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38:雷狼



 昼休みになり昼食を終えた長緒は図書室である調べ物をしていた。

 調べ物とは「反魂の器」で、行きつけの古本屋等から古い文献を買う等して独自に調べていたのだ。



「・・・・「器を手に入れる者は全てに生を与え、全てに死を与える。」・・・・か。」


 今まで調べた中で必ずと言っていいほどの確率で記述されている一文。

 この言葉は何を意味するのか、生物に命を吹き込み、また奪う事もできると言う事なのだろうか。


 静かな図書室に雨音が聞こえてきた。

 ふと横を見ると何時の間にか女子生徒達が置いていったラブレターらしき便箋が山の様に積み上げられている。


 毎回、時間がある時には女子生徒から手紙等を渡されるのだが捨てる訳にもいかず、長緒はどうしたものか、とこめかみを軽く掻いた。


 お陰で昼休みの静かな時間は女子生徒達の黄色い声で台無しになっている事実。

 場所を変えざるを得ないなと考えていた時、後方の本棚の隙間から視線を感じた。


 長緒はやれやれといった表情でその視線に声を掛ける。



「・・・・隠れてないで出てきたらどうだ?」


 突然声を掛けられ、本棚の置くから「はいっ!」と声が聞こえ、ある生徒が姿を現した。


 その生徒は海羽紅葉だった。

 彼女はもじもじしながら長緒の前に出てくる。

 長緒はとりあえず近くの席に座るように促し、彼女はちょこんとパイプ椅子に座った。


 その瞬間周りにいた生徒達、特に女子生徒達がざわめきだした。

 それもそのはず、長緒が特定の女子に隣の席を勧めたなど前代未聞だ。



「あの・・・その・・・ご迷惑ですか・・・?」


 周囲の騒ぎに気づき、申し訳なさそうな声で直ぐ隣の長緒に問いかけた。

 長緒は書物に目を通しつつ「気にする事はない。」とだけ言った。


「は、はい・・・・。」


 気にするなと言われても周囲の視線が気になって落ち着かない。


「・・・・あれからどうなった?少しは自分で制御できるようになったか?」


 視線は手元の書類から変えずに海羽に話かける。

 長緒なりに彼女のその後が気になっているのだろう。


「は、はい!まだ思うようには・・・・ですけど変な現象はあれから起こってません♪」


 精一杯の笑みを長緒に見せる。


「・・・・そうか。」


 元気な声に長緒は思わずその体勢のまま微笑んだ。

 と、その時だった。



「きゃ!?」


 突然、雷鳴が轟いた。

 余りの近さに周りの生徒達も騒然となる。

 数秒の停電の後、激しい豪雨が襲う。


 流石の長緒も顔をあげ窓の外を見ると空は雷雲で真っ黒になっていた。


「・・・・大丈夫か?」


 思わず座席で体操座りで頭を抱える海羽に声を掛ける。

 遠くで雷が鳴るなら分かるが、こうも近くでは無理もない。


「だ、大丈夫です・・・・・・。」


 この時、海羽は何かを感じた。

 それが何なのか見当もつかないのだが以前自分を襲った悪霊達がもつ邪悪な感じではない。

 何か、真逆の、清らかな、言葉にできない感じを一瞬だったが感じた。


(・・・・なんだったんだろう?)


 長緒も気づいてはいないようだ。

 海羽はただ雷鳴が続く漆黒の空を室内から見上げた。






「・・・・・・・・・・。」


 昨日感じたあの感覚が気になって仕方がない海羽は、今日も雨が降り続ける空を眺めていた。


(もしかしてまた・・・・・)


 前回、グラウンドで悪霊妖怪の大群に襲われた事を思い出し一瞬体が震えた。

 しかし、昨日図書館で感じたソレは邪悪な感じでは無く、寧ろ逆のようなモノを感じた。


 アレは何だったのか、長緒に相談したほうがいいのか考えていた時だった。


 突然、動物の唸り声が海羽の頭に響き室内を見回した。


(犬?・・・・迷い込んできたのかな?)


 学園に野良犬が迷い込み、教室の中にまでやってくる事は稀にある事だ。

 海羽もそう思ったが、自分以外の生徒が気付いた様子は無かった。


「私だけにしか聞こえてない・・・・・・?」


 聞こえてきた方向は窓の外だ。

 窓側の席だった自分に偶然聞こえたのだろうと少し腰を浮かせて窓の下を覗いてみた。


(やっぱりいないみたい・・・・・・。)


 下には動物どころか人もいない。

 そのままの体勢で考えていると教壇の小笠原から注意を受けた。


「は、はい!すいません!」


 海羽は慌てて姿勢を正し、黒板に向きつつも今の鳴き声は何だったのか疑問に思うのだった。





 雨は次第に激しさを増し、時折雷も鳴り始めた。

 昼休みになり図書室には常連の長緒の他に神楽坂と天河、そして海羽の姿があった。


 神楽坂と天河は長緒達とは少し離れ、書類の作成をしている。

 長緒は何時も通り古い書物に目を通しながら海羽の相談を聞いていた。



「・・・・昨日の落雷時に不思議な力を感じた・・・・か。」


 長緒は書物に眼を通しながら昨日の出来事を思い出した。

 学園の近くに落雷し、数秒間停電になったあの時だ。


 あの時特別な力を感じた覚えはない。

 しかし彼女が嘘を付いているようにも見えなかった。


「・・・・勘違いではないのか?」


「違います!確かに感じたんですっ!それと授業中に犬のような声も聞こえました!」


 海羽は真剣な表情で長緒を見た。

 その様子から勘違いでもなさそうだ。

 長緒は昨日何も感じなかった事が気になった。





 一方、神楽坂と天河は少し離れた場所で書類の作成に勤しんでいた。

 その書類は霊銃を使用する事による生徒会への使用許可を申請する為である。


 除霊部は効率的に霊能力を使えるように使用できる武具類は個人の自由となっている。

 原則自由だが、必ず生徒会に報告しなければならない決まりがあった。


 それと序に今朝破壊したフェンスの始末書も書かされていた。



「・・・・面倒・・・くせぇ・・・・」


 神楽坂は思わず書類があるテーブルに突っ伏せた。

 霊銃の申請書はまだいいのだが、フェンスを破壊した始末書の書式が面倒だった。

 フェンスを壊したまでの過程を詳細に決められた文体で書き、図面を入れなくてはならない。


「・・・・次から気をつければいいだけじゃねぇのか?」


 向かいに座る天河に愚痴をこぼした。


「駄目です。あまつさえ使用許可が下りていない除霊道具で学園の設備を壊したんだから。」


 両腕を組んで神楽坂を戒めた。


「・・・・・・・。」



 彼女の表情は真剣で見逃してはくれそうにない。

 神楽坂は先に霊銃の使用申請書を書くことにした。


 朝、佐久間から聞いた話で霊銃の詳細を知る事ができた。

 軍にも採用されている中型自動拳銃で実弾から霊弾までを発射する事ができる。


 佐久間から貰ったこの銃は、霊弾を撃つ事に特化させたモデルで二通りの使い方がある。

 一つは霊気が込められた霊弾、実弾と同じ使用法だ。

 そしてもう一つが充霊弾倉と呼ばれる、霊気を充填させたマガジンを装填し、霊気の弾丸を撃ち出す方法だ。


 弾倉に霊気を充填させる充霊弾は弾倉で出力を調整、また弾倉が空になってもグリップから取り出す必要はなくグリップの上から充霊させる事ができる。

 これは弾薬を気にする必要が無くなり、また銃を構えたまま霊気を充填する事ができるという利点がある。

 銃身の下にはマウントされたフラッシュライトが装備されている。

 これはバッテリーではなく、使用者の霊気を電力に変換させている為バッテリー切れの心配もない。

 戦闘下を想定した精錬された銃と言えるだろう。


「・・・・・・・。」


 こんな銃を普通に所持していた佐久間。

 神楽坂は苦笑いながらボールペンを走らせた。


「・・・・・・使用許可下りるのかしら・・・・」


 天河も苦笑う。

 神楽坂の説明を聞く限り、どう見ても民間人が使うような代物ではなかった。





「・・・・犬のような唸り声・・・教室内に迷い込んできたという訳ではないんだな?」


 長緒は本を閉じて海羽との会話に集中する。

 彼女の話では悪霊や妖怪の感じでは無いらしい。

 邪悪と逆となれば神族かとも考えたが、神がそう簡単に人間の世界に現れるとは思えない。


 もし、そうだとしたら長緒もあの時気付いていたはずだ。


「ほ、本当なんです~。」


 勿論、彼女を疑ってはいない。

 

 考えていると海羽は窓から雷雨の空を見上げていた。


「・・・・・・その感じか?」


「は、はい!昨日よりも強くなってる感じ・・・です・・・・。」


 長緒も彼女と共に暗い空を見た。

 昨日感じた力を今感じているらしいが、やはり長緒には何も感じられない。


 念の為に窓の外を見てみるが動物がいる気配はなさそうだ。

 長緒は離れに座っていた神楽坂と天河を呼び寄せる。


「どうしたんだ?健ちゃん。」


 二人揃って空を見ている状況に神楽坂は疑問に思う。


「・・・・何か感じないか?」


 神楽坂と天河は周囲の霊気を探ったが特に変わった感じは無かった。


「・・・・・・特に異常はなさそうだけど?」


「・・・・あ、ああ。」


 神楽坂も同意見だった。

 しかし海羽は何かを感じ取っている。

 雨は更に激しさを増し、雷もだんだんと学園に近づいていた。


「・・・・昨日からすげぇ雨だな・・・・。」


 その時だった。





「!!!?」


 激しい雷鳴、震動と共に図書室の照明が全て消えた。

 今回は昨日と違って直ぐに電力が戻る事はない。


 昨日も落雷したが、今回のはかなり至近距離で図書室内は騒然となった。



「皆大丈夫か!?」


 神楽坂は他の生徒達に声を掛ける。


「凄い音・・・・・。」


「あぁ、まるで爆弾でも落ちてきたような音だったな・・・・・。」


 外はまだゴロゴロと雷鳴が続いていた。



「・・・・どうした?」


「・・・・行かなきゃ・・・・。」


 海羽は立ち上がり何かに呼ばれているかのようにグラウンドへ走って行った。




「今の雷グラウンドに落ちたみてーだぜ!!」


 廊下にいた男子生徒が室内にいた友人に話かける声が聞こえた。


「・・・・まさか・・・感じていた力は雷なのか・・・・?」


 グラウンドを見ていた海羽の様子から、雷自体に何かがある、と感じた長緒は立ち上がった。

 長緒達は彼女を追って雷が落ちたグラウンドへ向かった。





 傘を差した長緒達がグラウンドに到着した時には風特機が現場を押さえていた。


「まだ危ねぇぞ、さがってろ・・・・ってお前らか。」


 背後の気配に気づいた朝比奈が此方を振り返る。


「先輩等が来てるっつー事はただ事じゃねぇってことか?」


 朝比奈の前には一人だけ傘を差さずに両腕を組む桐嶋が立っていた。


「天河、丁度いい、コレはなんだ・・・・?」


 桐嶋は天河を呼び寄せ自分の目の前にある状況を見せた。

 それはまるで隕石が落ちたような大きなクレーターが出来ていた。

 直径は5m程だろうか、深さは分からないが穴からは白い煙が上がっている。


「え・・・・何だと言われても・・・・・。」


 彼女にも分かるはずがなかった。


「とりあえず、陸上部のハードルで囲って立ち入り禁止にでもしておくか?」


「・・・・そうだな。」


 深さを確認する為に中腰になる。


「・・・・!?」


 底から気配を感じたのか桐嶋はバックステップでその場を離れた。

 同時に激しい雷撃が空に向かって放電される。



「大将!?」


 もう少し反応が遅かったら今の雷撃を受けていただろう。

 正に紙一重だった。


「・・・・・中に何かいるぞ!総員後退しろ!」


 桐嶋は周囲にいる全員に後退指示を出す。



「・・・・・・神氣。」


 今の雷撃から神氣が感じられた。

 神氣とは神族が持つ力の事で「神通力じんつうりき」とも言われるものだ。



「神氣?なんだそれは?悪霊やらの類か?」


「それらとは正反対の存在です。

 ですが神族が人間界に降りてくるなんて滅多にありません・・・・。」


「滅多に無い事が起こったってだけだろ?」


 神楽坂は右手には既に破砕魂を持ち、何時でも霊刃を発生できるようにしていた。


 穴からはまだ微弱な放電が続き、迂闊に近寄る事すら困難だ。

 まるで自分達にこれ以上近づくなと警告しているかのように。



「・・・・・・・。」


 危険な状態が続いている状況で海羽は穴に向かって足を進めた。


「ば、馬鹿野郎!帯電してるのが分からねぇのか!?天河!あの女子は除霊部の人間か!?」


 朝比奈の静止を聞かずに海羽は更に足を進める。


 流石にこれ以上は危険だ。

 朝比奈は慌てて彼女を引き戻そうとすると、穴から激しい雷撃と神氣が嵐のように吹き荒れた。


「な、何だっ!?」


「とりあえず悪霊じゃねぇがこの神氣、先輩等じゃ危険だ!いいから下がってろ!」


「・・・・・・。」


 神楽坂の言葉に桐嶋は両腕を組んで目を閉じた。


「・・・・・・分かった。だが無茶はするなよ。」


 霊能力が無い自分達が此処にいても足手まといにしかならない。

 そう判断した桐嶋は朝比奈と共に後退した。


 神氣は更に吹き荒れ、稲妻は穴の中から外へ放射状に走っていく。


「海羽さん!早く下がって!」


 吹き荒れる神氣よりも稲妻が危険だ。

 天河の言葉にも海羽はその場から一歩も動こうとしなかった。


 稲妻は所構わずに放電されているようだが、ギリギリの所で海羽だけを避けている。

 直撃さえしないものの雷撃で彼女の制服が所々破けはじめた。

 恐らく此れが最後の警告なのだろう。


 海羽の真意は分からないがこのままにして置くわけにもいかない。

 長緒は無理やりにでも彼女を引き連れようとした時、ついに穴の中にいたモノが姿を現した。


「!!?」


 激しい稲妻と共に動物のような物体が穴から飛び出してくる。

 この強大な神氣と稲妻、誰もが凶暴な姿を想像していたのだが。


 出てきたのは全長30cm程の小さな動物だった。

 見た目は犬というより狼に近い、黒い体毛に雷を連想させる筋が無数に走っている。


<・・・・・グルルルル。>


 狼は鋭い爪を地面に刺し、威嚇の構えを見せ稲妻を発しながら唸り声をあげた。

 見た目は小さいがやはりその力は侮れない。


 海羽は狼の鋭い目を見つめ、狼も彼女の目を鋭い眼光で睨む。

 狼の体には無数の傷があり海羽達を敵だと思い込んでいるようだ。


 そして疲労が限界を超えたのか、放電が止まり狼は横になるように倒れるのだった。




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