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13:紅蓮の炎

 一年生歓迎オリエンテーション当日、神楽坂達は九住山へ向かう観光バスに乗っていた。

 道路を走るバスの数は20台程、これでもまだ1/5だというのだから学園の大きさが分かる。


 除霊委員会が乗るバスは先頭から2号車で、3号車までは教師や保険委員等の要員が乗車している。

 2号車、前から5番目の座席に座り窓から外の景色を見ていた神楽坂は昨日の事を思い出していた。




-天神

 天神は福岡市最大の繁華街であり、九州一の繁華街。

 水鏡天満宮があることに由来する地名でデパートやファッションビル等が立ち並ぶ若者が多く集まる街である。


「なぁんでお前まで付いてきたんだよ。」


「だって、女の子用のハンカチ買いにいくんでしょ?弁償する為に。」


 神楽坂は後ろをついてくる女の子に苦笑った。

 彼女の名前は「神楽坂希かぐらざかのぞみ

 神楽坂の義理の妹で一見楽天家にも見えるが六愿学園特進科に並ぶ進学校に通う秀才だ。


 天神へは汚してしまった天河のハンカチを弁償する為に長緒と共に訪れていた。

 本来なら女性用のハンカチなら妹である希に選んで貰うほうが良いのかもしれないのだが、彼女のセンスは天河の趣味とは恐らく合わないだろうと長緒に同行を求めていた。

 日ごろ女性に囲まれている長緒ならば自分よりかはマシな選択ができるだろうと考えたからである。


「・・・・もうここまで来たんだ、いいだろう光志?」


「さぁすがぁ健一君!話が分かる♪」


 希は笑顔で長緒の腕に飛びついた。


「・・・・・やれやれ。」


 神楽坂は諦める。

 取り合えず目的のハンカチが何処で売られているのかすら検討が付かない、ここは長緒と希に任せるしかなかった。


「それじゃさ、私がいくつか候補あげるから健一君が相手のイメージに合う物を選んでよ?その後私の買い物に付き合ってね?」


 希は上機嫌で前を歩く二人に笑顔を見せた。

 その後、特に問題もなくハンカチを購入する事ができた。

 今、流行のブランド物らしく多少値は張ったが長緒と希の一押しだった。


 これで目的は果たしたのだが一つ誤算が発生する。

 それは希の買い物で何店舗も回り一つの商品を選ぶのに数十分と時間を掛けるのだ。


「まだ買うつもりかよ・・・・。」


 両手一杯に荷物を持たされ流石に疲れたのか地面に置いてショウウィンドウを覗き込む希に言った。

 彼女はまだまだ買い足りないようで、自分よりも小遣い多いんじゃないのかと疑ってしまう。


「バイトでお金貯めてたからね~。」


 それも知っているが、だとしても此れは買い過ぎだろうと神楽坂は苦笑う。

 希は荷物持ちが二人も居る事を良い事に別の店へ入っていった。


「マ、マジかよ・・・・・。」


「・・・・・・・・。」


 流石の二人も言葉がなかった。





「ふぅ~買った買った♪満足満足♪」


 数時間後、17時を知らせる電子音が響く中、希は満足そうに地下鉄への道を歩いていた。

 彼女の後ろには顔が隠れる程の荷物を持たされた神楽坂と長緒の姿があった。


「い、いくらなんでも買いすぎだろっ!」


 大量の荷物に正面を向くことが出来ず、神楽坂は夕焼けの空に向かって叫んだ。

 長緒も口には出さないが同じ気持ちだろう。


「・・・・・・本を買いたかったんだが。」


 今回の買い物のついでに、ある小説を購入する予定だったが現状ではそれも叶わぬ夢となってしまった。


「ん?今から買いに行く?あたしは全然平気だよ?」


「い、いや次回にする・・・・。」


 流石の長緒も断った。

 今更引き返して反対方向にある書店に行く気には到底なれなかった。

 しかもそこでまた買い物を始める可能性も十分にある、いや十中八九間違いない。

 

 地下鉄へと繋がる地下街入り口が見えてきた。

 と、言っても見えているのは希と、長身の長緒だけだが、三人は地下へ降りる為に足を進める。

 例え地下鉄に乗れたとしても混雑する博多駅までは座る事が出来ないな、と考えていると突然、右側方の小さな路地裏から数人の若い男の怒鳴り声が神楽坂達の耳に入ってきた。

 内容からトラブルが起っているようだ。


「・・・・やれやれ、タカリか何かか?相変わらず下らねぇ事やってる馬鹿がいるなぁ。」


 声が聞こえなければ素通りしていたかもしれないが、聞こえてしまったものは仕方が無い。



「お兄ちゃん、もしかしたら最近天神周辺で強盗恐喝とかやってるグループかも・・・・・。」


 希は二人の後ろに隠れた。

 他の通行人もこの声は聞こえているはずだが、皆足早に通過していく。

 誰も好き好んで助けに行こうとは思わない、此れが現実なのだ。


 天神にはボランティアで構成された自警団が存在するが生憎近くに隊員はいないようである。

 別に正義の味方を気取るつもりは全く無い、しかし、もしも妹である希が襲われていたかもしれない事を考えると、この機会に警察へ叩き出すのも悪くない。

 そう考えた神楽坂と長緒は商業ビルに挟まれ薄暗くなった路地へと荷物を持ったまま進んだ。


「ま、待ってよ!」


 一人で待つのが心細いのか、希は二人の後を追う。




 少し歩いた所で長緒の視界に三人の若者の姿が映った。

 見たところ自分達と年齢が近いようだ。

 狭い路地に恐喝する声が響いていたが何やら様子がおかしい事に気が付く、恫喝していた三人が急に此方に振り返り、まるで化け物を見たかのような物凄い形相で走り去っていった。


 薄暗くなった奥から霊気を感じた神楽坂と長緒は前方を警戒する。

  

「・・・・・・!?」


 希はスローモーションで見ていた。

 それはまるでフィルムを1コマずつ見ているかのような感覚。

 突然、目の前にバックドラフトが起ったような猛烈な炎が凄まじい速度で自分に向かってくる。


 彼女の前にいた二人は持っていた荷物を投げ捨てた。

 神楽坂は希を地面に伏せさせ、長緒は拳を地面に叩きつけて光の柱を盾代わりにする。

 投げ捨てられた荷物が炎によって焼失させられていく一部始終を見ながら希は気を失った。



「・・・大丈夫か?」


「あ、あぁ。気を失ってるが何とかな。」


 何とか凌ぐ事ができた。

 激しい炎は長緒の障壁から前を焼き尽くしコンクリートすら焼け爛れる程だった。

 もし生身でこの炎を受けていたら恐らく生きてはいられなかっただろう。


 長緒は片膝を付いた状態から立ち上がり炎の発生場所であろう前方を見据える。

 希の介抱をする神楽坂も前を鋭い目で睨み付けた。


 前方は高熱により陽炎のような現象が起きている少し先に一人の男が立っていた。

 

「て、てめぇの仕業か!?」


「・・・・・・」


 神楽坂は声を荒げる。

 しかし謎の男は沈黙を守り一向に答えようとしない。

 熱が下がり陽炎が消え男の姿が薄っすらと見えてきた。


 今の季節には少し合わない黒のロングコート、フードを被っており明らかに一般人とはかけ離れた格好だ。


「答えろっ!」


 無言を貫く男に神楽坂はイラ立ちつつも声を上げる。

 それでも男は沈黙したまま微動だにしない。


 あの男は一体何者なのか、先程の業火から只の霊能者ではない事だけは間違いない。

 それ以前に自分達が防がなければ、あのチンピラ達はどうなっていた事か。


 両者共に緊迫した状況が続くなか、男はフードに手を掛けてその素顔を露にした。


 炎を思わせる紅蓮の髪、そして赤く不気味に輝く瞳。

 男はゆっくりと背中を見せそのまま暗い路地の奥へと姿を消していった。 



「・・・・野郎、ただもんじゃねーな。」


「・・・あぁ。さっきの炎、魔力が感じられた。だが魔族とも少し違うようだが・・・・・。」


 男の気配が消え、二人は警戒を解く。

 希も意識を取り戻し周囲には焼け焦げた荷物だけが散乱していた。




 時は戻り、バス内。

 青年の家まで一時間といった所まで来ていた。

 景色も街から変わり田畑が目立つようになっていた。


(結局、奴が何者だったか分からなかったな。)



「カミっち肩揉んで貰える?」


「先輩の為なら喜んでっ!」


 バス内は何時の間にか同乗していた長沢に支配されていた。

 彼女は後部座席の真ん中に座り、上村に肩を揉ませ星龍には団扇で扇がせるVIP振り。


「な、何なんだあの女子は・・・・・。」


 後方のVIPに気付いた神楽坂は言葉を失った。

 あの女子も何処かの委員なのかと思っていると前の席に座っていた保険委員長の藤沢が顔を出してきた。


「彼女は3-2の長沢さんよ。」


「知り合いなのか?」


「何言ってるの、六学女皇の一人じゃない。」


 どうやら有名人のようで神楽坂だけ知らなかったようだ。

 六学女皇とは男子生徒が付けた名前で簡単に言えば学園のアイドルの事である。


 吉原がその言葉を何度も発言していた事を思い出した。

 それと神楽坂は一つ気になった。

 “の一人“ という事は少なくとも、もう一人は女皇が存在する事になる。


「神楽坂、女の私が言うのも何だけど・・・・・女の子に興味ないでしょ。」


「そ、そんな事はねぇけど、別に常識っつー訳でもないだろ?」


「まぁこれで一つ賢くなれるわね、もう一人の女皇は貴方達のボスよ。」


「天河が女皇?」


 神楽坂には余りピンとこないようだ。


「男子の間じゃ長沢さんを「女帝」、天河さんを「女神」とか呼ばれてるみたいよ?まぁ女帝とか言われてる長沢さんの名誉の為言っておくけど彼女は自分を特別だとは思ってないし、女帝って呼ばれてる事を鼻にかけてる訳でもないから勘違いしないようにね。ただ何故か生徒だけじゃなくて先生達からも頼りにされてるのよねぇ・・・・・・・。」


 そう言いながら会話を切り上げ自分の席に座る藤沢だった。




 そして一時間後、バスは青年の家に到着しジャージ姿の生徒達は次々に下車していく。


「・・・・・とうとう始まっちまったな。」


 各班に整列する中、篠崎は荷物片手に苦笑った。


「ん~空気が綺麗で美味しいな慶?」


「佐由里、先に言っとくが後で後悔するなよ?」


 妙に力を入れた篠崎の額からは一筋の汗が流れていた。




「さーてと、それじゃ私はここで別行動だから摩琴っちゃんまた後でね?」


 長沢は散々コキ使った上村と星龍を労いながら教師達の下へ向かっていった。


「帰りも是非ご指名をぉ~~!」


「うえ、気持ち悪ぅ・・・・。」


「だ、大丈夫?」


 手を振りながら別れを惜しむ上村。

 そしてバス酔いした星龍。 



「・・・・・さて、今年はどうなる事やら。」


 苦笑う神楽坂。

 斯くして自給自足の一年生歓迎サバイバルオリエンテーションが始まるのだった。




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