30:夢は世界征服
「二人ともコレを見て!」
紅毛の小さな女の子が「世界地図」と書かれた大きな本を床に置いた。
女の子に呼ばれた歳の同じくらいの二人の男の子がやってきて三人で床の本を覗き込む。
三人がいる場所は何かの施設のようで、他にも多数の子供達が遊んでいた。
「レイナちゃん何これ。」
漢字で書かれている本の題名を読めない。
そこにもう一人の背の大きな男の子が代わりに読み上げた。
「世界地図だよ、コウ。」
「流石ケン坊ね、コウもう少し勉強しなさいよ?」
レイナと呼ばれた女の子はそう言うと世界地図を開き、全世界が載ったページを開いた。
「ここが私達が住んでる所よ!」
レイナは日本を指差した。
世界と比べると凄く小さい事が分かる。
「こんなに小さいの!?」
コウは余りの小ささに驚いた。
「まだ小さい国もあるけどな。」
「でね、決めたの、この本にのってる全部私の物にするって!」
レイナは世界地図を抱きしめまるで世界征服を企む悪役かのように笑った。
「・・・・・・そういや、とても女の子が言うような夢じゃなかったな。」
昔を思い出していた神楽坂は苦笑いを浮かべた。
「・・・・・・何が?」
「!?」
突然、耳元で佐久間が囁いた。
いつの間にか机の距離を縮めていたようだ。
驚いた神楽坂は体を反転させて彼女を見る。
「・・・・・・な、何やってんだよ。」
授業中という事もあったが十数年振りに会う彼女にどう接すればいいのか分からない。
「・・・・・・フフ。」
向きなおす神楽坂の背中を見て佐久間はニヤリと笑った。
そして昼休み、神楽坂と長緒は屋上へ避難していた。
「・・・・・まさかレイナが転校してくるとはな。」
長緒は壁に寄りかかりながら腕を組んだ。
何時もは冷静な彼も少し動揺しているように見えた。
「・・・・・じょ、冗談じゃねぇよ!なんでレイナが。」
神楽坂はその場をウロウロする程のうろたえ様だ。
コンコン・・・・
屋上の出入り口付近で二回金属を叩く音が聞こえた。
二人は出入口の方を見る。
そこには佐久間が腕を組んで立っていた。
「・・・ようやく話せそうね。」
佐久間はゆっくりと二人の近くまでやってきた。
神楽坂は思わず身構える。
「い、一体何の用だよ・・・・・!」
「クラスの皆や周りの人が私を離してくれなくて、美人っていうのも考えものね。」
神楽坂の質問は無視。
佐久間は二人を通り過ぎた後、此方を振り返った。
「・・・・二人共、勿論私がただ単に転校してきたとは思っていないんでしょ?」
「・・・・・ああ。」
長緒は短く答えた。
「・・・・失礼ねぇ、普通に転校してきたのに・・・・・・・。」
「う、嘘ついてんじゃねぇよ!昨日学園に来てただろ、しかも統刃の制服着てよ!」
佐久間は意外な顔をした。
「へぇ、コウ、気づいてたの・・・・・?」
佐久間は神楽坂に迫る。
顔を近づけられ焦る神楽坂を尻目にまた距離をとった。
「まぁ、貴方達に嘘をついても無意味ね、これから私の手伝いをしてもらうんだから。」
「手伝いだって?」
「そう、私はただ転校してきたんじゃないわ
貴方達にある物を手に入れる手伝いをさせる為に六学に来たのよ。」
佐久間はフェンス側に歩き金網のフェンス手前で立ち止まる。
そしてある言葉を言った。
――「反魂の器」――
・・・・と。
暫くの静寂が屋上を包んだ。
佐久間の言った反魂の器という物が一体何なのか二人には分からない。
「反魂の器・・・?何なんだそれは?」
佐久間は呆れた顔をした。
長緒は何か心当たりがあるようだったが口にはしなかった。
「「反魂の器」ってのは・・・・・そうね、
簡単に言うと手に入れれば世界を手に入れたと同じ意味を持つ代物なのよ。」
「それで?わざわざ六学に転校してきたのか・・・・?」
取り合えず佐久間の話を聞くことにした。
「・・・・・・ケン坊、貴方知ってるってふうな顔ね・・・・?」
「・・・・・話を聞いた程度だ。
反魂の器を持つ者は「全てに生を与え、全てに死を与える。」とな。」
長緒が知っている事で一気に信憑性が上がった。
「・・・・・そんなもんが存在するのか・・・・しかもこんな身近にか?」
「正確には「器」を起動させる為のキーアイテムを手に入れる事よ。」
佐久間は金網のフェンスに背中をつけた。
「・・・・・・・・それで俺達に手伝えってのか?」
「・・・・・コウだけね。」
腕を組んだまま右手で神楽坂を指差した。
神楽坂だけを指名した事に長緒は佐久間に視線を向けた。
長緒は無言のままだ。
だが神楽坂だけを指名した理由は容易に予想できた。
「俺だけ・・・・?」
「・・・・・そう。」
「・・・・・・・馬鹿らしい、何で俺が手伝わねぇといかねぇんだよ。」
怪しげな物を探す為だけに自分達が手伝う理由はない、と、長緒と共に屋上の出入口へ向かおうとした時。佐久間に呼び止められた。
昼休みが終わる5分前、神楽坂と長緒、そして少し遅れて佐久間が教室へ戻ってきた。
佐久間は直ぐにクラスメイトに囲まれたが、神楽坂と長緒は無言のまま自分の席に付いた。
5時限目の予鈴が鳴り各自自分の席についていく中、神楽坂の背後に佐久間の気配がした。
「・・・・・わかった?」
「・・・・・・・・ああ。」
神楽坂は険しい表情で返事をするのだった。
「あれ?神楽坂君は?」
神楽坂だけ来ていない事に気づいた天河は長緒に尋ねた。
「そういや来てねぇな。」
篠崎を始め他の委員達も気づいたようだ。
「・・・・・・・光志は用事で来れない。」
「そ、そう・・・・・。」
長緒は嘘を付いた。
屋上でのやりとりが思い出された。
「・・・・・知っているのよ?」
妖しい笑みを浮かべる佐久間の言葉に二人は足を止めた。
一体何を知っていると言うのか、神楽坂は後ろを向いたまま聞き返す。
「・・・・・貴方達が「双雨の亡霊」だって事をね。」
「!?」
二人に衝撃が走った。
何故佐久間がその事実を知っているのか。
自分達の過去を知っている者はいないはずだ。
「・・・・・「双雨の亡霊」?何の話だ・・・・・?」
「あぁ、とぼけても無駄だから、何なら天河とかいう人にも詳しく教えてあげましょうか?」
「なっ!?」
思わず振り返ると佐久間は直ぐ目の前まで移動していた。
長緒もゆっくりと反転した。
「・・・・・何故、天河がでてくる?」
「あら・・・?貴方達気づいてないのね。まぁいいわコレは後の楽しみに取っておくとするわ。」
一体どこで調べたのか。
二人の目が鋭くなる。
「いい目ね、私は好きよ?・・・・・・それでどうするのかしら?」
自分達に「双雨の亡霊」と言って来た以上、選択の余地は無いといっても過言ではない。
二人は苦虫をかみ締めたような声で了承した。
そして今に至る。
その頃、神楽坂と佐久間は街外れの丘に建つ古びた洋館の前にきていた。
石の壁はボロボロに崩れ、植物の蔓が延びる。
建物の窓ガラスも所どころ木の板で塞がれているいるような状態だ。
「・・・・ここが・・お前の家か・・・・・。」
神楽坂は門の前で古びた洋館を見上げた。
こんな場所があるとは思ってもいなかった。
「そうよ。・・・・・来て。」
そういうと佐久間は門をくぐり洋館の鍵を開け中へ入る。
神楽坂も後を追い館内へと入っていった。
内部は異様な光景だった。
館内の殆どが埃まみれになっていたからだ。
佐久間の家族がいるはずなのだが、これでは屋敷の外の状態と合わせて廃墟と言わざるを得ない。
「・・・・・・・。」
言葉が見つからない神楽坂を尻目に佐久間は足を進める。
「あぁ、見て分かると思うけど、私しか住んでないの。」
佐久間が向かう方向を見るとある事に気づく。
それは床、通路、装飾品等が綺麗に掃除され埃一つないところだ。
恐らく自分が使う所だけを掃除し、他は放置しているのだろう。
神楽坂が佐久間の後に続くと白い装飾のクロスがかけられた長テーブルがある部屋に辿り着いた。
ここは食事を取る所で燭台やグラス等が並べられていた。
「適当に座って。」
「あ、あぁ・・・。」
佐久間に言われ直ぐ目の前にあった木製の椅子に座った。
この椅子も洋風の木製椅子で背もたれが付いている。
周囲を見回してみると長方形の設置型振子時計が置かれ、壁には絵画が何枚か掛けられている。
奥には暖炉もあるようだ。
「・・・・ってか自宅にならわざわざ転校してくる必要ないんじゃないのか?」
「・・・・・面倒だからに決まってるじゃない。」
佐久間は近くの冷蔵庫から二人分のジュースを取り出して神楽坂に手渡した。
「ホントはワインがいいんだけど、仕事の前はまずいでしょ?」
仕事の前だろうが後だろうが未成年だろと神楽坂は苦笑う。
「・・・・・・んじゃそろそろ仕事に取り掛かろうぜ。」
ジュースを飲み干し立ち上がる。
「・・・・そうね、それじゃお願いしようかしら?」
佐久間も立ち上がり、赤く厚そうなカーテンを開くと色々な物が散らばった部屋が姿を見せた。
「・・・・・・え?」
結局、昨日は部屋の片付けというどうでもいいことをさせられた神楽坂。
0時を過ぎようとも帰らせて貰えずただひたすらに力仕事だけ、どうにか片付いたものの終わった時間は夜中の3時過ぎ。
とても数時間でやれる量と部屋の広さではなかった。
「・・・・今日から一人で来なさい、余計な噂はお互い御免でしょう?」
自分の机に伏せて寝ている神楽坂に一言いうと佐久間はクラスメイト達に囲まれながら昼食をとりにいった。
「・・・・神楽坂君またきてないの?」
今日も欠席すると天河に長緒は伝えた。
「・・・・・・まさか・・・彼女でもできたんでは・・・・・・。」
「・・・・え?」
天河は何故か心配になった。
「・・・・・・心配するな、それはまず・・・・無い。」
「地味に長緒先輩が一番酷い言い様やな・・・・・・」
「それで、神楽坂先輩の用事は何時終わるのですか?」
長緒は少し考えた。
「・・・・分からん。」
佐久間が神楽坂を解放してくれるのは恐らく、反魂の器を起動させる為のキーアイテムを手に入れてからだ。
神楽坂は自分にも佐久間邸での話しをしてくれない。
彼女に口留めされていた。
「まぁ、今の所面倒な敵は出てきてねぇからいいけどよ。」
「例え先輩の不在中に強力な敵が現れようが我等が撃退すればいいだけの話だ。」
「前衛の数は十分やからな・・・」
「・・・・・・・。」
反魂の器・・・・本当に存在するのだろうか。
だとすればそれを人間が手にすることは危険ではないのだろうか。
長緒は胸騒ぎを覚えた。
放課後、神楽坂はまた佐久間邸へと足を運ぶ。
今日は一体何をさせるのだろうか。
古い扉には呼び鈴らしき物が見当たらずどうやって中の人間に来訪者を知らせるのだろうか、取り合えずドアノブらしき取っ手を握り引いてみた。
「・・・・お。」
鍵を掛け忘れたのだろうか、神楽坂はとりあえず中へ入ることにした。
「・・・鍵が開いてたって事は居るはずなんだが。」
入ってすぐのホールに立ちすくみ館内を見回したが佐久間の姿は見えない。
「・・・・やれやれ。」
彼女の携帯も知らないので連絡することもできず、かと言ってこれ以上勝手に入る訳にもいかない。
それにしても佐久間は何故自分達の秘密を知っているのだろうか。
「・・・・そういや天河の事も言ってたな。」
そうこうしていると吹き抜けになっている二階から佐久間が現れ二階にくるように指示された。
佐久間に呼ばれて入った部屋は部屋中本棚に囲まれた書斎だった。
全ての本棚にはびっしりと古本が入れられている。
書斎の隅に設置されている木製の机に佐久間は座っていた。
「・・・・何してんだ?」
机に向かって古い本を見ていた佐久間は椅子を少し引き、斜め後ろにいる神楽坂の方を向いた。
「・・・少し調べたい事があってね。」
佐久間は私服姿で丸い片眼鏡をしていた。
「反魂の器」の事を調べているのだろうか、所々が劣化した本に書かれた文字や図は神楽坂には読み取れなかった。
「それで?そのキーアイテムとやらは何処にあるんだ?」
「・・・・ここよ。」
佐久間は調べ物をしながら指で床を差し示した。
「・・・・マジで言ってんのか?」
そんな大層な代物がこんな身近に、しかも佐久間の家にあるというのかと神楽坂は疑問に思った。
佐久間は片眼鏡を外し胸ポケットに入れると、椅子を少し引き神楽坂の方へ体を向け足を組む。
「・・・・この洋館は祖父が買い取ったものなの。」
佐久間は自分達と同じ境遇で恐らくはその祖父が彼女を引き取ったのだろう。
「・・・・まぁ今は私しかいないから使う所も限られてるけど。」
佐久間の義祖父とは一体何者なのだろうか、神楽坂は黙って彼女の話を聞いた。
「義祖父の表の顔は考古学者で、更に霊能学も研究していてね。」
佐久間はわざわざ表の顔と言い回す。
「・・・・で?お前の爺さんがそのキーアイテムが眠る洋館を見つけたってのか?」
「・・・・そうゆう事、出来すぎた話でしょうけどね。
私も最近まで半信半疑だったけど祖父が遺した文献を見つけて調べた結果、確信に変わった。
というわけ。」
佐久間は足を組み直した。
「・・・・にわかには信じられねぇ話だな。」
自分達の正体といい、まだ胡散臭いが反魂の器との関係。
こんな情報を何処で手に入れたのか、神楽坂は鋭い視線を佐久間に向けた。
「・・・・・少し喋ったら喉が渇いたわ、コウ下から紅茶いれてきて。」
神楽坂の視線に動じる事なく、また机に向かい片眼鏡をつけて古文書を開いた。
「なっ!?ちょ、ちょっとまて俺はただのパシリかよ!?」
佐久間はまた黙々と書物に目を通していただけだった。
そして瞬く間に三日が過ぎたのだった。
神楽坂が用事で委員会を欠席し始めてから今日で5日目だ。
長緒からは用事で来れないとだけ言われているだけで詳しい事は分からない。
天河は寮の共同浴場の湯船に浸かり、風呂の蒸気が上っていくタイルでできた天井を見ながら考えていた。
暫く考えていると、突然隣に誰かが飛び込んできた。
上を向いていた天河の顔にダイレクトにお湯がかかった。
慌てて顔を拭き、一体誰なのかと隣を見るとそこには頭にタオルを載せた長沢の姿があった。
「聞いたわよ~摩琴っちゃん。」
長沢は天河の隣で湯船に背をつけ大きく背伸びをした。
迷惑そうな声で天河は彼女に聞き返した。
「も、もぉ~、一体何がですかっ」
不意に掛かった湯は目にも入ったらしく右手で目をこする。
「あ~ごめんごめん、目に入っちゃった?」
軽く謝った。
何時もの事なので天河も余り気にはしていない。
長沢は取り合えず本題に入った。
「5組に凄い美人が転校してきたみたいね?」
3年5組、神楽坂と長緒のクラスだ。
「ウチのクラスは堅物が多いからそういった話は何時も遅いのよねぇ。」
特進クラスの生徒達にはそういった色恋沙汰には余り関心がない。
なので数日経って要約長沢から情報が入る程度だ。
「まぁウチのクラスはA校舎だし、学園の生徒数も多いから仕方ないですよ。」
「そうなんだけどねぇ、そういや神楽坂君ここの所委員会休んでるんだって?」
この話題には関心があるのか天河は長沢の方を向いた。
「う、うん。もう一週間になるよ・・・・。」
軽く俯いた。
「おや?さっきとは反応が全く違いますなぁ?」
「べ、別にそんな事ないですっ!」
焦りつつ湯船から出て更衣室へ向かう。
長沢はニヤニヤを笑いながら彼女の背中を見送るのだった。