表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/73

17:決着



 キャンプ場中央広場で迎え撃つ五人はキャンプファイヤーを盾にするように陣取っていた。

 妖怪といえど元は昆虫、炎を苦手としても不思議はない。


「・・・思ったとおり火を嫌ってやがるな。」


 今の所、妖蜂の標的は複眼に映る自分達だが他の獲物を探す可能性もあり、何時までも炎を盾にしている訳にはいかない。


「天河先輩、あの四匹私と慶に任せてもらえませんか?」


 この状況を打開すべく、蒼芭は天河に進言した。


 その言葉に天河は考える。

 確に彼女の実力は前回篠崎との立合いで分かってはいるが、二人だけに危険な真似をさせるわけにもいかない。

 とはいえ冗談や無策でいうような彼女ではない事も事実だ。

 天河は自分達が援護に回る事を前提に承認した。


「了解、慶いくぞっ!」


「・・・見せ場は譲ってやるぜ、しくじるなよっ!」


 篠崎と蒼芭は刀を鞘に納めた状態で妖蜂の真正面へ飛び出した。


 蒼芭はその場で拳を作った状態から人指し指と中指を真っ直ぐ伸ばした形をつくり、妖蜂の方向で空中で文字を書くような仕草をすると文字が青白く浮き上がり円形の陣が完成した。


「双神流・・・旋乱刃っ!」


 独特な形を作っていた右手拳を相手に向けて一気に開くと、円陣から凄まじい突風と共に数え切れない程の鎌鼬が上空を飛ぶ妖蜂目掛け襲い掛かる。


 彼女の援護により篠崎は妖蜂の直ぐ下へ移動する。

 続いて右手で地面に向かって先程の蒼芭と同じ仕草をした。


「・・・さて、害虫駆除といくか・・・!」


 足元に円陣が発生し、上空へ吹き上げる風が篠崎を高く舞い上げる。

 猛烈な風は上昇気流に乗ったかのように篠崎を空高く飛ばした。

 蒼芭と同じ術だが敵を切り刻む霊気の刃は発生していない、恐らく任意で使い分ける事ができるのだろう。


 上空へ飛んだ篠崎を妖蜂達が見逃すはずはなく、蒼芭の術で手負いを負いつつも襲いかかる。


 篠崎は一番先に仕掛けてきた妖蜂の顎をかわして頭部を踏み台にして地面に叩きつける。

 それを繰り返して最後の一匹を蹴り落としてから地面に着地した。


 蠅叩きのように落とされた妖蜂は、ほぼ一直線に並んでいる。

 篠崎は闇雲に蹴り落としていたのではなく直線になるよう考えていたのだ。


 それを待っていたかのように少し離れた場所では気合を入れ刀を水平に寝かせた構えを取っている蒼芭の姿があった。


「貫く!双神流奥技、猛虎襲突破っ!」


 10m先から爆発的な風と霊気を纏いながら刀の切っ先を妖蜂に定め一気に突っ込む。

 突進による強烈な突きと全てを切り裂く風により四匹の妖蜂の体を次々に粉砕。

 地面には軌道と共に大きく地面が抉れ、その先で残心する蒼芭の姿だけがあった。


 以前、彼女が見せた時と全然違うこれが本気の「猛虎襲突破もうこしゅうとっぱ」なのだ。

 天河を初め、上村、星龍は彼女の実力に驚きを隠せないでいた。


「・・・此ぞ龍虎、其の一閃成り・・。」


 難しい言葉と共に残心をやめ納刀する。

 篠崎も刀を納め、蒼芭と共に天河達の元へ帰還した。


 その時、星龍の携帯が鳴った。

 待受け画面を見ると神楽坂からの電話のようだ。

 一体今まで何処にいたのか、電話に出ると神楽坂は急いだ口調で言ってきた。


『星龍!そっちに蜂の親玉が行った!俺達も直ぐ戻る!気をつけろ!』 


 それだけ言うと電話は切れてしまった。

 神楽坂の息遣いから走りながら電話を掛けてきたようだ。


「な、なんだありゃっ!?」


 上村の言葉に全員が顔を向ける。

 そこには先ほどの妖蜂とは比べ物にならない巨大な蜂がホバリングし自分達を見下していた。


 余りの巨体さに星龍と上村、そして天河は戦慄してしまう。


<・・・私の兵隊があんな人間共に殺られるなんて・・・>


 此方を睨みつけながらギリギリと大顎と融合した顔が歯ぎしりする。

 よく見ると女王の体は神楽坂達との戦闘によってあちこちに傷があり、威圧感のある巨大な羽も傷付いている。


「な、なんて大きさ・・なの・・・」


 要約、頭で思っていた事を口に出すことができた。

 だがまだ体は思うように動かない。


 女王は今にも襲いかかる勢いの中、天河達の前に刀を持った篠崎と蒼芭が対峙する。


<・・・お前達も・・ただの人間ではないようね・・・>


 自分に全く恐怖といった感情を見せず対峙する篠崎と蒼芭に何かを感じとった。

 戦い慣れしている?いや<自分達(妖怪)>と戦い慣れしているのだ。

 その事に女王はまだ気付かずにいた。


「良く喋る口、いや顎じゃねーか。」


 篠崎は刀の峰を右肩にかけ挑発する。

 その声からも全く動じていない事を確認出来る。


 それは隣に立つ蒼芭も同様だ。

 地面に刀を刺し、緩んだ額当てをしっかりと締め直す。


 ここで蒼芭の額当ての紋章と虎と書かれた一字で二人の正体に女王が気付いた。


<ま、まさかお前・・・「龍虎双神流」の人間!?>


「おっと、「白虎」だけじゃないぜ?「龍神」もいる事を忘れんなよ?」


 親指で自分を指す篠崎に女王は更に驚いた。

 龍虎双神流りゅうこそうしんりゅうとは遥か昔平安の時代から代々、魑魅魍魎から京を守ることを生業としている対魔集団の事である。

  時代は進み、現在は龍虎と対に当たる集団と東西二つに分かれ活動しており、篠崎と蒼芭は龍虎の末裔に当たる。


 神楽坂達に復讐する所か、面前には妖怪ハンターと挟み打ちという状態に陥った女王。

 まだ戦いすらしていないがこれだけで女王の負けは決まったも同然となってしまった。


<そ、双雨の亡霊どころか龍虎までいたとは・・・。>


「双雨の亡霊・・・?」


 僅かに口走った女王の言葉が天河の耳に入った。

 聞き取る事が困難な程の小さな言葉だったが、確に双雨の亡霊と聞こえた気がした。

 その言葉に心当たりがあるのか、天河は少し気分が悪くなっていた。


「さぁ、どうすんだ?やるのかやらねーのか、どっちか決めやがれ!」


「手負いのようだが・・・どちらにせよここで貴様を滅する事に変わりはない。」


 臨戦体勢の二人。

 恐らく自分の兵隊を倒したのはこの二人だと女王は思った。

 神楽坂達程は無いであろうが、それに匹敵する力を有しているとすれば圧倒的に不利だ。

 更には此方は手負いだ。


 このままでは自分もただでは済まない。

 既に神楽坂達の実力が当時とは段違いであり、せめて人間の一人でも殺して逃げる為にキャンプ場まで来たのだが全くの計算違いだった。


《クッ・・・計算違いもいい所だわ・・ここは引き上げて再度力を蓄えた方がよさそうね・・・》


「てめー逃げるつもりか!どうせまた人を襲って力を蓄えるとか考えてんだろ!」


 篠崎は刀の切っ先を女王に向け一喝する。

 女王は悪役らしく捨て台詞を言うと180°反転し逃げ去ろうとした。


 勿論、逃がすつもりはない篠崎と蒼芭は刀を構え技を繰り出すモーションに入った瞬間、女王の真下から光の柱が現れた。


<グァッ・・・こ、これは・・・>


 突如現れた光の柱に閉じ込められた女王は身動きを封じられる。

 それと同時に神楽坂と長緒が到着した。


「よーやくご到着かい。」


「遅っせーぞ!」


 遅刻した二人に悪態つく篠崎と上村。


「うるせぇ!これでも全力で走ってきたんだぞ!」


「・・・皆無事のようだな。」


 神楽坂とは違い、長緒は冷静に状況確認をする。

 完全に封じているとはいえ隙は一切見せない。

 直ぐに神楽坂へ合図する、まだ後始末が残っているからだ。


 いつも以上に力を込めた術は女王の声すらも封じ込め、まるで標本のようになっていた。

 長緒が通常よりも強力な力を込めてまで言葉を封じた事には理由がある。

 それは自分達が双雨の亡霊であることを知っているからでヘタに術を掛け、滅する過程で喋られると困るからである。


「・・・弐式は全ての、物理、霊力を透過しない。呪縛ごと斬る必要がある。」


 神楽坂はその言葉に頷いた。

 長緒の弐式を斬る為には妖蜂の大群を一瞬で葬ったあの技しかない。


 腰のホルスターから破砕魂を取り出し精神を集中させる。

 無刃剣は自らの精神力で霊気の刃を形成しなければならない為、玄人向けの霊具である。

 扱いが難しい分その威力は折り紙付だ。


 神楽坂が集中する中、篠崎達はただ見守っている。


「・・・・・。」


 数秒後、破砕魂の柄の先からバチバチッ!と、まるでスパークしているかのような激しいプラズマが飛び散り集中から一転、気合と共に巨大な霊気の剣が現れた。

 その長さゆうに10m、剣身には霊気が変化したのか激しい電撃を纏っている。

 まるで雷が落ちた避雷針でも持っているかのようだ。


「・・・霊気が雷に変質しやがっただと・・・?」


「・・・やはりただ者ではなかったようだな。

 【霊質変化】は先天的に備わった力、後天的に習得できるようなものではない。

 慶、あの先輩は一体何者だ?」


 篠崎と蒼芭の二人は神楽坂の力を知っているようだ。

 この会話は小さく、また少し離れた場所での会話なので天河達には聞こえてはいなかった。


 双雨の亡霊と言う名を隠す為とはいえ【霊質変化】という特殊な力まで見せる程その名を伏せたいのだろうか。

 「双雨の亡霊」とは一体何なのか、今の時点では二人が双雨の亡霊であり妖怪を退治していた。

 という事しか分からない。


 わざわざ神楽坂が止めを指す理由は以前女王をとり逃がしたからだ。

 自分達の甘さから倒し損ねた上にまた逃げられたのでは犠牲者に申し訳がたたない。


「再び俺達の前に姿を現した事を後悔するんだなっ!」


 大剣を上段に高らかと構え、必殺の気合いと同時に右上段から左下段へと斬り落とした。

 女王の体を斜めに切り裂いた形だ。


 呪縛と共に斬り裂かれた女王は絶命までの数秒間断末魔を上げ消滅していく体をのたうち回させる。


<ア゛ァァ・・!コ、コンナハズデハ・・!コンナハズデハァァッ!!>



「・・・・・・生者の流す雨に散るがいい。」


 女王を倒したと確信した神楽坂は霊刃を解除し背を向けた。


 しかしそこに油断があった。

 女王が最後の悪あがきと背を向ける神楽坂に向かって、赤い毒針を撃ち出した。


「あ、危ないっ!」


「・・・!?」


 天河はとっさに神楽坂を両手で押し出した。


「うっ・・・」


「天河っ!?・・ちっ往生際が悪ぃんだよっ!!」


 破砕魂を起動させ顔を不気味に歪めた女王に完全な止めを刺し、天河の元に駆け寄った。


「だ、大丈夫かっ!?」


「え、えぇ・・なんとか・・かすっただけみたい。」


 ジャージの袖は破けたが傷は幸いにも浅く、かすった程度で済んだ。

 それでも傷口からは少量の血が出ている。


「済まねぇ、俺が油断したばかりに・・・」


 心霊治療、ヒーリングを使える天河といえど自分の傷は治す事ができない、それが最大の弱点だ。

 手当てをするために上村がテントに道具を取りに猛スピードで走っていく。


 が、戻ってきた上村は肝心の包帯を忘れてきてしまっていた。


「や、やばっ・・・ご、ごめんよ先輩・・・。」


 呆れる蒼芭達。

 これでは二度手間になってしまうと感じた神楽坂は少し恥ずかしそうにジャージのポケットから包みを取り出し素早くその包みを破り中身を取り出す。


 包みは手早くポケットに突っ込んだ。

 プレゼント用に包装されて皆にみられるのが恥ずかしかったのだろう。

 神楽坂は綺麗に折り畳まれたハンカチをサッと広げ、ガーゼの上から彼女の腕に巻いてやった。


「あ、ありがとう・・・・」


「い、いや気にするなよ、俺の責任なんだしな。」


 少し顔を赤くする神楽坂と天河。

 天河は自分の腕に巻かれたハンカチをみる。


(このブランドって・・・・・・)


 神楽坂が自分に巻いてくれたハンカチは若い女性に人気のブランドで、彼が女性物を持っていた事に少し疑問を感じた。


 その後。

 オリエンテーションは最終日まで滞り無く終了する。


 女王を倒してからは特に問題はなく、生徒も誰一人負傷する事もなかった。


 蒼芭は嫌がる篠崎に無理矢理剣の修行に付き合わせ、長緒は川の中州にある大岩の上で流水の音を聞きながら読書。

 天河と星龍は料理に奮闘し、神楽坂と上村は食材探しに奔走。

 無事オリエンテーションを終了する事ができたのだった。




 そして後日。


「・・・・?」


 放課後、除霊委員会室で一人読書をしていた長緒は人の気配を感じ、扉に視線を向けた。

 そこには室内を伺っているかのように天河が顔を出していた。


 長緒は何事なのか尋ねる。


「あ、あの神楽坂君は・・・?」


 神楽坂に用があるようだ。

 長緒はある先生に呼び出しを受けてまだ来ていない、と天河に話すと彼女は少し残念そうに室内に入ってきた。


「ほ、他の皆は?」


「・・・まだ来ていない。」


 目線を小説の文面に戻し必要以上喋らない長緒、そこがまた女子の人気の一つなのだろう。

 天河は長緒が神楽坂と仲が良い事から何かを決心して、鞄からある物を取りだし見せながら聞いてみた。


「あの、これ・・・・・・。」


 長緒に見せたのは以前、自分が神楽坂に選んでやったブランド物のハンカチだった。

 神楽坂が弁償にと恐らく渡したのだろうが、一体何を聞くのだろうかと思った。


「この前怪我した時に神楽坂君が巻いてくれたんだけど・・い、一応洗濯してアイロン掛けしてきたんだけど・・・・」


 天河の言葉に長緒は完全に呆れた。

 勿論、神楽坂に対してだ。

 何も彼女に言ってないのかと、自然に左手が額に被った。


 天河はオリエンテーションの際、軽傷を負い手当ての為包帯代わりに神楽坂が弁償の為に購入いていたハンカチを巻いて貰っていた。

 彼女には神楽坂のハンカチという認識しかなく綺麗にして神楽坂にハンカチを返しに来たのだろう。


「な、長緒君?」


 左手を額に当て言葉もない長緒。

 相変わらずの無器用さは健在だな。と再確認。

 こうゆう事は本人の問題なのだが長緒は神楽坂に助け舟をだした。


「・・・そのハンカチはな、光志から天河へのプレゼント

 ・・・いや、以前天河のハンカチを台無しにしたその弁償の為に神楽坂が買った物だ。」



 長緒の言葉に天河は驚いた。

 本当に神楽坂からは何も聞いていないようだ。


「そ、そうだったの・・・別に気にしなくても良かったのに・・・・」


「ま、見かけによらず律儀な奴でな。

 それに考えてみろ、あの神楽坂が女性用のハンカチを持っている訳がないだろう?」


 静かに小説のページを捲り、視線はそのままで会話を続ける。

 確かに男が女物のハンカチを持っている事はおかしい、神楽坂はあれから何も言ってこないがやはり此れは自分へのプレゼントなのだろうか。


「ふふ・・・。」


 そう思うと自然と笑みが出てきた。


「・・・・・・・・。」


 天河のその様子を確認するとフッと口元を緩め、また小説に目線を落とすのだった。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ