33:ゾンビハウス
「・・・・・こ、こいつは。」
「・・・・・・驚いた?私も初めて見るけど。」
初めてにしては余り驚いていない。
佐久間は神楽坂の後ろに回り込みながら説明を始めた。
「本当は満月の光を直接当てないと発動しないんだけど、之は外の光を地下に送る仕掛けになっているの。」
紋章の左右の柱からは薄っすらと何かしらのエネルギーが通っているかのような光が発せされていた。
これにより月光を直接当てなくても発動しているのである。
「これは異界への境目なのか?」
佐久間はその問いにほぼ正解と答えた。
「流石にその紋から先の事は分からないわ、そして紋章陣は0時を過ぎると消えてしまう。
月が出てようが関係無しにね。」
「一度紋が閉じると次に開くのは次の満月の日だけ。」
佐久間は紋章の間に神楽坂を挟むような位置で話を続けた。
「つまり戻り損ねると一ヶ月は閉じ込められるって訳か・・・・・。」
前方の紋章陣を見据える、佐久間にもその先がどうなっているのか分からない。
神楽坂は腕を組んで考える。
後ろの佐久間は不可解なスペースを取り出していた。
前方の神楽坂はそれに気づいていないようだ。
と、何を思ったのか佐久間はニヤリと笑いながら神楽坂目掛け走り出した。
「ま、そういう事だから後よろしくっ!」
「えっ!?」
思い切り背中を押され、足を踏ん張る間もなく一気に紋章へ押し出されてしまった。
神楽坂は断末魔に似たような声を出しつつ紋章の中へと消えて行き、その場には佐久間だけが残された。
「あ、「反魂の書」の事言うの忘れてたわ・・・・・・。」
全く悪びれた様子がない佐久間だった。
「い、いきなり押すか!?普通っ!?」
何とか踏みとどまる神楽坂だったが既に紋章を通り別次元に来ていた。
とりあえず後ろの紋章をもう一度通って詳しい話を聞こうとするが既に紋章の姿はない。
照明が無いので現在の場所を確認するべく懐中電灯を点け回りを見回した。
「・・・・・・ここは・・・さっきまでいた場所じゃねぇか・・・・・。」
確かに紋章を通ったはずだが先程と全く同じ場所だ。
違うとすれば居たはずの佐久間の姿が見えない事とまだ余裕があった蝋燭の火が消えている事の二つだ。
この現象は妖蜘蛛が棲家にしていた異次元と酷似していた。
兎に角0時まで開いているはずの紋が消えているという事態が問題だ。
最悪一ヶ月はこの得体の知れない場所に閉じ込められる事になる。
「・・・・・・最悪死ぬぞこれ・・・・・。」
早くも詰んでしまった神楽坂。
その時、後頭部に何か石のような硬い物体が直撃する。
思わず電灯を落として、たんこぶを抑えながら中腰になった。
余りの痛みに悶絶していると隣に後頭部に当たったと思われる物体が転がっているのを見つけ手に取ってみる。
後頭部を襲ったのは石だった。
その石は紙に覆われているようだった。
どうやらその紙に佐久間からのメッセージが書かれているようだ。
どういう送り方しているんだと苦笑いながらその紙に電灯を当てた。
内容はまず始めに後頭部に当てた事への全く誠意の感じられない謝罪から始まり、紋の出口は常に開いている訳ではなく23:55から0:00までの5分間だけという事、そして肝心の「反魂の書」の在り処で終わった。
しかもその在り処は「恐らくこの屋敷にある」という漠然とした言葉だった。
「・・・・・・恐らくってなんだよ・・・・・」
途方に暮れるしかない神楽坂だった。
「ま、これだけ全力で投げれば嫌でも気づくでしょう。」
佐久間は手に付いた汚れを両手でパンパンと、はたいた。
気づく所か後頭部を狙っていた辺り、どう見ても確信犯だ。
とりあえず神楽坂が戻るまでは紅茶でも飲んで気長に待とうと階段へ向かう。
その時だった。
<ククク・・・・上手くイキソウか?>
彼女の周囲から低く鈍い声が聞こえてきたかと思うと、背後に黒い物体が彼女の肩にまとわり付いた。
「どうかしらね・・・・・ちょっとどいて貰える?」
右手で左肩をはらう。
黒い物体は今度は前に進む彼女の前に出た。
<アノ双雨ナラ間違いナイ・・・・。>
「随分とかっているのね?・・・・・・やっぱり一度自分を倒した人間だから?」
黒い物体と会話しながら階段を上がっていく。
怪しげな物体も佐久間の周りをグルグルと回りながら1階へ上がった。
<オレは「反魂ノ書」ヲ使っテ双雨に復讐デキレバそれでいいノサ・・・・・。>
物体はテーブルで紅茶を飲む佐久間の前で次第に大きくなりその正体を露にしていく。
その姿はもはや悪霊や妖怪といった類ではなくもっと別の、邪悪な存在そのものだ。
「・・・・・・床が汚れるからやめて貰える?」
紅茶を一口飲む佐久間はその邪悪な存在に全く動じる事無く、更には鋭い目で戒めた。
ただの人間にここまで言われたにも関わらず、その邪悪な存在は鋭い牙が無数に見える巨大な口を歪めさせ笑い、その場からゆっくりと消えていった。
佐久間は気にせず更に紅茶を一口含みテーブルにカップを置いた。
「・・・・・・私を利用しているつもりでしょうけど、この佐久間玲奈を甘く見ない事ね・・・・・。」
神楽坂が入り込んだ異次元・極光のある場所に黒いロングコートを着込んだ男がたたずんでいた。
紅蓮の髪と真紅の瞳、そう朝倉崇だ。
彼も独自のルートで先程の魔物の後を追ってきていたのだった。
今いる場所は国道の中央、上には都市高速が走っている。
だがここには自分以外の生き物は存在しない、さらには太陽の変わりに赤黒く光るまるで日食の現象を思わせるような満月の光だけがこの世界を照らしている。
神楽坂達が妖蜘蛛の棲家があった異次元と似ているが、ここは赤黒い光しか存在せず、国道だというのに車の一台も見えない。
「・・・・・・・・・。」
見慣れているのか、朝倉は冷静に周囲を見ている。
この世界がどこまで続いているのかは不明だがまだそう遠くまでは移動していないはずだ。
しかもこの邪気が自分の魔力を隠してくれる。
朝倉にとっては好都合だ。
無人の街を警戒しつつ進んでいると朝倉の視界に横転したトレーラーが映った。
そのトレーラーは荷台がコンテナになっており研究用に改造されているようで扉からは無数の機材が投げ出されていた。
「・・・・・・・・・。」
朝倉は無言のままそのトレーラーへ向かう。
横転しているために側面に書かれているだろう所属名やエンブレムは見えなかったが、散乱した機材や書類の中にそのエンブレムが見て取れた。
エンブレムを見た朝倉は憎しみを込めてブーツで踏みつける。
続いて荷台の中を覗いた。
薄暗く気味が悪いが朝倉は動じる事無く荷台の中へ足を進めた。
「・・・・・全て破壊したつもりだったが・・・・こんな所まで走っていたのか。」
まるでこの車両を知っているかのような口ぶりだ。
このトレーラーの後部付近が著しく焼けている。
この車両は以前朝倉が破壊したものだった。
だが、炎に巻かれながらもこの距離を走りそして横転したのだろう。
しかし車両に乗っていた人間はどこにいったのだろうか、車内、そしてその周りにはそれらしき死体は見当たらない。
命からがら逃げ仰せ紋より元の世界に脱出したのだろうか。
所々に飛び散った夥しい血糊、とても自力で動けるような傷ではないようだが。
今となってはどうでもいい事だった。
ただ、自分と長沢達の研究資料がまだ残っていた事だけは我慢ができない。
朝倉は外に出ると振り向き様に右手の平から紅蓮の炎を発生させトレーラーを破壊した。
次に周囲に散乱した機材や書類も炎に巻き跡形も無く灰にする。
トレーラーが爆発炎上した爆煙はかなりの高さまで上っていった。
一部始終を見届けその場を去ろうとした時、つま先に何かが当たり地面を見る。
つま先に当たったのは剥き身の拳銃だった。
朝倉はその拳銃をゆっくりと拾い上げ状態を見た。
グリップやバレルには何の刻印もエンブレムもなく試作品のようだ。
もしあのエンブレムがあったならそのまま焼き溶かしていたかもしれないだろう。
その銃の概観は破損等はなく、弾丸が無くなりホールドオープンの状態になっている。
続いてマガジンを取り出すと初めてみる形状をしていた。
「・・・・・霊銃用の充霊弾倉か・・・・・以前の試作品のようだな・・・・。」
手際よくマガジンをグリップ内に押し込みスライドステップを解除し適当な目標に片手で狙いをつける。
「充霊弾倉」とは標準霊弾とは違い、弾倉自体に霊力を充霊し霊気の弾丸として使用する事ができる特殊弾倉の事である。
まだ使える事を確認した後、試作拳銃をズボンと腹部の隙間に銃身を突っ込みロングコートの着崩れを直し、朝倉は魔物の後を追うため先を急ぐのだった。
地下室から上がってきた神楽坂だったが、更に驚く事になった。
佐久間邸の地下室どころか屋敷全体が同じ作りで、まるで鏡の世界を思わせ人の気配は感じられない。
しかし、間違いなくここは佐久間の屋敷だ。
照明があるのだがどう点けるのか分からない為懐中電灯だけが頼りだ。
「・・・・・やけに赤いな・・・・。」
周りが暗いのは屋敷の電気が落ちているだけではなく既に夜だからのはずだが、何故か赤い光が窓から室内に入っている。
神楽坂は外が見える通路に向かい、窓越しに外の様子を見た。
そこで初めて状況を把握することができた。
日食の様に反転した月、夜だというのに街には街灯の一つも付いていない。
佐久間邸では彼女の生活圏内は掃除されていたが、ここは掃除どころか人の気配すらなく埃が溜まり足跡が出来るほどだった。
「・・・・・邪気しか感じられねぇ・・・何つー所だよ。」
これでは霊気を感知できず、五感だけを頼りに行動しなければならない。
学生ズボンのケツポケットから佐久間のメモを取り出し懐中電灯の光を当てた。
「・・・・・さっさと済ませた方がよさそうだな・・・・。」
「反魂の書」の手がかりが書かれた文に目を通そうとした時だった。
ダンッ!
何かを叩きつけるような音が響く。
一体何の音なのか、その音が聞こえた方を見据えた。
その叩きつけるような音は等間隔で神楽坂の耳に響いてくる。
この邪気の中では周囲の気配を探る事も出来ない為油断できない。
神楽坂はメモ紙をポケットに戻し懐中電灯は左手で持ち破砕魂を右手に持つ。
音は先程までいたリビング辺りから聞こえてきてるようだ。
神楽坂は周囲を警戒しつつリビングへ向かう。
リビングに近づくにつれその音は大きくなり、それともう一種類の音が混じっているのに気が付いた。
叩く音の後に何か生ものが潰れるような鈍い音が聞こえる。
佐久間だろうか?
そんなはずはない、ここは彼女の屋敷ではない。
目の前の扉を開ければその先がリビングだ。
左手の懐中電灯を逆手で持ち、破砕魂は何時でも霊刃を発生させれるようにする。
右手でノブを回し左足で押すように扉を開けた。
「誰かいるのか・・・・・?」
リビング内を照らし音の発生源を探す。
先程居た時と状態は変わってないように見受けられる。
「!!?」
音がする方向の先に何かを見つけた。
前方の壁に人影が不気味に映っている。
その影は手に何か棒の様な物を持ちゆっくりと振り上げ、振り下ろす。
その時、あの叩きつける様な音と鈍い音が響いた。
神楽坂はゆっくりと近づき影の主を確認する。
そこには確かにテーブルの椅子に座る人がいた。
テーブルの上には何かが置かれ、それを叩いていたようだ。
「・・・・・こんな所で何してるんだ?」
何故こんな所に人がいるのかは不明だが、自分よりかはこの世界の事を知っているだろうと、破砕魂をホルスターに納め両手を見せながら近づいた。
相手に懐中電灯を向ける事は一応失礼なので直接光を当ててはいない。
が、神楽坂は突然の腐敗臭に思わず鼻を手で塞いだ。
気づくとその人物はテーブルの物体を叩く動作を止めている。
しかもまだ一言も言葉を発していない。
神楽坂は何か嫌な予感から懐中電灯の光をテーブル付近に当てて見た。
「!!?」
初めてあの人物が叩いていた物が分かった。
人の足だ。
直ぐにその人物に光を当てる。
その人物は人ではなかった。
いや元人間だった。
が正しいだろう。
死して尚生者を貪る者。
「死食鬼」
ゾンビやグールと呼ばれる亡者だ。
体はいたるところを破損、腐敗し、内部の骨が露わになりつつも動くその姿に神楽坂は足を一歩後ろに戻した。
と、同時に背後に殺気を感じ顔を左後ろに向けると自分に向けて斧を今にも振り下ろそうとする別の亡者が視界に入った。
「!!?」
亡者の斧が神楽坂を捉えた瞬間、咄嗟に左腕を前に出し受け止める事ができた。
流石に生身の腕で斧の刃を受けれる訳はない、木製の柄を受け止めたのである。
だがそれによって懐中電灯が粉々に砕け光が消えてしまった。
「・・・・や、・・・やべぇ・・・・!?」
幸い亡者の力は非力だが、懐中電灯が破損してしまった事が痛い。
まだ他にも亡者がうろついているかもしれない中で視界を殆ど効かない状態は危険だ。
神楽坂は斧を持つ亡者のボロボロになった腹部にワンステップいれた左側足を入れ蹴り飛ばす。
すかさずテーブルの椅子に座っていた亡者を注視する。
やはり腐りきった肉より新鮮な方が好みらしい、大包丁を振り上げつつ鈍い声を発しながら此方へ近づいてきていた。
「・・・・ったく、まるでホラー映画だな・・・・・・!」
背後には蹴り飛ばした亡者がゆっくりと立ち上がり神楽坂に迫るのだった。