19:巨大な巣
下校後、神楽坂と長緒は私服に着替え昨日男性が襲われた現場近くの小さな公園に足を運んでいた。
昨日とは違い野次馬はいない、元々住宅地なので人通りは地元の住民だけに限られている。
「・・・・面倒な事になる?」
公園のベンチで神楽坂は長沢のあの言葉を長緒に話した。
「あぁ、胡散臭ぇけど、あの時の長沢人が変わったみてぇに真剣な顔だったぜ?
さっさと解決した方が良いだってよ?」
長緒は指を顎に掛けて考える。
神楽坂の言う通り只の冗談かもしれないが。
「・・まぁ長沢の話がどうであれ、どのみち長く掛けるつもりはない。」
長沢の話が嘘だろうが本当であろうが早期解決すれば問題はない。
嘘であればそれに越した事はないからだ。
神楽坂も相槌を打ち、人通りが少なくなる夕方を待った。
日が暮れ始めた夕方、人通りが少なくなった事を確認して現場へ足を踏み入れる。
神楽坂と長緒は周囲を不審者と思われない程度で調べる。
警察がくると面倒だ、なので素早く切り上げまた公園に戻ってきた。
「・・・なんの手掛りも無しか。」
頭を掻く神楽坂。
現場に行けば何か手掛りがあると思っていたのだが、やはりジックリと調査しなければ駄目のようだ。
「・・・悪霊や妖怪ならば何らかの痕跡が残っているものと思ったが、
ヘタにあの場でうろつけば俺達が不審者と誤解されてしまう。」
神楽坂が自販機で買ってきた缶ジュースを受けとると一口飲んだ。
詳しく調べる為には深夜しかない、と考えていると神楽坂達の目の前に意外な人物が現れた。
それは篠崎と蒼芭だった。
「先輩こんな所で何やってんだ?」
私服姿の篠崎と蒼芭、手には竹刀袋に入れた日本刀を持っての登場だ。
神楽坂はそれはこっちの台詞だ、と立ち上がり空缶を缶入れに投げいれた。
篠崎と蒼芭が現れた理由は大体見当がつく、二人は代々退魔師を家業とする一族だ。
今回の事件は修行の一貫とでも家から言われ任されたのだろう、なので対して驚きはしなかった。
「校外活動ですか、ご苦労様です先輩。それで何か手掛りはありましたか?」
蒼芭は篠崎と違って軽く会釈をする。
「団地という事もあって詳しく調べる事ができない。」
「確に、逆に私達が犯人と間違われる可能性が高いですね。」
日の光が傾くにつれ、今まで物体等の影としか存在していなかった闇がその勢力を伸ばしていく。
それはゆっくりと、そして確実に。
光は後退していき、神楽坂達がいる公園も薄暗くなっている。
「結局、夕方になっちまったぜ、でどうする?妖怪共にとっちゃ今からが本番だぜ?」
篠崎の言う通り、悪霊や妖怪の活動が活発になるのが夜だ。
当然、それは神楽坂達も分かっている。
「まぁせめて手掛りの1つくらいは欲しいからな、仕方ねぇ。」
神楽坂の言葉に長緒も頷いた。
これから犯人が活動する可能性が高い、ここで撤収するには早すぎるのだ。
四人は二手に分かれる事にし篠崎と蒼芭はこの場に残る。
神楽坂と長緒は鳥が謎の大量死をしたという現場に向かうことにした。
六学生徒会室
沈みかけた夕日を見ながら一人の青年が会議用の椅子に腰をかけ足を組んでいた。
青い髪の青年はただ静かに日が沈むのを見届けているかのようだ。
コンコンッ
生徒会会長室のドアをノックする音と共に木製のドアが開いた。
椅子に座り窓の外を眺めていた青年は椅子を180°回転させる。
「・・・・・・・決心は付いたか?」
青年の目は鋭く、目の前に立つ訪問者を見据える。
訪問者の顔は見えないが、返事に少し躊躇いがあるように伺えた。
「・・・・・・・本当にアンタに協力すれば俺の望みを叶えて貰えるんだろうな?」
「・・・・フ、・・・・約束は守る。」
「・・・・・・・・ちっ。」
青年の歪んだ口元が訪問者には信用できないが、信用するしかない為何も言えなかった。
「・・・・ここか。」
現場に到着した神楽坂と長緒は周囲を見回した。
ここは今朝、鳥の死骸が大量に見つかった場所である。
現在は何事もなかったかのように片付けられていた。
先ほどいた現場と同じく住宅地で人気も少ない。
しかしここでも手がかりを見つける事ができなかった。
幸いにも街灯が少なく薄暗かった為入念に調べる事ができたのだったが。
"何かを見落としている気がする"
二人の脳裏にその言葉が浮かんだ。
丁度神楽坂の携帯が鳴った。
相手は篠崎だ。
篠崎達がいる現場もあれから異変の一つも起こらず、静かなものらしい。
犯人は既に他の地区へ移動したのだろうか、神楽坂と長緒は公園へ戻る事にした。
「お、で、どうだったよ?」
二人が公園に戻ると、篠崎と蒼芭はベンチに座ってジュースを飲んでいた。
「・・・・駄目だ、何の痕跡も残ってねぇ。」
「そうですか・・・・もうすぐ20時になりますね。」
そろそろ帰らないと明日の授業に支障をきたしてしまう。
因みに明日は中間テストを前にした小テストが実施される。
小テストは内申等には直接影響しないが、テストはテストだ。
学期の境目に生徒に返される成績表は本テストだけでなく学期内で行われた小テストの結果も詳細に書かれる程である。
「・・・・明日は確か英語の小テストだったな。」
長緒の言葉に神楽坂は嫌そうな表情をした。
内申には関係ないのだが、"テスト"という響きが嫌なのだろう、それは篠崎も同じだった。
「確か小テストは内申には関係なかったな・・・・
だが慶!テストはテストだ、今日徹夜になったとしても日頃復習していれば問題はないな?」
「お、・・・・・・・おうよっ!」
頼りない返事に蒼芭は抜刀して篠崎に詰め寄った。
何時もの夫婦喧嘩というやつである。
神楽坂と長緒も額に手を当て呆れていた。
その時だった。
「・・・・・!!?」
四人は背後に気配を感じ一瞬で戦闘態勢をとりつつ振り返った。
各自前方を警戒する。
前方に異常はない。
では左右?遮蔽物に隠れている?
同じく異常は感じられない。
だが確かに一瞬だったが怪しい気配を感じた、それは間違いない。
神楽坂と長緒は先ほど思った事を思い出した。
「篠崎!蒼芭!屋根だっ!!」
神楽坂の叫びに二人は即座に反応。
神楽坂は篠崎の元に、そして長緒は蒼芭の元へ素早く移動した。
「「旋乱陣っ!」」
神楽坂と長緒の到着を確認し各自地面に陣を描き、背後の民家の屋根に飛びあがった。
そこで初めて今この地区で起こっている現象を確認する事ができた。
「・・・こ、こいつは!?」
四人は目の前の現象に驚きを隠せない。
それは白い糸、まるで蜘蛛の巣のような物が屋根伝いにある方向へ伸びていたからである。
その糸は自分達がいる屋根にもおよびつつあった。
「・・・・・・先輩、これは蜘蛛の糸のようです。」
蒼芭は足元の薄い糸を人差し指でなぞる。
糸からは妖気が感じられた。
「妖蜘蛛って奴か・・・・・・成るほど屋根伝いに巣を作ってやがったな。」
「・・・・その妖蜘蛛のお出ましのようだぞ。」
神楽坂達は公園の向こうに建つ民家の屋根を見据えた。
街灯が屋根より下にあるためハッキリと見る事ができないが、赤く丸い光りが縦二列に4つ、計8つの光りが禍々しく光っていた。
相手は此方に気付いたのか俊敏な動きで他の民家の屋根へと逃げていく。
「やろう!逃がすかよっ!」
「・・・・このまま二手に分かれて追うぞ。」
長緒と蒼芭は同時に屋根から飛び降りた。
普通ならこの高さから飛び降りれば大怪我は免れないが、地面に激突する前に彼女の霊質である「風」を発動させる。
風は二人の周囲を囲みながら落下速度を落とし、無事着地する。
「光志と篠崎は屋根伝いに、俺と蒼芭は下から奴を追う。」
「任せろ、いくぜ篠崎!」
「仕方ねぇな、分かってんだろうな!一度上がったら簡単には降りられねぇからな!」
長緒と蒼芭も途中まで追随し、途中で公園を出て妖怪の後を追う。
「ちっ、足の速い野郎だ。」
民家を屋根伝いに走る神楽坂と篠崎。
自力で飛び越えれない場合のみ篠崎の術で飛び、後を追う形だ。
全力で走っているが、やはり人の足では限界があり場所によっては篠崎の術がないと先に進めずどうしてロスが出てしまう。
現に妖怪も見失っており、もはや逃げた方向を頼りに追いかけるしかなかった。
「先輩気付いてるか?蜘蛛の糸がどんどん濃くなってきてやがるぜ?」
「言われなくても分かってる、本当の巣に誘ってんだろ?
篠崎、今んところ実害はないようだがこの糸注意しとけ。」
「けっ、それこそ言われるまでもねぇ。おら先輩、次は飛ぶぜ?」
神楽坂と篠崎は次の屋根まで10m離れた距離を旋乱陣により飛び越える。
「・・・・しかし今まで奴の気配が感じられなかったのは何故だ。」
「分かりませんが、妖蜘蛛も数え切れない程種類があります。
もしかしたら特殊な能力を持った個体なのかもしれません。」
妖怪退治の専門家である蒼芭もハッキリとは分かっていない。
今は追跡しつつ相手の情報を集めるしかないようだ。
2チーム共に妖怪を追っていく。
方角は鳥の死骸が見つかった場所だ。
この二つの現場は蜘蛛の糸で屋根伝いに繋がっていた可能性が高くなった。
屋根を行く神楽坂達の足場は次第に瓦が見えなくなるくらい白糸に覆われはじめていた。
これは妖怪の巣が近い事を示しているのだろうか。
「うげっ、見ろよ先輩、こりゃ糸っつーより繭の中にでも入った気分だぜ。」
「ウザってぇ糸だな、足に絡みやがる・・・・!」
糸は電線や民家の屋根から垂れ下がり異様な光景が広がってきた。
神楽坂と篠崎は垂れ下がる大量の糸を払いながら進む、下を走る長緒達もこの異変に気付いたようだ。
「・・・・これは・・・!?」
上空を見上げると電柱や民家の屋根が膨大な量の白糸により空の一部が全く見えない。
「なんて量・・・・まるでこの一帯が巣のよう・・・・。」
「・・・・こんな物が今まで見つからなかった事自体が異常だ。
いやまさか一夜でここまで張り巡らせたのか・・・・!?」
四人はとうとう今朝鳥の死骸が見つかった現場に到着した。
辺りはもう白糸だらけで特に神楽坂と篠崎がいる屋根は足場の踏み場もなく、また電線などから垂れる白糸を払いのけなければ前方が見えないといった状態だ。
「ちっ、こっからじゃ先に進めねぇ。篠崎、一旦降りるぞ。」
余りの量にこのまま先に進む事を断念する。
体に纏わりつく糸のせいでまともに動く事ができない。
こんな状態でもし妖怪が襲ってきでもしたら満足に戦う事もできなくなってしまう。
風の霊質を持たない篠崎は直ぐに蒼芭に着地用の旋乱陣を地面に描いて貰い着地する。
「・・・・光志、上から何か分かったか?」
「いや、既に見失ったからな。
・・・・・ただ、ここに近づくにつれ糸の量が増加してたって事くらいだ。」
「普通に考えて妖怪の巣に近づいたと考えるべきだと思いますが。」
そうだな。と三人は頷いた。
今いる場所が1番白糸の濃密さが高い、恐らく妖怪の巣だと考えられる。
各自戦闘態勢をとり妖気を探した。
「この妖糸、今は屋根とかに張られてっからいいが、これがもし地面まで来たら・・・・マズイ事になりそーだぜ?」
「・・・・だな。」
「篠崎、お前たまにはマトモな事言うじゃねぇか。」
「う、うっせぇ!カミさんと一緒にすんじゃねーぞ!」
四人は妖怪の奇襲に備え各自背中向けて円陣を組んだ。
中心から各自まで5mの余裕を持たせた円陣でこれなら周囲360゜カバーでき死角も少なく戦い易くなる。
とはいえ時刻は21時、日は完全に落ち街灯だけが頼りとなる中では例え円陣を組んだとしても油断はできない。
それに加え1つ不安要素もあった。
それは妖怪の数、現状確認している数は1匹だけだが他にいないという保証はなかった。
「・・・なんか妙だな。」
妖怪の気配を探る中、何かおかしな点に神楽坂が気付いた。
「・・・・周囲から妖気が感じられる。ここが巣だとしたら仕掛けてくるはずだが・・・不自然だ。」
襲撃に備え円陣を組んでから30分、今だ妖怪の気配も姿も見えない。
それなのに周囲からは妖気が感じられる。
まさか他の場所へ逃げたのだろうか。
それとも此方が痺れをきらすのを待っているのか。
被害がこれ以上広がる前に退治しなければならない。
焦りは禁物だが長緒は円陣を崩しわざと隙を見せるよう指示した。
長緒の考えは後者だった。
現に妖怪は有利な場所まで自分達を誘い込んでいる、これから更に逃げたとは到底考え難い。
奇襲を掛けてくるならここしかないのだ。
「さ、佐由里っ!?」
突然、篠崎が蒼芭に向かい叫んだ。
何事かと篠崎を見たが、他の三人は彼女の頭上を見上げていた。
そこには自ら出した糸で巣から垂れ下がる黒と赤の駁模様をした巨大なクモが今にも蒼芭に襲い掛ろうとしていた。
蒼芭は頭上にいる妖蜘蛛に全く気付いていない。
「佐由里っ!伏せろっ!」
「!?」
尋常じゃない篠崎の叫びに蒼芭はその場で即片膝を折り中腰になる。
その直後、ガキンッと固い物同士が衝突したかのような高い音がした。
それは蒼芭を長い足で捕まえ損ねた妖蜘蛛が出した音だった。
頭上を見た蒼芭の頬に冷汗が流れる。
篠崎に言われなければ妖蜘蛛に捕まり、巣へ引きずり込まれる所だった。
「おらぁぁっ!」
間髪いれずに篠崎が斬りかかる。
蒼芭を捕まえ損ねた今が絶好のチャンスだ。
しかし相手の方が一枚上手だった。
篠崎の斬撃が妖蜘蛛を捕える前に糸を伝い上空に張りめぐらせた巣へと姿を消した。
「くそっ!」
篠崎は地面に八当たりながら巣を見上げた。
「大丈夫か?」
「え、ええ、問題ありません。
この私が気配に気付かないとは・・・・・だがこれで相手が分かりましたね。」
「かなり危険だったがな。・・・・すまない。」
一言詫びる長緒を許しながら蒼芭は立ち上がり、四人は再び円陣を組んだ。
「赤と黒の駁模様をしたクモ野郎だな。」
「・・・あんな種類の化けグモ初めて見るぜ?」
蒼芭も頷いた。
二人も初めて見る種類のようだ。
「・・・・兎に角長期戦になりそうだ、気を抜くな。」
そして数時間後。
「や、野郎・・あれから姿を見せやがらねぇ!」
「キレてんじゃねぇぞ篠崎!俺だってジッとしてんのは性に合わねぇんだからよ!」
キレる二人。
円陣を組み直してから数時間、妖怪の攻撃は一切ない。
流石に神楽坂と篠崎は限界のようだ。
「・・・・落ち着け、奴は此方が隙を見せるのを待っている。焦りは相手の思う壺だ。」
長緒は背後の2人を戒める。
理屈は分かるが何時間もただジッとしている事に耐えれないと神楽坂と篠崎は反論した。
結局化けグモは姿を現さず、日が登り光がゆっくりと差し込み始めた。
「・・・マ、マジかよ・・・。」
とうとう徹夜する羽目となってしまった四人。
あれから陣形を崩さず気を張り続けた彼等の疲労は限界だ。
朝になったが何時襲ってくるかまだ気が抜けないと思っていた矢先、ある現象が4人を驚かせた。
日の光が当たった箇所の妖糸がゆっくりと消え出した。
「巣が・・・姿を消してゆく・・・。」
「ど、どうなってやがるんだよっ!」
「見りゃあ分かるだろーがっ!・・・・なんかすげぇダリィんだが・・・・。」
そして日が完全に登り光が闇をかき消した頃には巣は一片残らず消え、その場にはただ呆然と立ち尽くしている四人の姿だけがあるのだった。