24:召霊師
海羽は目を疑った。
何故、長緒が目の前に立っているのか把握出来ずにいたが自然に涙が頬を伝っている事は分かった。
「・・・安心している場合ではないぞ?」
長緒の言葉にハッと我に返る。
悪霊妖怪に襲われ掛けていた事を思い出し周囲を見回した。
「・・・これは・・?」
自分と長緒を円柱状の白光の壁が二人と悪霊妖怪の群れとを遮るかのように囲んでいた。
「・・・・暫くは問題無い、それよりも何故隠れる場所も無いようなグラウンドに
俺の到着が遅れていたらどうなっていたか・・・・。」
「・・・・・もういいんです・・・これ以上・・皆に迷惑かけなくない・・・」
また地面に視線を向けながら力ない小さな声で答えた。
「・・・・行かなくていいのか?」
明かりがなく薄暗い室内のなか生徒会長席に座る雹牙。
彼の前にもう一人、薄暗さで顔が隠れた人物が立っていた。
「あぁ、ん~皆合流するだろうし、そろそろ行くとしますかねぇ」
聞いた事のある声で軽口を言うその人物は雹牙の後ろの窓から見える悪霊妖怪を見据えた。
「・・・・こんだけ集まってるんだ「アレ」の手掛かりの一つくらいはあるんじゃない?」
「・・・・今の所は雑魚ばかりのようだがな。」
「へいへい、そうですかい。」
そう言うと謎の人物は生徒会室を後にしていった。
グラウンドには既に数百を超える悪霊妖怪が長緒と海羽の周りを回っていた。
術の隙間を探しているのだろう。
中には感情に任せて体当たりをしてくる個体もいたが長緒の術はびくともしない。
この程度なら他のメンバーが来るまで耐える事ができそうだ。
「・・・・・・。」
転倒し上半身だけを起こした体勢のまま海羽は今だに顔を上げず地面だけを見つめている。
その間にも悪霊妖怪の数はますます増加する。
とても海羽を守りながらの戦闘は無理だ。
やはりこの現象の原因を突き止めるしかない。
長緒は長沢の言葉を思い出す。
―海羽は霊能者―
そう彼女は言っていた。
しかし海羽からは霊気が全く感じられない。
そして2つ目。
―霊気がないから。とは限らない―
霊能者なら霊力を持っているのが当然だ、そして霊気があるとは限らない。
混乱しそうだが長緒は考える。
「・・・・まさか・・・。」
長緒はある一つの答えを導き出した。
勿論、推測の域だが一番可能性が高い答えだった。
「召霊師・・・?」
「召霊師」とは術者と契約した霊(式神・神族)を呼び出し自らの霊気を与えて戦う術者の事である。
また、死霊を操る術者は「ネクロマンサー」と呼ばれる。
召霊師の持つ霊気は通常のとは異なり、他の霊能者からは感知され無い特徴を持つ。
(ただし同能力者や神眼を持つ者には見破られる。)
天河は自分の肩に掴まる長沢に聞き返した。
彼女を始め長沢と星龍の三人は長緒と合流するためにA校舎へ向かっている。
しかし体調の戻らない長沢のペースに合わせている為移動速度は遅い。
そんな中、長沢は海羽の能力に付いての詳細を話し出した。
「・・・そ。子猫ちゃんの霊気は普通のとちょっと波長が違っててね、簡単には感知できないの。」
何時もなら僅かな情報しか与えてくれないのに何故今になって全てを話してくれるのか天河は不思議に思った。
「・・・・召霊師ってのは術者自体に攻撃能力は無いの
「召霊」または式神と契約し自分の霊気を与えて戦う術師の事なのよ。」
「自分の代わりに戦わせるっちゅーやつか
せやけど敵に自分の霊気を感知されるんわ色々都合悪いんとちゃうん?」
「・・・あ、だから普通の波長と違うのね?」
「そーゆー事、本当は全部話すつもりじゃなかったんだけど状況が状況だし
私ももうすぐ只の美少女になっちゃうしねぇ。」
軽口を言う余裕はあるようで苦笑いを浮かべる天河と星龍だった。
特殊な霊気を持つ召霊師かもしれない。
長緒はそう思った。
それならば霊気を感じる事ができなくてもおかしくはない。
「・・・・・・・・!?」
周囲で様子を伺っていた霊達が痺れを切らしたのか一斉に体当たりを始めた。
霊からは鈍く低い声で霊気を寄越すよう求めている。
やはり海羽の霊気を狙っている事に間違いないようだ。
更に長緒は妖怪が変化する光景を目撃する。
しかも一匹や二匹といった数ではない、次々に変化し強力になっていった。
(・・・・・・変化しただと・・!?)
変化するには一定以上の力が必要となる。
一匹や二匹程度ならば理解できるのだが、数10匹がほぼ同時に変化する事はありえない。
しかも変化する妖怪の数はどんどん増えてきている。
この現象は海羽の霊気に引き寄せられているとみて間違いない。
「・・・・・・・・!?」
今度は自分と海羽を守っている障壁に亀裂が走った。
力の弱い悪霊や妖怪程度ならば十分耐える事ができる。
しかし、変化し力が上昇した妖怪達が相手では話は別だ。
更には悪霊を喰らいはじめる妖怪も現れはじめ、流石にこのままではまずいと長緒は感じる。
「・・・・・・海羽。」
長緒は海羽の前で地面に肩膝を付いた。
それでも海羽は顔を上げることはない。
「何とかなるかもしれない・・・・。」
「・・・・・・・・。」
「・・・・この現象を引き起こしてるのは恐らく、お前の霊気だ。」
海羽は沈黙を守っている。
その間にも妖怪達は次々に変化し長緒の結界を破ろうと体当たりを続けていた。
結界は音を立て少しづつ傷を広げ初め、破られるのも時間の問題だ。
「海羽・・・・。」
再度彼女の名前を呼んだ時、要約その重い口が開いた。
「・・・・・分からないんです。」
「・・・・・・・分からない?」
「・・・・・一体・・私は・・・・何故・・・こんな事ばかり・・・・・・。」
一滴の涙が地面を濡らした。
いつもは何があっても前向きに、明るく振舞っていたがそれはただ装っていただけだった。
こうような場面で長緒はどう言葉を掛けていいのか迷ったが、考えている時間はない。
長緒は少し考えた後、ある行動に出た。
顔を地面に向けていた海羽は何かを感じたのか前方を見た。
「・・・・・・・!!?」
それは今まで自分たちを守っていた結界を解除し、腕を組んだまま妖怪達を見据えている長緒の姿だった。
グラウンドの照明が点灯し結界が消え、視界がクリアになった事により初めて禍々しく自分達の周囲を浮遊している妖怪の群れを目にした。
この化け物達が今まで自分を追いかけていたのである。
恐怖で体が震え始めるのが分かる程だ。
以前長緒は周囲を鋭い視線で睨んでいた。
「せ、先輩・・・・・!?」
「・・・・・よく見ろ、これがお前が引き起こした有様だ。」
長緒の言葉に海羽は思わず視線を地面に向けようとした。
「・・・・・・・逃げるのか?」
「!?」
思わず動きが止まった。
「・・・・・ここで戦わねばこれから先もまた・・・・同じ苦しみを味わうだけだ。」
その言葉を最後に長緒は沈黙する。
かなりの荒療治だが彼女の霊気がこの妖怪達を引き寄せ更には力を与えている原因だ。
妖怪達にとって邪魔な障壁が消え、獲物が姿を現している。
戦う。
海羽にとってその選択肢は無かった。
ただ明るく振舞っていれば、気にしさえしなければ生活していく事ができた。
しかしそれは長緒が言う通り、逃げていただけだったのかもしれない。
だが、自分に戦う力があるのだろうか。
「・・・・・っ!?」
答えがでない中、海羽は長緒の状態に気が付く。
周囲の妖怪が長緒に襲いかかり負傷している事にだ。
「せ、先輩っ!?」
自分達を守っていた結界が消えれば襲い掛かってくるのは当然だ。
制服が所々裂けて尚、長緒は両腕を組み立ったままでその体勢を崩さない。
自分のせいでまた
いや、違う
彼は戦ってくれているのだ
自分が立ち上がるその時まで
自然と体に力が入っていくのを感じた。
今までの装っていただけの力ではなく、目の前の敵と対峙する為の力を。
そして新たな感覚を。
それが霊能力なのかは分からない、だが海羽は確信していた。
「・・・・・・戦います・・・・!」
力強い声と共に体を起こし立ち上がる。
その目はいつもより更に力に満ち溢れていた。
長緒は背中を見せたままだったが、初めて両腕を解いた。
周囲の空気が変わった。
今まで縦横無尽に動いていた妖怪達の動きが緩慢になる。
海羽が自分の霊力をまだ無意識だが制御し始めた証拠だ。
「・・・・・ふっ。」
長緒は片足で地面を軽く踏む動作をする。
すると再度、円柱の結界が海羽のみを包み込んだ。
「え、・・・せ、先輩っ!?」
敵と対峙する決意と勇気が海羽から出ただけで十分だった。
例え霊能に気づいたとはいえ、それを行使するには精神の鍛錬が必要となるのだ。
荒っぽいやり方だったが十分過ぎる成果を得ることができた。
それは変化していた妖怪達が力を失い次々に元の姿へ戻っていく光景が物語る。
「・・・・・いいか、何があろうとも心を乱すな。それだけで十分効果がある。」
そう、精神を集中すれば余計な霊気の漏れを留める事ができる。
それだけで妖怪達の力を削ぐ事ができるのだ。
「や、・・・・やってみますっ!」
若干緊張しつつも両手握り拳を作り自分なりに精神統一を図る。
長緒は周囲を見据えた、動きが緩慢になったとはいえ自分達を襲おうとしている事に変わりは無い。
上着の内ポケットから漆黒のグローブを取り出し左手に装着、臨戦態勢を取った。
ざっとみて妖怪大小合わせて約400匹、悪霊は妖怪に大部分が喰われ100体程まで減少している。
妖怪達に統率はなく各個体がバラバラで襲い掛かってきた。
長緒は障壁から飛び出し次々に飛来してくる妖怪、悪霊を回避しつつも確実に一体ずつ仕留めていく。
一体、また一体と。
神楽坂とは違い広範囲を攻撃する術を持っていない為殲滅速度を上げるには素早い動きが必要だ。
敵自体は力を失いつつあり大したことは無い、問題はその量だ。
海羽が自己の力の制御を試みているがまだ完全とは言えず、依然多くの悪霊や妖怪がグランドへ集まってきていた。
「・・・・・・・まずいな。」
長緒も戦いながらその侵入に気づいた。
「・・・・・・ん~~~~っ!」
一生懸命集中してはいるが、何に集中させるのかいまいち分かっていないようだ。
妖怪の群れを止める為には彼女が自分の力を制御する必要がある。
長緒は最低限の動きで迅速に敵を倒して行くが、それ以上に侵入してくる数が勝り回避するのも困難になっていく。
ついには避けきれず手傷を負った。
「先輩っ・・・・!?」
「俺の事はいい。・・・今は精神を集中させる事だけを考えろ。」
こんな事で気を取られている場合ではないと海羽を戒めた。
「は、はいっ!」
慌てて精神を集中させる。
海羽はまだ感覚をつかめていない。
長緒は戦闘を再開させる。
悪霊妖怪の流れは未だ止まらないが勢いは若干衰えてきた。
長緒は此方へ向かってくる群れの中に一際密度の高い群集を見据えた。
流石の長緒も一人で捌ける量ではない。
しかしここで後退はできない、後ろには海羽がいるのだ。
兎に角、効率を最優先に考え迅速に対応する必要がある。
手足に霊気を帯びさせ周りを警戒していたその時、当然密集していた悪霊妖怪の群れが激しい光と共に消滅し男の声が聞こえた。
「健ちゃん・・・・・!!」
「・・・・・光志か、良いタイミングだ。」
神楽坂霊刃を発生させた破砕魂片手に長緒の元へ走りこんできた。
それに海羽も気づいたが直ぐに長緒から注意され、再び精神集中に戻った。
「わりぃ、少し手間どっちまって遅くなったぜ。」
直ぐに臨戦態勢を取った。
そして後ろで頑張っている海羽の事を長緒に聞いた。
「原因は・・・・彼女か?」
一応彼女への配慮として小声で話す。
長緒も普段より小さな声で肯定し、彼女の能力も伝えた。
「・・・・成る程な、それでか。」
「・・・・・事態を収拾させる為には海羽が自分の力を制御する必要がある・・・・。」
「が、がんばりますっ!あ、す・・すみません集中しますっ」
海羽を挟むように長緒と神楽坂は分かれる。
前方を長緒、後方を神楽坂といった配置だ。
「・・・・・他のメンバーが到着するまで耐えれそうか・・・・?」
「・・・・ま、それは彼女次第・・・だな。」
破砕魂を右肩に担ぎ背中を見せたままの神楽坂はその体制のまま左親指で後ろの海羽を指した。
海羽は精神の集中を続ける。
心を落ち着かせるだけではない、「新たに覚えた感覚」に意識を集中させなければならないのだ。
心の中でその感覚を自分の中心に留め、更に維持する必要がある。
海羽はまだ感覚を自分の中心へもっていく事ができない、何とか留めようにもまるで意思があるかのように動いてしまうのだ。
「せ、先輩っ!上手くいかないですっ何とか留めようとしてるんですけどっ!」
長緒は海羽に精神集中の為の具体的なイメージを教えていない。
先に教えてしまうと余計な先入観を与えてしまうからだ。
だが、今の彼女の言葉からは自然と霊能を感じ、集中し始めている。
やはり彼女には才能がある。
長緒は悪霊妖怪を倒しつつそのまま続けるように言った。
「・・・・へぇ、自力で精神統一しようってのか。健ちゃん、妖怪共の数が減ってきたぜ!」
明らかに敵の数が減少してきていた。
海羽が精神を統一し霊気の漏れが治まって来ている証拠だ。
この調子なら完全に漏れを止める事ができそうだ。
(・・・・良かった・・・少しは効果でてるみたい・・・・・・)
神楽坂の言葉が耳に入った。
どうやら多少なりの成果がでているようで少し安心した。
長緒から具体的な精神統一のイメージを聞かされてはいなかったが今の感覚で問題ないようだ。
体の中心から放射状に沸いてくる力、海羽は初めてその感覚を得た。
体の中を自由に動きまわる球体、それを自分の中心へと移動させ維持する。
後はその力を自分の中へ留めるイメージ。
その様子に長緒は軽く笑みを見せた。
だが慣れていない内は油断はできない。
今の海羽は霊気を発生させそれを体に留める練習をしている。
一時的に漏れをとめられたとしてもダムが決壊するように何時それが起こるか分からない。
「・・・・・・あっ!?」
突然声を上げ、周りの妖怪達がまた一斉に変化し始めた。
中心で維持していた球体が一気に外へ弾けて行き、同時に留めていた大量の霊気が周囲へ放射された。
その威力に海羽の髪が風もないのに激しくなびいた程だ。
「俺たちの事は気にするな!この程度、どうってことねぇ!」
「・・・・・気にせず自分のペースでやる事だ。」
二人は海羽を励ました。
彼等の実力ならばこの程度の妖怪は敵ではないが如何せん数が多すぎる。
更に今の決壊で変化し数も増え始め、初めて何かを守りながら戦う事が難しいと実感させられる神楽坂と長緒だった。
「他の連中はまだこねぇのか・・・・・・!」
「・・・・・篠崎と蒼芭、上村は此方へ向かっているようだが、学園内の悪霊に往く手を阻まれているらしい。」
今までは海羽の霊気だけを目指していた悪霊妖怪達だが一時的にその霊気が止まった為、周囲の人間を襲い始めていた。
篠崎達はその対応で到着が遅れているのだ。
海羽はまた一から精神統一を試みているが、体の中心へもっていく事に時間がかかっている。
二人からは自分のペースでやるように言われたがやはり自分のせいで迷惑を掛けてしまっている事に焦りを感じてしまう。
その焦りが集中を妨げ、グランドへは更に悪霊妖怪が入り込んできていた。
その時だった。
「・・・・!!?」
突然、赤黒い炎が長緒の目の前に群がっていた悪霊達を一掃した。
それと同時に霊気や妖気でもない力を感じる。
長緒は謎の炎が発生した方向を見据える、グランドの照明は届かず暗い。
神楽坂は動きを止め空を見回した。
まるで台風の目に入ったかのように辺りは静まり返り、先ほどまであれ程いた悪霊妖怪の群れは自分達の周囲をグルグルと周回している。
「・・・・・・・・。」
長緒は見据えた先には照明が当たっているにも関らず、赤黒い雲の様な物がユックリと此方へ近づいてくる光景が見えた。
赤黒い雲は近づいてくる度に少しずつ消えて往き、人間らしき足が見え始めた。
まさか海羽の霊気に魔族までも引き寄せられたのか・・・・。
神楽坂もこの只事ではない状況に長緒の隣に戻ってきていた。
そして赤黒い雲が10m程に来た時、雲は完全に晴れ、そこには黒いロングコートを羽織った紅蓮の髪をした青年が立っていた。
見た感じ自分達と大して年齢は変わらない。だが、神楽坂と長緒はこの人物を知っていた。
「てめぇは・・・・・あの時の野郎かっ!」
赤毛の青年は神楽坂の問いに答える事無く無言のまま此方を見ていた。