28:急接近?
3階。
寒さは既に氷点下。
まるで冷凍庫の中に迷い込んだようだ。
「なん・・・・だよ・・・・これは」
余りの寒さに顔の皮膚がヒリヒリする。
「佐由里、無理そうなら引き返してもいいぜ・・・?」
気遣う篠崎だが説得力がない。
「ふ、慶お前こそ無理はするなよ・・・・?」
流石の蒼芭も両腕を組んで寒さを凌ぐ。
唯一長緒だけが寒さの影響を殆ど受けていなかった。
「先輩、あんた平気なのかよ・・・・・」
篠崎が聞いてみたが長緒は平然と返事をし足を進め始めた。
「さ、流石長緒先輩・・・凄まじい精神力です・・・我等も見習わねば・・・。」
「精神力とかっつーレベルじゃねぇ!」
蒼芭にツッコミつつも長緒の後に続く。
3階の窓ガラスは白く氷り床も凍結しかけていた。
転倒に気をつけながら三人は科学室の近くまできたが、目の前に天井に付きそうな高さの氷の柱が行く手を阻んだ。
この氷柱が神楽坂達を閉じ込めているのだ。
「・・・・・・・・・。」
長緒もこの寒さの中冷静に分析する。
「さ、さみぃ・・・・・」
篠崎はその場で足踏みし体を暖めようとするがこの気温ではそれも余り効果がない。
「な、情けない・・・・・」
篠崎の姿と、寒さに屈しかける自分にポツリと言った。
目の前の氷柱から科学室までは100m程だ。
よって神楽坂達を救出するためにはまず行く手を阻む氷柱を除去しなければならない。
となると残された手はただ一つ、この現象を引き起こしている元凶を倒すしかない。
「・・・・・・やはり元凶を断つしかないようだな。」
後ろの二人に向きつつ上着の内ポケットから携帯を取り出した。
「長緒君なんだって・・・?」
「前の通路全部氷で覆われてんだってよ。」
やはり無理やり出る事はできないようだ。
壁に設置されている外気温計は氷点下を下回っている。
二人は何時しか肩を寄せ合っていた。
C校舎4階。
「こ、ここ・・・・学園・・・だよな?」
目の前の光景と異常なまでに低い気温に身も心も凍りついた。
3階とは比べようもない気温が空気中の水分を凍らせダイヤモンドダストのような現象を発生させている。
更には凍結した床が三人の上履きを捕らえ始めた。
「し、心頭滅却・・・・。心頭滅却・・・・・・・」
防寒具を着ていても上から直に寒さが刺さるようだ。
長緒もこれ以上は危険だと判断する。
運良くこの階に妖怪が現れればいいのだが。
「・・・・・・この階はまだ氷柱が発生していないようだな。」
つまりはこれから敵が現れる可能性が高いということになる。
長緒は篠崎と蒼芭に下の階へ戻るよう指示した。
「冗談じゃ・・・ねぇ、ここでリタイアできるかよ・・・・!」
篠崎は丸めていた体を伸ばし姿勢を正した。
精一杯のやせ我慢だった。
蒼芭も続行を長緒に進言する、まだやる気は十分だ。
「・・・・・・分かった。だが無理はするなよ?」
長緒は寒さを全く受け付けていない。
神楽坂もそうだが、寒さに動じない長緒も謎がある人物だと篠崎と蒼芭は思った。
「・・・・!?」
4階の探索を開始して暫く経った時前方に強い妖気を感じた。
運良く妖怪が現れたのだろうか。
三人は前方を注視する。
ダイヤモンドダストがキラキラと反射し幻想的な光景の中に青白い光を捉えた。
篠崎と蒼芭はその場で抜刀し構える。
長緒もこの機は絶対に逃せないと考えている、となれば敵を呪縛する必要がある。
何時も使っている呪縛術では発動から呪縛まで時間が掛かってしまう、その間に逃げられては元も子もない。
長緒は少し考えた後、自分の合図の後に全力で斬りかかるように指示した。
「任せとけっ!早く体動かしたくて堪らなかったんだっ!」
走り出そうと足を動かした時、篠崎はその場で豪快に転倒し後頭部を強打した。
両手で後頭部を押さえながら床を転げ回る篠崎を見ながら蒼芭は思わず右手で顔を覆った。
この寒さで床が凍結している事を完全に忘れていたようだ。
「・・・・・・・合図の後だと言ったろう。」
仰向けで悶絶する篠崎にかける言葉もない。
長緒は前方に微かに見える敵を視界に捉えつつ二人に間合い近くまでゆっくりと接近すると伝えた。
どのみち床の凍結で満足に走ることもできない。
目標との距離約200m。
今のところ此方に気づいていないのかその場で静止している。
三人は転倒しないよう手摺のある窓側を歩き目標に接近した。
「・・・・・頭が痛てぇ。」
「「龍迅駆」を習得していればな、そんな痛い目にあう事もなかったんだぞ?」
「・・・・・うっせぇな仕方ねーだろ。」
「・・・・・相手に気づかれるぞ。」
長緒は前を歩く二人を戒める。
目標との距離は50m程までになっていた。
ここまでは順調、後はこのまま自分達の間合いに入れるだけとなった時だった。
「・・・・・・!?」
突然目標がゆっくりと平行移動を始めた。
目標に気づかれてしまったのだ、自分達との距離が少しずつ開きだす。
このままでは床から氷柱が出現し手が出せなくなる。
「先輩、このままでは・・・・!?」
蒼芭は指示を仰ぐ。
ここで取り逃がすわけにはいかない。
「・・・・・・任せろ。」
いつの間にか長緒の霊気が高まっている事に二人は気づいた。
体から放出される霊気が変異し青白いオーラとなり体を包む。
「こ、こいつは・・・・・!?」
この感じ、以前の神楽坂が霊質変化させた時と似ていた。
「・・・・・・奴の動きは俺が止める、行け!」
二人は転倒に気をつけつつ敵に接近し抜刀する。
床が凍結しているため一気に間合いを詰める事ができない。
時間をかければ氷の柱が発生してしまう、幸い敵の軌道は直線のままだ。
「佐由里!「襲突破」を使え!」
篠崎は速度を落とし蒼芭の後ろに回り印を描きはじめた。
その印で篠崎の意図を読んだ蒼芭は走りつつ刀を寝かせ自らの霊気を高め始める。
背後から篠崎の霊気による激風が蒼芭の背中を押し出した。
敵の後方、蒼芭の前方からは床から氷柱が立ち上がり始める。
「・・・・・往くぞっ!」
蒼芭も自らの霊質変化により更に加速し敵に向かって氷柱が面前に立ち塞がろうがお構いなしに一気に突っ込んだ。
その切っ先は氷柱諸共敵を正確に捉えた。
敵は硝子が割れた様な音を出し砕けキラキラと離散していった。
蒼芭は壁に激突する前に風を発生させブレーキを掛ける。
床が凍結していることもあり壁ギリギリで何とか静止することができた。
「・・・・・・よし、元凶は絶った、光志達を救出しに行くぞ。」
長緒は反転し階段を下りてゆく。
その場には篠崎と蒼芭がまだ残っていた。
「・・・・・・佐由里。」
「私の剣先が敵を捉えた瞬間、まるで氷の棺のような物に閉じ込められ身動きを封じられていた。」
「ああ、神楽坂の先輩が雷へ霊質変化させた時と同じ感じだったぜ・・・・・・。」
篠崎と蒼芭は長緒の後に続き3階へ向かった。
「・・・・・ど、どうやら倒せたようだな。」
妖気の消滅を感じ氷ついた廊下側を見た。
妖怪を倒したとはいえこの寒さが直ぐに無くなる訳もなく救助を待つしかない事に変わりはない。
先ほどの長緒との電話で寒さを凌ぐ最終手段を教えてもらったが、いくらなんでもそれは実行できずに最後の手段は使っていなかった。
「・・・・・・・・う・・ん。」
天河の反応が鈍い。
「て、天河!?」
彼女の肩を軽く揺すってみたが反応は変わらない、意識が虚ろになっている。
とうとう限界がきてしまった。
早く対処しなければ重度の低体温症になってしまう。
長緒たちが来るまで何とか耐えなければ・・・・・。
「・・・・・悪い、天河。」
神楽坂は天河を抱き寄せた。
長緒からの最終手段はお互いの体温で暖め合う事だった。
非常時とは言えいきなりそんな事ができる訳もなく今まで簡易ストーブだけで耐えていたが、最早手段を選んでいる場合では無かった。
(・・・・・・え、・・・・神楽坂君・・・・。)
薄れいく意識の中、神楽坂の温もりを天河は感じていた。
神楽坂も限界が近い、視界もぼやけてきている。
彼女を抱く腕に力が入る。
絶対に自分だけは意識を失うわけにはいかない。
そう決意した時だった。
科学室の扉が開き長緒が姿を見せ、続いて篠崎と蒼芭も現れた。
神楽坂と天河はギリギリの所で助かる事が出来たのである。
「・・・・・へ、随分と遅かったじゃねぇか・・・・。」
神楽坂は天河を抱きしめたまま憎まれ口を叩いた。
「ふ、これでも急いだんだがな。動けるか?」
「あ、あぁ、なんとかな。」
「天河先輩は私が保健室へ。」
蒼芭は神楽坂から天河を受け取り抱きかかえ、そのまま保健室へ向かった。
「ふ、二人共そんな格好で良く生きてたな?」
制服に体操ジャージだけという予想以上の軽装に篠崎は苦笑うしかない。
よろける神楽坂に篠崎は肩を貸してやった。
「けっ、お前に借りを作っちまうとはよ。」
「まぁ、んな事より、先輩よぉ~天河先輩と何してたんだ?」
凍死を免れる為に天河を抱きしめていた状態をしっかりと見ていた篠崎。
神楽坂は不可抗力とはいえ焦りまくる。
「ま、今度奢れよな?」
ニヤリと笑う篠崎。
「・・・・・て、てめぇ何時か覚えてろよ・・・。」
苦笑う事しかできない神楽坂だった。
この日のHR~2時限目は氷が溶けて水びたしになったC校舎内の片付けと掃除で終わった。
第一保健室。
横にズラリと並べられているベットに神楽坂と天河は寝かせられていた。
もちろん各ベットにはプライバシー保護の為に白いカーテンに囲まれている。
「・・・・・アンタ達最近怪我しすぎなんじゃないの?」
保険委員長である藤沢がカーテンを開けて中へ入ってきた。
手にはベッド使用帳を持っている。
「ま、凍傷にならなかっただけマシだったな。天河も大丈夫なのか?」
「大丈夫じゃなかったらとっくに病院送りよ。」
苦笑いを浮かべながら藤沢はカーテンの外へ出て行った。
隣で眠る天河の意識はまだ戻ってはいないが取り合えず無事に生還できた事に安心し、同時に非常時だったとはいえ彼女を抱きしめてしまった事に神楽坂は思わず赤くなるのだった。