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31:男女対抗ドッジボール


「うおっ!?」


 体操服姿の男子生徒に球技用のボールが当たった。

 余りの速さに男子生徒は身構えたままの体勢だ。


 前方に横切った白線の少し後ろには右手を軽く振り、左足のつま先を地面に数回叩く体操着姿の佐久間が立っていた。


「・・・・・ま、こんなものね。」


 佐久間は余裕の笑みを見せて前髪をなびかせる。

 彼女がいる内野と外野の女子生徒が歓声を上げ、一方の男子達は呆然とするしかない。

 佐久間一人で既に四人もの相手を外野送りにしていたのだ。


 現在3-5では体育の授業の真最中。

 種目は前回予告していた通り「復活無し」の「男子vs女子ドッジボール」が行われていた。


 男子に当たったボールは残った男子チームの一人である長緒が拾いった為追撃は免れていた。


 そして神楽坂は佐久間により早々にアウトを取られ、現在は一番奥の外野にいる。



「お、おいおい・・・どうするよ健一~。」


 男子チームの内野には長緒と吉原の二人しか残っていない。

 吉原は佐久間の予想外の強さにうろたえるしかできないが、長緒は冷静に女子陣営を見据える。


 相手チームの内野は佐久間を含めまだ5人も生存していた。

 佐久間の驚異的な運動神経が伺える。


「・・・・・・・・・・・。」


 事実、佐久間の運動神経は予想外だった。


 自分の陣営は頼りない吉原を含めたったの二人、次にボールを奪われれば間違いなく吉原は外野送りになってしまう。

 となれば、佐久間に捕球させず、かつ、彼女以外の女子生徒を外野へ送った上で一騎打ちを仕掛けるしか手はない。

 幸いにも外野には神楽坂がいる。

 長緒はコートの一番奥にいる神楽坂に視線を送る。

 神楽坂も考えている事が分かったのか軽く頷いた。


「・・・・・いくぞ玲奈。」


 軽く助走を付けボールを持った左手を振りかぶる。

 狙いは誰が見ても佐久間だ。


 佐久間も自分を狙っていると察知する。


「直接私を狙うなんて・・・・度胸あるわね。」


 視線が鋭くなる。

 長緒の投げる球によっては回避をせざるを得ないが、佐久間はそれを捕球するつもりで居た。

 長身から繰り出される球の速度は計り知れない。

 彼の手からボールが離れるその瞬間佐久間は何かを悟った。


「しまったっ!?・・・・・・敬遠!?皆!前進して!?」


 佐久間は前方を見ずに上空を見る。

 そこには自分を狙っていたはずのボールが宙を舞い、後ろの外野へと向かっていた。


 一瞬の出来事に全員がボールの往く先を追う。

 そこには不敵に笑う神楽坂の姿があった。


 佐久間の頬を一筋の汗が流れた。


 既に体を反転しつつ神楽坂から距離を取っているが他の女子達はまだ間合いも体勢も不十分だ。

 完全に長緒のフェイントに引っ掛ってしまった。

 いや、この状況をひっくり返す為には予想できたはずだ。


「貰ったぜっ!」


 長緒からのパスを受け取るやいなやサイドライン付近にいた女子生徒目掛け、バスケットで両手でパスをする要領で投げ見事にヒットを取った。

 

 流石に女子相手に全力で投げる訳にはいかない、しかも距離も近かった為に手加減したのだ。

 零れたボールは神楽坂の狙い通りにサイドラインを越え、味方の外野が捕球し長緒へパスする。


「・・・・・まず一人。」


 その場でボールを左手で上下に跳ねさせる。

 周囲からは男子の歓声が上がった。


 アウトになった女子生徒は残念がりながら左のサイドラインから抜け外野へ向かう。

 その際神楽坂から大丈夫だったかと声を掛けられていた。


 普通のルールでは内野をヒットした敵外野は自分の陣営に戻る「復活」をする事ができるのだが今回「復活」は無しなので神楽坂が内野へ戻る事はない。


 この「復活無し」が佐久間チームを苦しめる事になるのだった。



「・・・・・中々やるじゃない。」


 佐久間も火がついたのかその場で軽くステップ、気持ちを入れ替える。


(復活無し・・・・コウを速攻したのは少し計算ミスだったかもしれないわね。)


 長緒の次の手は一体何なのか。

 また神楽坂にパスをするのか、それとも今度こそ自分を狙ってくるのか。

 先ほどの神楽坂の行動をみると恐らく自分以外の女子に長緒はまともに投げる事はないだろう。

 必ず手加減するはずだと佐久間は睨んだ。



「よっしゃ!後四人だぜ!」


 吉原は何もしていないのに長緒の隣ではしゃいでいた。


「アンタ何もしてないじゃないっ!」


 すかさず敵内野にいる安堂が突っ込みを入れる。

 ビシリと指を差され吉原は苦笑いを浮かべた。


「どうするつもり?またパスを回すの?それとも直接私に?」


 臨戦態勢の女子チーム。

  佐久間を前衛に中央に集まる陣形だ。

 この密集陣形には狙いがあった。


 佐久間が回避すれば後ろにいる女子生徒に剛速球が当たる事になる。

 つまり佐久間は味方を盾にし、長緒の攻撃の選択肢を絞らせる事ができるのである。

 実に佐久間らしい戦法だ。

 これでは直接攻撃する事はできない、生半可な球は彼女に捕球させるだけだ。


 必然的に長緒はパスを回す事しかできなくなってしまっていた。



「・・・・使えるモンは例え味方でも利用するか、相変わらずエゲつねぇぜ・・・・。」


 目的の為には手段を選ばない佐久間の作戦に神楽坂は苦笑いを浮かべていた。

 パスを回すしかないこの状況をどう打開するのか。

 ボールを保持している時間にも限度がある。


 これで佐久間は長緒と神楽坂以外からの攻撃のみに集中することができ、捕球するチャンスも高くなる。


 暫く女子チームを囲むようにパスが続いた。

 ボールが動く度に佐久間が前衛になり他の女子は後ろへと下がり中央を維持する。

 男子外野もヘタに攻撃ができない。

 自分達の攻撃は全て佐久間が前衛を守っているからだ。


 そうこうしているうちに男子外野がパスをミスし女子内野の一人がボールをキャッチした。

 すかさず佐久間の速球が吉原を捉える。


「さぁ・・・いくわよ・・・!」


「ひぃっ!」


 片足と両手を上げ体を反るような体勢で何とか避けることができた。


 しかしそれは佐久間の狙いだった。

 直接吉原に当てる事は容易だが正面からではヒット後に長緒に捕球される危険性がある。

 そこで際どいコースで吉原を攻めたのだった。


「直明!?バカ・・・・お前後ろだっ!!?」


 神楽坂が叫ぶが既に遅かった。

 無理な体勢で避けた為に次の動作までのタイムラグが発生する。

 そこを背後にいた女子外野が逃す訳が無い。


 無理な体勢を何とか戻そうとするが、吉原の視界にボールを持ち今にも投げつけようとする女子外野の姿がスローモーションで映った。


 次の瞬間、担任の山城がホイッスルが鳴った。

 ヒットになった合図だ。


 吉原は情けない体勢のままのアウトとなった。

 ヒットし地面に落ちたボールだけが空しく女子外野へ戻っていく。


「馬鹿野郎!!一瞬の判断ミスが命取りだと言っただろうがっ!!」


「な、なんで俺だけ・・・・。」


 何故か吉原には厳しい山城だった。

 これで男子チームは長緒ただ一人となってしまった。




「・・・・・とうとうケン坊だけになってしまったわね?」


 佐久間は外野からのパスを受け取り今度は佐久間がその場でボールを上下に跳ねさせ始めた。

 対する長緒も不利な状況に全く動じていない。


「この状況で眉一つ動かさないなんて、流石だと褒めてあげるわケン坊。光栄に思いなさいっ!」


 助走を付け全力で長緒へ向けボールを放った。

 その球速はとても女子が投げる球とは思えない速球で、これで神楽坂を始め味方が次々にアウトになったのだ。


(・・・・・先ほどより球速が上がったな。)


 長緒は無理な体勢で回避せずに、必要最低限の動きで佐久間のボールを避ける。

 後ろにいた女子外野は佐久間の速球に対応できずに捕球することができない。

 彼女は全く加減するつもりはないようで頭には長緒を当てる事だけのみ考えていた。


 外野がボールをとれない度に仕切り直しになり、長緒に十分な余裕を与えてしまうがそれも計算の内だった。


 佐久間は近くの女子に2つ程ある事を外野へ伝えるように言った。

 1つは自分の球は無理に捕らなくて良いという事。

 もう1つは長緒への罠の事だ。


 長緒の長身では途中で捕られるのでボールはサイドの外野を経由して佐久間に戻ってくる。


「さて次はどうかしらね?」


 地面を左つま先で軽く数回叩く。


「・・・・もうケン坊にボールは捕らせないから覚悟しなさいっ!」


 再度助走をつけ長緒へ向け勢いよく腕を振りかぶる。

 長緒も佐久間の手からボールが離れる瞬間に意識を集中させ、速度とコースを読む。


 先ほどと同じコース、勢いから球速も同じ。

 問題なく回避できると判断した直後だった。


「・・・・・!?」


 佐久間の動きに違和感を感じた。

 その時には既に彼女の手からボールは離れ既に自分の横を通過している。

 先程の彼女の投げた球とはまるで球速が劣る、他の女子生徒でも十分に捕球が可能な速度だ。


 気付くのが数コンマ遅かった。

 手を出して捕っても良かったのだがこのタイミングでは遅すぎる。

 直ぐに相手の行動を予測、当然不意を付いて背後からの攻撃が予想できた。


「も、もうこっち向いてる。」


 女子外野がボールを捕球し投げる体勢をとったときには長緒は此方を向き距離を取っていた。



「・・・・あら、残念。」


 またサイドを中継して佐久間にボールが戻ってくる。


「どう?分からなかったでしょう?」


「・・・・・ああ、見事だ。」


 長緒はあくまで自分のペースを貫く。

 ここで相手のペースに乗せられるわけにはいかない。


 もはやただのドッジボールではなく、相手との駆引きの勝負になってきていた。



「・・・・ドッジって頭脳戦だっけか?」


「正に死闘・・・・・・健一に対抗、いや圧倒できるなんて佐久間さんすげぇよ。」


 吉原の率直な感想に横に居た男子も苦笑いを浮かべた。


「そのクールな顔、何時まで耐つかしらね・・・・!」


 次は一体どっちだろうか、長緒は佐久間の動きに神経を集中させる。

 ボールが佐久間の手を離れる瞬間まで分からない、手から離れて判断していては遅すぎる。


 数コンマでも先に本命かフェイントか判断する事ができれば反撃のチャンスが生まれる。



(フェイントか・・・それとも・・・・。)


 佐久間の球は本命だった。

 しかもまた球速が上がっており長緒は何とか紙一重で避けた。


「あらら、またまた残念ね。」


 佐久間は簡単に捕球させないように緩急をつけていた。

 流石の長緒も今のは危なかったがそれを顔には出さない。


「さて、そろそろ終わりにしようかしらね・・・・?」


 次で勝負を決めるのだろうか。

 佐久間は地面を左つま先で軽く数回叩く。


「これでお終いよっ!」


 長緒へ向け恐らく全力の球が放たれようとする。

 普通なら今の言葉で佐久間は全力の攻撃をしてくると錯覚するが長緒は最後まで冷静に徹する。


 佐久間から放たれた球は先程の言葉とは裏腹のフェイントだった。

 彼女の攻撃パターンが読めない限りは回避に徹するしかない。

 長緒は直ぐに反転し敵外野を視界にいれる。



「・・・・・・!?」


 ここで長緒は一つ気が付いた。

 あの外野の女子は何故佐久間がフェイントを投げてくると分かっていたのだろうか?という事だ。

 彼女が何かサインでも出していない限り外野がそれを知ることは不可能に近い。

 フェイント時に外野が一度も捕球ミスしていない事からそれは確信に変っていった。


 では一体何が外野に伝えるサインなのか、それを見極めなければならない。



「・・・・・ふぅ・・・・な、中々粘るじゃない。」


 佐久間にも疲労の色が見えてきていた。

 外野からボールを受け取りつつ少し呼吸を整える。

 この少しの時間に彼女のサインを読まなければならない。


 長緒は佐久間が今まで投げてきた時の事を思い出す。

 本命とフェント時に何か違いがあったはずだ。

 それは外野が一発で分かるような簡単なサインでなければ意味が無い。


「せっかくの週末に疲れたくないのよね。」


 佐久間はまた地面を左つま先で軽く数回叩いた。


「・・・・・・!?」


 長緒は彼女の仕草に気付き、ここで初めて余裕を見せた。



「・・・ふ、そうだな。俺も同意見だ。」


 佐久間は長緒の余裕が気になったが、それはただの強がりだと踏む。


「・・・・それじゃいくわよ・・・・!」


 今まで以上に助走の為の距離を取り、センターライン直前まで一気に走り出した。

 佐久間にとっても、また長緒にとってもこれが最後の一球になる事に間違いは無い。

 学園の中央に当たる生徒会中央塔に設置された時計の針は授業終了時刻を指し示そうとしていた。


 今度こそ佐久間の渾身の一球が長緒を襲うはずだ。

 センターライン前までの助走の中、佐久間は前方の長緒の目をだけを見る。

 ボールから手を離す最後の時まで長緒の動きを見るためだ。


 長緒に不自然な動きは見られない。

 佐久間はセンターライン手前で左足を強く踏み込みボールを投げ放った。



(さぁ・・・・避けなさい・・・・!)


 佐久間の速球が長緒を捉え様としたその時だった。

 絶妙のタイミングでタイムウォッチを見る山城がホイッスルを鳴らす。


 時計の針は授業終了5分前を指していた。


 佐久間が投げた球はそのまま長緒を襲う。


「・・・・・・・引き分けか。」


 バシッ!という衝撃音と共に佐久間の球は長緒の胸板に納まっていた。

 そう、長緒は既に佐久間のフェイントを看破していたのである。


「・・・・・私のサイン、気づいたのね。」


 佐久間はその場で両腕を組み不敵な笑みを見せる。

 敵とは言え自分の作戦を見破った長緒への敬意からだ。


「つま先で地面を叩くその仕草。サインとして使う前からしていたからな、少し手間取った。」


 佐久間はフェントをする時に左足つま先で地面を数回叩くサインを外野に送っていたのだ。

 これは長緒が言っている様にサインとして使用する前からの仕草だった為気付くのが遅れてしまった。



「・・・・・やっぱり私の手伝いにケン坊を外して正解だったわ。」


 前髪を手でなびかせながら担任の山城の下へ集合する為に歩き出した。

 先に集合場所へ向かう佐久間の背中を見ながら長緒は神楽坂と共に一体何をするのか、一抹の不安を拭い切れずにいた。






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