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14:一年生歓迎オリエンテーション

 教員達の本部となっているバンガローはキャンプ場を見渡せる丘に建てられており、非常用の食糧や医療道具などが運ばれている。


 長沢はどの委員会にも所属しておらず、本来ならば一般生徒と同様にオリエンテーションに参加しなければならないのだが彼女は教員と同じ立場にいるようだ。


「・・・ん?」


 芝生の土手に設置された木造の階段を上がってバンガローに向かっていた長沢の視界に一人の女子生徒が映った。

 彼女は芝生の土手に体操座りでキャンプ場を見ている。

 その表情にはどこか寂しさが浮かんでいた。


「・・・・・・・・。」


「お嬢さん?隣、よろしいですかな?」


「え・・あ、はぃ・・・・。」


 長沢はまるで淑女に華麗に挨拶をする紳士を連想させるポーズをする。

 突然声を掛けられた彼女は慌てて返事をしてジャージの袖で目を擦った。


「あ・・えっと確か長沢先輩ですよね?」


「正~解~。良く知ってたわね紅葉ちゃん?」


 初対面だったが自分の事は知っているようで長沢は隣に同じく体操座りで座った。

 彼女も自分の名前を言われ少し驚いていたが、直ぐに何かに納得したのか一瞬暗い表情を見せた。


「長沢先輩に覚えてもらってて凄く嬉しいです♪」


 元気さを見せているが、長沢には彼女が無理矢理寂しさを紛らわす為にそう振る舞っているように映ったが、敢えて彼女に合わせて会話を続けた。


「そうよ~子猫ちゃんのチェックには予念が無いなんだから♪」


 持ち前の口調で彼女を笑わせていた時、長沢は突然の頭痛に襲われ思わず額に手を当てた。

 その痛みは一瞬で消えたのだが今度は頭に直接複数の声が響いてきた。



-あの子、やっぱりおかしいわ―


―おかしくなんか・・・・・・私は皆と同じ・・・・・―


―変な事が起こる度に何時もあの子がいるのよ―


―お前といると何時も不吉な事ばっかり起こるんだよっ!―


―どうして?私はただ・・・・―


―近付かないでよっ!―



―この疫病神っ!―




「せ、先輩?」


 彼女の呼び掛けに長沢はハッと我に返った。

 今のは彼女の心が断片的に頭に流れてきたのである。


「・・・っと、ごめんごめん、紅葉ちゃんに思わず見とれてたわ。」


 慌てて適当な言い訳をする。

 いくらなんでも「心を見てた」等言えるわけがなかった。

 彼女は不思議そうな顔をしていたが、突然用事を思い出し長沢に挨拶をすると小走りでキャンプ場へ向かって行った。


「またね~。」


 彼女に向かって軽く手を振る長沢は、姿が見なくなった所で振っていた右手を顔に当てた。


「やぁ~れやれ、制御できないのが一番厄介だわ・・・・。」




 その頃、神楽坂と長緒は自分達のテントを張り終え警備の為キャンプ場を巡回していた。

 天河と蒼芭は昼食の準備。

 篠崎、上村、星龍の三人は魚を釣る為に川へ赴いている。


「去年より少し広くなったみたいだな。」


 神楽坂はオリエンテーションのしおりに載せられているキャンプ場地図を見ながら辺りを見通した。

 周囲には既にいくつものテントが張られ、食糧を探しに奔走する新入生達の姿が見える。


「・・・確か昼食はシーフードカレーだったな?」


 長緒が何かを思い出したのように口を開き、神楽坂もそうだ、と頷いた。


「・・・・あの三人、魚が釣れなかったらどうするつもりだ?」


 う゛っ。と神楽坂は息を詰まらせる。

 カレーのルー1日分と米は支給されるが肝心の具は現地調達なのだ。

 もし、篠崎達が魚に固執するばかりか一匹も釣る事が出来なかった場合、今日の唯一のカレーは具無しカレーとなってしまう。


「あ、あいつ等大丈夫だろうな・・・・。」


「カレーには、今まで良い思い出が無いからな・・・。」


 二人は苦笑う。

 暫くして神楽坂はキャンプ場の一番奥にある結界の状態を確認する為に長緒と別れた。

 地図には沢山の×印で引かれたラインが書かれており、これが結界で山の妖怪や悪霊が此方への侵入を防いでいるのだ。


 長緒は神楽坂に気を付けろよ。と言い巡回を続けた。

 今の所は異常は無く、怪しい気配等は感じられない。

 今年も何事もなく終るだろうと思っていると突然背中に何かがぶつかり同時に女の子の声が聞え、何事かと振り返る。


 そこには先程長沢と喋っていた女子生徒が尻餅をついていた。


「大丈夫か?」


 長緒はお尻を擦る女子生徒に手を差し伸べる。


「は、は、はぃっ!すいませんでしたっ!」


 女子生徒は慌てながら長緒の手を取って立ち上がり、ジャージに付いた汚れを取らずに一礼して何処かに走り去って行った。


 長緒は走り去る彼女の背中をみながら右掌をみる。


「今の感じは・・・一体」


 彼女の手を握った瞬間感じた力、それは霊能力だった。

 霊力に違いないのだか性質が全く異なり、長緒は今までこんな霊気を感じた事がない。

 その場に立ち尽くしていると神楽坂から結界に異常はなく特に妖怪等が近付く気配もないと携帯で連絡が入った。

 取り合えずこの場を切り上げ各自でテントに戻る事にした。




 コンクリートで造られた炊事場、その隣には米を炊く為の小さな窯が無数設置され各生徒は悪戦苦闘しながら見付けてきた野菜を切ったり米を炊く為に窯に薪を入れ火を起こしている。


 オリエンテーション前と比べ皆表情が明るい、やはり課外授業が好きであることに変わりはないようだ。

 しかし、神楽坂と長緒の嫌な予感は的中する。

 炊事場に戻ると女子生徒のけたたましい声が響いてきた。


 声の主は蒼芭だった。



「魚釣りに夢中で野菜調達を忘れただと・・・?」


「う、うるせぇ・・・魚ごときに舐められる訳にはいかねぇんだよ・・・!」


 神楽坂と長緒の視界にはお互い木刀で激しく鍔競り合う篠崎と蒼芭の姿、その後ろでたじろぐ上村と星龍、苦笑う天河と周りの生徒達が映った。


 状況からして篠崎達は魚釣りに固執したせいで肝心の野菜を忘れていたようだ。


「あ、お疲れ様。どうだった?」


 神楽坂達に気付いた天河は苦笑いながら報告を聞くために側へやってきた。

 二人からすれば報告よりも目の前の状況を聞きたかったが、取り合えず報告を先にすることにした。


「あ、あぁ、結界には異常なかったよ。妖怪やらが近くに接近してる気配も無かったぜ?」


 報告しつつも視線は前から外せない、ついには何時もの喧嘩が勃発していた。

 長緒もキャンプ場に異常が無い事を報告していると巻き添えを恐れて上村と星龍が此方に避難してきた。


「お前等・・・魚の一匹でも釣ってきたんだろうな?」


「全然?ぶへっ!?」


 期待はしていなかったが一応確認する。

 最悪具無しカレーになってしまうからだ。

 だが、全く悪びれていない上村の即答に神楽坂は速攻の鉄拳を見舞った。


 兎に角、具を手に入れる事が出来なかったのは事実だ。

 今からでも畑で野菜を収穫しに行って遅くはないと神楽坂と長緒は去年収穫した畑に向かった。


 ・・・のだが、考えが甘かった。

 このオリエンテーションで易々と食糧が手にはいる訳がなかった。

 結局、初日の昼食は具無しカレーとなり、篠崎と蒼芭は食事時も喧嘩する有り様だ。




 数時間後、昼食も終り生徒達はキャンプ場の中央広場で交流イベントを行っているようだ。

 具無しカレーを食べた神楽坂達、除霊委員会も各自ペアで巡回する。


 キャンプ場の北部を巡回中の神楽坂と長緒。

 先程と同様異常はないようだが、神楽坂に少し落ち着きがなく腕を組んで何か考えているようだ。


「・・・ハンカチを渡すタイミングでも考えているのか?」


 長緒の問いにギクッとする神楽坂。

 こうゆう事は神楽坂は苦手で一体何と言って渡せばいいのか皆目検討もつかない。


「余計な事は考えないで普通に、ハンカチを汚して悪かったな。とでも言って渡せばいいだろう?」


 長緒は別に告白する訳じゃないだろうと思いながら苦笑った。


「そ、そりゃあそうだけどよ、何か恥ずかしくてなぁ・・・・。」


 苦笑いながら頭を掻く神楽坂に長緒は少し呆れていた。


 そして午後の巡回も異常無く夕食の準備が始まった。

 夕食は昼とは違い太陽が沈むまでに食糧を調達しなければ成らない為、皆必死である。




 除霊委員会の2年組は昼間のリベンジと言わんばかりに川へ来ていた。

 今回は蒼芭も一緒だ。


「・・・・・・・。」


 川に無数に転がっている大岩に一人、木刀を持った蒼芭が立つ。

 一体何を始めるのかと何時の間にか周りにはギャラリーが集まってきていた。


「一体何する気やねん・・・・?」


 魚釣りに来たはずなのだが、釣竿も持たずに何故か木刀を握る彼女の意図が読めない。

 それは篠崎や上村も同じだった。


 蒼芭は木刀を正眼に構えたまま精神を集中させる。

 周囲に静寂だけが流れ、川の音、鳥の囀り、自然の声だけが耳に入ってくる。


 数分後、蒼芭は水中の何かに狙いを付けたのか気合と共に霊気を纏わせた木刀で水面を大きく斬り上げた。


 水しぶきが飛ぶ中、宙には一匹の魚が体を捻らせながら舞う。



「上村っ!タモだ!早くっ!」


 タモとは水面まで上げた魚を揚げる為の網の事である。

 蒼芭が斬り上げた魚の軌道は真上だ、このままでは再び水中へ逃げられてしまう。


「りょ、了解~!」


 慌てて網を持ち川の中へ入って何とか魚をキャッチする事に成功する。

 蒼芭はそれを見届けると結っていた髪を解き、額当てを左手に巻きつけた。

 この仕草は剣を持つ時の癖のようだ。


「これが魚を釣るということだ。分かったか?」


「違うわっ!」


「・・・・・・・・。」


 言葉もない篠崎であった。




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