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1:始まり




―3年前



「はぁ・・はぁ・・・はぁ・・・・!」


 一人の男が雨で濡れた地面を必死で走っていた。

 その顔はまるで怪物から逃げているような形相で警察といった生易しい者ではないことを物語る。

 天候は大雨、どす黒い空から激しく振り落ちてくる豪雨はその男が発する音をすべて掻き消した。

 もうかなり走ったのだろう、息も上がり徐々に速度が落ちてくる、所々で壁やゴミ箱につまずき転倒しそうになるが死に物狂いで走り続ける。


「・・・!!?」


 ついに男の逃亡劇は終わった、目の前は行き止まり袋小路だ。

 しっかりと前を見ていればこんなミスはしなかっただろう、だが今の男の精神状態からは無理はない。

 男は引き返す為に後ろに向きなおした。


 だが、遅かった。


 男の前には一人の少年が立っている。

 彼は傘を差さずに全身ずぶ濡れで前髪も雨で落ち目が隠れ、辛うじて少年は眼鏡をしている事とどこかの学校の制服を着ている事だけが分かった。

 男は激しく怯えている、男はこの少年から逃げていたのだ。

少年は無言のまま近づき、雨で濡れ下がった前髪の裏から突き刺さるような威圧感を感じた男は小刻みに震えた。


「た、助けてくれ・・・・!?」


 言葉にならないような声で命乞いをする男と少年との距離は既に3m程にまで迫っていた。

 自分の背後は壁、とても上れそうな壁ではなく、男は完全に逃げ場を失った。

 その場に土下座をするように崩れ落ち必死で命乞いを続ける男に初めて少年が口を開いた。



「・・・・・・お前は助けを求める霊に応え、許したのか?」


 少年の声は冷たい。

 男は命乞いは叶わないと察し悲鳴を上げながら少年の脇を抜け蛇行しながら走っていく。


「・・・・・・。」


 少年はゆっくりと後ろを振り返る。

 まだ男との距離は10M弱、このまま男を逃がすのだろうか、いや逃がす気など初めからない。

 その証拠に男の前にもう一人の少年が電柱の後ろから現れた。

 眼鏡をかけた少年より背が高い。

 男は立ち止まる、左右は壁、前と後ろには少年達。


「・・・・・・お前の運命は決まっている、諦めろ。」


 背の高い少年は腕を組みながら壁へ寄り掛かり、前方が開けた。


 逃げれるかもしれない、僅かな希望を持った瞬間、男の後頭部に強烈な衝撃が走り筋肉の緊張を無くした男は膝からガクリと折れて俯けに倒れこんだ。

 眼鏡をかけた少年だ。

 彼がもう一人の少年に気を向けている間に背後から一撃、男を昏倒させた。

 それを見た長身の少年もゆっくりと近づいてくる。

 

 雨で濡れたれ落ちる前髪を片手でかき上げながら。


 二人の少年は倒れた男を見下すような目で見ている。そして眼鏡をかけた少年が男の背中に手の平を向けると手の平から光が現れ、男を包むと消えていった。



「・・・・・・生者の流す雨に散るがいい。」


 薄れ行く意識の中、男はその言葉が聞こえた後気絶した。





「・・・・・・行こう。」


「・・・・あぁ、天河神父が待ってる。」






挿絵(By みてみん)









-3年後。

福岡県国立六愿学園


 六愿学園は全国屈指のマンモス校で中学、高校と一貫されているのが特徴だ。

 一番の特徴は高等部は三年制ではなく四年制度である事、勿論4年あるのはメリットがある。

 それは大学部へフリーパスで進学できる事、他の大学にも進学し易いといったものだが当然甘くはない、その為望む生徒は進級せずに三年で卒業する事も可能である。


 学園の構成は一つの敷地に中等部、高等部が一緒に入っているため学園事態の大きさはかなりの広さだ。

 そして学園に通う生徒数も膨大な数な為に体育館等の施設は通常よりも大きいか、または何個かに分けられている。




 バサッ!


 体育館からバスケットボールが綺麗に入る音がした。

 綺麗に決めたのは長身の青年、そのフォームは華麗で周りからは女子の黄色い声援まで聞こえている。

 対戦相手だった眼鏡の青年は右手拳をプルプルとゆっくり上げて悔しがっていた。


 この第一体育館は高等部生徒全てを収容できる巨大さで学園内の施設内で一番の大きさを誇る。

 全校集会等はこの体育館で行われており、現在は4クラスが合同で体育の授業をしているようだ。

 その中でバスケットをしているクラス、3年5組。


「げっ・・・・・!?」


「・・・・・これで俺の勝ちだな光志。」


 光志と呼ばれた青年はゴールネット下でバウンドするボールをただ見ている事しかできない。

 授業の合間にしていたフリースローの賭けもこれで10連敗だ。

 今回こそはと意気込んでいただけに、彼は肩を落とした。


 上ジャージのファスナーを全開にして黒いシャツを出しただらしない格好をしている彼の名前は「神楽坂光志かぐらざかこうじ」5組の問題児の一人で、今こそは落ち着いたものの中学時代は問題を多く起こし特別処置として自宅謹慎という名の停学処分を数回受けた過去がある。

 古いミニグラスをしているが、これは伊達で何故こんな古臭い眼鏡をしているのかは不明。


 そして10連勝を果たした長身の青年は「長緒健一ながおけんいち

 シャツを出す事もなくファスナーもキチンと上まで上げ、体操着をだらしなく着ている神楽坂とは対称的だ。

 彼は183cmと長身で常に冷静沈着、成績優秀、更にはスポーツ万能とその容姿と性格から他校にも非公式のファンクラブが存在している程、女子に人気がある。(本人は知らない)


 二人は幼少時からの親友で家も近い事もあり、小学校、中学校、そして高校も同じ学校へ通っていた。

 六学は国立で偏差値も高く受験も難しいと思われがちだが、学園には様々な科があり、その科によって幅が大きい。

 つまり、二人が在籍している普通科は神楽坂でも合格できるという事なのである。

 流石に全く勉強せずに、は無理なので受験日までの三ヶ月間、長緒は自分の勉強そっちのけで神楽坂に勉強を教えた。

 彼の家は母子家庭で、更に二歳下には妹もいる為、費用の安い六学に何としても受かる必要があったのである。

 長緒は特進科も楽に通る成績なのだが、神楽坂に合わせて普通科を選んでいた。

 彼曰く、「家でも勉強はできる。」らしい。


「・・・・・え、えーと今回は・・・・健ちゃんに・・・・。」


「・・・・・3つも食べれないから残りは直明と安堂に、だな。」


 そうだった、と神楽坂は苦笑う。

 今回こそ勝つつもりだった神楽坂は、気合を入れる意味も兼ねてこの勝負に3個賭けていた。

 賭けていた物は昼食の調理パンなのだが、学園で人気が高い「カツサンドパン」通称カツパンを賭けていた事が問題だ。

 人気であるが故に売り切れる速度も尋常ではない、その為学食組みの生徒達は毎日昼休みになるとカツパンを巡りまるで血で血を洗う抗争のような戦い(競争)が繰り広げられる程である。

 

「今回こそ勝てる気がしたんだけどなぁ・・・・・。」


「・・・・・・練習してきた。という訳ではないんだな・・・・・。」


 勝てる根拠自体無かった事に流石の長緒も苦笑う事しか出来なかった。


 タイマー表示式のデジタル得点板を見てみると自分達の出番までまだ時間があるようだ。

 第一体育館は高等部全生徒が入れる程の広さがあるので全面を使えば4クラス程度なら直ぐに順番が回ってきそうなものだが、生憎、壁に設置するタイプのバスケットゴールは8つ、バスケットは4コートだけで行っていた。

 因みに普段バスケット部が練習している場所は第二体育館であり、移動式のゴールポストもそこに置かれている。

 


「光志が負けるとこ、シッカリ見てたぜぇ~。」


「・・・・・・・試合中に見てたのかよ。」


 コートの一つが終わり、交代した天パーの男子生徒がニヤニヤと笑いながら神楽坂の肩にポンと手を置いた。


「・・・・直明、カツパンを3つ手に入れた。一つやるぞ。」


「カツパンごちになりますっ!」


 彼が、賭けの一つを頂く事になった生徒だ。

 神楽坂と同じくシャツを出してジャージを羽織っている天パーの青年は「吉原直明よしはらなおあき」二人のクラスメイトだ。


「やれやれ、4時限目が終わったら地獄だなこれは・・・・。」


 入手自体困難な人気商品を4つも手に入れなければならなくなってしまい、神楽坂は思わず苦笑った。

 特に4時限目が終わった直後の渡り廊下は逸早く手に入れようと走りこんでくる生徒や昼食を取りに行く生徒達が一つに集まる場所で、その争いは熾烈を極める。

 他にもルートは在るのだが、その渡り廊下が最短で学食へ辿り着く事が出来る為、皆その通路に押し寄せるのである。

 しかし、例え最短ルートでも人で混雑してしまえば迂回ルートでも早く到着できたりと無駄に戦略性もあったりするのである。


 自分のクラスがある校舎Cを考えると、渡り廊下が混む前に学食に着く為には4時限目が終わったと同時に全速力で走らなければ成らない。

 どうしても校舎が近い生徒には距離的に不利になってしまうからだ。


 数秒でも早く教室から出なければ成らない、と考えていた時だった。

 吉原がステージの方をガン見している事に気がついた。


「摩琴ちゃんだ!摩琴ちゃん!丁度バレーやってんだよっ!」


「摩琴・・・・?」


 神楽坂と長緒もステージの方を見てみた。

 確かにステージ側のコートではバレーをしているが、此処からでは誰が誰だか判別できない。

 それにしてもこの距離で良く判別付くな、と二人は関心してしまう。


 そんな二人に吉原が食いついてきた。


 

「摩琴ちゃんはなぁっ!!おしとやかで可愛くてスタイルよくて頭も良くてスポーツ万能で優しいしオマケに霊力もある学園のアイドルなんだぞっ!!・・・はぁ・・はぁ・・・・・。」


 んな事も知らねぇのか!と言わんばかりに力説する。

 その迫力に顔を引きつかせる神楽坂と長緒だったが一瞬殺気を正面に感じた。

 何やら吉原の背後に怒りのオーラのような物がゆっくりと立ち上がっている、殺気を放つ人物は二人も良く知っている者だった。

 その人物は赤いジャージを着ていて拳を作った太い右腕を振り上げる。


「・・・・ん?どうし・・・ぶへっ!?」


 背後の殺気に気付いていなかった吉原は無防備のまま怒りのゲンコツを受けてしまい、そのまま白い煙を上げながら床に倒れた。


「てめぇらぁ~俺の授業サボるたぁ覚悟できてんだろうなぁ!!腕立て1000回!!」


 吉原の背後から鉄槌を下したのは5組の担任である「山城炎やましろほのお」だ。

 武闘派で通っている彼は全教師から一目置かれている存在だが、ただの暴力教師ではなく生徒の相談等積極的に聞いてくれたりする頼りになる教師でもあり人望もある。(ただし怒らせると怖い。)

 教師になる前は自衛隊に所属していたらしくチョークを装填させたガス銃(改造)を常に携帯し、授業中居眠り等をする生徒には容赦なく火を吹く。


「い、いや俺達は待機してただけ・・・・・・」


「お、俺に至って・・・は・・・・さっき試合終わったばっか・・・り・・・。」


 言い訳が山城に通用する訳も無く、罰として三人は体育館の隅で腕立て伏せ50回をする事になってしまった。


「・・・・何故俺まで。」


 何もしていないのに巻き添えを食う形になり苦笑う長緒だった。


 1000回から50回になっただけでもマシだが、それでも腕立て50回はキツイ。

 それでも黙々とこなしていき、何とかノルマを達成させることができた。


「ふぅ、いくらなんでも腕立て1000回は無理だよなぁ・・・・。」


「・・・・し、死ぬ・・・・。」


 汗だくの神楽坂と吉原は上着を脱ぎ捨てて床に転がる。

 それに比べて長緒は同じ量の運動をしたにも関わらず殆ど汗をかいておらず、疲労の色が薄っすらと見える程度だった。



 ・・・・その時だった。


「・・・・・・ん?」


 息を整えていた吉原が違和感を感じ体を起こした。


 何かがおかしい。


 体育館内が薄暗くなっている。


 吉原は照明が消えたのか確認する為に天井を見上げるが、特に異常はなく全照明が点灯していた。

 其れなのにまるで照明が殆ど消えてしまったかのような薄暗さ、もしかして腕立て伏せで眩暈を起こしたのかとも思ったが館内の様子を見ると自分だけではない事に気がついた。


 館内にいる全員がこの異常を感じ周囲を見回し、コートで動いていた生徒達も立ち止まり天井や周囲を見回していたのである。


「・・・・な、何か・・・おかしくね?」



「・・・・・・・・。」


 神楽坂と長緒は無言のまま館内を見回していた。


「・・・・・光志。」


「・・・・・分かってる。」


 館内の空気が明らかに変わっている。

 これは太陽が雲の隠れた訳でもなく、ましてや照明が故障した訳でもない。


 原因はたった一つ。

 それはこの館内に漂う邪悪な力。



「な、なんだ!?ボールが勝手に!!?」


 先程までプレイしていた男子生徒が持っていたバスケットボールが突然、まるで自分の意思があるかのように彼の手から離れ地面に転がり、更には宙に浮き始めた。

 ボールが重力を無視して宙に浮くというあり得ない状況に生徒達はただ呆然と見ている事しか出来ない。


「見て!他のも!?」


 隅に置かれていたステンレス製のボール入れからバスケットボールが次々に浮遊し始める。

 それはステージ側でも同じで、此処からでもケースからバレーボールが宙に浮いている事が見て取れた。


 明らかに異常な現象が第一体育館に起っていた。




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