36:武神vs魔神
消灯時間になり、部屋の明かりが1階の管理人室以外消えた六学女子寮。
天河や長沢も明日に備え就寝している中、窓の外から数回軽いノックが聞こえた。
こんな夜更けに一体何者なのか、自ら存在を知らせるということは強盗といった類ではなさそうだ。
数回ノックの後、静かに窓が開いた。
「・・・・・こんな夜更けに乙女の部屋を訪ねるなんて何考えてんのよ。」
窓から寝巻き姿の長沢が欠伸をしながら姿を見せた。
「・・・・俺が来る事は分かっていたはずだろ、それとコイツもな。」
寮内にある大木の枝に中腰になっている朝倉は右肩を長沢に見せた。
「か、神楽坂君!?」
朝倉の右肩には神楽坂が意識を失いぐったりとしたまま肩に担がれていた。
長沢は驚いたが直ぐに冷静になった。
「・・・・・ま、雰囲気よ雰囲気、ほら誰かに見られる前に入っちゃって。」
神楽坂を担いだ朝倉は彼女達の部屋へと入っていった。
「・・・・・よりによってあのテンジンとタイマン張るなんて無茶するわね・・・」
神楽坂を寝かせる為の場所を探すが自分のベッドか天河のベッドの二択しかない。
長沢はまだ寝ている天河を隅に追いやり、人一人が入れるスペースを作る。
朝倉は乱暴にそのスペースに神楽坂を投げ込んだ。
と、同時に神楽坂のポケットから携帯が滑り落ちた。
「な、な、なにっ!?」
天河はその衝撃に地震でも起きたのかと飛び起きると長沢と目が合った。
「おっはー♪」
指でOKをしたあと人差し指と親指を離す仕草をした。
天河は一体何が起こっているのか把握できずにいたが、右手が何かに当たりそれを見ると何故か自分のベットに倒れている神楽坂、そして長沢の椅子に座り足を組んでいる朝倉の姿が映り更に驚いた。
「な、なんでここに神楽坂君が!?それに朝倉君も!?」
自分達の部屋に神楽坂と朝倉がいる事で更に混乱する。
余り騒がれると困るので長沢は彼女を落ち着かせた。
「奴との戦闘で負ったダメージ依然に、中途半端に覚醒した際の消耗の方が激しい。
天河、体に負荷の掛からない治療術を掛けてやれ。」
朝倉は長沢からジュースを受け取るとゆっくりと口に運んだ。
戦闘で負った?
天河は仰向けで横になっている神楽坂を良く見た。
大きな怪我は見られないが異常なまでに霊気と霊力、そして体力が著しく低下している。
「なに・・・これ!?」
神楽坂の状態に気付いた天河は慌ててベッドから出て改めて診た。
衣服はボロボロになっているが致命的になるような外傷は見られない。
天河は神楽坂の胸部に右手を乗せる、やはり霊気、霊力、体力の三つが生命維持最低ラインすれすれまで下がっていた。
このままだと神楽坂の命が危ない状態にまでなっていた。
天河は直ぐに心霊治療を行うために精神を集中させる。
通常のヒーリングは被術者が持つ本来の治癒能力を活性させる為に同等のエネルギーつまり体力が必要となる。
だが今の神楽坂の場合、体力が危険なレベルまで下がっている状態でのヒーリングは逆効果になってしまうのだ。
「通常のヒーリングじゃ逆効果ね。」
「うん。」
天河が焦らないように長沢がアドバイスをした。
彼女の返事に焦りといったものはないようで長沢は安心する。
常に首から提げている聖架ロザルヘルムを左手で持ち、右手は神楽坂の胸に置いたまま両目を閉じ聖書の一文を小さく詠む。
すると天河の体から発生する霊気が眩い光を放ちだした。
静かに見ていた朝倉はその聖なる光が苦手なのか左手で遮りつつ顔を背けた。
天河は焦る事無く大量の霊気を自分の周囲に留める。
中途半端な術は神楽坂にどんな影響を与えるか分からない。
「・・・・・・・・・・。」
術の完成までもう少し。
長沢も朝倉も彼女を見守る。
部屋の中は光で満ち溢れなんだか暖かさをも感じる。
ここで天河は両手を自分の前で祈りを捧げるように組んだ。
(あともう少し・・・・・。)
更に霊気の出力を上げる。
そして組んだ手を離し両手を神楽坂の胸に押し当てた。
「・・・・・・リザレクション・・・・!!」
その言葉と同時に周囲に留めていた霊気が天河の体から腕、手に伝わり神楽坂の胸へ一気に入り込んだ。
室内だけが真昼間になったかのような光が発生し、天河の霊気が神楽坂へ流れ込む間続いた。
霊気を神楽坂に送る中、天河は異変に気づいた。
それは体力が回復する様子が見られない事である。
「・・・・ど、どうしたの?」
「・・・・か、回復させてるはずなんだけど、ある一定量から回復する兆しが・・・・。」
こんな状況は初めてだ。
流石の天河も動揺を隠せない。
しかしここで術を止める訳にはいかない、天河は自分ができる精一杯の力で霊気を押し込んだ。
溢れる光が除所に消えてゆく。
後は神楽坂自身の生命力次第だ。
「・・・・どう?」
「分からない・・・・ちゃんとやったはずなのに・・・・。」
天河は思わず自分の手を見る。
「リザレクション」はヒーリングの上位に当たる神聖術で被術者の体力を消耗させる事なく回復させる事ができる術で、天河は最近習得したのだが神楽坂には何故か効果が得られなかった。
「・・・・・何か、制限か何かが魂に掛けられているのだろうな。」
顔を背けていた朝倉は光が治まった事を確認し此方を向いた。
「制限・・・・・。」
もう一度神楽坂の胸に右手を置いて状態を確認する。
確かに完全に回復はしていないものの安定はしている、いわばアイドリングの状態だ。
低レベルでの安定は少し心配な為、毛布を掛けて少し様子を見ることにした。
「・・・・とりあえずは一安心ね、んで?どうだったの?」
長沢は朝倉に向かって指で何かを渡すようにジェスチャーした。
朝倉も彼女の言いたい事が分かったのか一張羅のロングコートを脱いで手渡した。
先の戦いで破れた部分を補修する為に脱がせたようだ。
「・・・・・テンジンには逃げられた。」
「それって・・・・・!?」
天河は驚きの声を上げた。
その様子から彼女もその魔族の事は知っているようだ。
「・・・・それとタイマン張る神楽坂君も半端ないわねぇ・・・・。」
長沢は改めて呆れるのだった。
「見つけたぞ・・・・・・テンジンッ!!」
朝倉は速攻でテンジンに斬りかかる。
テンジンはそれを刀で受け、鍔競り合いになった。
<・・・・・よくぞこの場所が分かったな。>
ニヤリと笑うテンジンに朝倉は殺気が篭る眼光で睨みつける。
「てめぇの部下がご丁寧に教えてくれたんでなっ!」
前に力を入れ、その反動でバックステップし間合いを開けた。
<・・・・・なるほど、だが今の主の力で我を倒せるとでも?>
「退屈させるつもりはねぇから安心しなっ・・・・・!!」
両足を肩幅くらいに広げ右手を顔の前で鷲手にした。
<・・・・・ほう、確かに先程の男よりかは楽しめそうだ。>
先程の男、その言葉に朝倉はテンジンの背後で倒れている人間に気が付いた。
まさか自分以外にもこの世界に来ていた者がいたとは予想外だった。
<・・・・・後ろの男が気になって全力がだせぬか?>
そう言うとテンジンはゆっくりと横へ移動した。
それにより倒れていた人間があの神楽坂だと分かる。
何故神楽坂がここにいるのか分からないが、今は目の前の敵に集中しなければならない。
朝倉の霊気に魔力が混じり始めテンジンは異変に直ぐに気が付いた。
<「魔王アラストル」の力、少しだが使えるようになったようだな。>
「そういうことだ・・・・・!!」
左手で握っていた斬魔刀”双呀”を右手に持ち直しテンジンに向かい走り出した。
朝倉の右目は血を連想させる紅の目に変化し、紅蓮の炎を体に纏う。
テンジンは朝倉の間合いに入っても微動だにしない。
「上等だ・・・・・!」
自分の間合いに入り一気に双呀で斬りかかる。
だが、切っ先がテンジンを捕らえようとした時、まるで瞬間移動したかのように刃圏外に回避される。
そう簡単に攻撃を受けて貰えるとは朝倉も思っては居ない、続けて連撃をテンジンに浴びせた。
しかし、斬撃と体術を組み合わせた連続攻撃も瞬間移動によりかすりもしない。
<・・・・・・その程度なのか?>
両腕を後ろで組んで朝倉の横をゆっくりと歩く余裕を見せた。
やはり神楽坂を退けた素早さの前には朝倉の攻撃も無意味なのだろうか。
「・・・・・・テンジン、てめぇの弱点を教えてやるよ、それはな。
総べて分かった気でいるその傲慢さだっ!」
<・・・・・・!?>
朝倉の周囲に巨大な炎が赤い空へ向かい立ち上がった。
それはまるで火災旋風、総べてを破壊し全てを灰に還す業火だ。
テンジンは初めて動揺を見せた。
「・・・・・・前にも言ったはずだ、「人間を舐めるなよ」・・・・となっ!」
朝倉を中心に発生していた火災旋風が一瞬で消滅したかと思うと突然テンジンの足元に魔方陣がゆっくりと回転しながら出現した。
その魔方陣はテンジンの身動きを封じる。
<ぬぅっ!?>
「地獄の業火ってのは半端ないくらい死ぬほど熱いらしいな?」
斬魔刀”双呀”の剣先を足掻くテンジンに向ける。
<・・・・・贄の分際が頭にのるなよ・・・・・・!>
足元の魔方陣から強烈な火災旋風がテンジンを包むように空へ向かい激しく燃え上がった。
業火に飲まれたテンジンを見て朝倉は手ごたえを感じる。
だがあのテンジンがこんな簡単に倒れるだろうか。
やはり奴の断末魔を聞くまでは油断できない、止めを刺す為に双呀を構えた時だった。
テンジンの咆哮と共に包んでいた業火旋風が弾け飛び中から姿を現した。
<・・・・・・・・・。>
先程までの余裕はなく、体のいたるところに火傷を負い、煙を上げていた。
「・・・・・・まだ完全に火が通ってないようだな。」
また朝倉の体に紅蓮の炎が発生する。
テンジンは何故か無言のまま刀を納め、編笠の鍔を深く被った。
「てめぇ!この期に及んで逃げるつもりか・・・・!!」
ここで逃がす訳にはいかない、この機を逃せばまた一からやり直しになってしまう。
繰出す予定だった術を完成させないままテンジンに向かい突撃する。
だが間合いが開きすぎている。
このままでは自分の間合いになる前にテンジンに逃げられてしまう。
<なに、暇つぶしはここまでという事だ。楽しみは後にとっておこう。>
朝倉に対して横向きになり、紅い目を此方に向ける。
「逃がすかっ!!」
とっさにズボンに差し込んでいた霊銃を抜き、走りながらテンジンに向かい連射する。
しかし走りながらでは正確な射撃は難しく全てテンジンに当たる事はなかった。
<ふ、射撃はあの男(神楽坂)の方が才がありそうだな。朝倉崇よまた会おう。>
そう言うとテンジンの周りに風が巻き起こり一瞬でその姿を消した。
「テンジィイイインッ!!!!」
朝倉はテンジンが姿を消した後も射撃を止めずにトリガーを引き続ける。
元々内部機関が損傷していたのか霊銃は霊気の収束圧に耐え切れず音を立てて壊れてしまった。
「くそっ!!!」
思わず霊銃を地面に叩き付けた。
グラウンドには静けさが戻り、そこには朝倉と倒れた神楽坂の二人だけだった。
朝倉はとりあえず近くにあるコンクリートの階段に腰をかけ右手で額を覆う。
-どうする?
また初めから奴の居場所を追うのか?
だが志穂に残された時間も限られている。-
「・・・・・・・ちっ。」
考えがまとまらない。
これからの身の振り方を考えていた時だった。
「・・・・・・・!!?」
突然、膨大な神氣が発生し朝倉は立ち上がる。
神氣とは神族が持つ力の名称だ、まさかここに神族がいるとでもいうのだろうか。
一体どこから。
発生源は意外と早く見つける事ができた。
それは倒れていた神楽坂だった。
「・・・・・まさかコイツが!?」
少し間合いを取り様子を伺う。
神楽坂はうつ伏せに倒れたまま微動だにしないが体から目に見える程の神氣がゆらりと立ち上がっていた。
「気絶して半端に覚醒したって所か・・・・!」
朝倉の表情が険しくなる。
今の神楽坂は自分が暴走した時と酷似している。
余りの神氣が台風の様に吹き荒れ、朝倉は腕で砂煙から顔を守りつつ耐える。
その時、倒れていた神楽坂の腕が地面を掴むように立ち上がった。
「・・・・・・・・・・。」
まだ意識が戻っていない為、地面にしっかりと足が立っていない。
顔は俯いているが、朝倉を敵性と判断したのかその顔を朝倉に向けた。
「双碧の目・・・・・・・。」
神楽坂から殺気を感じた朝倉は双呀を抜き警戒する。
あの状態で何をするのか見当もつかない。
「!!?」
神楽坂の右手に神氣が収束していくのが確認できた。
朝倉も警戒から臨戦態勢を取る。
「・・・・・・・・・・・。」
依然、神楽坂の意識は戻る気配はない。
右手に収束していく神氣は次第にその姿を具現化し姿を現してゆく。
それは巨大な両刃の大剣だった。
「・・・・・・ちっ、面倒な事になりそうだ・・・・。」
自らも体に紅蓮の炎を纏わせる。
こうなった以上、此方から攻撃を加え抑え込むしかない。
意識の無い神楽坂はその大剣を右手で引きずりながら朝倉にゆっくりと近づいていく。
あの状態で大剣をまともに振る事はできないはず、仕掛けるなら今しかないと判断した朝倉は双呀を構え先制攻撃に打って出た。
だが・・・・。
「・・・・・・なっ!?」
神楽坂の大剣が朝倉の双呀を迎え撃つかのように金属音と共に朝倉の体ごと弾き飛ばした。
「あの大振りの剣で俺の剣に反応しただと・・・・!?」
地面に激突する寸前で体勢を立て直し何とか体を叩きつけられる事は回避する事ができた。
直ぐに前方の神楽坂を視界にいれる。
あの反応速度だとヘタをすれば此方がやられてしまう。
土煙の中から巨大な大剣の切っ先を地面に付け右手でダラリと持ちつつその双碧の神楽坂が姿を見せた。
「ちぃ・・・・・!!」
左手から業火球を3発、神楽坂に向けて放つ。
放たれた火球の内2発は目標を外れ神楽坂の両側面で爆発するが、最後の1発が直撃した。
直撃した火球は爆裂音と凄まじい衝撃を発生させ、粉塵が神楽坂の姿を隠す。
舞い上がった煙が晴れ神楽坂の姿を確認するまでは油断できない。
だが朝倉は神楽坂が今だ健在だと感じた。
今の攻撃を受けても神楽坂の神氣が全く減っていない。
すぐさま紅蓮の炎を纏わせた双呀を構え再度突撃する。
予想通り煙からは健在の神楽坂が姿を現し朝倉の攻撃に合わせ大剣を片手で振り上げる。
「片手たぁ舐められたもんだな・・・・・!」
全力を込め、気合と共に業炎双呀で斬りかかる。
同じく神楽坂も大剣を振り下ろし朝倉の剣に対抗、二刃が打ち重なった瞬間拮抗した膨大な力が放射状に走り抜けた。
「ぐぅううっ!!」
今度は弾き返される事無く鍔競り合いの状態に持ち込んだ。
神楽坂は片手だというのに全くビクともしない、異常なまでの力だ。
「・・・っ!!」
鍔競合いの中、神楽坂の側足を瞬間的に左足でブロックし、後ろへ間合いを取った。
とても意識を失っているとは思えない動きだ。
どうやら此方も本気を出さなければならないようだ。
「いいぜ?・・・・・こいつはとっておきだっ!!」
双呀を地面に突き刺し、両足を肩幅に開き顔の前で両腕をクロスさせ両手は鷲の手に、両目を閉じ精神を統一させる。
紅蓮の炎が体を包み込み外敵からの防御の役割を担う。
次第に地鳴りと強大な魔力が発生、膨れ上がるその力は段階を経るごとに地面を抉り取ってゆく。
「・・・・・・!」
ここで初めて神楽坂が反応を見せた。
朝倉の魔力に気づいたようだがアクションを起こす様子はない。
その間にも朝倉の魔力は上昇を続け、自分を中心に大きなクレーターを作っていた。
この状態は自身にかなりの負担を強いるようで朝倉は唸り声を上げる。
テンジンと対峙した時と同様右目は紅く染まり霊気と魔力が混じり朝倉に纏っていた紅蓮の業火は咆哮と共に形状を変えまるで魔神が乗り移ったかのような形態になった。
「はぁ・・・はぁ・・・・・・。」
息を整える。
「待たせたな・・・・・!」
右足を力の限り踏み込んだ。
まるで魔神の足が地面に食い込むかのような光景だ。
気合と共に溜めていた右足を一気に蹴ると地面に大きな三本の爪跡を残し一蹴りで神楽坂の懐に入り込む。
「・・・・・・!」
朝倉と神楽坂との間に激しい衝撃が起こる。
と同時に神楽坂が弾き飛ばされ瓦礫の山へと突っ込んだ。
瓦礫は音を立てて神楽坂の上へ次々に落下し姿が見えなくなる。
「はぁ・・・はぁ・・・・・・。」
朝倉の右腕は魔神の巨大な腕が纏っている。
この息苦しさと激痛が無くなる事はなく、それは朝倉の体力をジワジワと奪ってゆく。
今の攻撃も大したダメージを与える事ができなかったのか、強烈な神氣と共に瓦礫を吹き飛ばし立ち上がる神楽坂の姿が映った。
「はぁ・・・はぁ・・・行くところまで行くしかないようだな・・・・・。」
神楽坂の右肩には鋭い爪で斬りつけられた傷を負い鮮血が流れている。
全力で斬り付けたのだが寸であの大剣に攻撃を防がれてしまった。
だがそれは幸いだったかもしれない、もし神楽坂の反応速度が遅ければそのまま彼を殺してしまっていたかもしれないのだ。
とはいえ手加減できる相手でもないのは確かなのだが。
再度構えた時だった。
何の前触れもなく神楽坂は地面に倒れた。
先程まで吹き荒れていた神氣はもう感じられない。
「・・・・・・流石に体が限界だったか。」
朝倉は魔神化を解除し瞳の色も元に戻った。
ロングコートに付いた汚れを叩くきながらまたコンクリの階段に腰を下ろし倒れる神楽坂を見た。
ちっ、と朝倉は舌打ちをする。
本当なら今の力はテンジンに使用するつもりだった力だったのだ。
コートの内ポケットからタバコを一本取り出すと口に咥え、指を鳴らす仕草で火を熾し大きく煙を吸うとゆっくりと吐き出した。
無風の中タバコの煙は拡散する事無く綺麗な一筋の線を赤黒い空に向かって延びてゆく。
2、3回程吹かせるとタバコを口に咥えたまま朝倉は破損した霊銃を拾って完全に力尽きた神楽坂の元へ行き、右肩に担いだ。
「・・・・・・本当なら他人がどうなろうと知ったこっちゃないが、そうすると志穂にドヤされるからな。」
神氣の力なのか不思議と神楽坂の右肩の傷は消えていた。
左手で携帯の待受けを表示させ時刻をみる。
出口がでる23:55まで余り時間がない。
朝倉は神楽坂を担いだまま闇へと走り去っていった。
その後、テンジンと淫魔がグラウンドに姿を現した事は朝倉は知る由もなかった。
「朝倉君!無茶しすぎよっ!しかも神楽坂君まで巻き込んで!」
朝倉の話を聞き、天河は率直な感想をぶつけた。
神楽坂が不思議な力に覚醒した件は伏せている。
長沢はそれみたことかといった表情を朝倉に向けた。
「・・・・・・コイツは初めから一人だったようだがな。」
コートの内ポケットからタバコを一本取り出し人差し指と中指で挟みつつ神楽坂を指した。
「え・・・・?」
何故、神楽坂はそんな危険な場所で危険な相手と一人で戦っていたのだろうかと天河は疑問に思った。
「・・・・・・さぁな。」
タバコを口に咥えると、コートを刺繍セットで補修している長沢に何やら合図をする。
内ポケットに入ったジッポを寄越せと言っているようだ。
「ここは禁煙です!っていうか未成年でしょ!」
素早い動作で朝倉のタバコを取り上げた。
続いて長沢からは補修の終わったロングコートを投げられ頭から被る始末。
朝倉はやれやれと思いつつ頭に掛かったコートを取り羽織って立ち上がった。
「もう行くの?」
「・・・・・・あぁ、時間も限りがあるからな。」
鋭い視線を満月の夜空に向けた。
「ま、私の事でもあるし止めやしないけど・・・・気をつけなさいね?」
「・・・・・・分かった。」
そう言うと朝倉は窓枠に足をかけ闇夜の中に消えていった。
「・・・・・いつか皆で学園に通えればいいですね・・・。」
「・・・・・・・。」
天河の言葉に無言のまま夜空を眺める長沢だった。
静かな時間が流れる。
とここで窓を閉める長沢が何かに気づいた。
「・・・・そういえば摩琴っちゃん、今日どこで寝るの?」
「・・・・あ。」
そういえばそうだった。
神楽坂は今自分のベッドに横になっている。
この部屋は四人部屋なのだが現在は二段ベッドが一つ、つまり二人分しかない。
長沢も人が悪い、どうみても彼女のベッドで寝させてもらうしかないのにわざわざ選択させるとは。
赤くなる天河をニヤニヤと笑っていると携帯の振動音が聞こえてきた。
天河と長沢は自分の携帯を確認するが違うようだ。
となれば残る可能性は神楽坂の携帯だ。
「ちょっと志穂さん!いくらなんでも人の携帯見るのは・・・・・!?」
長沢は神楽坂を寝かせる際に落ちて枕元に置いていた携帯を手に取った。
「家族が心配して電話してるかもしれないじゃない。」
もっともな理由だが、実際はただ単に誰からか興味があるだけだった。
「そ、それはそうだけど・・・・。」
天河も興味がない訳でもないようで長沢の横から画面を覗いた。
長沢は携帯のボタンを押し待受け画面を表示させるとそこには着信が25件程溜まっていた。
やはり帰りが遅い神楽坂を心配して家族が電話をしてきたのだろう、その内訳を見てみると。
「玲奈」という名で登録された番号が25件全てを占めていた。
「おんやぁ?神楽坂君も隅に置けないわねぇ。」
ニヤつく長沢とは逆に驚きを隠せない天河。
何故だろうか、特に意識していないわけでもないのだが胸の奥が痛む。
というかこの短時間で25件というのは多すぎる気がするのは気のせいだろうか。
「もう崇のせいで目覚めちゃったし、この携帯で暇つぶしでもしよっか。」
「・・・・・え!?」
「・・・・・・・・。」
意識のない神楽坂が苦笑いを浮かべているように見えるのだった。