22:狙われた彼女
その日の放課後、除霊委員会は会議を行っていた。
内容は星龍が感じとった不穏な妖気だ。
「・・・それは何時頃から感じたの?」
「妖蜘蛛から少し前からやな。初めは周囲に散らばるようやったんやけど・・・・・。」
星龍は顎に一指し指を掛けつつ思い出す。
「・・・・・それで、現状はどうなっている?」
「学園を囲むように妖気が集まりつつある所やな。妖蜘蛛はその中の一匹だったっちゅー可能性激高や。」
「・・・・・・・・。」
話を聞いている篠崎はある事を発言しようかしまいか考えていた。
彼のその姿に気づいた蒼芭は自分の口から迷っている事を話した。
「・・・・実は、その情報は「我々」もつかんでいます。」
一同が蒼芭に注目する。
「・・・・実は私と慶の家は代々妖魔を退治する事を生業としていまして、この手の情報は直ぐに入ってくるのです。」
真剣を所持している時点で只者ではないと分かってはいたが、突然妖魔を退治する一族と言われてもピンと来ない。
とにかく自分達の家の事は後回しでいいと篠崎は続けて言った。
「まぁ俺らの家の事はどうでも良いとして、一ヶ月程前からここら周辺に出没する悪霊妖怪の数が増えてきてるっつー事だけは間違いねぇ。」
「・・・一体何が目的なのかしらね・・・・。」
考えようにも現時点での情報ではどうしようもない。
目的もそうだが学園を包囲しているという事は何か原因があるはずだ。
「とにかくさ、学園に入ってきた奴だけ対処していくしかないんじゃね?」
上村が珍しくまともな意見を言った。
彼の言う通り学園にいる時はそれ以外にできる事はなさそうだ。
「・・・だな、後は通学中に各自で調べるってのも手だぜ?」
「そうね、それもいいかも。委員会活動としては通常通り学園に入り込んだ悪霊、妖怪の退治を。
けど注意だけは怠らないようにしましょう。」
力強く頷いた一同だった。
その夜。
天河は自分の机で考え事していた長沢に話しかけた。
「どうしたの?」
「ん~?ちょっとねぇ・・・・・。」
長沢は回転椅子をクルリと回して天河の方へ向き、背伸びをした。
「・・・・もしかして。」
長沢の様子からある事が頭に浮かんだ。
彼女も天河が不調に気づいた事にニヤリと笑う。
「気づいた通り、近々ダウンするっぽいわぁ~」
「・・・・今度はどれくらい?」
「さぁ?検討もつかないわねぇ」
両手の平を上に向けた。
「・・・・自分の力なのにねぇ、とにかくダウンするまでは助言しまくるわよ?」
(・・・・助言してくれるならハッキリ教えてくれてもいいのに・・・・)
あくまで助言にこだわる長沢に苦笑う天河だった。
そして翌日。
海羽のクラスでは授業中ですら昨日起こった怪現象の話題で持ちきりだった。
海羽も登校しており周りの陰口に耐えながらも気にしないようにしていた。
ここである不自然な事に気づく。
彼女の席は1番左後で丁度窓があり外の景色が見える絶好の位置だ。
普通なら景色を見ながら帰宅した後の予定等を考えながら話を聞き流すものだが、彼女は俯いたまま教壇に立つ教師の話を聞いているだけ、更によく見ると周囲の席との間隔が異常なまでに開いている。
まるで彼女を避けているかのようだ。
教壇の教師小笠原もその現状には気付いているようで話ながらも俯く海羽に何度も視線を向けていた。
しかし新任したての小笠原には荷が重すぎるのか心の中では両手で頭を押さえ苦悩していた。
<・・・・・・ヒヒヒ・・・>
「・・・・!!?」
突然の声にハっとした。
低く鈍い不気味な薄笑いが確かに聞こえた。
ゆっくりと周りを見てみるが特に異常はない。
「・・・・!」
海羽は更に驚いた。
何時もなら街が広がる地平線が見えるのだが今見える景色は違う、まるで巨大なカーテンのような物が空から地面まで遮っている景色が広がっていた。
(な、なんなのあれ・・・・・・)
ただ、ただ戦慄するしかない。
この異常な状態に気づいたのは海羽だけではなく、もう一人いた。
そう、星龍和人だ。
(・・・・・なんや、急に空気が・・・・)
赤城の授業中、周囲の空気に違和感を感じた。
まさか周囲の妖気に異変が起こったのか窓の外を見てみると・・・・。
「な、なんやアレはっ!?」
思わず大声を上げ、授業お構いなしに自分の席から窓側へ移動し食い入るように外を見た。
騒然とする教室、篠崎と蒼芭も何事かと立ち上がり星龍の元へ行った。
「どうした!?」
篠崎も同様に窓の外を見てみる。
だが、何も異常はないように見える。
蒼芭も星龍が戦慄する理由を発見することができない。
「二人はまだ見ることができへんのか、ちょいまち!」
そのままの姿勢で精神を集中させ、篠崎と蒼芭と力を感応させた。
これで二人にも自分が見ている「モノ」を見ることができる。
「・・・・・な、なんだありゃ!?」
自分の見ていた風景にフィルターが掛かったかのように空と地面を遮る黒い壁のようなモノが映りこんできた。
「・・・・・どうした?心霊現象でも発生したのか?」
授業をストップされた白衣姿の赤城が三人に近づいてきた。
「い、いやまだ何か起こったっちゅー訳やないですけど・・・・」
「あれ、やべぇんじゃねーか?」
「・・・・・ふむ。」
赤城も外を見てみる。
そして30秒程して視線をこちらへ戻した。
「・・・・・お前達の活動範囲は学園内だけだ、例え妖気の壁が出現したとしてもな?」
「け、けどよぉ。」
「ふん。篠崎、そんなに公欠で授業をサボりたいのか?」
図星を付かれた篠崎は苦笑った。
「分かりました、ほら慶戻るぞ?」
「分かったのなら早いところ授業を再開するぞ、試験も近いだろう?」
赤城は三人に席に戻るよう指示し授業を再開する。
放課後。
除霊委員は全員疲れ果てた様子でパイプ椅子に座っていた。
特に神楽坂、篠崎、星龍にいたっては長机に突っ伏して寝ている。
「あ、ありえねぇ・・・・ぜってぇありえねぇよ・・・・」
篠崎はまるで行き倒れかのように備え付けのポットからお茶を飲もうと手を伸ばす。
「シ、シノケ、ワイにも頼むわ・・・・」
「う、うるせぇ・・・てめぇは干からびてろよ・・・・・・」
星龍の手を払いのけながら湯のみをセット、給水ボタンを押すが麦茶は一滴も湯飲みに落ちる事はなかった。
「・・・・・・マ、マジかよ・・・・。」
篠崎、星龍両名共に死亡。
星龍が異変に気づいた後、学園では心霊現象が立て続けに発生し今に至るまでに20件近く出動していた。
本当なら早い所異変を報告しなければならないのだが、連続で発生する心霊現象に対応するだけで精一杯だった。
更に同時に複数発生する事もあり神楽坂達は散開して対応せざるを得なかったのである。
「・・・・これはもう異常を超えていますね。毎回出動要請を流す放送部も大変でしょう。」
流石の蒼芭も疲労の色を隠せない。
「・・・・星龍、そういえば言っていたな?「学園周囲に黒い壁が現れた」と。」
「そ、そや!忙しすぎて報告する暇がなかったんやけど」
突っ伏した状態から立ち上がり窓の外を見てみる。
篠崎はいまだに死んでいるようだ。
「・・・一応外の様子見てみたけど・・・・メールだけじゃ流石にね。」
「・・・・だな、その壁とやらが今日の異常発生と何か関係あるのかもしれないな。・・・・・そこで盗み聞きしてる占い師なら何かわかるのか?」
何者かの気配に気づいた長緒の言葉に全員が注目すると委員室ドアから長沢が登場した。
すぐに上村が反応し歓声を上げるが神楽坂に湯のみを後頭部へ直撃させられ撃沈。
「・・・・・・余計疲れるだろうがっ!まだ出動かかるかもしんねぇだぞっ!」
「・・・志穂さん!?」
「おやおや、皆さんご苦労様?」
長沢は天河の隣のパイプ椅子に座った。
「・・・もう放課後だぜ?帰らなくていいのか?」
時刻は既に17時を越えている。
部活動も終わり下校しだす時間帯だ。
「ま、ルームメイトの摩琴っちゃんと一緒に帰ろうかと思ってねぇ?」
「是非!俺もご一緒に!!?」
「上っち、貴方余裕ねぇ?明日が最後かもしれないのに・・・フフフ。」
「!?」
「そういや上村、お前風紀委員長から死刑判決受けたんだったな。」
「確か・・・4年生の・・桐嶋湊さん・・・・?」
「彼女、全国女子空手道選手権で10年連続で優勝してるからねぇ・・・・。」
風紀委員会風紀特別機動部、通称「風特機」隊長。桐嶋湊
女子でありながら風特機を束ねる程の猛者である。
その実力は副隊長である朝比奈を初め男子空手部員すらも凌駕し去年は全国空手道選手権を10連覇する快挙を成し遂げた。
彼女は風特機の隊長兼風紀委員長も勤めており、この学園に不良が少ないのも彼女の存在が大きいと言える。
「せ、先輩はほら素人には手加減してくれるよきっと・・・・・。」
「・・・・・お前、素人じゃねぇだろ・・・・。」
上村は幼少時近くの空手道場で空手を習っており、現在は道場を止めているが基礎に独自のアレンジを加えた我流空手を使う。
その実力も同じく体術を使う長緒の折り紙付きで決して素人ではない。
上村はムンクの叫びのような表情をするのだった。
「・・・・・・・・」
時刻は17時過ぎ、教室には海羽が一人自分の席に座ったままだ。
誰がどう見ても異常な光景だが彼女は数秒程空の教室を見渡してから自分を励ます為か両手を握りしめて少しばかりの気合を入れた。
するとそれを見ていたのか小笠原が半泣き状態で海羽の前に現れた。
「せ、先生どうしたんですか?」
海羽は突然現れた小笠原に驚きながら近くへ寄った。
「う・・うぅ・・ごめんなさいね・・わ、私の力が足りないばかりに海羽さんを助けてやれなくて・・・はい、プリント。」
小笠原は眼鏡の下からスーツの袖で涙を拭いながら海羽にプリントを手渡した。
「あ、はいっ。」
小笠原は今年六学に赴任してきた新人教師で藍苑の後輩にあたる。
本来ならHRで配るのだが彼女の前の席との間隔が手が届く距離ではなく、しかも誰も彼女に渡そうとしない為何時しかHR後に小笠原が手渡しするようになってしまっていた。
「仕方ないですよ、理由はどうあれ私といるとおかしな事ばかり起こるんですから。」
海羽はめい一杯の笑みを見せながら答え、それが逆に痛々しく小笠原はまた涙を見せた。
「せ、先生泣いてたらキリないですよ?私なら大丈夫ですから!」
先程の気合をもう一度やってみせた時、突然校庭側の窓に激しい衝突音が響き二人はハッと窓を見た。
野球のボールが当たったとか生易しい音ではない、何か巨大な物が窓全面に激突した感じだ。
幸い硝子は割れてはいないようだが外の景色が消え真っ黒に染まっている。
小笠原は備え付けの時計を見上げた。
まだ17時超えた所で日が完全に落ちる時刻ではない。
では面前に在るものは一体何なのか、ゆっくりと窓に視線を戻すと・・・。
「ひぃっ!?」
小笠原は顔面蒼白になりながら内股でその場に崩れ落ちた。
太陽に雲が掛かった訳でもない、ましてや日が落ちた訳でもない、その証拠に反対の廊下側窓は夕焼けの光が差し込んでいる。
小笠原が見た物、それは夥しい数の化け物が窓全体にへばり付き日光を遮断していたのだ。
状況は理解できないがこの場から逃げなければならない事は確かだ。
それに教室には自分以外に教え子がいる。
自分がしっかりしなくてはいけないと頭では分かっている、だが腰が抜け体が言う事を聞いてくれない。
「・・・先生動かないでください。」
海羽は目の前の光景に怯む事はなく、ただ見つめているだけだった。
まるでこうなる事を知っていたかのような落ち着きで目線はそのままでゆっくりと後ろへ下がる。
そして廊下への扉が背後に着た事を察し、一気に反転廊下へと飛び出して行く。
「か、海羽さん!?」
化け物が遮っていた窓から光が差し込み小笠原は恐る恐る見ると一面を覆っていた化け物の大群は姿を消し何時もの風景が広がっている。
先程のは一体何だったのだろうか?まさか夢でも見ていた?こんな所で?
では窓の一面に入った無数の亀裂はどう説明するのか、そう思うと自然に体が震えだした。