16:襲撃
キャンプ場では既に混乱の渦に巻かれていた。
星龍は神楽坂から連絡を受ける前に巨大妖蜂の襲来を察知し、除霊委員会を初め風紀委員と教師達が生徒を迅速に避難させている。
キャンプファイヤーで全生徒が一箇所に集まっていた事が幸いだった。
「妖蜂だと・・・!?どっから沸いてきやがったっ!」
上空から襲ってくる巨大蜂の猛攻を篠崎は木刀で受け止める。
周りの生徒に配慮して神刀をテントに置いてきたのは失敗だった。
「シノケ、木刀じゃ直ぐ折れちまうよ!?蒼芭ちゃんが戻ってくるまで下がってな!」
上村は地面スレスレまで降下してきた巨大蜂に対し肘鉄を見舞うが余り効果はない。
「・・・・・・数は全部で四匹やな、二人共この場から先に行かせたらあかんで!」
星龍は戦闘能力が無いので敵の観測、分析が主な任務になる。
現在、篠崎と上村、天河の三人が巨大な妖蜂を相手にしている状態で防御に徹する事で精一杯だ。
しかも篠崎は木刀で本来の実力が発揮できておらず、上村の打撃も固い外殻に覆われた相手には効果は薄く、回避しながらでの攻撃で威力が下がっている。
「神楽坂の眼鏡は何処いってやがる・・・・ちっ!!」
二匹同時に襲われ右方向から来た巨大蜂の大顎をジャンプで回避。
木刀で頭部を撃ちつけそのまま足で踏み台にして飛び越えた。
篠崎の木刀は次第にひび割れていく、このままではまずい。
「篠崎君!今は無茶をしないで!」
「て、天河先輩こそ後ろに下がってなってっ!?」
星龍と共に後方に下がらずに自ら囮役をする天河に上村は後退するよう促す。
しかし彼女はその気は全く無いようだ。
「男子からは女神と言われとるけど、結構好戦的やないかい。
っと冗談いっとる場合やなかったわ!精神リンクしとかな・・・!」
星龍は両目を閉じ精神を集中させた。
此れにより三人は霊視によって得た情報を各自の視界に表示、またお互いの意思疎通が容易になり味方の連携を上げる事が可能となる。
精神をリンクさせつつ蒼芭へ携帯を掛けると後数分で到着すると返事があった。
前線に立つ三人は四匹の妖蜂を後方へ行かせぬよう慎重に行動する。
その中、篠崎と上村が背中合わせになる機会があった。
「ご機嫌かいシノケ?」
「随分と余裕じゃねぇかカミさんよ?・・・・・・天河先輩のフォロー忘れんなよ?」
お互いにニヤりと笑い再び牽制を行う。
だが、篠崎の木刀には大きな亀裂が入り限界が近い事を知らせていた。
「こうしつこく迫られちゃねぇ・・・・可愛い子ちゃんだったら大歓迎だったんだけど!」
妖蜂の大顎による突進を流水のように左に身を流しつつ右手は既に正拳を打てる体制。
そして丁度頭部こめかみ辺りに狙いを付け霊力の篭った強烈な中段追突を見舞った。
<ギガァ・・・・・!?>
今の攻撃は若干ながら効果があったようだ。
妖蜂は奇声を発して動きが鈍くなるがそれも一瞬で復帰し漆黒の空へと上昇する。
「ってぇ~・・・・・・こうも硬くちゃなぁ~。」
余りの硬さに上村は右手を振った。
「霊体ならいざ知らず、実体を持つ相手に打撃効果は余り期待できないわね!
(星龍君、皆の避難は!?)」
「い、いや天河先輩、前に出過ぎやっ!皆の避難はおわっとるから!
(・・・・シノケ、3m後退!カミさん左から大きく回りこむんや!)」
「前に出すぎなのは分かってるけど、今は一人でも前に出て時間を稼がないと!
せめて蒼芭さんが戻るまでは!」
「中々言ってくれるじゃねぇか先輩よ、和!もう馬鹿眼鏡共は待ってられねぇ!
佐由理が戻り次第全力で行くぜ!」
木刀の限界が近い篠崎は無理に攻撃を受ける事はせずに回避し蹴りを見舞って距離を取る。
「・・・・!?い、いかんフェイントや!シノケ!本命は後方6時!
(カミさんのフォローは!?・・駄目や!間に合わんっ!)」
「ちぃ!左右の奴は囮かよっ・・・・!!」
左右から向かってくる二匹の蜂は篠崎の近くで上昇し散開する。
星龍の言う通り囮だった。
本命は背中を向けている真後ろから大顎をガチガチと動かしながら突進してくる一体だ。
フォローしようにも残りの一体は上村の妨害をし天河では距離が有りすぎる。
この体制から回避はもう間に合わない。
篠崎は険しい顔でその場で180度回転し木刀を自分の前に盾にし衝撃に備えるが、目の前に木刀に入ったひび割れが最早あの突進を止められる程の耐久力を有していない事を再確認させ一筋の汗が頬を伝う。
そしてついに妖蜂の突進が篠崎に直撃し土煙が上がる。
全員の動き、表情が固まった、土煙で確認はできないが皆最悪の事態が頭によぎった。
それと同時に後ろから蒼芭が駆けつけていた、手には自分の刀だけを持っている。
「間一髪、といった所だな慶。」
「あ、あぁ。全くだ・・・ぜっ!」
晴れていく土煙の中から鞘から半分ほど刀身を出し、妖蜂の大顎を何とか受け止めている篠崎の姿が現れる。
ギリギリの所で篠崎に神刀を投げ渡す事が出来た。
天河達は安堵の表情を見せ戦闘態勢に戻る。
神楽坂と長緒は未だ戻らないが、これで何とか戦える体制と取る事ができた。
「何時までも・・・その気味わるい顔を近づけてんじゃねぇっ!!」
蜂の大顎と刀で鍔迫り合いの中、気合と共に右足で大きく蹴り上げその隙に星龍の元へ後退する。
五人の前には不気味な羽音を立てながら巨大な妖蜂達がホバリングをしながら此方を複眼で見ていた。
「星龍君、神楽坂君と長緒君から連絡はない?」
前方の妖蜂を睨みながら隣の星龍に尋ねた。
詳しい状態が不鮮明な中この場に戻らない二人が心配だ。
「駄目やな。ブロックしとるようでこっちからアクセスできへんわ・・・・。」
神楽坂と長緒の所在は今も不明のままだ。
篠崎達と妖蜂との睨み合いが続く。
硫黄の川に架かる橋を越え暫く進んだ神楽坂達の前に広い平原が広がった。
だが、様子がおかしい事に気が付く。
草花は黒く変色し枯れ、それは周囲の木々にも及んでいる。
そして平原には赤い霧のような靄が膝の高さを漂っていた。
「・・・・こいつは瘴気か。」
「・・・枯れた草花はこれが原因だな。
人間も長く瘴気にあたると生気を失い命の危険がある。手短に終らせた方がよさそうだ。」
二人は瘴気が漂う平原を進む。
すると前方に大木があり、近くまで足を進めた。
木の幹には大きな傷が縦に入り空洞からは只ならぬ気配が感じられた。
「わざわざ俺達から出向いてやったんだ、姿を現してもいいんじゃないか?」
「!?」
突然、裂け目から赤く光る物体が猛スピードで発射された。
それを神楽坂は破砕魂で斬り落とし、長緒は必要最低限の動作で回避する。
キィンッ、と金属音に似た音を出した物体は地面に刺さる。
それは先ほどの生徒達の首に刺さっていた赤い針であった。
「おいおい、今更こんな小細工が通用するとでも思ってんのか?」
神楽坂は破砕魂の切っ先を大木に向ける。
それと同時に不気味な声が聞こえてきた。
<フフフ、ただの小手調べよ?その程度避けれないなら子供達の餌になって貰っているわ。
でも流石「双雨の亡霊」と言ったところかしらねぇ?>
バリバリと音を立てながら幹に走る亀裂が縦に大きく割れ、大木は左右にゆっくりと倒れた。
それと同時に巨大な黒い物体が空に飛び上がり、月光によりその姿を現した。
それは5Mをゆうに超えた体と頭部に女性の顔が融合した女王蜂であった。
「・・・・・以前より巨大になったようだな。」
「あぁ、野郎、かなりの人間の魂を喰いやがったな・・・・・。」
先ほどの妖蜂とは比べ物にならない巨体を持った女王を目のあたりにしても神楽坂と長緒の表情は変わらない。
神楽坂は破砕魂を肩に担ぎ上空でホバリングする女王を見上げる。
長緒の言う通り以前相手にした時よりも二周りは巨大になっていた。
自分達が取り逃がしてから数年、人間を襲いその魂を喰らう事によって力を蓄えその巨体を手に入れたのだろう。
勿論、妖力も上がっているはずだ。
<そういう事、そして女の死体を手に入れ人間の声を手に入れたって訳よ。>
女王の頭部にある変色した女性の顔はまるで生きているかのように二つの眼を動かし、口を動かし、そして表情すらも作り出している。
「つまりてめぇの声はその女性本来の声って事か・・・・・・!」
<フフフ・・・・さて、そろそろ貴方達も私の餌になって貰おうかしら・・・・・!!>
女王は大顎をすり合わせ独特の音を発生させると瞬く間に上空四方に巨大雀蜂の大群が広がった。
「クソッ、魂を喰われてなお肉体を利用されているのか。
てめぇ逃げれると思うなよ・・・・!!」
女王蜂は高笑いを上げながら周囲の子供達に指示を与える。
指示を受けた巨大雀蜂達は次々に下降していき神楽坂達に襲い掛かる。その数約50匹。
2対50の乱戦の中、女王は上空に留まる余裕を見せる。
まずは子供達にいたぶらせるつもりなのだろう。
神楽坂達は圧倒的な数の巨大雀蜂の突進をかわしながら攻撃を試みる。
巨大雀蜂の元はオオスズメバチだ。
彼等の武器といえば巨大な大顎と強力な毒を持つ毒針の二つしかない、なのでそれさえ注意しておけば回避と攻撃のタイミングを測る事は容易となる。
現に突進しつつ大顎で噛み砕きにくる単純な攻撃しか繰り出してこない。
恐らく毒針は相手を大顎で捕まえるか、足で抑え付け最後の留めとして使用するのだろう。
「へっ、随分と増やしたじゃねぇか・・・・!」
妖蜂の動きは単純なのだが問題は数だ。
ざっと見て50匹は軽く越えている。
そしてその巨体、周りの景色が覆い尽され逃げ場も無いといった状況だ。
それでも二人の表情は平静、神楽坂にいたっては不敵な笑みすら見せている。
その余裕が気に入らない女王は次第に苛立ちを覚えてきていた。
<クッ・・・これだけいて傷の一つも負わせれないなんて・・・!それでも私の子達なのっ!?>
女王の融合面が激しく歪む。
妖蜂達は母親でありコロニーの神的存在である女王の叱咤にたじろぐ仕草を見せ、二人に対して一斉に突撃しだした。
だが、それでも神楽坂達に焦りや恐怖は感じられない。
「狙い通りきやがったなっ!」
破砕魂の霊刃を解除し、後方にいる長緒へ振り向いた。
長緒は中腰で両手を組んだ姿勢になっている。
さながらバレーのレシーブの体勢を思わせ、ただ一つ違うとすれば足を乗せれるよう掌を上にしていることである。
「健ちゃん!」
神楽坂は長緒の掌に右足をのせる。
合図と共にカタパルトのように神楽坂を上空へ上げ、また同時にジャンプし高さを稼いだ。
上空で敵を視認する。
どうやら都合よく自分を狙っているようだ。
人間を始め、陸上で生活する生物は空中で自分の体を制御することはできない。
スカイダイビングでいうとせいぜい落下する方向を変える程度、空中では全くの無防備となり格好の的となってしまうのだ。
それを神楽坂が分からない訳はないが、身動きの取れない空中で四方から襲ってくる50匹余りの巨大な蜂を相手に2m足らずの霊剣で一体どうするのか。
破砕魂の柄を握る神楽坂に向かい巨大雀蜂の大群が襲いかかり、その数から神楽坂の姿が見えなくなる。
だが次の瞬間、気合いの声と共に四方にいる雀蜂の体が横一文字に切り裂かれ断末魔と共に次々に地面へ落下し消滅していった。
先に地面に着地した神楽坂が持っていたのは何時もの破砕魂ではなく、バチバチッとまるで剣に帯電しているかのような巨大な霊気による大剣だった。
その長さはゆうに10mは越えている。
神楽坂の一振りで大半の蜂は消滅し数えれる程度しか残っていない。
しかしそれが不満だった。
「ち、何匹かしくじったぜ・・・。」
電撃を纏っていた大剣は解除し通常の霊刃に戻っている。
恐らくあの状態を維持するのはかなりの力を浪費するようだ。
「これだけ倒せば十分だ。さて、お前の子供は問題にならない事が証明された。
次は・・・貴様の番だ。」
女王は戦慄した。
確に昔対峙した時、数匹の兵隊では簡単に倒されていたが今回は人間の魂を喰らい力を蓄えた上で産み落とした兵隊だ。
個体が持つ力も以前より格段に強くなり、しかも50匹という大群から二人に遅れをとらないばかりか倒す事も可能だと思い込んでいただけに予想以上の力をもつ神楽坂達に戦慄したのだ。
―ありえない。
その言葉が女王の頭を駆け巡るが直ぐに冷静さを取り戻した。
<流石、双雨の亡霊・・・やはり私が直々に手を下すしかないようね・・・>
自ら戦う気になった女王は生き残った兵隊を下がらせ、ゆっくりと降下する。
二人は臨戦体勢になり構えるのだった。