表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/73

11:音楽室のベートーベン

 学園から2km程離れた場所に女子寮が建っている。

 この学生寮は県外から通学する中等部、高等部の学生達が入居している。

 天河と長沢は高等部A-410号室に入っていた。


「ふー!生き返るわ~♪」


 寝巻きを着た長沢がバスタオルで頭を拭きながらA-410号室に入ってきた。

 今まで風呂に入っていたようだ。

 風呂は共用となっており、23時までならば自由に入浴が可能で浴場も広く、一度にかなりの人数が入浴する事ができる。


「ビンだったら最高だったんだけどなぁ・・・・ん?どしたの摩琴っちゃん?」


 長沢は購買部で買ってきていた紙パックのフルーツ牛乳の口を広げながら、自分の机に座り一枚の書類を眺めている天河の許に歩み寄った。


「・・・・・・これ。」


 姿勢はそのままで後ろにいる長沢に書類を見せると天河は机に突伏した。


「ん~?どれどれ?「校内備品破損報告書」?篠崎慶斗、蒼芭佐由里、両名は本日において学園の財産である備品を故意に破損させた。その報告を求める。六愿学園高等部生徒会会長雹牙零。破損した備品は下記通り・・・椅子15、机17、花瓶3、尚生物室人体模型の頭部破損の代用品は認められない。・・・・・・・な~るほど。」


「・・・・・・何であの二人はいっつも喧嘩するのよ・・・・・。」


 天河は学園から戻ってきてから今までずっと報告書の作成をしていた。

 蒼芭が転入し除霊委員に入ってからというもの、事ある毎に篠崎と喧嘩し周囲を巻き込んでいた。

 言い争いならまだしも、最後には木刀で喧嘩し始めるから手におえない。

 

「まぁ喧嘩する程仲が良いって事じゃないの?私はこの二人の関係知らないけどねぇ(・・・・実はもう知ってるけどねぇ( ̄Щ ̄)」


「佐由里ちゃんは普段はしっかりしてるんだけど、篠崎君の事になるとすぐ熱くなるし・・・。」


 天河はため息を付きながら上半身を起こして長沢の方を向いた。


「すぐ熱くなるねぇ・・・・まるでアイツみたいだわ。そんじゃ疲れてる摩琴っちゃんをお姉さんが慰めてあげようか?」


「・・・・結構です。」


 また何時もの、からかいに苦笑い着替えを持ってA-410号室を後にした。


「あらら、残念♪ごゆっくり~。」


 長沢はバスタオルを肩に掛け二段ベットの上段に登り、横になって雑誌を開いた。





「奥義!地烈虎砲斬!」


 翌日、蒼芭はグラウンドの隅で剣の修行をしていた。

 今の技は「地烈虎砲斬じれつこほうざん

 刀を地面まで下ろし、そのまま地面を切り裂きながら相手に接近、そして斬り上げる奥義だ。

 その姿はまさに地を這う虎を思わせ、猛虎襲突破の次に蒼芭が得意とする奥義である。


 勿論、この奥義は同門の篠崎も使用する事は可能だ。

 だが、真の力を発揮させる事ができるのは蒼芭家の人間だけである。


「うっひゃ~・・ものすげぇ技だねぇ・・それでまだ霊能は使ってないんだもんな。」


 上村、星龍、そして篠崎の三人は少し離れた場所から彼女の修行を見物していた。


「佐由里は白虎の中じゃ3本の指に入るほどの腕だからなぁ、佐由里を倒せるとしたら上の兄弟二人くらいだぜ。」


「更には自分等よりも霊力が高いで・・・・・。」




「・・・・こんなものだろう。」


 ボロボロになった太い木の枝を手に取り、技の切れ味を確認していると近くで此方を見ている篠崎達に気が付いた。


「・・・ん?慶、それに星龍と・・・・上村(うえむら)だったか?」


「うへっ、名前の読みが違いますよお嬢さん?」


 スススと蒼芭に近づき、彼女の右手を手に取る上村。


「僕の名前は「うえむら」ではなく「かみむら」・・でぇ!?」


 上村の思っている程、蒼芭のガードは甘くなく首筋に真剣の刃を付き付けられた。


「読みは分かったが・・・・これではお前の名を呼ぶ必要は無くなりそうだな?」


 蒼芭の目は据わっていた。

 その彼女の表情に上村は顔を青くしながら笑って誤魔化し、篠崎と星龍は苦笑った。


「それにしても昼休みまでも修行かよ。」


「腕が鈍るからな、ところで今日貰ったプリントだが・・・・・。」


 蒼芭は刀を鞘に納め、額当てを外し髪を結っていた紐を解いてから一枚のプリントを上着のポケットから取り出して篠崎に見せた。

 それは今朝HR時に担任から配られた一年生歓迎オリエンテーション開催を知らせるプリントだった。


「あ、あぁそれか・・・・・。」


「このプリントを貰った時クラスの皆が頭を抱えていたが・・・只のオリエンテーションじゃないのか?」


 蒼芭の言葉に星龍は頭を左右に振った。


「蒼芭はん、多分わて等だけのクラスだけじゃのーて、参加する生徒全員が頭抱え取ると思うで・・・・。」


「それはどうゆう意味なんだ?星龍?」


「そのままの意味だよ蒼芭ちゃん?皆嫌がってるのさ、・・・・俺も含めね。」


「山ん中で自分達で完全自給自足のサバイバルだって知ったら誰だって嫌がるだろ・・・・。」



「面白いと思うが。」


「そ、そうかよ。」


 あっさりと答えた蒼芭に三人は苦笑った。

 時間を見るとそろそろ戻らなければならない、剣の修行はここまでにして校舎へ戻ろうとした時、校内放送が聞こえてきた。


<放送部より除霊委員会へお知らせします、中等部B校舎音楽室にて心霊現象発生!除霊委員はただちに除霊活動を行ってください!繰り返します。中等部B校舎音楽室にて・・・>


「お、これは5時限目休めるんじゃない?ラッキー♪」


「よし、次は面倒な英語だったんだ、助かったぜ・・・・!」


 篠崎は思わずガッツポーズをした。

 活動が授業と重なった場合、その授業は公欠になるからである。


「・・・・・課題もしてないしな?」


「全くだぜ・・・・・・・はっ!!?」


 蒼芭に誘導されつい口に出してしまい、篠崎は思わず血の気が引いた。


「慶・・・修行どころか課題すらやってないのか貴様ぁ!!」


「こ、こんな所で暴れんといてーな!は、はよ現場行かなっ!」


「そ、そうだな!先行ってるぜ!」


「まだ話は終わってないぞ慶っ!!」


 篠崎は逃げるように中等部B校舎へと走り出した。

 蒼芭も抜刀し振り回しながら彼の後を猛スピードで追いかけて行く。


「・・・・やれやれ」


 上村と星龍はその様子に苦笑いながら二人の後を追うのだった。




-中等部B校舎

 中等部は高等部と同じ敷地に有り、校舎はA・Bの二つに分かれている。

 そのB校舎音楽室で一人の男子生徒がピアノに座り、鍵盤を押していた。

 彼は演奏しているようだが、途中で間違ってしまった。


(ミ、ミスったぁ・・・・・・)


<・・・・・ふむ、惜しかったね。>


 ミスをした彼に優しく声を掛ける男性。

 担任かと思いきや、声をかけたのは人間ではなく世界的に有名な音楽家ベートーベンの肖像画だった。


 男子生徒は恐る恐るその彼(肖像画)を見上げた。

 その顔は何時もの凛々しい表情をしたベートーベンだが何か違和感がある、そう、目だ、目だけが失敗した生徒に向けられていた。


<・・・・次は落ち着いてやればよい。>


「は、はいっ!」


 彼に敵意は無いようだが、生徒達は自分達に授業を行っているこの奇妙な状況に困惑していた。


<では、授業を再開しようか。>


 音楽室には数人が取り残されていた。

 恐らくたまたま早めに音楽室に来ていたのだろう。


 ベートーベンの目が今度は違う生徒にゆっくりと向けられる。

 目の合った生徒は立ち上がりピアノへ向かっていると扉の向こうから数名の声が聞こえてきた。




「・・・・・・・・開かないな、どうやら霊的結界が張られているようだぜ。」


「どうする?ぶった斬っとくか?」


「だ、駄目よ!刀を納めて・・・!解除する方法を考えましょ?」



「・・・・・面倒。」


「「除霊委員会だっ!」」


「ちょ、ちょっと扉壊さないで~~~!」


 ドゴン!と激しい音と共に神楽坂と篠崎が霊的結界諸共蹴り破ってきた。

 その二人の後ろでは天河が両肩を落とし、蒼芭が慰めている。


「じょ、除霊委員会か!助かったぜ・・・・。」


「と、とりあえず避難してください!」


「わ、分かった!けど・・・避難する必要があるのか分からないんですが・・・・。」


「・・・・・どういう事だ?」


 教室内を見ると数名の生徒が席に座り、黒板の前に置かれたピアノの上に肖像画がおかれているだけで、悪霊や妖怪が悪さをしているようには見えなかった。


「・・・・でも、確かに霊気を感じるけど・・・・。」


 神楽坂達は原因らしいベートーベンの肖像画を見た。

 見た目は特に何も異常は見られなかったが、ジッと見つめると不気味に目玉だけが動いた。


「なるほど、気味悪いな。」


<・・・・気味が悪いとは、君達少し失礼じゃないかね?>


 表情はそのままで目だけを神楽坂に向けた。


「しゃ、喋りやがった・・・!?」


<ふむ、君達は霊能者か。>


 どうやらこの霊とは会話が可能なようである。


「会話ができるっちゅーことは其れなりに力があるってこっちゃな。」


「いや、マジ気味悪りーから。・・・ってかさっさと斬っちまえばいいだろこんなの。」


 篠崎は抜刀する。

 だが、神楽坂は同意できず会話が出来るならまず話を聞くべきだ、と刀を納めさせた。


「だ、駄目よ?学園の備品なんだから!」


 これ以上、備品を壊して委員会費をカットされては堪らない。

 何時もは篠崎と共に壊して回る側の蒼芭も天河の後に続いて言った。


<成る程、諸君等が新しく新設された除霊部かね?>


「そうです。ベートーベンさん今すぐに生徒を解放して貰えるなら悪いようにはしませんが、どうでしょうか?」


<私はただ授業をしていただけだがね。・・・・・君は天河摩琴君だったかな?>


 天河は自分の名前を言い当てられ驚いた。

 続けて蒼芭以外のメンバーも見事言い当てる。


<驚く事はない、私はこの学園に設置されて直ぐ生まれたのだ。それに勘違いしているようだが、私はベートーベン本人ではないのだよ。>


「ベートーベンの霊じゃないってのか・・・・?」


「なるほど、思念体というやつか。」


<その通りだ長緒君。・・・・ようやく此方の世界に干渉できる力を手に入れて嬉しくなってね、少し調子に乗りすぎたようだ。>


 そう言うとベートーベンは授業終了を宣言し生徒達を解放した。


「そ、そうだったんですか。」


 天河も安堵の表情を見せる。

 そして問題はこれからの処遇だ。


「まぁ話して解決するならそれに越したことはない。」


 何時もなら例え悪霊でなくても容赦しそうにない神楽坂の表情は柔らかい、寧ろ薄っすらと笑みを見せていた。

 それに天河は気付いていた。



 暫くして天河から一つの提案が出された。


「では、本日より生徒に危害を加える事を止めてもらいます、先ほどの冗談もです。会話等は出来れば避けて下さい。」


<了解した。本より生徒達に危害を加えるつもりは無い、それで存在の抹消を免れるのならば甘んじて承知しよう。>


 取引は滞りなく済みベートーベンの肖像画の霊は金輪際人間に危害を加えない事を条件に除霊を免れることになった。

 この肖像画が設置されたのは学園が設立されて直ぐであった為、学園が歩んできた歴史に詳しく多くの生徒達が話を聞きに訪れる事になるのだった。




 そして放課後、先ほどの音楽室に神楽坂と長緒の二人が学園内警備を利用して訪れた。


「先生ちょっといいか?」


<思念体に過ぎないこの私を「先生」と読んでくれるのかね?>


 ベートーベンの思念体は話しかけてきた神楽坂に反応した。


「・・・・・かなりの古株のようだし敬意を込めてな。人間だか霊だかは俺達には関係の無い事だ。」


<・・・・・成る程、やはり君達は他の人間とは考え方が違うようだ。>


「少し聞きたい事があるんだが、いいか先生?」


<構わんよ?私が答えられる事は全て答えよう。>


 神楽坂と長緒はベンの前に椅子を置いて座った。


「さっきの先生の話で・・・・初めて此方の世界に干渉できる力を手に入れたと言っていたが、あの程度の力なら古株だった先生にとってかなり前から持つ事ができると思うんだが?」


<ふむ、確かにそうだが、まさか其れが気になってわざわざ足を運んだのかね?>


「まぁな。で、どうなんだ先生?」


<・・・・確かに、この程度の力ならば10年程で手に入れる事も可能だ。しかし私も良く分からないのだよ。それに、私も一つ気になった事がある。>


「ベン先生が気になる事?」


<うむ、最近学園の様子がおかしいのだ。>


「おかしい?どういう事なんだ?」


<・・・・・私も具体的には分からない、ただ何か特殊な力が学園を覆っているかのような・・・・・しかしそれも直ぐに消えてしまったがね、君達が体育館で悪霊を滅した後だよ。>


「!?」


 神楽坂と長緒はベンの言葉に思い出した。

 六学に初めて悪霊が現れた日、退治した後に一瞬感じた力。

 気のせいだと思っていたが、実はそうではなかったのである。

 しかし、感じたのは本当に一瞬の間だけ、それ以来謎の力を感じる事は無かった。


<君達も感じていたようだね。杞憂だといいが、ここ最近悪霊の発生が頻発している事もある。気をつけた方がいいだろうな。>


「やれやれ、何だか面倒事が起きそうじゃねぇか。」


「・・・・その特殊な力を突き止める事が出来れば良いのだが難しいだろうな。光志、そろそろ時間だ。」


「っと、もうそんな時間か。それじゃ先生、俺達は警備に戻るわ、また何か聞きたいことがあったら来るぜ。」


<うむ、私も生徒と会話するのは嫌いではない。また会おう。>


 神楽坂と長緒は音楽室を後にする。

 体育館の悪霊を退治した後に感じた謎の力、それは一体何だったのだろうか。

 二人は底知れぬ不安を感じるのだった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ