29:碧眼の転校生
「・・・・っ!?」
神楽坂は突然目を覚まし上半身を起こした。
荒くなった呼吸を整え、額の汗を拭いながらまだ暗い窓を見る。
「またか・・・・。」
季節は梅雨に入り雨音だけが聞こえていた。
朝から降っていた雨は止む事は無く、寧ろ雨足が強くなる一方だった。
「・・・・ねぇ直明、あの二人様子おかしくない?
特に神楽坂、1限目からずっと窓の外ばっか見てるけど。」
安堂は朝から神楽坂と長緒の様子がおかしい事に気がついていた。
特に神楽坂はHRの時から今までずっと窓の外をただぼうっと見ているだけだった。
「雨でテンション下がってるだけじゃねーの?」
「あの下がり具合は異常な気がするんだけど・・・・。」
「・・・・・・・。」
神楽坂は今だ外の景色を眺めているだった。
第二体育館では天河と長沢のクラス合同でバレーが行われていた。
この体育館は第一体育館と違って一般的な広さしかないのでコート数も限りが有り試合ができないグループは終わるまで待機していた。
ジャージを着た天河も次の試合までチームメイトとコートの隅に座っていた。
冬服は今日までで明日から衣更えだ。
「・・・・・・・」
天河は体操座りのまま体育館出入口から見える雨を顔を膝に埋めて見つめている。
(・・・・・・お父さん・・。)
両膝を抱く両腕に思わず力がはいった。
そんな中、近くに座る他のクラスの生徒達の会話が耳に入ってくる。
女子生徒は惚気ながら伸びたジャージの袖をヒラヒラさせる。
その会話を聞いているとある事を思いだした。
今、天河が着ている上着は科学室で遭難した時神楽坂が着ていたものだ。
流石に数時間程度で服が伸びる事はないが、思わず顔を赤らめ周りに気付かれないようにまた両膝にうずめた。
しかし長沢にはお見通しだった。
早速からかいに天河に絡んできた。
「あらあら~?顔が真っ赤ですよ摩琴さ~ん」
ニヤニヤと笑いながら天河の顔を覗き込んできた。
「・・・・志穂さんもしかして全部分かって・・・た?」
ジャージを神楽坂に貸していた事を知っていると言う事は事前に校舎の状態を把握していた事になる。
天河は前もって教えてくれていればあんな目に遭わずに済んだのにと苦笑った。
その表情で長沢も彼女の考えが読めたのかニヤリと笑う。
「まぁ大怪我するわけもなし、こんな面白いイベント邪魔するわけないっしょ?」
完全に自分だけ楽しんでいる長沢を見ていると、鬱な気分でいるのも馬鹿らしくなってきた。
「・・・・少しは気晴れた?」
「・・・・え?」
長沢はただ単に天河をからかっていたのではなく、彼女を元気付ける為だった。
とはいえ自分も楽しみたかっただけなのかもしれないが。
天河はゆっくりと返事をした。
「・・・・もうこんな季節なのね、1年って早いわ。」
「・・・・うん。」
天河は首から提げた父の形見であるロザリオを軽く握った。
「・・・・随分と思い詰めているようだが、どうした?」
昼休み屋上。
長緒は朝から様子がおかしい神楽坂にどうしたのか聞いてみた。
神楽坂は両手をズボンのポケットに突っ込んだままフェンス越しに遠くを見ていた。
「・・・・あの夢をみた。」
神楽坂はそのままの体勢で、その一言だけ言った。
長緒もある程度予想していたようで「そうか。」とだけ返す。
「・・・・もう割り切ったつもりだったんだがな。」
また今朝の夢が思い返され、神楽坂は思わず歯を噛み締めた。
「・・・・無理に割り切る事はない。」
「・・・・・・・・。」
「おらー飯買ってきたぜー!」
暫くの静寂の後、吉原と安堂が調理パンが入ったビニール袋を持って現れた。
元気のない神楽坂と長緒を気遣って二人は全員分の昼食を買っていた。
「光志、いつまでシケた面してんだよ!ほら今日はテリヤキゲットできたんだぜ!」
そう言うと吉原は袋からテリヤキサンドを取り出し神楽坂に投げ渡した。
テリヤキサンドは最近学食に並んだカツサンドと並ぶ人気商品である。
神楽坂は慌ててポケットから手を出し受け止めた。
危うく濡れた地面に落ちる所だった。
「あ、あっぶねぇだろ!」
神楽坂は苦笑い、袋を開ける。
ベンチはまだ乾いていないので適当にフェンスやコンクリートの壁に凭れかかるようにして昼食を取る。
「うー、やっぱ美紀達と昼取ればよかったかも・・・・」
雨で濡れている屋上での昼食を後悔する。
彼女の言う通り無理して屋上で食べる必要はないなと三人も思うのだった。
やはり立ったままではゆっくりできないと屋上を後にしようとした時、神楽坂が何かに気付いた。
「・・・・どうした?」
「・・・・いや、大した事じゃねぇんだけど・・・。」
神楽坂の視線の先には正門からこちらを見ている人物が映っていた。
服装から女性、しかも色違いの六学の制服を着ているように見える。
ここから正門までかなりの距離があるので自分を見ていた。
というのは気のせいだろうが、色違いの六学の制服は姉妹校である統刃学園の生徒だ。
その女子生徒は直ぐに姿を消した。
「おい、早く戻ろうぜ?また雨降ってきたわ。」
吉原に呼ばれ神楽坂は返事をして屋上を後にするのだった。
活動を終え下校する際も雨は降っていた。
除霊委員達は傘を差して揃って下校する。
「今日は楽勝だったじゃん」
「せやな、毎日こうやと助かるんやけど。」
上村と星龍は今日の戦果を話す。
篠崎と蒼芭は暴れ足りないようだったが無駄に忙しいのも考えものだ。
そう言えば活動中、天河の元気が無かったなと神楽坂は思い出す、それに今も少し様子が変だ。
神楽坂は天河に聞いてみた。
「・・・・大丈夫か?元気がないみたいだが。」
「え?あ、大丈夫、ちょっと考え事してただけ・・・。」
神楽坂に微笑んでみせたが少しぎこちない。
天河も彼の様子に気付いていたらしく逆に彼女から問い掛けられた。
「神楽坂君の方こそ調子悪かったみたいだけど?」
「そ、そうか?ちょっと遅くまでゲームしてて寝不足なだけだよ。」
正門に差し掛かる。
そこには傘を差した女子生徒が立っていた。
制服から六学の姉妹校である統刃学園の生徒ようで傘を低く持っていたため顔までは見えなかった。
部活動も終わり帰宅する時間だ。
誰かを待っているのだろう。
除霊委員達は正門で別れ、各自帰路に着く。
「・・・・・・。」
神楽坂と長緒の背中を見ながら正門にいた女子生徒はニヤリと笑い傘から鋭い碧色の目が覗いていた。
「あ、おはよ。二人共聞いた?」
翌朝、教室の扉側に座っていたクラスメイトが室内に入った神楽坂と長緒に話掛けてきた。
神楽坂は何事なのか聞き返す。
「友達が昨日職員室で統刃学園の制服着た女子が山城先生と話してたのを見たんだって!」
「統刃学園・・・・・・。」
神楽坂は昨日下校時に正門で見たあの統刃学園の制服を着ていた女子生徒を思い出した。
「でね、凄い綺麗な人だったみたいなのよ!」
クラス内を見回すと確かに男子のテンションがいつも異常に揚がっているようだ。
一番盛り上がっているのは吉原だった。
「・・・・この時期に転校生か、珍しいな。」
と言いつつ長緒は興味なさそうに自分の席に着いた。
神楽坂はまだその場に残っていた。
「やっぱ長緒君クールよねぇ♪」
「吉原の様子じゃその子かなりレベル高そうだよね・・・・・・こりゃ負けたかなぁ~。」
神楽坂は苦笑いながら自分の席に付いた。
と同時に吉原が絡んできた。
「おい!聞いたかよ!?」
それから先は聞いた事を大声で連呼していた。
「わ、分かった!分かった!少し黙れ!」
流石に目の前で大声を出されては堪らない。
「はぁ、はぁ、と、兎に角俺が得た情報だと天河さんや長沢さんと引けを取らない程らしいぜ!!」
吉原のテンションは下がることを知らない。
もうすぐ担任の山城が来る頃だ。
流石に騒いだままなのはまずい。
教室内は自然と静かになった。
と、同時に教室の扉が開き山城が入ってきた。
タイミングはバッチリだった。
「・・・・・随分と連携取れてんじゃねぇか。
吉原の声が階段まで聞こえてたって事はもう知っているだろうが、今日は転校生を紹介する。」
やはり転校生だったようだ。
また騒ぐ事はなかったが男子生徒は心の中でガッツポーズをした事だろう。
山城は廊下で待機している生徒に入ってくるように声を掛けた。
クラス全員が扉に注目する。
扉がゆっくりと開き、一人の女子生徒が教卓の横まで歩き正面を向いた。
「・・・・・・・・・。」
右目が隠れるほど伸びた紅い髪と碧色の瞳が印象的な少女だった。
「お、おおおおおおっ!!」
「うるせぇっ!!」
我慢しきれなかった吉原の額にチョークが炸裂。
今のには転校生も驚いたはずだが、全く気に留めずに正面だけを見ていた。
「今日から俺達のクラスに転入する事になった佐久間だ。佐久間、挨拶を頼む。」
佐久間と呼ばれた転校生は反転しチョークを持って教壇に立って自分の名前を書いた。
神楽坂と長緒は彼女が教室に入ってきた時から気になっていた。
何処かで会った事がある。
それもかなり前に・・・・・・・。
佐久間は自分の姓名を書き終え皆に見えるように横に動いた。
「・・・・・佐久間玲奈です、よろしくお願いします。」
佐久間はゆっくりと一礼した。
「と、いう訳だ、仲良くしろよ?
で、佐久間の席だが・・・取り合えず神楽坂の後ろにでも座ってくれ。」
山城に返事をすると佐久間はゆっくりと神楽坂達の方へ歩いてきた。
吉原は既にメロメロだ。
彼女が近づくにつれ神楽坂と目が合った。
普通なら直ぐに目線を外すのだが今回は外す事ができなかった。
やはり何処かで会った事がある。
だが、神楽坂は全く思い出すことが出来なかった。
ただの勘違いだろうか・・・・?そう考えていると佐久間は神楽坂と長緒の間を通り後ろの席に座った。
「・・・・・一体何なんだ・・・・。」
正面を向いたまま思わず呟いた。
長緒も平静を保っているが神楽坂同様彼女が気になっているようだ。
何かを忘れているような・・・・・。
「・・・・・久しぶりね、コウ。」
「!!?」
神楽坂は思わず後ろを振り向いた。
長緒には聞こえてはいなかったがその行動に気づき、視線を向けていた。
「・・・・・そのあだ名・・・・。」
佐久間は怪しく笑った。
「十数年振りかしら・・・?。」
黒板に書かれた彼女の名前を思い出す。
佐久間玲奈。
佐久間はおそらく里親の苗字だ。
「!?」
神楽坂の頭に幼い頃の記憶がフラッシュバックした。
「・・・・・レ、レイナか!!?」
「・・・・正解、思い出してくれた?」
神楽坂は驚きを隠せずに表情が固まった。
何故今になって彼女が転校してきたのか分からなかったが物凄い嫌な予感が頭を過ぎるのだった。