39:スライム
「・・・・・♪。」
午後になり、海羽は授業を受けていた。
彼女の両膝の上にはグラウンドで出会った狼が、ハンカチを布団代わりに寝ていた。
「力尽きた・・・のか・・・?」
「そうみてぇだな。」
長緒達は海羽の元へ駆け寄った。
「せ、せ、先輩!あ、あ、足が・・・!?」
緊張から解放された海羽は両足を震わせながらその場に座り込んだ。
天河は直ぐに彼女に歩み寄り怪我の具合を見た。
「・・・・・掠り傷一つないなんて凄いわね・・・・。」
制服が切り裂かれているのに傷一つない。
恐らくあの狼が本気を出していなかったのだろう。
桐嶋は彼女の面前で倒れている狼について質問する。
「・・・・・それで?その狼は何だ?」
「妖怪の類じゃねぇのは間違いないみてぇだがな・・・・。」
神楽坂達も現段階では何とも言えない。
ただ、悪霊や妖怪の類では無いという事だけは確かだ。
「・・・・・・・・・・。」
朝比奈はグランドに開いた穴を調べていた。
隅から持ってきた拳大の石を穴に落としてみる。
底に当たったと思われる音が聞こえるまで1秒程、短いが実際はかなりの深さがあった。
「すげぇな・・・・・・。」
驚きの声しか出てこない朝比奈だった。
長緒は倒れた狼を視ている。
感じられた神氣から神族であることは間違いない。
次に雷を自在に操った事、可能性があるのはたった一つ。
「・・・・雷獣だな。」
「雷獣ってのは妖怪じゃねぇか?」
神楽坂の言葉に天河も頷いた。
雷獣とは落雷とともに現れるといわれる日本の妖怪。
東日本を中心とする日本各地に伝説が残されており、江戸時代の随筆や近代の民俗資料にも名が多く見られる。
そう言うだろう、と予想していた長緒はゆっくりと説明し始めた。
「・・・・・正確に言うとその狼は雷神の一種だ。」
雷神ならば初めからそう言えば良いのではと思うが長緒は続ける。
「古来、雷神といえば「雷之神」の事を指していた。
それ以外の雷神は妖怪と同じ別の呼び名で呼ばれていた、「雷子」「雷龍」「雷獣」、平安時代末期に出現した妖怪「鵺」もそうだといわれているな。
そして神族であるはずの者も妖怪を指す雷獣という不名誉な名で呼ばれた。
神族の者は滅多に下界に現れず、悪さをするのは妖怪が多くを占めていたからそれは仕方がない事だろう。」
「さ、流石長緒君ね・・・・・。」
「神族なのに妖怪という意味の雷獣と呼ばれるたぁな、しかし動物の姿をしてりゃ無理もねぇ話か。」
一同の視線が雷獣に向けられる。
これからどうするべきか、放置する訳にもいかないだろう。
最低でも回復を待って自ら元の世界へ戻って貰う事がベストだろうか。
一同が考える中、海羽が名乗りを上げた。
「あの・・・・私に任せてもらえませんか・・・?」
少し緊張気味で一歩前にでる。
その様子が頼りなく見えたのか朝比奈が天河に言った。
「彼女・・・・大丈夫なのか?」
除霊委員でもない彼女が雷獣なんて生き物の看病をできるのだろうか。
天河も朝比奈に同意見ではあるが、決め兼ねていた。
確かに自分は長緒達のように霊能に詳しい訳でもない。
見た目は可愛い雷獣も、その危険性すら分からない。
だが海羽は、使命のようなものを感じる。
この雷獣の為に何かしなければならない、そういったものが彼女を動かしたのだった。
そして時は戻り1年7組。
神族である雷獣は依然意識が戻らず、海羽の両膝の上で寝ていた。
左手で優しく雷獣の体を撫でてやる。
柔らかい毛並みは彼女の指をスルリと抜けてゆく。
長緒達には十分に注意するよう念を押されていたが、この寝姿を見ると危険には見えない。
海羽はもう一度雷獣の体を撫でた。
雷獣はゆっくりと呼吸し、海羽が体を触るとピクリと反応する。
まるで子犬のようだ。
その様子がとても愛おしく、思わず笑みが出てきてしまう。
「か、可愛い・・・・・♪」
もう一度体を撫でようとした時だった。
放送部より除霊委員会出動の放送が入る。
放送に耳を傾けていると何故か自分も出動するように言われ、クラスメイトの視線が一気に此方へ向いた。
「え、え!?」
海羽はいきなりの事にうろたえる。
何故、除霊委員でもない自分が呼ばれたのか全く分からない。
どうすればいいのか周りをキョロキョロしていると担任の小笠原に兎に角向かうようにと促される。
海羽は慌ててハンカチで雷獣を包み、両手で胸に抱くようにして教室を飛び出した。
除霊委員達が到着した時には化学室で授業を行っていた生徒達と教師が廊下へと避難していた。
生徒達の間を通り、何が起こったのか教師に状況を聞いた。
「幸い誰も怪我してないみたいですね、先生皆に自分のクラスに戻るように指示をお願いします。」
まだ化学室内に悪霊妖怪が残っている可能性が高い。
早い所生徒達をクラスへ戻した方が無難だ。
教師は廊下で騒然となっている生徒達に自分のクラスへ戻るように指示する。
廊下の生徒がいなくなった事を確認し、化学室へと突入した。
先程聞いた教師の話では、実験中ビーカー内の水が突然、沸騰、混濁しまるで自分の意思があるかのように容器から溢れ流して台の排水溝へと消えていったという事だ。
「・・・・・・・・・・。」
神楽坂は室内の様子を伺う。
確かに微弱だが妖気を感じた。
「そのスライムみてーなのが発生したっていうビーカーはこれじゃねーか?」
篠崎が指差す実験用机にはアルコールランプや三脚、そして僅かだがゲル状の物が残っているビーカーが置いてあった。
容器には水を入れ沸騰させてからの実験との事なので水以外の液体が入っていた可能性はまず無い。
篠崎が見つけたビーカーで間違いないだろう。
「兎に角、霊視で詳しく調べた方がよさそうだ。星龍。」
「了解や!」
精神を集中させ、ゲル状の物質が付着したビーカーを中心に室内を霊視する。
「神眼」を持つ彼には足跡を辿る事など造作もない。
霊視は数分で終わった。
「どうだ?まだこの辺うろついてんのか?」
篠崎は腰に差した刀の鍔を左親指で押し上げる。
ヤル気まんまんだ。
だが星龍は両手を上にむけ肩をすごませた。
「先生がゆうとったやろ?「ビーカーから這い出て流し台の排水溝に流れた」
足跡を辿るのは簡単やったわ、その通り、もうこの辺にはスライムはおらへんで。」
どうやら既にこの場から移動していたようだ。
排水溝を通り下水へと流れてしまったのか。
それなら此方としても願ったりだが、星龍の言葉にその可能性も無くなった。
「残念やけど下水までは行っとらんな
途中で他んルート使って別の場所に移動しよったみたいだわ。」
「さすがスライムだねぇ。」
「・・・・・・行き先は分かるか?」
行き先が分かれば先回りをすることが可能だ。
学園に被害がでる前に仕留める事に越した事は無い。
「面倒な事にまだ学園内の配水管ん中に潜んどるようや。」
「つまり篭ってるっつー訳か。めんどくせーな。」
「・・・・・相手の出方を待つしかないって事ね・・・・。」
相手が配管内に篭っている以上此方からは手は出せない。
天河の言う通り敵が動くのをただ待つしか手はないようだ。
此れからの対応を考えていると、一人の女子生徒が室内にいる神楽坂達に話掛けてきた。
生徒は雷獣を抱いた海羽紅葉だった。
「そういや彼女も出るようにしてたんだったな。」
霊障に気がいっていて、今になって思い出す。
「あ、あの放送で呼び出されたんですけど・・・・・。」
「ええ、ちょっと心配だったから出動のついでに来てもらったの。詳しい話は委員会室でしましょう?」
対策会議をする為に神楽坂達と海羽は一旦、委員会室へ向かった。
除霊委員達が移動しているなか、生徒会に一人の来訪者が訪れていた。
「40年前の余波があの女子の力との相乗効果で予想よりも早く影響し始めるとはな・・・・。」
会長席に座った雹牙は小雨が降り続けるグラウンドを見た後、天井を向いて瞑想する。
「ちょっと?この私がわざわざ来てやっているっていうのに随分な対応ね。」
会長机の前で腕を組んだ女子生徒が背中を向ける雹牙を睨んだ。
「・・・・・・・・・・。」
雹牙は無言でゆっくりと目を開き、回転椅子を180°回して女子生徒の方に向いた。
「言っておくけどアレを貴方に渡すつもりは全くないわよ?」
「・・・・・分かっている。」
委員会室に到着して直ぐに天河は蒼芭にホワイトボードを持ってくるようにお願いする。
各自、自分専用のパイプ椅子に座りホワイトボードに体を向けた。
訳も分からないまま海羽も適当な席に付く。
「ほい、折角来てもらったんだしね。」
上村は客である海羽に茶を入れて目の前に出してやった。
どうみても下心見え見えだ。
「あ、ありがとうございますっ」
海羽は雷獣を両膝に寝かせて一礼し、ホワイトボードを見た。
「・・・・・・とにかく、まずはどうやってスライムを配管から引っ張り出すか。」
まずはどこかの配管に身を潜めるスライムをどうにかして引っ張り出す事が先決だ。
長緒の意見に一同が頷く。
とはいえ配管の中のスライムを追い出す方法があるのだろうか。
「・・・・・・このまま出てこなかったらどうすんの?」
「徹夜は勘弁だぜ・・・・・」
妖蜘蛛の事が思い返され苦笑いが出てくる。
「・・・・・・徹夜で済めばいいがな。」
「一日で出てくるっつー保障はねぇよな・・・・・。」
「何とかスライムを配管から追い出す方法を考えないといけないわね・・・・・。」
その前にスライムとは一体なんなのだろうか。
相手の事を分析せずに考えても仕方がないと長緒は席を立ち、ホワイトボード用ペンを取り書き出した。
「敵を知れば何か手立ての一つでも思いつくかもしれないな
今回の敵は「スライム」妖怪とも魔族とも言われている。体が半液体のゲル状である事が特徴だ。」
「ゲームに良く出てくるスライムは雑魚なんだけどな。」
「シノケ、本物のスライムはそう簡単といかへんで。」
星龍は思わず突っ込みをいれた。
「スライムは体を酸性に変え獲物を取り込み、溶解させ栄養なり魂を摂取する。」
淡々とホワイトボードに書き込んでいく。
「はい!長緒教授質問です!」
おもむろに上村が手を上げた。
長緒も満更ではないようで上村を指差した。
「女の子がスライムに取り込まれたらやっぱり服がまず溶け・・・・ぶっ!?」
「安心しろ。まずは貴様を食わせてからスライムもろとも吹き飛ばしてやるっ!!」
蒼芭が鞘に納めたままの神刀で上村の後頭部を一撃。
「カミさん相変わらずフルスロットルじゃねーか。」
苦笑う一同だった。
「・・・・続けるぞ、特性としては体が半液体のゲル状。周囲の液体を取り込み体を大きくさせる習性があり、例え体が千切れ様ともその欠片は一個体のスライムとして活動を始める。
つまり切断すればするほどスライムの数が増えるだけという事だな。」
「・・・・・スライムは自分の体を大きくさせる為に外に出てくる可能性があるってこと?」
「しかし、元々排水を流すための配管です、わざわざリスクを犯してまで外に出てくるでしょうか?」
蒼芭の言葉で一つ重大な事に気が付いた。
「ちょっと待て!配管内で体を巨大化させる事ができるっつー事は・・・・・。」
「・・・・普通に考えて学園がぶっ壊れちまうな。」
学園内で使われる水等が排水として流れると、配管に潜んでいるスライムを巨大化させてしまうという事になる。
これはかなり不味い。
このままでは巨大化するスライムに配管が耐える事ができずに破裂、最悪は建物をも破壊してしまう可能性があった。
とにかくスライムに流れ込む排水を止めなければならない。
しかし学園内の配管は網のように張り巡らされている。
「・・・・・・駄目や、学園のどこを使こうてもスライムの配管に流れてまう。」
「水道全てがその配管に流れ込んでしまうのであれば
いっその事学園内すべての水道を止める事ができればいいのではないでしょうか?」
どうせスライムがいる配管へ流れてしまうのならば、全ての水道を使用しなければいい。
しかしそんな大々的な事は除霊委員会だけの権限で行う事は難しい。
「・・・・・う~ん確かに佐由里ちゃんの言う通り効果的だろうけど
流石に私達の権限でそこまではできそうにないわね。」
「それ以外手はないだろう、生徒会に協力してもらうしかないな。」
「・・・・・・そうしたほうがええやろうな、この間にもスライムは大きくなっていってるで。」
「お前!早くそれ言えよな!」
生徒会の協力により、除霊が終わるまでの間トイレ以外の水道は使用禁止となった。
「ご協力ありがとうございます桐嶋先輩。」
「放送部にも校内放送を流すよう言っておいた、心配無用だ。」
両腕を組みながら長鉢巻を靡かせる桐嶋に天河は一礼をする。
暫くすると風特機隊員が朝比奈に耳打ちする。
何か問題が起こったようだ。
「やれやれ、5時限目も出れそうにねぇな。
大将、第一体育館で乱闘だ。他クラスの生徒の顔面にボールをぶつけちまった事が発端のようだ。」
親指を立てて後方の体育館を指した。
それにしても乱闘とは穏やかではない。
朝比奈の報告を聞くと桐嶋の目が一瞬輝いたように見えたが直ぐに踵を返し隊員に号令。
第一体育館へと向かっていった。
因みにその日の放課後、全ての保健室は乱闘騒ぎを起こしてた生徒達で満員となったのだった。
「ら、乱闘って・・・・・・」
「・・・・まっ、どこの学校にも不良グループの一つや二つあるもんだぜ?」
篠崎は刀を肩に担いで第一体育館を見据えた。
「・・・・・シノケも加わりたいんとちゃうか?」
「うんうん・・・・なんせ中坊んとき神楽坂先輩と大喧嘩したくらいだしね~。」
「う、うっせ!ガキん時の話だろうが!おら和スライムの動きはどーなってんだ!?」
篠崎は気まずそうに星龍をつれてグラウンドの方へと行ってしまった。
「神楽坂君、それ本当なの?」
「似た者同士だからねぇ、あの時は一食触発だったよ。
寧ろシノケの方が先輩につっかかってたっけかな?」
上村は神楽坂の方を見やった。
自分の方を見られても困るといった表情を浮かべるしかない。
「・・・・・ま、まぁ色々あったんだよ。」
苦笑いながら上村に鉄拳。
そして前を歩く篠崎の尻に蹴りを入れ星龍の後頭部を平手で叩きにいった。
余計な事言ってんじゃねぇと言っているようだ。
「い、いたひTOT」
「はぁ・・・・・福岡に来てまで問題を起こしていたとは・・・・・」
蒼芭は思わず額に手を当てて篠崎達の後ろを追うように歩き出した。
「・・・・・・・・・。」
苦笑うしかない天河と海羽。
丁度長緒と三人になったところでアノ件の話をする事にした。
スライムが次の動きを取るまで時間がかかるだろうと踏んでの事だった。
「・・・・あれからどう?」
海羽の胸の中で眠る雷獣を見る。
どうやら昼間見た時より状態が良くなっているようだ。
「は、はい大人しく寝てくれてます!」
左手でゆっくりと雷獣の頭を撫でてやる。
まるで雷獣の母親のようだ。
これなら回復は早そうだが、問題は何時になったら目を覚ますかだ。
「・・・・・神氣が回復すれば自然と目を覚ますだろうが、こればっかりは俺にも分からない。
だが海羽に任せても問題はなさそうだな。」
長緒の言葉に天河も同意見だった。
それともう一つ天河は彼女に言う事があったが、それを言う前に蒼芭に呼ばれた。
「動きがあったの?」
蒼芭達の下に駆け寄る。
星龍は学園を霊視しながら言った。
「とうとう動き始めよったで!」
学園内を霊視する星龍の視界には建物が全て透過し、建物内に張り巡らされた配管のみが半透明となっている。
そして目標であるスライムだけがそのままの状態で映っていた。
水のみを取り込んでいるために半透明の体に赤と黒色の核らしきものが浮遊している。
水道水の使用を制限したお陰で、液体を取り込む事ができなくなり動きだしたのだ。
「で、でで!?どうなん!?学園に出てきそうなのかい!?♪」
「はぁ・・・・・ほら出てきているぞ、お前の足元にな。」
「ちょここじゃなくてそっちそっち!!」
思わず蒼芭を指差し、上村の血の気が引いた。
学園に上村の断末魔が空しく響くのだった。
「さ、さて気を取り直して星龍君、スライムの動きはどう?」
「・・・・・このままやったら下水に行きそうやな・・・・・。」
下水に流れてしまえば学園に影響はない。
だが下水には当然大量の排水が流れている。
もし下水に流れてしまい、そこで巨大化してしまったらどうなるか。
「ん?何かそれもマズくねーか?」
よくよく考えると下水で巨大化されれば学園の地盤ごと崩れてしまう可能性がある。
下水の水は際限無く流れてくるからだ。
「・・・・・・・どうやら下水にすら流れてもらう訳にもいかないようだな。」
しかしスライムを誘導する手段が見つからない。
「・・・・・最悪下水は勘弁だ」
神楽坂は苦笑いを浮かべる。
「・・・・・!」
また雨が降り始めた。
一同雨を避けるために校舎側へと移動し曇り空を見上げた。
「こんな時に雨かよ、うぜぇな・・・・・」
「梅雨も近いんだ、仕方ないだろう。」
雨脚は次第に強くなっていく。
梅雨には入っていないが季節的にも雨が多くなっていく事は仕方がない。
まだどう対応するかすら決まってない中のこの雨は確実にメンバーの士気を奪っていく。
その時だった。
突然、星龍が叫ぶ。
その様子に一同が注目した。
「どうした!?」
「スライムや!やっこさんこの雨に気づいて配管内伝って外に出てきよるでっ!」
「どこ!?」
星龍が指差した場所はグラウンドだった。
傘も差さずに海羽以外のメンバーがグラウンドの前に駆け込んできた。
確かに星龍の言う通り微弱だが魔力がこの周囲、寧ろ地面から滲み出てきていた。
「間違いねーようだが、どこだ和!」
篠崎は腰に差した神刀の鍔を左親指で押し上げ抜刀体勢になる。
グラウンドで間違いないが肝心のスライムの姿がまだ見えない。
恐らくまだ配管内から出てきていないのだろう。
各自戦闘態勢を取った。
グラウンドには雨の音以外聞こえず、振り続ける雨は制服を肩から濡らしていく。
「スライムには体内に「核」があるはずだ、それだけを狙え。」
長緒は黒い革手袋をはめ構える。
「それ以外の場所は効果がないって訳だな!」
神楽坂が再確認する。
狙うはスライム体内の「核」
ここさえ破壊してしまえばスライムはその体を維持する事ができずに消滅してしまう。
だがそれ以外の場所は効果が無く、さらに切断しようものならそこから新しい「核」が形成され結果的に敵を増やす事になる。
「来るで!?」
前方のグラウンドを見据える。
各自、体に力を入れ何時でも飛び出せる状態を作った。
早期決着をつけなければ面倒な事になると皆感じていた。
しかし、数分たっても一向に姿を見せない。
「和、どーなってんだ?」
篠崎は臨戦態勢のまま隣の星龍に問いかけた。
星龍によると間違いなく今地上に出てきているらしいがまったく姿が見えない。
「・・・・・・あ、あかん!?」
霊視を続けていた星龍が何かに気づき、グラウンドへ降りる石段手前まで足を進める。
「な・・・・なんだアレは・・・・!?」
蒼芭が叫ぶ方向に一同視線を向けた。
グラウンド中央付近に何かが盛り上がっている。
昨日までは確かにあんな地面が盛り上がったような部分はなかった。
しかもその隆起は高さ5m、直径20m程のものだ。
長緒は近くの排水溝を見てみる。
「・・・・・・・雨水が流れていない・・・・・!」
この雨の中、雨水を下水に流す為の水路に流れ込んでいて当然だ。
だが、その雨水が全く流れていない。
ふと顔を前方に向けると篠崎と神楽坂がグランド中央へ向かおうとしていた。
「二人共そっから動いたらあかん!」
石段を降り、グラウンドに足をつけ様とした瞬間に神楽坂と篠崎は動きを止め、踏み込もうとしていた足を石段に戻した。
「光志!・・・・地面を見ろ!」
「・・・・・・こいつは・・・・。」
土の地面の表面を薄い半透明なフィルターがまるで波のように揺れていた。
微かに魔力も感じられる。
「せ、先輩こいつは・・・・・スライムだぜ!」
二人は慌てて二段、三段と石段を上り距離を取る。
半透明なフィルターはグラウンド全体に広がっていた。
「ふ、二人共戻って・・・・・!?」
何故か空を見上げる天河。
いや天河だけではない、全員が空を見上げている。
神楽坂と篠崎が空を見るとそこには高さ20m以上まで巨大化したスライムの頭が映っていたのだった。