25:一意専心
以前、対峙した時はフードを被っていた。
その時は良く見ることができなかったが、今回はフードを外している。
長髪で赤い目、左頬には一筋の傷。
「・・・・・何の用だ。」
「・・・・・・・・・。」
長緒の問いも赤毛の青年は無言で返す。
この人物は一体何者なのか、一つだけ分かっている事は外見は人の姿だが中身は全く違うと言うこと。
先ほど感じた力は霊気でもなく妖気でもない、その力を持つ種族はたった一つ。
「魔族」のみだ。
赤毛の青年の登場で海羽も精神集中どころではなくなってしまった。
魔力が周囲へ干渉する為まだ未熟な海羽に取っては大きく影響する。
双方、睨み合いが続いた。
暫くの拮抗が続いた後、ついに赤毛の青年が口を開いた。
「・・・・・・長沢志穂はどこだ?・・・・・いるのは分かっている。」
長沢の知り合いなのだろうか?
しかしこんな得体の知れない人物にそう簡単に教える訳にはいかない。
「・・・・見るからに怪しい野郎に教えるとでも思ってんのか?」
「・・・・そうか。」
赤毛の青年も期待はしていなかったようで右手をユックリと地面と水平に上げた。
「・・・・・・死にたくなければ答える事だ。」
右腕に赤黒い炎が纏わり出す。
臨戦態勢を取る二人。
突然の乱入者に海羽も後方へ下がらせるしかない。
「やる気かっ・・・・・・!」
「・・・・・・待ってっ!」
天河の声に双方構えを解いた。
そこには天河を初め全員の姿があった。
篠崎、蒼芭、上村は途中で天河達と合流したようである。
天河と彼女の肩に掴まった長沢は二人と赤毛の青年との間に割って入った。
「・・・・・・志穂。」
「崇・・・・あんたねぇ・・・空気読みなさいよ・・・・!」
「ま、まぁ久しぶりに朝倉君戻ってきたんだし・・・ね?」
三人の言動から知り合いのようだ。
「天河、長沢、二人ともソイツの知り合いなのか・・・・?」
神楽坂はまだ破砕魂の切っ先を朝倉に向けていた。
たとえ天河、長沢の知り合いだとしても油断ができない力を朝倉は持っている。
篠崎、蒼芭、上村、星龍の四人も神楽坂の方へやってきた。
「・・・・・・なぁ、なんか面倒な事になってねーか?」
朝倉の登場から悪霊妖怪の動きは止まっているが現状は何も変わっていない寧ろ話が複雑化している。
「あの魔力。・・・・・・とても人間には見えませんね。」
蒼芭も朝倉の魔力には気づいていた。
「・・・・・兎に角、これで全員揃った。海羽、もう一度初めからだ。」
「は、はいっ!」
両目を閉じ、心を落ち着かせ精神を集中させる。
あの朝倉と呼ばれている青年が放つ魔力が悪霊達を遠ざけている今がチャンスだ。
「・・・で?このゴタゴタしてる時に戻ってきたって事は収穫でもあったんでしょ?」
体調が少し戻った長沢は天河の肩を借りずに自分の力で立ち腕を組んでいる。
朝倉はロングコートの裏ポケットから何かを取り出し、長沢の目の前で拳を開いた。
「・・・・・これはもしかして・・・・?」
朝倉の掌に乗っているのは小さなガラス玉のような球体だった。
それは唯の球体ではなく、中心に光り輝く結晶がゆっくりと回転している、まるで銀河のようだ。
「・・・・何とか一つだけは取り戻すことができた。」
朝倉の掌にのった光り輝く球体は幻想的な音を立てて砕け、中の結晶のみが浮遊している。
その結晶は暫く浮遊したあと、吸い込まれるように長沢の胸元へ入り込んでいった。
「・・・・・・ふぅ。短期間によく探し出せたわね。無茶してないでしょうねぇ?」
結晶が長沢の中に入ってから調子が格段に良くなっているように見受けられた。
「・・・・無茶は承知の上だ。」
「あんたねぇ・・・・・」
朝倉は腕を組み、今度は神楽坂達を見据えた。
「・・・・・・あの二人、やはりお前達に関ってきたな。」
意味深な事を長沢に言った。
天河は何のことか分からない様子でいる。
「ま、私は「観客」として楽しませてもらってるけどね。
それよりあんた、子猫ちゃんが集中できないでいるから力抑えなさいよ。」
朝倉の左足をゲシッと軽く蹴った。
「・・・・・・」
(あ、相変わらず志穂さんには弱いのね・・・・・・)
「・・・・・・・・魔力が消えた。」
朝倉が自分の力を抑えた事により悪霊妖怪を退けていた魔力が消えた。
今まで周りを周回することしかできなかった悪霊妖怪の群れは軌道を此方へ向け始める。
「き、きよったでぇ!?」
星龍はあまりの大群に後ずさった。
神楽坂を初め前衛の五人は海羽を中心に直径100m程の円陣で迎え撃つ。
五人は既に臨戦態勢だ。
そこに離れていた天河、長沢、朝倉が中央へ合流。
「この無愛想の力は止めさせたから、集中に専念していいわよ?」
「は、はい!頑張りますっ!」
海羽は長緒の結界の中で改めて気合を入れなおす。
失敗続きだったが少しずつコツが掴めて来た気がしていた。
しかし、悪霊妖怪の群れは瞬く間に接近し周囲を固める前衛と交戦し始めてしまう。
「・・・・・・・海羽が精神を安定させるまで耐えるぞ。」
「なんだか良く分かんないけど可愛い子の為なら死ぬまで耐えるだけさ。」
「・・・・・死んだら意味ないっちゅーに!」
除霊委員達は星龍を中継し精神をリンクさせているため距離が離れていても会話することが可能だ。
海羽の精神集中も上手くいっている様で悪霊妖怪の数も減少し始めている。
「・・・・・志穂さんっ!?」
前衛が食止め損ねた妖怪が一匹鋭い歯を剥き出しにして長沢の背後から襲いかかった。
だが、次の瞬間、妖怪は空中で一刀両断にされ炎を上げて消滅する。
「・・・・・・・・・・。」
妖怪を一瞬で倒したのは朝倉だった。
剣状の獲物を直ぐにロングコートの中へ収納し両腕を組んだ。
「ま、ここはコレがいるから心配無用よ?」
朝倉の肩を2、3回軽く叩く。
得意げな顔をする長沢に朝倉の表情は更に無愛想な顔付きになった。
苦笑う天河、そして朝倉がある方向に視線を向けている事に気がついた。
「どうしたの・・・・?」
天河の問いに朝倉は短く答えた。
「・・・・・・・・此れからまた長くなるぞ。」
視線の先には学園の周りを覆っていた黒い壁が映っていた。
一度コツを掴んだ為精神集中は順調だ。
自由に動きまわる球体、それを自分の中心へと移動させ維持する。
そして自分の内へ留める。
近くにいる怖い人(朝倉)や周りで響く戦闘音が小さくなり不思議と心が落ち着いてきている事に気づいた。
両目を閉じ両手拳に入っていた力も自然に抜けて往く。
「・・・・・・・。」
「学園の周りを覆っている黒い・・・・・。」
「アレなら消えてってるわよ?」
「な、なん・・・・・だと・・・?」
右手を額にかざして見ている長沢の視線の先を見ると確かに少しずつだが霧散していっていた。
朝倉は内心驚く、あそこまで成長した「魔壁」が理由もなく崩れる訳がない。
「魔壁」とは力の弱い悪霊や妖怪の大群の事で、初めはポツポツと広範囲に現れるだけだが、あるキッカケから爆発的に増加する現象である。
力が弱い為、その殆どが感知されず気付いた時には手遅れになる場合が多い。
だが、この現象が起る事は殆ど稀で何かが干渉しない限りありえない事である。
朝倉はその干渉している原因に直ぐに気がついた。
それは精神集中を行う海羽だった。
(・・・・この感じ、召霊か
あの女が壁を構成する個体一つ一つに干渉しているとでもいうのか・・・。)
暫くして今まで海羽を狙って直進してきた悪霊妖怪達は突然目標を失ったのかその場で浮遊し始めた。
「・・・・・どうやら霊気の漏れが止まったようだな。」
目の前の敵に攻撃の意思がないと確信し構えを解く。
そして地平線近くの空をチラリと見た。
長緒も「魔壁」の心配をしていた。
壁に見えるがあれは膨大な数の魑魅魍魎が集まってそう見えているだけに過ぎない。
そんなものが一気にここへ雪崩れ込んできていたら流石の神楽坂達でもひとたまりもない。
海羽の力がここまで強力だったことが幸いだった。
精神統一が完成し、悪霊妖怪からの襲撃の心配がなくなったと星龍から連絡が入った。
各々戦闘を終了し警戒はしつつも海羽の元へ戻っていく。
海羽の元に全員が集まってきた。
長緒は彼女を守っていた結界を解除する。
「・・・・・・。」
ゆっくりと両目を開いた。
視界には集まった除霊委員達の姿が映っている。
状況から上手くいったのだろうか?と、海羽は少し不安になった。
「・・・・・・ど、どうですか?」
周りの皆に聞いて見た。
自分の目の前には長緒が立っている。
長緒はゆっくりと口を開いた。
「・・・・・良く頑張ったな。」
「・・・・・・!?」
長緒を始め皆が微笑みを自分に向けてくれていることに気づき、思わず一筋の涙が頬を伝っていくのが分かった。
海羽は緊張が一気に解かれ崩れるようにその場に座り込み、直ぐに天河を始め女性陣が介抱する。
「・・・・・良かったな。」
その様子を見つつ神楽坂は長緒に声をかけた。
「あぁ。・・・・・・・。」
いつの間にか神楽坂と長緒の隣に篠崎と蒼芭の二人が揃っている。
四人が向ける視線の先には朝倉が立っていた。
「や、やっばぁ~崇早く引き上げなさいよっ!」
「・・・・・・・・。」
だが、朝倉も上等だと言わんばかりに四人に対峙する。
「お前、天河と長沢の知り合いみてぇだが、その魔力、何者だ・・・・・・!」
「・・・・・・・・そんなに見たいか?」
朝倉の体からゆっくりと不気味に魔力があふれ出してきた。
「・・・・・・!?」
「上等じゃねーかっ!」
蒼芭と篠崎も強力な魔力を感じ抜刀体勢に入った。
「・・・・崇、本気で私を怒らせたいの・・・・?」
「・・・・・・・・。」
長沢のドスの効いた声に興が削がれたのか魔力の放出を止めた。
神楽坂達も朝倉の殺気が消えてゆくのを感じ臨戦態勢を解くが警戒は残している。
朝倉は無言のまま神楽坂達に背中を見せその場から立ち去ろうとする。
だが神楽坂は朝倉を引きとめようとした。
「待ちやがれっ!何故人間が魔力なんぞ持ってやがる・・・・!」
朝倉の肩を掴もうとしたとき間に長沢が割って入った。
「・・・・これ以上の面倒はお互い御免っしょ?」
鋭い目で神楽坂を睨む長沢。
確かに双方がぶつかれば学園は無事ではないだろう。
それほどの力を朝倉は有していた。
朝倉に戦う意思が無い内にこの場から立ち去ってもらったほうが賢明かもしれない。
神楽坂は舌打ちしつつ後ろへ下がった。
「・・・・あんたも挑発なんてしてんじゃないわよ。」
「した覚えはないんだがな・・・・・・それよりも・・・・・。」
長沢に何か言い残し、朝倉は暗がりへ姿を消していった。
「・・・・・・もうヤツが来るのね・・・・・摩琴っちゃん・・・・。」
その頃、天河達は海羽の介抱をしていた。
「・・・・・・大丈夫?」
「は、はい。」
海羽は落ち着きを取り戻してきていた。
改めて状況を確認する。
「あ、あの本当に私・・・できたんですよね?これでもう皆に迷惑かけずに済むんですよね?」
自分の周りにいる委員達に問いかける。
その問いにも戻ってきた長緒が答えた。
「俺達はキッカケを与えたに過ぎない、今の感じを忘れずに精神を磨いていけば大丈夫だ。」
「は、はいっ!私これからもがんばりますっ!」
海羽は元気よく返事をした。
これから今の精神統一を忘れずに行っていけば怪現象に悩まされる事はなくなるだろう。
周囲に発生した魔壁が霧散したのも彼女の隠れた力によるものだ。
この力はゆくゆくは除霊委員会にとって貴重な戦力になる事になるのであった。