメンバーを尻目に後ろから上村が現れた。
「カ、カミさん今までどこ行ってたんだよ・・・・・・・。」
苦笑う一同。
「ご、ごめんなさいっ!私また皆に迷惑を・・・・・。」
海羽は皆に向かってふかぶかと一礼した。
雷獣が肩から背中、そして彼女の頭が下がったと同時に後頭部へと移動しお座りをしていた。
その眼光は鋭い。
「お前のせいではない、どの道こうなる事は避けられなかっただろう。」
確かに、海羽が倒さずとも何らかの方法で「核」を破壊すれば同じ結果だっただろう。
「・・・・ま、俺達除霊委員にとっちゃこんくらいの二次災害は何時もの事だぜ?」
「ちょ、ちょっと!?それで報告書やら生徒会に怒られるのは私なのよ・・・・・・!」
その言葉に天河が突っ込み、神楽坂は苦笑った。
「そ、そうですか・・・・・」
海羽も同じく苦笑っていると雷獣はまた彼女の頭上へとやってくる。
そして軽くジャンプすると稲妻に包まれ地面へと落雷する。
煙を上げる地中からは不思議な形をした結晶が現れた。
「え?拾うの・・・・・?」
やはり海羽は雷獣と意思疎通ができているようだ。
彼女はその結晶を拾い上げ手の平に乗せる。
すると軽いプラズマと共に結晶から雷獣が現れ、彼女の腕を伝い再度頭の上に伏せた。
「どうやら雷獣に認められたようだな。」
認められた?海羽はまだよく分かっていないようだ。
「今、その雷獣が地面の土を溶かし作り上げた結晶はお前を召霊師として認めたという証拠だ。」
蒼芭の言葉に手の平に載っている結晶に目線を落とした。
その結晶からは不思議な力が感じられる。
まだ足ふらつく海羽はまたその場に座った。
霊気の消耗が大きいのだろう。
そこに天河が彼女に手を差し伸べた。
「大丈夫?」
天河は優しく微笑んだ。
「は・・・はいっ!」
天河の手を取り立ち上がりながら海羽はある事を考えていた。
それは自分の霊能力を制御できるようになった頃から考え出した事である。
海羽は完全に立ち上がるまでに考えていた事を口に出した。
「あ、あの!私を除霊部・・・委員会へ入れてくださいっ!」
天河は意外な表情をした。
後ろでは例のごとく即答しようとした上村を制裁する神楽坂と蒼芭の姿が映っている。
「本当は私達から誘うつもりだったんだけどね?」
蒼芭の時を思い出す。
海羽の加入に反対する者は勿論いない。
天河もメンバーの顔を見てもう一度海羽の方を見た。
「よろしくね海羽さん?」
「は、はい!よろしくお願いしますっ!」
元気に返事をする海羽。
立ち上がるために繋いでいた天河との手は握手へと変わり、頭上の雷獣は遠吠えるのだった。